第2話 アトラスとセンチュリー/呼び出し
そこは横浜とよばれる街だ。
開港以来、130年余りの歴史を誇り、神戸と並ぶ有数の海運都市でもある。
昼夜を問わず物流は動き続け、深夜に差し掛かっても灯りが途絶えることは無い。
その港湾の入口近くにある沖合の埋め立て地に東京と繋がる高速道路の湾岸線がある。
首都高湾岸線は海沿いを走りながら、羽田空港沖を経由し、横浜市街地の入り口となる大黒ふ頭で一つのパーキングエリアにつながっている。
〝大黒ふ頭パーキングエリア〟
横浜から、鶴見から、東京から
3方向から1つに高速道路が集まった先にそれは有った。
その夜、東京から湾岸線を大黒ふ頭へと一台のオートバイのシルエットがひた走っている。
フロントカウルの先端に桜の代紋をメインエンブレムに頂いたハーレー似のフルカスタムバイク、白銀とガンメタブラックのツートンボディ、V6エンジン2本出しマフラーの水素ドライブエンジン。
無論、そのバイクを駆るのは、横浜の市街地内で神奈川県警の捜査員たちと銃火を交えて戦ったアンドロイド警官の一人、特攻装警第3号機の〝センチュリー〟である。
@ @ @
その日の夕暮れから夜にかけて横浜JR関内駅の付近の繁華街での武装暴走族集団の制圧作戦に特別参加していた彼だったが、予想を超える〝敵〟の反撃に一部の容疑者たちを取り逃がす結果となっていた。制圧対象の総数は7名、その内3名を拘束し、4名の逃走を逃す結果となった。取り逃した武装暴走族のチーム名はベイサイド・マッドドッグ、横浜関内駅周辺を縄張りとする小規模な組織である。
サイボーグではなく生身の若者を中心としたチームであるため、当初は拘束は容易だと思われていたのだが、作戦指揮を執っていた神奈川県警の予想を超える重武装の違法サイボーグが現れたことで状況が一変。混乱を極めた小競り合いの末に一部の逃走を許してしまったのである。
そのため、センチュリーは神奈川県警の捜査員たちのもとを離れ、不審車両に乗って逃走した4人を、自らの専用バイクにて追っていたのである。だが――
「くそっ! やられた!」
――使用された不審逃走車は本牧埠頭のとある高架下にて放置されているのが発見された。室内、エンジン部、いずれも燃やされており、指紋を含めて証拠の収集は困難。追跡は完全に絶たれてしまったのである。
忸怩たる思いを抱えながら県警本部へと連絡する。そこで知った話だが、先程の小競り合いの際に負傷した捜査員2名がいずれも軽傷であったのは不幸中の幸いだった。
県警本部とのやり取りを終えたその時だった。センチュリーの体内回線に入ってくる通知信号がある。
「なんだ?」
すぐにチェックすればそれは同じアンドロイド警官であるアトラスからの物である。
【 特攻装警インターナル 】
【 コミュニケーションプロトコルシステム 】
【 Auther:特攻装警1号アトラス 】
【 >回線接続 】
間を置かずに即座につなぐ。そしてセンチュリーはアトラスに呼びかけた。
〔俺だ兄貴〕
特攻装警はその開発育成環境のせいもあり、お互いを兄弟として認識している特徴がある。長男が1体目のアトラスであり、次男が2体目のセンチュリー、以下、弟や妹たちに続いている。呼びかけられたアトラスは唐突に切り出した。
〔センチュリー、お前今どこだ?〕
〔横浜の本牧埠頭入り口だ。本牧ジャンクションの真下だよ〕
〔例の武装暴走族のガラの確保か?〕
〔あぁ、トバれた。足跡もしっかり消していきやがった〕
〔そいつは残念だったな。愚痴りたいこともあるだろうが、ちょっと顔を貸してくれ。話があるんだ〕
兄たるアトラスの話にセンチュリーは勘にピンとくるものがあった。
〔あー、まさか面倒事か? 兄貴? 勘弁してくれよ〕
嫌そうに答えるセンチュリーにアトラスはなだめるようにこう告げた。
〔そう言うな。お前にしか頼めないんだ。今夜11時に大黒ふ頭のサービスエリアに来てくれ〕
〔ちょ、イエスもノーも無しかよ!〕
〔嫌なら先月の飲み代、利子つけて払ってもらうぞ〕
