Part18 サイドストーリー・ファミリー/眠れる少女
モンスターはジニーロックが語る言葉に静かに頷いていた。
「そうか、それが俺の所にすぐに来れなかった理由だったのか」
「すまねぇ兄貴」
ジニーロックの本意に気づいたモンスターは弟分の語る詫びの言葉をそっとたしなめる。
「気にすんな。むしろ、お前が昔と変わってなくて安心したぜ」
ジニーロックも兄貴分の言葉にそっと感謝するように頷いていた。そして改めてモンスターに問うた。
「でも、兄貴、どうやってアイツを助け出したんだ?」
「そいつはな――」
その言葉を漏らした時、モンスターは歩みを止めた。2人の向かう先に両開きの扉があり、そこにはフード付きロングコートを着込んだ2人の黒人男性が護衛の如く立っている。そして姿を表したモンスターに気づくと、頷いて挨拶しつつドアノブに手をかける。そしてモンスターは2人に目線で合図しつつこう告げたのだ。
「この中で教えてやるよ」
そこは、その地下医療施設の最奥部の特別室だった。そこに一つの事実が隠されていたのである。
@ @ @
純白のアルミ製の左右開き二枚扉。それを2人の従者が左右に開ける。足音も静かに中へと足を踏み入れるが、中をすぐには見られないように衝立が置かれそこを脇から回り込む形となっている。
モンスターとジニーロックが衝立を超えて、その中へと足を踏み入れれば、そこに囚われの牢獄から救い出された哀れな少女が寝かせられていたのである。
そこにはスタンダードな真っ白な医療用ベッドが据えられている。その左右には心電図などの各種計測機器、各種薬剤を自動投入する点滴装置などが配置されていて、そのベッドに寝ている者が今なお適切な治療を必要としている事を示していた。
心電図装置や脳波モニター装置、サイボーグならではの体内装置のモニタリング機材、それらが医療用ベッドに横たわっているその〝少女〟につながれていた。
白い寝具をかけられ軽い寝息を立てて横たわっている彼女の隣には、スカートスーツ姿のロングヘアの黒人女性が簡素な椅子に腰掛けていた。介護役の女性らしかった。その彼女に先に声をかけたのはモンスターの方である。
「よぉ」
低く野太い声に気づいて、手にしていた小さな本を閉じて顔を上げるとモンスターへと声をかける。
「ボス」
「様子はどうだ? メテオラ」
「はい、今日は朝から今のところは落ち着いています。昨日の午後辺りからは暴れるのもなくなりましたし、ぬいぐるみでおとなしく遊んでいます」
ぬいぐるみと言う言葉に反応してベッドの周りをつぶさに眺めれば、寝具の中で寝息を立てている〝彼女〟周りにはテディベアやミッフィの様な可愛らしい動物のぬいぐるみが所狭しと並んでいた。そのあまりの数の多さにさしものモンスターも苦笑せざるを得ない。
「ずいぶんとまぁ、プレゼントしたもんだ」
「しかたありません。とにかく不思議とぬいぐるみを欲しがるんです。その――、私たちに救い出された直後から言動や行動が3歳か4歳の幼児のような状態になっているんです」
「幼児退行か」
「はい、一時的な物ですが記憶と精神が過去に戻ってしまっています。昔の記憶のフラッシュバックで恐慌を起こして暴れたときも、新しいぬいぐるみを与えて優しく声をかけてあげると下手な鎮静剤よりもおとなしくなります。今のところ発作は起きてませんからこのまま回復していくかと」
「そうか――、しかしぬいぐるみ一つが一回の恐慌か。て事はこんなに暴れたのか」
ぬいぐるみの数は単純に考えても五や十ではきかない。その大変さが伝わってくるかのようだ。
「はい、ここの施設のナースが一人大怪我をしました。命に別状はありませんが、急所を指先で一撃です。キラースパイダーの異名は伊達はありませんね」
「そうか、ならそのナースには保証はしっかりしておけ」
「はい、承知しました」
モンスターの言葉にメテオラが頷き返す。そしてモンスターとジニーロックにことの仔細を説明するために言い含める様に告げた。
「申し訳ございませんが、そのため安全を考慮してこう言う処置をほどこしてます」
メテオラと呼ばれたその女性は、ベッドの掛ふとんの捲ってやる。だが、そこには本来脚があるはずの場所には何もなかったのだ。その光景に驚いたのはジニーロックである。
「脚が? おいおい義足を外してるのか?」
「安全のためです。そうでないと治療ができませんので。その代わり両腕はちゃんとした物を装着しております。救い出した時よりはまともな扱いをしているつもりです」
どこか納得できていない風のジニーロックに、声をかけたのはモンスターだ。
「さっき俺が言ったよな。助け出すだけなら簡単だったって」
「あぁ」
「それはな――、この女を交換用寝具のコンテナに紛れ込ませて荷物として運び出せたからなんだ。なにしろ、小さくてコンパクトだったからな」
「小さくてコンパクト?」
「手足が無かったら、痩せた女なんてトランクサイズだ。こいつ警察関連の病院に閉じ込められてから、両手両足を根本から外されてたらしい」
さしものジニーロックも酷すぎる扱いに驚き素直に怒りを顔に出している。
「ベッドの上に配線と管だらけにされてマネキンみたいな姿で寝かせられてたそうだ」
モンスターも義憤を隠さずに吐き捨てるように言った。
「安定剤と鎮静剤の射ち過ぎで、おっちんじまう直前だった。戸籍も国籍も無いためかポリ公はこいつを人として扱うことを端っから放棄してる。あいつらにとっちゃぁ人としての登録データが無いから、この世には居ないはずの人間なんだよ」
「くそっ、人権はどうなってるんだ」
「はっ、そんな事を考えるような奴らかよ。犯罪者から自分の身を守るので手一杯の連中だぜ? 暴れないように逃げないように、ひたすらあらゆる自由を奪う方向で取扱が進んでいた。もしかすると保護者も類系も居ないから医療事故で死んだって話にするつもりだったのかもな」
「死人に口なしか、違法サイボーグの逮捕の際に使われる簡易義肢は?」
ジニーロックの問いに半ばあきれての問いかけにモンスターは答える。
「それなんだが――、助け出しに入ったヤツの話じゃ準備された形跡すら無かったってよ。ベッドにくくりつけられて監禁状態だったそうだ。生かさず殺さずって言葉が有ったが、今度のケースはまさにそれだ。今一歩遅れてたら、命は何とかなっても、心や魂は殺されてただろうぜ」
「そうか」
モンスターの説明にジニーロックは頷きながらベッドサイドへと歩み寄る。真っ白な寝具に埋もれるようにして眠れる少女――、それはかつて凄腕として知られたスネイルドラゴンの幹部の一人『ジズ』の成れの果てだったのだ。
















