Part18 サイドストーリー・ファミリー/ジズと言う女
そして再び誰も居なくなった薄暗い通路で二人きりになるとその黒人の2人は会話を再開する。首に幾重にも金銀のチェーンネックレスを重ねたサイケ柄シャツの男はモンスター、ドレッドヘアのガーゴイルズサングラスの男がジニーロック、今やその名をこの界隈で知らないものは居なかった。2人は互いを〝兄弟〟と呼びあうほどの仲だったのである。
モンスターが告げる。
「話を戻すぞ」
「オーケィ」
「お前が連れてきてほしいと言ったジズとか言うジャパニーズの女だが、ジャパンのポリ公が扱いに困るほどの面倒な女だと言うことがわかった。事の仔細を聞いた時は俺でも驚いたぜ」
「どういう事だよ? 兄貴」
ジニーロックが訝しげにと言えば、モンスターは韻を含めて問い返す。
「お前、その〝ジズ〟って女の年齢分かってたか?」
「年齢? あぁ、その事か。知ってたぜ?」
「なぜ言わなかった」
「なぜって――、そんなに大事なことだとは思わなかったしよ」
モンスターの苛立ちとは裏腹に、ジニーロックは気にも留めてない風だ。溜息を漏らしながらモンスターは言う。
「全くお前らしいぜ、そのせいで女の居場所を突き止めるのに手こずったんだ。調査を命じたヤツから文句言われたぜ。まったく」
「わりぃ。そいつはすまなかったな」
「いいか、覚えとけ。この国では13歳に満たないやつはいかなる理由が有っても、保護対象の子供として法的責任は一切問われない事になっている。たとえ殺人を犯しても逮捕も刑罰もない。しかるべき適切な保護者の元で再教育される。今も昔もな。だがそのジズって女の場合、その年令がネックになったらしい。日本の警察でもどう言う扱いをしたら良いか皆目検討がつかなかったらしいぜ」
「そんなに面倒だったのか?」
「あぁ、12歳の大量殺人サイボーグなんて、そうそう居るわけ無いからな。殺人を職業的にこなしているプロなら逮捕勾留ののちに、どう考えても死刑だ。だが、実際の年齢は12のガキ。しかもだ、出生届がされて無かった。無戸籍、無国籍だったんだ」
モンスターのその言葉にジニーロックも流石に驚かずには居られなかった。
「無戸籍? まじかよ?」
「あぁ本当だ。警察でもジズと言う人間の素性は調査対象だったらしいが解るはずがねえ。戸籍がなくて、しかも成人してると思われたのが12のガキだ。あらゆる事の想定の外だ。分かってみてびっくりってやつさ」
モンスターは言葉を止めること無くそのまま続けた。
「戸籍がない。つまり法的には居ない人間だ。無戸籍、無国籍なら刑を執行せずに国外追放される。しかし殺人のプロを簡単に国外に出すわけにも行かない。刑を執行して収監するしか無いが、実年齢が12歳の未成年で法による処罰の対象外だ。だが、外見はまるっきりの大人、あらゆる状況が警察にとっちゃ常識外だ。国外追放も刑の執行も収監もできない。かと言って無罪放免して児童相談所に預けるわけにもいかねぇ。それで困り果てた警察は、法的処置を決定するまで警察病院に監視つきで閉じ込めることにしやがった。物理的に絶対に逃げられないようにしてな!」
モンスターが語る言葉の語尾には苛立ちとも侮蔑ともとれるニュアンスが有った。ジニーロックがモンスターに尋ねた。
「何にも手繰れねぇのか?」
「あぁ、誕生日すらわからないそうだ。当然、母親が誰なのかすらも不明。ジズが居た組織の人間にも分からないとよ。と言うより父親は組織の幹部で殺人狂と来れば関わるのすらゴメンだと思うだろうさ。まぁ庇うような声はゼロだそうだ」
モンスターが冷淡に告げた言葉だったが、ジニーロックはうなずかなかった。少しばかり沈黙すると、囚われの身だったジズの事を思いやるような優しい口調で語り始めた。
「知ってたさ。アイツがひとりぼっちだって事はな。12歳のガキだって事もしってる。親父がくそったれなクズ野郎で、周りの大の大人がすっかりビビっちまって近寄ることすら腰が引けてたこともな」
「そうか、お前と一緒のチームだったな」
「あぁ、この国に潜り込んですぐに誘われた。密入国のブローカーから当面の居場所にと紹介されたんだが、回された先がジズの父親のハイロンとか言うクズのチームだったんだ」
