第1話 ナイトチェイス/兵器人体
センチュリーが叫ぶのと同時にアクセルケーブルはまるで命を宿しているかのように宙を泳ぎながらドレッドヘア男の体へと巻き付いていく。左腕を螺旋に這い回りつつ敵の首筋へと絡みつくと敵の逃走を抑止する。
そしてすかさずアクセルケーブルのグリップを引き絞って敵の体勢を崩そうとする。
「Shit!!」
思わぬ攻撃に戸惑いつつワイヤーから逃れようとするドレッドヘア男だったが、センチュリーとの引っ張り合いのために思うように攻撃をする事ができないでいる。少なくともケーブルを絡められた左腕は使用は困難だろう。思わず残る右手をセンチュリーの方へと向けてくるが、センチュリーもホルスターに戻してあったグリズリーマークⅢを抜き放った。
【 弾丸射角瞬間計算開始 】
【 3次元空間位置座標シュミレート 】
【 計算対象:制圧対象攻撃阻止最大効果射線 】
【 >シュミレート演算完了 】
【 >全身各部関節位置高速アジャスト 】
【 使用拳銃トリガー発射タイミング 】
【 >フルオート 】
照準を目視で合わせている暇はない。自らの身体に備わったセンサーから得られるデータをフル活用し、敵の位置とそこから放たれるであろう射撃を予測してそれに対して最大の防御効果を発するだろう射撃位置とタイミングを瞬時に割り出す。
そして、全身の関節位置を最適位置にした上でフルオートで発射させる。しかる後にグリズリーから放たれた44マグナム弾は、敵ドレッドヘア男の右の手首へとヒットして、その攻撃のための動きを見事に阻止したのだ。
敵の攻撃を食い止めたことを見越してセンチュリーは怒号を込めて叫んだ。
「野郎!――」
そして右手のアクセルケーブルをグリップごと思い切り後方へと引く。ドレッドヘア男は右腕の射撃を阻止された事もあり、体勢を崩して引かれるままに前のめりになる。それを逃さずセンチュリーは左足を高々と振り上げた。
「いい加減にしやがれぇっ!」
左足を下から上へと振り上げる動きで一発。返す動きで上から下へと振り下ろして脳天へと容赦のないかかと落とし。敵の動きを見ていたセンチュリーは敵がまだ両足を踏ん張っていて意識を喪失していないのを確認すると、回し蹴りで左後方から右へと横薙ぎに蹴り飛ばした。
ドレッドヘア男の体が横飛びにすっ飛ばされる。それを視認しつつセンチュリーはアクセルケーブルによる捕縛を解除して被疑者へと一気に駆け寄る。そして前のめりに横転していたドレッドヘア男の左肩を踏みつけにすると左のグリズリーと右のデルタエリートを突きつける。半分は威嚇、残るは緊急避難による処分を意図しての物だ。
「そこまでだ! 少しでも動けば射殺する!」
違法サイボーグはその殆どが殺傷力の高い違法兵器を仕込んでいる。生身の人間に例えるのならば、常時その手に発射可能状態の拳銃を握りしめながら生活しているようなものだ。あるいはいつでも抜刀可能な日本刀を腰に下げて往来を歩くようなものだ。この現代社会で到底容認される行為ではない。
だから処分する。それ以上攻撃が行えないようにすべての攻撃手段を無力化する。破壊、切断――あらゆる手段を用いて、さらなる被害者が出ないように対策を講じるのがこの時代のセオリーなのだ。
センチュリーは眼下の男を眺めつつ無力化の手段について様々に思案する。そしてそれと同時に周囲の状況を確認しようとする。
と、その時、センチュリーの認識の中に割り込んでくる通信が有った
〔センチュリー! 武装サイボーグは制圧したか?!〕
作戦指揮を執っている志賀だ。モニター越しの状況確認と同時にセンチュリーに通信してきたのだ
〔制圧完了、あとは無力化を残すのみだ。残りの連中は?!〕
〔地下駐車場入り口に固まっている! 別ルートから先回り地下駐車場に回り込ませて入口ドアを内側からロックさせた! 逃走は阻止した! 支援部隊として神奈川の盤古1小隊がそろそろ到着するはずだ〕
〔武装警官部隊か! ありがてぇ!〕
そしてセンチュリーがそう口にした時だった。高速ヘリが一機、西公園の上空に爆音を響かせて近づいてくるのが聞こえてきた。そのローター音に居合わせた捜査員たちが安堵の表情を浮かべようとしていた。しかし――
