Part17 オペレーション/頚椎1
そして更にヴァーチャルコンソールを操作する。
頭部をホールドしていたヘッドレスト部分が展開して、頭部を保持しつつ頸部周辺が開放される。そして手術用オペレーションマニピュレーターや各種計測センサーが展開できる余地が作られる。
「まずは骨折箇所と頚部脊髄の損傷状況の確認だな。チャオ――」
シェンが朝に問いかける。
「CTスキャナーを展開する。多少放射線が飛び交うからオペレーションベッドから離れてくれ」
「はい」
「その間に整復用素材を用意してくれ、コンテナナンバーはE07、C12、A03だ。部屋の端に運搬用ラックがある。それを使え」
「はい」
朝は指示されたとおりにコンテナを準備し始める。そのコンテナ内に必要な手術用素材が収められているのだろう。その間にシェンは手術処置を進める。
【 ラスタスキャンCT起動 】
【 対象患部部位 】
【 >頸部全域 】
カチュアの頸部を前後左右から囲むように4基の長方形のセンサーがアームに支えられて接近してくる。そして頸部から4センチほどの距離を保つとパイロットランプが点灯して作動を開始する。
【 センシング対象 】
【 >頚骨構造 】
【 >頚骨内脊髄 】
【 [スキャニング開始] 】
コマンドを指定すればカチュアの頸部状態が速やかに読み取られていく。そして得られたデータをその場で速やかに処理して空間上に3Dホログラフィとして投影していく。
皮膚外観が薄い青、血管と思しき部位が赤、脊椎などの骨が白、そしてその内部の脊髄が黄色で表示されている。さらに映像を処理してゆけば、緑色で脛骨の破損箇所が明示されていく。
カチュアは頭部を左側面から殴打されている。その為、脛骨にも左から右へと強い力が加わったのであろう影響が出ている。緑色で明示されているのは上から2番めの頚椎、第2頚椎で、さらに第2頚椎には首関節の〝軸〟の役割を果たす〝歯突起〟と呼ばれる突起があり、それが最上部の第1頚椎内に貫入している。そこがポッキリと折れているのである。
「軸椎骨折か、他には――」
さらに画像を精査すれば上から5番目の第5頚椎、そこにかすかながら緑色のマーキングがされている。上下方向からの圧迫力が加わったために頚骨の主要部である椎体が破裂しているのがわかる。骨は前後に分散する形で離断しており、そのうち一部が脊髄を圧迫しているのがわかった。
「第5頚椎の椎体圧迫骨折か――、軸椎の歯突起は単純骨折だからハードカラーによる仮固定で自然回復に任せるとして――」
【 可動式ハードカラー形状変更 】
【 頸部左右部位開放、手術アプローチ形成 】
「――破裂骨折部位の整復と脊髄への圧迫の除圧だな。まずは仮固定処置からだ」
そして診断を終えると朝に声をかける。
「チャオ、コンテナを所定位置にセットしてくれ」
「はい」
床に映像が浮かび、コンテナをセットする位置が明示される。そして指定されたとおりに並べれば、まずはE07のコンテナがマニピュレーターアームで開けられる。そしてしかる後に取り出されたのは2本のアンプルである。
【 体内深部領域薬液注入用 】
【 ロングタイプ動力シリンジ 】
【 >所定位置セット 】
【 動力シリンジコネクターへ 】
【 指定薬液アンプルをセット 】
【 指定薬液1: 】
【 骨形成カルシウム体誘導ナノマシン 】
【 指定薬液2:再生骨形状誘導体ナノマシン 】
【 [同セット完了] 】
【 動力シリンジを所定位置に誘導 】
そして極細であり長さ20センチはあろう長大サイズの注射針を備えたその器具はカチュアの頸部上端部分を狙うように、カチュアの首のやや斜め前方下方からアプローチして針をあてがっていく。
「ニードル挿入開始」
シェンの宣言とともに動力シリンジの先端の特殊針は、確実にカチュアの頸部の内部へと侵入していく。そしてその針の動きは空間上に投影されている頸部の内部構造の再現図の中で着実にある部位へと進んでいるのだ。その際に重要器官を傷つけないように、角度と進行方向には最新の注意が払われている。幸いにして重篤な故障となる病変は起こらなかった。
「シェンさん、これは何を?」
朝が問えばシェンは冷静に淡々と答えた。
「軸椎骨折をしている第2頚椎先端へと直接針を打ち込む。そしてしかる後に骨折部位にダイレクトに骨細胞の再活性化を促し骨折部位の再生を促すカルシウム誘導体を注入しているんだ。それと骨折部位の再形成が理想的な状態になるように誘導と制御を行うための高機能ナノマシンも投入する。こちらの方はそんなに骨折状態はひどくはないから切開しての整復処置は不要だろう。問題はもう一つの方だ」
さらにマニピュレーターがコンテナを開け素材の準備を始める。
「第5頚椎の椎体が破裂骨折している。骨折状況としては比較的軽い方だが、脊髄への圧迫も発生している。こちらは破裂している部位の骨片を整理して正規の状態へと戻して頚椎としての機能を取り戻す」
「頚椎機能回復の可能性度合いは?」
「普通の医師なら元通りになるかどうかは五分五分だが、俺は確実に100%回復させる。破損した椎体も完全に修復して頚椎機能も取り戻す。神経機能の麻痺も発生させない」
そう言い切った時、ニードルの先端が対象患部へと到達したことが告げられた。
【 シリンジニードル先端 】
【 [指定患部領域へと到達] 】
【 >薬液アンプル電磁バルブ開放 】
【 >薬液1 薬液2 同注入開始 】
【 [指定薬液全量注入完了] 】
【 >動力シリンジ先端ニードル抜き取り開始 】
2種類のナノマシンが各種薬液と一緒に軸椎骨折の患部へと注入された後に、鋭利な注射針は速やかに抜き取られた。今、この段階ですでに投与された二種類のナノマシン薬液は効果を発揮し始め、徐々にであるが軸椎骨折の患部の歯突起のグリーンの表示が縮小しているのがわかる。
「これで軸椎骨折の方は早ければ3日くらいで生着するだろう。問題はこっちだな」
シェンが指し示した先は破裂骨折した第5頚椎の方である。空間上に明示された3Dホログラフィの模式図を拡大すると破裂した椎体部はおおよそ3つに分かれている。その内の一部が後方へとズレて脊髄を圧迫しているのである。
「普通の医師なら破裂した頚椎の骨片を除去して首の骨をボルト固定するところだが――」
【 頚椎、前方除圧法による 】
【 破裂部位の再形成処置 】
【 プロセス1>頸部左右切開処置よる開窓 】
マイクロマニピュレーターが動き、カチュアの首の左右部位を3センチほど切開していく。皮膚、内皮、真皮、脂肪層、筋肉層と進み、途中頸部血管を傷つけないようにサブマニピュレーターで保護して養生しつつ重要箇所である第5頚椎へと到達する。
「――私はそんな無粋な処置はしない」
















