Part19 第1方面涙路署捜査課/正義は死なない
衝撃が皆の口から言葉を奪った。戸惑いと沈黙が広がりそうになる。だが、それを断ち切るように声を発したのは誰であろう。今井本人だった。
「だとしてもです、我々にも警察としての矜持があります。だまって指を咥えて見ているわけには行きません。皆も給料泥棒にはなりたくないでしょう?」
今井は部下である捜査員たちの顔をじっと見ていた。それは組織を率いる者として行動と決意を促すために必要な力ある視線だったのだ。最初に声を発したのは宝田だった。
「当たり前じゃないですか! ここで黙って公安のやり口を見ていたら、俺達はなんて風に朝に話しかければいいんですか?! 体張って戦っているグラウザーにどう顔向けすれば良いんですか!? あいつらを胸を張って迎えるためにも今動かなくてどうするんです?」
「そうです、宝田の言うとおりです」
「課長! 俺達は俺達の論理とルールで堂々とやりましょう!」
宝田に触発されるように次々に声が上がっていく。そしてそれらの言葉を総括したのは飛島である。
「今井さん。皆の意見はまとまりました。黙って指をくわえる連中は居ません。それにです――」
一息区切ると宝田は力を込めて告げる。警察としての決意を現すかのように。
「――そもそも、あの中央防波堤特別街区は、我々第1方面の管轄エリアです。俺達の縄張りを俺たちが取り締まらなくてどうするんです。胸を張って乗り込みましょう!」
今井は頷いていた。発せられた言葉の一つ一つを聞き入りつつ、その言葉に込められた意思を真っ向から受け取っていた。そして彼女は部署を預かる指揮官として当然の言葉を発したのだ。
「それでは皆に指示します。本庁とは別に我々でも独自にグラウザーと朝刑事の動向把握の調査を開始します。さらに物理的にあのスラム街区へのアプローチ手段を検討します。もし我々涙路署内部で力不足であれば、可能な限り外部協力者を確保します。戦闘の影響が広がる前にグラウザーたちの救出と回収をなんとしても成功させます。いいわね?!」
「はい!!」
勢いのある声が一斉に上がる。やる気とテンションは最高潮だった。そして行動を開始しようとしたその時である。
「なんだと?! そんな馬鹿な!」
耳にスマートフォンをあてて叫んでいたのは新谷であった。
「突入する盤古小隊に同行して第2科警研のVTOLが飛ぶはずだっただろうが! 拒否されただと? ――わかった。お前たちも独自に動いてくれ、こうなったら我々も公安と一戦交える! グラウザーたちの回収は我々で独自に行う! 私も同行する、すぐに涙路署の屋上ヘリポートに来てくれ! 頼んだぞ!」
「どうしたんですか? 所長?」
当惑して今井が問いかければ、返ってきたのは憮然とした表情の新谷の顔であった。いつも朗らかに笑みを崩さない彼が人前で珍しく浮かべた〝怒り〟の表情である。ゆっくりと捜査課の面々へと視線を向けながら淡々と語りだした。
「我々、第2科警研でも特攻装警たちの回収のためのVTOL機を飛ばす計画でした。盤古隊員の支援を受けてグラウザーの所へと向かう予定だったんです。ですがそれを――」
新谷はぐっと右の拳を握りしめながら告げた。
「盤古側から断ってきたと言うんです。どう言う腹づもりで誰が動いているのかおおよその想像はつきますがね」
「それは、つまり?」
飛島が問えば新谷は強い口調で言う。
「公安の中に特攻装警計画に根強く反対している勢力があるんです。武装警官部隊を強化し、ゆくゆくは警察官の武装サイボーグ化を合法化する。そしてすべての武装警官部隊に武装サイボーグを主力として配備し、特攻装警を廃止に追い込む。そう言う事を企んでいる連中が未だに居る! 警察の非人間化を当然と思っている連中だ! 特攻装警計画はそう言う輩との戦いの連続なんです!」
新谷の語る言葉の裏側からは、グラウザーの完成に至るまでに起こってきたであろう困難やトラブルの数々がにじみ出ていた。皆、じっその言葉に聞き入っていたのだ。
「くそっ! アトラスとエリオットとグラウザーとセンチュリー! まとめて一気に葬り去る気か! そうはさせんぞ!」
語気も強く言い放ったときだ。新谷に今井が声をかけた。
「新谷所長」
今井の声に新谷が振り向けば、今井は意味ありげな笑みを浮かべながら語りかける。
「そのお話、我々にも協力させてください。ウチの捜査員を同行させます。あの埋立地に行くにはやはり空路で行くのが最短ですから」
「今井さん。たしかに警察職員の方に同行していただけるのならばそれに越したことはありませんが――本当によろしいのですか?」
「ええ、ぜひ同行させてください。それに公安の方針が警視庁の総意と言う訳ではありません。我々にはまだ切り札が残されています」
「切り札?」
疑問の声を漏らす新谷に、今井は力強く告げたのだ。
「本庁の警備部の協力を仰ぎます。警視庁にはまだ〝機動隊〟と言う存在があります」
機動隊――SATと並び、武装警官部隊成立以前に、犯罪制圧の最後の砦として活躍していた日本警察の主戦力の一つだ。そしてその機動隊を掌握し運用する立場にある人物がいる。
「そうか! 近衛君に協力を仰げば!」
「彼の所にも今回の資料は行っているのでしょう? でしたら話は早いはずです。まさか大戸島君がそこまで計算していた訳ではないでしょうけど」
今井は口ではそう言っていたが、内心では大戸島の配慮の深さを知っているだけにその可能性を感じずには居られなかった。大戸島とはそう言う男なのだ。
そして今井は飛島に声をかけた。
「飛島さん。体力に自身のある者を何人か選んでください。新谷所長に同行させます。その際に防弾装備を支給してください。万一のことも考えられますので。私は近衛警備1課課長に連絡を取ります。第2科警研のVTOL機に機動隊のヘリを同行させる様に依頼します」
「わかりました。すぐに人選を行います」
飛島も今井の弁を受けて指示を発した。
「おい! 俺の所に4人来い! グラウザーたちの迎えに行く気概のあるやつだ!」
今、捜査課のメンバーの意思はそれまでに無いくらいに高まっていた。飛島の言葉に即座に若い捜査員が集まる。その中には朝の先輩である宝田の姿も有った。
「よし、装備課から防弾チョッキを借り受ける。そののちに屋上で待機だ」
準備は整った。今井が皆に向けて宣言する。
「それではグラウザーと朝の救出を開始します」
その今井の声を受けて飛島の口から激が飛んだ。
「行動開始!」
「はいっ!!」
大声が一斉に飛び交い、慌ただしく行動が開始される。情報収集のために電話をかけ始める者、覆面パトカーで街に繰り出す者、第2科警研のヘリに同行する者――多種多様に全員が動いていた。
「課長、俺は海上保安庁に行きます。洋上から接近できないか交渉してきます」
「わかったわ。くれぐれも気をつけてね」
「了解です。増沢! お前も来い!」
「はい!」
そして今井の声が新谷に向けられた。
「所長」
「はい」
「グラウザーは必ず助け出します。彼は私達が手塩にかけて育て上げた〝息子〟ですから」
今井の母性を秘めた言葉に新谷は思わず頷いていた。そしてこう答えたのだ。
「無論です。こんな事で未来を捨ててはなりませんから」
誰かがかつてこう言った。
――正義は死なない――
今まさにそのための戦いが始まったのである。
















