Part20 悪魔と悪夢と/もたらされた現実
もったいぶった言い方にも聞こえるが、それは決して焦らそうとしたわけではない。むしろ非常に重要な情報であるため、前提条件となる知識をきちんと伝える必要があったためだ。そのカレルにトムが尋ねる。
「それでカレルさん。判明した事実とは?」
「うむ――、ロシア当局ではベルトコーネの暴走を2つの段階に分けて記録していた。つまり〝通常暴走〟と〝破局的暴走〟の2つだ。通常暴走は一般的に見られる物でヤツの底なしの戦闘能力を象徴するものだ」
「あれだな? 戦闘中にキレて暴れだしてご主人様たるディンキーにベルトで拘束されるってやつだ」
ホプキンスの指摘にカレルは頷いた。
「その通りだ。だが問題はもう一つの破局的暴走の方だ。ロシア当局がなぜ極秘とし外部に一切の公開を拒んできたのか資料詳細を見てよくわかった。私も真実を知ることがこれほどに恐ろしいものだとは思わなかったよ。まずはこの分析データを見てくれ」
そしてカレルが壁面ディスプレイに表示したのはロシアのFSB当局から極秘裏に提供されたデータを分析、整理した2次資料だ。
【 個体名:ベルトコーネ 】
【 使用者:ディンキー・アンカーソン 】
【 ベルトコーネによる破局的暴走発生時の 】
【 事前状況一覧 】
【 】
【 1:東ロシア中ロ国境付近 】
【 >ウラジオストックより密入国後 】
【 >当局による摘発後、逃亡 】
【 >ロシア陸軍部隊により追跡を受ける 】
【 >ウラジオストックより 】
【 北西へ50キロ付近へ移動 】
【 >山岳部無人地帯において 】
【 小規模限定核を使用 】
【 >完全機能停止確認 】
【 】
【 2:中央ロシア南部カザフスタン国境付近 】
【 >ロシア国内における 】
【 小規模テロ行為実行後 】
【 >カザフスタン側への逃亡中 】
【 国境警備隊と遭遇 】
【 >周辺農業地帯へと逃走後包囲 】
【 >新型燃焼兵器により逃走阻止 】
【 >ベルトコーネ外面部を完全焼損 】
【 同時に行動の完全沈黙も確認 】
【 】
【 3:ウクライナ国境付近紛争地域 】
【 >ウクライナ東部ルハンスク付近 】
【 >ディンキー一派潜伏確認後追跡 】
【 >潜伏場所摘発、戦闘発生 】
【 >FSB付属戦闘部隊による強制制圧 】
【 >極秘機械化部隊投入 】
【 >対アンドロイド無力化戦闘作戦実行 】
【 >体内中枢メカニズムハッキング成功 】
【 >体内システムデータ完全消去 】
【 >同、無力化成功 】
【 >目標、完全沈黙確認 】
壁面ディスプレイに表示された情報を皆で眺めつつ思案する。そして先に言葉を発したのはロボティックス工学が専門のホプキンスだ。
「これ見てなにかおかしいと思わないか?」
その指摘を受けて答えたのはタイムだ。
「3件とも完全沈黙、あるいは破壊に成功しているな。3件目に至っては体内システムへのハッキングを敢行して内部プログラムを除去することに成功している。データだけを見ればロシア側の勝利と言っていいだろうな。だが、この3件が〝破局的暴走〟を引き起こした――」
そして次に意見を述べたのはトムだ。情報工学が専門の彼は脳裏にひらめく物があった。
「そうか、そう言うことか!」
声高らかに叫ぶとトムは立ち上がり身振り手振りを加えながら語り始める。
「3つのケースともベルトコーネは完全停止している。それは内部プログラムにおいても復帰再始動不可能な状況に有ったはずだ。核による放射線影響下での完全停止、火炎兵器による外面からの大規模破壊、そして体内システムハッキングによる内部制御データの消去、いずれもアンドロイドの制御システムとして考えられる範囲はすべて破壊、もしくは消去させられている。中枢頭脳、脊椎ネットワーク系、腹部体内制御系統、あるいは全身の予備制御系統。いずれも彼の行動を不可能にしバックアップすら不可能にしているはず。普通に考えるなら二度と立ち上がる事はできなかったはずだ。なにしろ、残っているのは〝骨格〟くらいのものだからね。つまり――」