「甘いんだよ! ジャパニーズポリス!」
挑発するように言い放ったのは他でもない、センチュリーが足元に踏みつけにしていたドレッド男である。その声にセンチュリーが視線を落としたその時である。
「なんだと、てめ――」
センチュリーの言葉を断ち切って、濛々たる白煙が周囲に溢れ出したのだ。
白煙の正体はすぐに視認できた。眼下で踏みつけていたドレッドヘア男の全身から溢れ出る〝視覚妨害煙幕〟である。
「しまった!」
センチュリーだけでなくその場に居合わせた幾人もの捜査員が口々に叫んでいた。そしてセンチュリーはその煙幕の正体を即座に知ることになる。
【 ――視覚情報分析―― 】
【 光学妨害:不可視度90%以上 】
【 マイクロ波妨害:高レベル 】
【 [レーダー視覚使用不可]】
【 電波妨害:高レベル 】
【 [警察デジタル無線使用不可]】
【 熱源視覚妨害:高度熱拡散機能確認 】
【 附則:振動感知妨害マイクロマシン確認 】
【 】
【 日本警察データベース経由にて 】
【 防衛庁兵器資料データベースへアクセス 】
【 データベース高速検索開始 】
【 >当該兵器情報検知 】
【 ≫ロシア正規軍向け 】
【 高機能妨害煙幕装置に酷似 】
【 付帯情報: 】
【 外務省国際危機管理情報資料において 】
【 ロシア兵器産業より類似技術地下流出の 】
【 事例を確認。 】
「なんだと?!」
狼狽る声が漏れたのを耳にしたのか、ドレッドヘア男の声がする。
「悪いなダンナ! 世の中はいつだって――」
次の瞬間、迸ったのはあの2万ボルトはあろうかという放電装置の紫電である。
「軍隊と犯罪者のテクノロジーの方が上なんだよ!」
特殊妨害煙幕の中、放たれた放電は拡散することなくドレッドヘア男の脚部周辺で収束放電していた。そしてその状態のまま両足を目いっぱいの勢いで地面へと叩きつける。そして抑え込まれていた放電は一気にスパークしコンクリート製の床を吹き飛ばし、センチュリーの体をも僅かに吹き飛ばしたのである。
「ちぃっ!」
声を漏らしつつ後ろのめりに倒れそうになる。それを必死にこらえつつ踏みとどまるが、足で踏みつけにしていたドレッドヘア男はすでに脱出したあとである。
「くそぉっ! これがアイツの〝とっておき〟か!」
戦闘行為を日常的に常とする者は、それぞれが独自に戦闘のセオリーを持っている。打撃系、銃撃系、切断系、特殊機能系、格闘系、白兵武器、殺人兵器――
そして、常套手段とする得意の戦闘スキルの他に、ここぞと言う時に使用する〝とっておき〟の一撃と呼ぶべき物を誰もが持っている物だ。
それは当然センチュリーにもあるが、このドレッドヘア男の場合は組み込み電磁レールガンでもなく、脚部の放電装置でもない、全身各部に仕込んでおいた特殊妨害煙幕だったのである。
周囲に視線を走らせ逃亡者の後を追う。しかし通常光学視覚では視認は困難であり、熱サーモグラフィも、電磁波発信源探知も、ノイズが酷くて追跡は困難だった。少なくともどの方向へと逃げたのか、それだけでも把握しないとまんまと逃げられることとなる。そして事態を悪化させる事が更に起きていた。
――擲弾型の煙幕弾――、残る生身の6人の被疑者の中のひとりが様々な方向に煙幕弾を散布していた。
「やべぇ!」
同タイプの煙幕で無く、視覚を奪うだけの通常煙幕だったとしても、被疑者たちの逃走には極めて有利となる。残る全員を逃す危険性すらあるのだ。その時、センチュリーの認識に割り込んできたのは、あの志賀の声である。
〔センチュリー! 大丈夫か?〕
〔志賀さん?〕
〔この煙幕で完全に混乱状態だ! そっちはどうなってる?〕
〔すまえね! 敵の主力を逃した! 軍用の特殊煙幕だ、光学カメラも熱サーモも電磁波探知も効かねえ! そっちのドローン映像はどうだ?〕
〔ダメだ! ドローンは先程撃ち落とされた。予備は電磁波障害でコントロール不能だ〕
〔くそぉっ! 万事休すかよ!〕
