「スネイルドラゴンのハイロンか――、聞いたことはある。自分より弱いヤツを取り込んで、サイボーグ化で手駒にして徹底的に使い潰す。気に食わないとあっさり殺す。血も涙もないイカレ野郎だってな。アイツを良く言うやつはほとんど居ねえよ」
「だろうな。すぐ真下で働いてて正直、殺してやろうと思ったことも有った。だが兄貴のところにたどり着くまでは面倒は起こさないつもりで居たからなんとか堪えてた。それで少しでも黙らそうと、弱みを握りたくてハイロンの身辺を探ってたら、たどり着いたのがあの女のプライベートだったんだ」
「それで?」
「流血のスパイダーとか、殺人鬼の血まみれ蜘蛛とか、散々な言われようだったが、プライベートじゃそんなのは虚構だと云うのはすぐにわかった。前にもあとにもあんな悲惨なベッドルームなんて見たことはねえ」
強い口調で吐き捨てる声に、モンスターが弟分のジニーロックの顔を伺えば、その顔は堪えきれない怒りを浮かべていた。
「兄貴、人間の頭蓋骨抱いて泣きながら寝てる女って見たことあるか?」
「頭蓋骨? まさか――」
「あぁ、そのまさかさ。ジズは生まれてから一度も母親とは会ったことがねえ。と、言うより、ハイロンが個人的に所有していた女奴隷の一人に気まぐれに産ませたのがジズなんだ。当然、生まれてすぐに引き離されて、ハイロンの手元でペット代わりに育てられた。そして3つの頃からサイボーグ化が施されて、物心つく頃には凄腕のキラードールが一人出来上がったってわけさ。ぬいぐるみで遊ぶより、組織の離反者の処刑をやらされてる方が多かったそうだ。一人殺すたびに父親のハイロンから褒められて、殺人の英才教育が次々にほどこされて育ったのがアイツだ。そして、あいつが10歳のときだ。ある女奴隷が要らなくなったからと言う理由でジズに処刑が命じられた」
「女奴隷? まてまて、ちょっと待て! おいおいまさか!?」
「あぁ、そのまさかさ」
流石にモンスターも話の先を想像して驚きを隠せなかった。だが、ジニーロックは言葉を止めずに語り続けた。
「そのジズ自身の手で殺された女奴隷がジズの母親だよ」
「―――」
あまりといえばあまりに残酷な事実に、さすがのモンスターも言葉を失った。だが悲惨な事実は終わりではなかった。
「あいつがその事実を知ったのは、母親を手にかけてから半年たった時だった。組織の下っ端が噂話で喋ってたのをうっかり聞いちまったんだ。そして当然、半狂乱でハイロンに食って掛かったらしいが、娘の反抗を許すような奴じゃねえ。サイボーグボディをコントロールされて拷問というお仕置きをされた。そして、ハイロンに服従すると誓ったあとにご褒美として渡されたのが母親の頭蓋骨だ。墓にも入れられずゴミ置き場に捨てられてたそうだ」
ジニーロックが語る言葉に、さしものモンスターも顔を左右に振るしかない。
「アイツは何もないベッドと寝具しか無いプライベートルームで、毎晩泣きながら母親の頭蓋骨をぬいぐるみみたいに抱きながら寝てた。ママ――、ママ――、って3つ4つの赤ん坊が泣きじゃくるみたいにしてな。でもアイツのサイボーグボディは父親であるハイロンの完全支配下にある。抵抗することも逃げることも死を選ぶ事もできねえ。そんなアイツに最後に許された事――」
ジニーロックが一気に語った言葉に、モンスターが続ける。
「殺しに歓喜して一人でも派手に殺すこと。ハイロンのお気に入るように立ち回ること。そして何も考えなくて済むように〝狂っちまう事〟」
「その通りだ兄貴。一般に知られているジズのイメージはそこから来ている。イカれたアイツの姿は演技であり虚構でしかねぇんだ。最後にはハイロンが父親だって事実すら自分の記憶から消しちまってた。それにだ。兄貴も知ってるだろ? 俺は泣いてるガキを見捨てる事がどうしてもできねぇ。図体はでかくてエロい女でも、中身はよちよち歩きのガキのまんまなんだよ。子供なんだよ! だからいつかアイツをあのクソッタレな殺人狂のハイロンの所から連れ出したかった。そのチャンスをずっと狙ってたんだ」
