その言葉の先を読むかのように、スクリーンの向こうでカレルが明確に頷いていた。
「そのとおりだ。トム、奴は〝体内骨格の中に〟自分自身の中枢頭脳とは全く別に独立して動作する制御メカニズムを保有しているんだ! 頭を潰そうが、内部メカニズムをズタズタに引き裂こうが関係ない。むしろ、完全破壊される事でもう一人の奴が目をさます! それこそが一切の慈悲も情動も持たない、致命的破壊行動のみを目的とした〝もう一人のベルトコーネ〟だ。あいつは完全破壊される事でもう一人のアイツが目をさますんだ! それこそがディンキーと言う悪魔が残した最悪の悪夢だ!」
それは専門知識を豊富に有した有能な科学者であるからこそ導きだせた答えであった。そしてそこから導き出される最悪の事態を、5人は同時に理解したのである。
ソファに座り込んだままガドニックは天井を仰ぐと、グラウザーたちがこれから遭遇するであろう事態を理解して、思わず片手で目を覆った。
「神よ――!」
タイムは両手で顔を覆って沈黙している。どう言葉を続ければ良いのかわからないでいる。そして、トムはその若さゆえの恐れ知らずによって、導き得る最悪の事態を口にしたのである。
「もし日本のアンドロイドポリスたちがこの事を知らずにベルトコーネと戦闘を続ければ、たとえベルトコーネを行動不能に追い込んでも、彼らの戦いに終わりはない!」
「いやそれだけではないぞトム」
冷酷にそして厳格に、その後の事態を想定して淡々と告げる。
「これも世界中から集めた資料から判明したんだが、奴は慣性質量の制御能力を持っている事が解ったんだ」
想像を絶する事実にタイムも驚き声を上げる。
「慣性質量の制御? まさか重力テクノロジーを使えると?!」
「どうやって行っているのか想定すらできないが、通常のアンドロイドの物理的な行動限界を遥かに超える運動性能や破壊行動を行っている以上、そう考えねば辻褄があわないのだよ。まったく、とんでもない化物だよ。ディンキー・アンカーソンと言う男は! 死してもなお世界中に悪夢を撒き散らし続ける!」
一つの厳然たる事実が明らかになった今、天を仰いでいたガドニックは立ち上がると衣類の襟元を正した。そして目元のメガネの位置を直すとオートメーションシステムへと声をかける。
「私だ。秘書室に繋げ」
『承知しました』
電子音声が響いてがドニック専属の秘書室へとリンクする。壁面ディスプレイの映像が2つに分かれて、そこに一人の英国白人女性が姿を現す。
「いかがなさいましたか? 教授」
白人女性が問いかけてくる。ガドニックは凛とした声で彼女に求めた。
「日本の警察のミスター近衛に大至急繋いでくれ。それと第2科警研のミスター新谷にもだ。緊急を要する!」
「わかりました。すぐにおつなぎ致します」
ガドニック教授が信頼する秘書官だ、その仕事の手際は非常に有能だった。
そして回線がつながるまでの間に、仲間たちに指示を出していく。
「カレル、君は私と一緒にミスター近衛に事情を説明してくれ。トムはミスター新谷に事情説明だ。タイムとホプキンスは日本にデータを送る準備をしてくれ」
ガドニックに求められて――
「もとよりそのつもりだ」
――とマーク・カレル。
「分かりました」
――と静かに答えるのがトム・リー
「早速始めよう。タイム」
「よし」
即座に行動を起こしたのがアルフレッド・タイムとエドワード・J・ホプキンス
いずれも英国科学アカデミーが誇る偉大なる科学者たちである。
やがて日本への通信のコールがつながりやり取りが始まった。
今こそ、極東の国のあの場所で、命を救われた恩を全力で返すときである。
















