第1話 ナイトチェイス/惜敗
〔現場より指揮車へ! 加賀町4号が横転しました! 搭乗員2名負傷。この混乱に乗じて被疑者4名が逃走! そのうち2名は捜査対象のベイサイド・マッドドッグです!〕
〔逃走したのはだれだ?〕
〔マッドドッグのサブリーダーの松浜と平戸です。大鳥・平片の2名は確保しました。それとあとから現れた3名の内、パーカー姿の男の身柄も確保しました。盤古隊員の撃った9パラで負傷しています〕
〔よし! その3名の身柄を厳重拘束しろ。違法密造武器の所持と使用、及び、警察官への傷害行為の現行犯だ。それと破壊した逃走車両も重要証拠物件として保全だ〕
〔了解、身柄を拘束して速やかに本庁に連行します〕
志賀は回線を切り替える。通信対象は盤古の小隊長だ。あれから妨害煙幕も風に飛ばされて飛散したことで、多少電波は通りやすくなっている。返事の声は速やかに帰ってくる。
〔こちら指揮車志賀。盤古神奈川ヘリへ。逃走車追跡状況は?〕
〔こちら盤古網島! 高速ヘリで上空より追跡中! ですが――〕
〔どうした?〕
〔見失いました。望遠映像でも解析していますが忽然と消えました〕
〔そんな馬鹿な!?〕
〔あくまでも推測ですが、ホログラム迷彩を併用したものと思われます。立体映像を用いた穏体システム。たとえ一瞬でも建築物の死角を利用してホログラム迷彩を用いて、追跡の目から逃れることができれば追跡を振り切ることは不可能ではありません〕
二人のやり取りをセンチュリーも聞いていた。そしてセンチュリーも声を発した。
〔志賀さん、網島さん。なんだか嫌な予感がします〕
2人ともセンチュリーのその言葉に傾注し次の言葉を待った。
〔大量の密造レールガン、センサー妨害機能を持った煙幕装備、さらには無人走行可能な偽装装甲車両、どれをとっても一介の街の悪ガキチームのレベルじゃない。違法武装密造組織との太いパイプを持つ一流の犯罪組織のレベルだ〕
〔大規模犯罪組織か、おそらくスネイルだな。やつらならやりかねない〕
網島は警察組織の犯罪制圧戦闘の最前線に立つ立場にある。今回の一件がどれだけ危険性を秘めた物なのか、それまでの経験から痛感していた。それに言葉を加えたのは志賀だった。
〔それは同意見だ。かねてより疑念を持っていたが、ベイサイド・マッドドッグには背後関係があると推察していた。それが広域武装暴走族であるスネイルドラゴンではないかと疑っていたのだが――〕
〔それが現実だったってことか。志賀さん〕
〔そういうことだ。今後は身柄を抑えた3人を神奈川県警で取り調べてさらなる調査を進めようと思う。センチュリー、網島さん、ここまでのご協力感謝いたします〕
志賀の言葉に答えたのはまずは小隊長網島だった。
〔では我々は速やかに撤収します。センチュリーもご苦労でした〕
武装警官部隊はその任務内容や社会情勢から、隊員たちに多大な負担がかかる組織だ。危険性も高いが、現状では彼らが犯罪社会抑止の最後の砦となっていた。
戦闘能力を持ったアンドロイドであるセンチュリーもまた、彼ら武装警官部隊の負担軽減が求められて産み出されたと言う側面を持っているのだ。それだけに彼らとの相互リスペクトは深いものがある。センチュリーは網島にも告げる。
〔はい、ご苦労様です。そちらに何かあったら俺たちにも声をかけてください〕
〔覚えておきましょう。それでは――〕
網島はセンチュリーにしっかりとした口調で答えていた。さらにセンチュリーは志賀にも告げた。
〔志賀さん。俺はこれで一旦撤収しますが、帰りがてら逃走した連中の足跡を追ってみようと思います〕
〔分かりました。くれぐれもお気をつけて〕
そんな言葉のやり取りをしながらセンチュリーは身を翻して自らの駆るバイクへと戻っていく。バイクに跨り、エンジンを始動させようと体内の無線通信回線を通じて、バイクの統括コンピュータユニットにアクセスする。
【 特攻装警第3号機専用オートバイ車両 】
【 ――ウェーナー―― 】
【 送信コマンド:エンジン始動 】
イグニッションキー代わりの信号を発信したその時である。
――ドォォン!!――
鳴り響いたのは大音響の爆発音。方向は西公園の方だ。とっさに先程の志賀課長へと無線越しに音声で問いかけた。
〔志賀さん! どうした、何が有った〕
爆発だけでない。炎上して燃え上がっている状況が明らかに伝わってくる。不安とあせりを覚えながら返事を待てば、志賀からのもたらされた返答は最悪の物であった。
〔自爆だ! 確保した逃走阻止車両が証拠隠滅のために自爆した! 捜査員が一名巻き込まれた!〕
〔大至急戻ります!〕
回線越しに西公園の現場が混乱し怒号が飛び交っているのがよく分かる。センチュリーもとっさに西公園の現場へと戻ろうとするが、そこに送られてきたメッセージは真逆のものであったのだ。
〔いや来なくていい〕
ショッキングな言葉に沈黙していると志賀の強い思いが篭った声が帰ってきたのである。
〔お前はお前でしかできない事を成してくれ。逃走者の追跡、くれぐれも頼んだぞ〕
センチュリーは、志賀が語るその言葉の裏に、圧倒的な人手不足に苦しむ警察の現状を感じずには居られなかった。高い戦闘力と機能性を持つ〝特攻装警〟と言えど、できる事には限りがある。万能な存在では無いのだ。忸怩たる思いを懐きながらセンチュリーは志賀に伝えたのだ。
〔了解、逃走者の追跡に向かいます〕
そして後ろ髪をひかれる思いで専用バイクを一路走らせた。
社会には闇がある。消し去りきれぬ巨大な闇が。
今夜もまた、その巨大な闇の真っ只中へと、彼ら特攻装警たちは足を踏み入れて行くのである。