Part19 第1方面涙路署捜査課/可能性
涙路署捜査課に姿を表した人物。それは第2科警研の所長である新谷だった。警視庁での話し合いを終えてすぐに来たのだろう。その手には書類入れの大判の封筒に入れられた資料を抱えている。
「いやぁ、グラウザーが自分の判断で2次装甲の遠隔装着をうちの大久保の所に支援要請をしてきたんですよ。それで私は本庁の特攻装警運営委員会に直行して承諾をとってきたんです。ですが、話の順序が前後しまいましたが今井課長や皆さんのところにも事情説明がてら顔を出したほうが良いと思いましてね」
「本庁に?」
「えぇ、委員会のお偉方にお墨付きをもらわないと何か有った時に問題になりますから」
何かとはすなわち2次装甲装着の失敗、そしてグラウザーの敗北による破壊の事だ。絶対にあってはならないが、現在状態だとグラウザーの戦闘力不足を補う事が最優先だということは誰の目にも明らかだ。新谷の説明に飛島が問いかける。
「それで〝鬼の巣〟の連中はなんと?」
鬼の巣――特攻装警運営委員会の事を揶揄する隠語だ。特攻装警を預かる者にとってはあの会議室は下手な査問委員会よりも背筋が凍るとは共通した意見なのだ。
「今回に関しては仔細あってもお咎め無し。思う存分やってくれと言うことです。副警視総監殿も即断即決で決めてくれました。いやぁ、今度の新副総監は話が早くてわかりやすいですなぁ」
「そうですか。良かった、これで後々の事を思い悩まずに済みます」
新谷から副総監の決断の弁を聞いて、今井は安堵の気持ちを漏らした。警察は縦社会であり、責任所在が重視される組織だ。その責任について現場判断の最上部がお墨付きを出してくれたのだ、今井としても思い切り動ける事になるのだ。今井は更に尋ねた。
「それで装備装着の結果は?」
「それなんですが――、まだ作業をしている大久保から報告が来とらんのですわ」
新谷の口から出た聞きなれぬ人名に飛島は尋ね返す。
「大久保?」
「あ、これは失敬。ウチの主任技術者です。人工頭脳学が専門でして、グラウザーの開発担当をしとる奴です」
「そうですか。それで成功の可能性は?」
今井から可能性という言葉が出てくる。すなわちグラウザーの2次装甲装備の装着成功の可能性についてだ。それは今井のみならずこの場に集まる刑事たち全員が案じていることであった。それは同じ現場でグラウザーと轡を並べて難事件に立ち向かい続ける同胞として、抱いて当然の不安ごとだった。それに明確な答えを返すのは新谷の当然の役割である。
「ハードウェアレベルでは100%確実です」
「100%――」
思わず追いかけるような声が漏れてくる。そして広がるのは安堵、だが新谷は続ける。
「ですが、もう一つのソフトウェア、すなわちグラウザーの〝心〟の問題がこれまでの装着試験の成功を阻んできました」
「心の問題?」
「はい」
今井の問いかけに新谷は落ち着いた口調で答えた。
「アイツの戦闘プログラムは、これまでの特攻装警たちとは異なり、グラウザー自身の心と価値観に根深くつながっています。彼自身が『戦闘』と言う行為の本質を理解し、その必要性を彼自身が認める必要があるんです」
飛島が新谷に問いかける。
「なんでそんな面倒くさい仕組みが?」
「おっしゃることはわかります。命令コマンド一つで武器が使えるようにする。それなら開発も運用もとても簡単です。育成だってこんなに時間も手間もかからんかったでしょう」
それは今井も、他の捜査課の者たちも理解していることだ。グラウザーの育成がどれだけ大変なものだったかは身をもって知っている。だがその理由と必然性を新谷は告げた。
「ですが、その方式を採用したエリオットとフィールには重篤な欠点が生じました」
新谷の言葉に今井は答えに気づいていた。
「〝二重人格問題〟ですね?」
今井の言葉にさざなみのように広がる疑問に今井自身が説明する。
「警備部のエリオットは、戦闘プログラムが起動中と待機中では、別人みたいに性格が変わるのよ。戦闘プログラム起動中はバリバリの軍人肌。待機中はお坊さんみたいに無口で物静か。あまりに違いすぎるんで警備部の職員がどう接していいか戸惑うほどなの。フィールもエリオットほどではないけど、戦闘活動時は好戦的で性格が豪胆になるって言うわ」
「そういやそう言う話を聞いたことがあるな」
飛島が記憶を掘り起こすようにつぶやいていた。そして新谷が告げた。
「ですが、警察が市民との対応を念頭に置いた時、やはり人として、そして人間の隣人として立ち振舞は人としてごく自然な方がいい。機械として装備として、性能を求めるあまり、人間という存在からかけ離れてはならない、と言うのが我々開発者としての結論だったんです。だからグラウザーには人間が当たり前に持つ闘争本能と言う形で、戦闘プログラムを内包させたんです。そうする事で二重人格問題を回避できる見通しとなった。ですがこれが仇になった」
その説明に強く頷いていたのは飛島だった。現場での逮捕経験も豊富であるが故に新谷の説明の本質が痛いほど理解できるのだ。
「そりゃそうでしょう。我々だってのべつ幕なしに犯人制圧のためにキレるわけにはいきまんせんよ。それなりの動機と理由が必要ですよ。自らを奮い立たせ、そして他人を攻撃することを気持ちと理性が同時に納得している必要がある。理由なく怒り出すやつは単なるバカです。組織人としても、一般人としても失格です。だからこそ我々警察は証拠と事実とプロセスを重視する。それができない警察は単なる暴力装置でしかない」
「おっしゃるとおりです。アイツ自身が戦うと言う事の本質と意味を理解して体得できなければ、人としての〝闘争本能〟は目覚めません。そして闘争本能が必然性を持って行使できることが、アイツの『戦闘プログラム』が動くための必要条件なんです」
飛島の言葉と新谷の言葉が繋がった時、場の全員が納得できるような空気が広がりつつ有った。そしてそれを追認するように新谷の言葉が続いたのだ。
「今までは研究室や実験施設の中で仮想的にしかグラウザーの闘争本能を引き出せなかった。ですが今回は違う。戦うべき〝敵〟が居て、戦わねばならない理由がある。そして護るべき存在も居る。あのエリアは貧しいスラム民が多数居るといいます。グラウザーにしてみればスラムの人々も護るべき大切な存在のはず。アイツの今置かれている状況から考えれば、失敗する要素の方が見つけにくいほどだ。ワシは今度こそ成功すると信じています」
新谷の言葉に安堵の空気が広がる。そして今井が言葉を発した。
「所長の口からそうおっしゃっていただけると私達も安心できます」
今井の言葉に新谷が頷きながら告げる。
「成功の可否に関わらず大久保から連絡が入ることになっています。入り次第お伝えします。それとワシがここに来たのはもう2つの要件があるんです。それの説明をさせてください」
