〔え? それを今言うかよ?〕
〔で、どうなんだ? 来れるのか?〕
センチュリーは内心ため息を付いた。一つ面倒な案件が終わると間髪置かずに次の難物が持ち込まれる。休む間もないと言うのはこの事だ。だが兄たるアトラスが所属部署の垣根を超えて直接に頼み事を持ち込んでくる時は、それだけ深刻な状況が起きている事が多かった。無下に断る理由もない。センチュリーは頼みを飲むことにした。
〔わかったよ。11時だな? 今、燃やされた証拠車両を押さえてるから、県警の連中に引き継いだらすぐに行くよ〕
〔すまんな。先に行って待ってるぞ〕
アトラスは、そう告げるだけ告げると回線を切った。センチュリーは辺りを見回しながら呟く。
「さて、どんな面倒事か――」
そうぼやきながら現場に駆けつけてきた県警の職員たちに声をかけ引き継ぎをはじめた。
否応にも長い夜になりそうだと、センチュリーは予感するのだった。
@ @ @
センチュリーは現在時刻を体内回線を経由してチェックする。
【西暦2039年10月2日、午後10時45分】
センチュリーは思う。約束の時間には間に合いそうだと。
今、眼前には海へとかかる横浜ベイブリッジが見える。アクセルを吹かして海上橋を渡ればその先はもう目的地だ。
「約束は11時だったな――」
そう呟きながら大黒ふ頭サービスエリアへと降りていくランプ道路へと自らのバイクを進める。
大黒パーキングの目の回るような螺旋道路を走れば、眼下のパーキングエリアには今も昔も変わらず違法改造の車輌を乗り回す若者たちが寄り集まり、たむろしていた。
首都高でのスピードの追求に命をかけるハイウェイランナーや、クラブミュージックを大音響スピーカーでがなりたてるワンボックス車、あるいは今やアンティークの部類に入ったようなローライダーなど様々なジャンルのマニアたちが闊歩している。
センチュリーはパーキング内にバイクを進めると、入口付近で停車している警らのパトカーに向けて視線で挨拶を送る。この大黒パーキングでは、事件や騒動が日常茶飯事であるため、神奈川県警の交通警らが毎夜のようにやってきては警戒にあたっている。
その苦労を察すれば、センチュリーに気付いた警官が、センチュリーに対して敬礼で返礼していた。返す刀で視線を周囲の車の群れに向ければ、そこかしこからもセンチュリーに対して畏敬とも警戒とも取れる視線が数多く集まってきていた。
そもそもセンチュリーの所属は生活安全部の少年犯罪課だが、凶悪化の一途を辿る少年犯罪案件に深く関わる事が求められて彼が生まれた背景がある。単に補導するだけでなく、事案によっては危機回避のための非常戦闘や、成人の犯罪と同等の対応をしなければならない場合もある。
その犯罪ケースによっては成人の凶悪犯罪に関わることもあるため、捜査部や交通機動隊からの応援要請を受けて広範囲な犯罪案件に対応できる体制で動いている。今日の一件のように警視庁のエリアを超えて他府県の県警と連携することもある。特に東京と隣接する3県とは頻繁に行き来していた。
そのためか、センチュリーは夜の街を行き交う若者たちの界隈ではひどく名が知られている。頼れる警察として、そして、警察らしからぬユニークな兄貴分として好意的に見ている連中が居る一方で、違法行為や暴力行為を経験している者はセンチュリーを強く警戒していた。
当然、雑多な人々が行き交うこの大黒ふ頭の様な場所では、違法薬物の売り買いが起こることもある。さらには暴力行為や性犯罪が起こることなど珍しくない。センチュリーが深夜のパトロールでそれらを現行犯逮捕したのも一度や二度ではない。アンドロイドであるセンチュリーの頭脳にはそれらの案件の一つ一つが正確に記憶されている。
センチュリーは行き交う若者たちの顔を眺めるたびに、それらの情報の一つ一つが呼び起こされていく。非行歴、危険度、再犯率――、正確にデータ化された情報から垣間見える、それぞれの非行少年少女たちの抱えた人生を思い出さずにはいられなかった。