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第1話 ナイトチェイス/遭遇戦

 無線越しに叫ぶのと同時にセンチュリーは雑居ビルの屋上から飛び降りた。そして同時に自らの全身に備わった特殊装備を起動する。HMDエアロダインジェットテクノロジーにより、自らの全身においてイオン化大気によるジェット気流を生成し、簡易的な滑空飛行を可能とするシステムだ。

 装備名は『ウィンダイバー』――

 

【体外気流制御システム『ウィンダイバー』起動】

【最大制御にて滑空モード開始        】


 20mほどの高さのビルの屋上から身を躍らせると、センチュリーは全身から電磁波を放ちジェット気流を生成し始める。それと同時にその身にまとっていたフード付きパーカーは一気にはじけ飛んだ。

 微塵に引きちぎれた布地を舞い散らせながら、そのアンドロイドボディーで自然大気を乗りこなしつつ眼下の公園の真っ只中へと一気に降り立つ。脚部の底がコンクリートの上を滑走しながら火花を散らす。そして、両足の踵に備わった金属製のダッシュローラを回転させながら半回転すると、両腰に下げた二振りのオートマチック拳銃を抜き放った。

 一つはLARグリズリーマークⅢ、357マグナム仕様のガバメントコピー銃

 もう一つは10ミリオート弾のコルトデルタエリート。決して優秀な銃とは言い難いが、今までにも幾多もの視線を乗り越えてきた大切なパートナーだ。

 それを左右同時に抜き放ち両手で構えながら銃口をウィンドブレーカーを纏った男へと突きつける。

 だが、返す刀で男は自らの左手をセンチュリーへと向けた。

 

――キュバッ!――


 電磁火花を伴い、独特の甲高い音を響かせながら白熱化した金属弾体を男の左手は射出した。射出と同時に男が左手にはめていたレザーグローブは微塵にはじけ飛んだ。その時、センチュリーは己の背後に一人の捜査員が居ることに気づいていた。

 

「やべぇっ!」


 とっさに弾丸と目標の間の射線へと割り込んでいく。とっさに左手を振り上げて、白熱化している弾丸を寸でのところで弾き飛ばす。

 

――ギィィン!――


 独特の金属音を響かせながら弾丸は明後日の方へと飛んで行く。とりあえず被害を食い止められたことに安堵しつつセンチュリーは男を睨んだ。

 

「てめぇっ!」


 怒気を孕んだセンチュリーの叫びを前にしても男はひるまない。そればかりか口元にいやらしい笑みを浮かべつつ右手で頭にかぶったフードを後ろへと落とす。そこから出てきたのはドレッドヘアの黒人系。目元にはメタリック風のレンズが備わったガーゴイルズサングラス。どう見てもカタギの仕事をしている人間には見えたものではない。

 そしてドレッドヘアの男の左手は、弾丸の射出と同時にレザーグローブは微塵に飛び散り、その内部を晒している。鈍い銀色に光る金属製の義手。手のひらの根本近くには銃口が露出している。硝煙も火薬の匂いも伝わってこない。その発射時の濃厚な電磁火花からその兵器の正体を推察することは可能だ。

 

「電磁レールガン! 義肢の内部に埋め込み可能なダウンサイズタイプか!?」


 センチュリーが叫べば、男は英語のイントネーションのままに笑い声を上げながら残る右手も前方へと突き出した。そのモーションが引き金だった。捜査対象者の残りの者たちも着衣の下へと秘匿していた密造兵器を取り出すと背中合わせに円陣を組んで銃口を異なる方向へと向けた。

 そして、発射の合図の代わりにドレッドヘアの男が叫んだのだ。

 

「Yes!! of course!!」


 右手のレザーグローブもはじけ飛ぶ。それをきっかけにするかのように指揮官志賀が無線越しに全捜査員へと告げたのだ。

 

〔全車両突入!!〕


 志賀の音声指示と同時に脇路地に待機していた覆面車両が一斉に突入する。

 公園敷地の南西は地下駐車場の出入り口を兼ねた高台で、北東側半分が開けた広場だ。その広場を北と南と東側から3方向から囲む形で4台の覆面パトカーを停車させる。そして、車体や開け放ったドアを遮蔽物にすると全捜査員が身を隠しつつ所有していた官給拳銃であるシグ/ザウアーP229を抜き放つ。

 本来ならば官給拳銃は32口径のP230だが、違法サイボーグと接触する可能性のある彼らには大口径弾の使えるP229が支給されているのだ。口径はアメリカの公的組織でも普及しているS&W40口径、それの対サイボーグ仕様弾を装填していた。


 捜査対象者たちを取り囲んだのは18の銃口。そこに込められた強い意志は法と秩序を無視した悪意と暴力を許さないという鉄の意志だ。そして、それを承認するべく指揮役の志賀の声が響き渡った。

 

〔射撃許可!〕


 そしてそれを追認するように、包囲陣の一角の一人が叫んだのだ。

 

「撃て!」


 P229の引き金が引かれ、銃口からS&W40口径の弾丸が放たれる。通常なら私服捜査員である彼らの拳銃は殺傷能力のさほど高くない32口径の弾丸で十分なのだが、違法サイボーグが増えた昨今。その口径では効き目のないケースが増えてしまっている。

 それに対抗するため、違法サイボーグとの接触が想定されるセクションや任務では軍用の弾種である9ミリパラベラム弾や、彼らの様にS&W40口径を用いるケースが増えているのである。


 捜査員たちが狙うのは、捜査対象者から要逮捕対象と変わった犯人たちが構える電磁レールガンだ。

 高圧バッテリーと電磁加圧レールガイドから構成され、金属製のフレシェット弾体を電磁気力により発射するものだ。違法サイボーグの増加に伴い、地下社会において簡易に製造可能なノウハウが流出蔓延したことや、一般的な拳銃や軽機関銃と異なり、火薬や雷管と言った入手困難な特殊な素材を必要としないことから、爆発的に密造が増え、安価に売買されるようになってしまった。そのため犯罪を指向する者たちの間ではナイフよりも当たり前に普及する様になっていたのだ。

 3Dプリンターで造られた白いプラスティック製の筐体と、直径4ミリほどの銃口。大きさは有名な大型オートマチック拳銃であるデザートイーグルとほぼ同サイズで、銃身の真下に高圧バッテリーパックが装着されている。そこから供給される高圧電気により、2本の並行した電磁レールの間に挟まれた金属製の弾体をフレミングの左手の法則として表される電磁気による加速力で超音速で射出させる。

 火薬ではなく電磁気力による弾丸発射。それ故に火薬が爆発して炸裂するのではなく、高圧電気の通電ノイズと、弾けるような電磁火花を伴うのが特徴だった。犯人たちは電磁火花を撒き散らしつつ、退路を求めて公園南西側の高台側へと移動しつつあった。

 

 それを追うのが神奈川県警察の捜査員たちが向けた9ミリパラベラム弾の銃口である。攻撃を許可されたとはいえ、日本の警察には今なお、殺傷を伴う犯人への銃撃には根強い抵抗と規制がかかっている。よほどの凶悪事件や民間人への殺傷被害が伴わない限り、威嚇射撃や攻撃の無力化を狙った射撃しか行えない不自由さがあった。

 

――絶対に命を狙ってこない――


 犯罪者たちは分かってた。日本警察の持つ〝甘さ〟を。国際社会での犯罪への処断の厳しさ冷酷さは今に始まったものではないが、日本警察には今も昔もなお硬直化した人権思想があるゆえに、社会治安を優先した一殺多生の思想が認められないという事情も合った。

 その甘さに付け込めるからこそ、違法サイボーグを日本社会の裏側へと持ち込もうとする者達は、巧妙に、着実に、そしてものすごい勢いで、日本の犯罪社会の様相を書き換えつつあるのだ。

 

――治安と秩序の崩壊――


 それが民間人やマスメディアの間で語られるようになって数年がたっていた。

 今この場においても、警察を殺してでも活路を開こうとする犯罪者と、犯人を活かしたまま法曹の場へと捉えねばならないという役割上の制限が課された警察捜査員たちの間では、行動への〝思い切り〟に大きな違いがあるのだ


 7人の容疑者たちは分かっていた。警察が命を狙ってこないという事実に。あくまでも攻撃を無力化し、行動を制限して〝生け捕り〟にしようとしている事を。

 甘い判断であり、なんとも生ぬるい。それをわかっているからこそ、彼らには余裕があった。悠然と退路を探して移動しつつ銃口を捜査員たちの方へと向けトリガースイッチを引き続ける。

 電磁レールガイドへと供給される電力を蓄えるコンデンサーに電力がチャージされるまで数秒、甲高い耳障りな音が響いた後に銃身後部にある赤いLEDパイロットランプが点灯し発射可能となる。犯人たちには弾薬に余裕があるのだろうか、残弾を気にしている様子は全く無い。捜査員たちが身を隠している覆面パトカーのボディーへと遠慮なしに矢弾形状のフレシェット弾を打ち込んでいく。

 

「くそっ! こっちが撃ち殺さないのを分かっていやがる!」


 捜査員の一人が悪態をつく。

 

「こっちはせいぜい手足か肩口程度、迂闊に頭部や胴体の急所にあてたら始末書じゃすまな――ぎゃぁッ!」


 拳銃を構えながら言葉をかわしていた一人が悲鳴を上げた。その悲鳴に志賀が問いかける。

 

〔どうした!?〕

〔一名被弾! 右頭側部より出血、針形状のフレシェット弾が頭部に食い込んでます!〕

〔県警本部から応援を呼んでいる。回収するので負傷者を退避させろ!〕

〔駄目です! 退避不能です!〕

〔なに?〕

〔一名、重武装の違法サイボーグが混じっています! 近接・遠距離どちらも可能な極めて高度な戦闘用途です! 遮蔽物から離れればすぐに殺られます! 犯人たちの所有する簡易型の携帯レールガンなどとは比較にならない威力です! 覆面パトカーのボディを撃ち抜かれそうです!〕


 志賀は捜査員からの報告に歯噛みする思いだった。忸怩たる苛立ちを飲み込みながら問い返す。この事態に対抗できるのは〝彼〟しか居ないのだ。

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