Part11 ――変身――/心のトリガー
自らの視界の脇を兄であるセンチュリーが駆け抜けるのをグラウザーははっきりと目にしていた。センチュリーの出現に驚き、彼からの助力に感謝しつつも今は自らがなすべきことに集中する。すなわち大久保に依頼した遠隔支援だ。
〔グラウザー! こっちは準備が完了した。そっちはいいか?〕
〔はい! いつでもOKです。センチュリー兄さんがベルトコーネを牽制してくれています。今がチャンスです!〕
〔分かった。すぐに装着プロセスを開始する。だがその前にひとつだけ知らせておく〕
大久保が告げる中、グラウザーの視界の中に浮かび上がったのはグラウザー自身の頭脳部分とそれに繋がる人工脊椎システムの模式図である。グリーンで浮き上がる頭脳と脊椎のその繋ぎ目の当たりが赤い光でマーキングされている。
〔こちらでお前の全システムをチェックしたところ、メイン頭脳と脊椎システムの接続セクションに自動回復不可能なトラブルが4%ほど存在することがわかった。これによりメイン頭脳と人工脊椎の総合的な連携動作の余裕率は最大で137%まで低下することがわかった。正常時の最大余裕率は約180%、これまでのテストで2次武装の装着には最低で115%が必要なことがわかっている。
そこでだ――、もしお前にさらなるトラブルが発生して余裕率が120%を切った時、こちらの判断で2次武装装甲システムの遠隔装着を強制的に打ち切る! 無理して続行すればお前自身に回復不能なダメージを残すことになるからな。その時は一刻も早くそこから脱出することだけを考えろ! 今回の遠隔支援で俺がお前に与える唯一の条件だ!〕
グラウザーは大久保が告げた事実を息を呑んでじっと聞いていた。完全にベストな状態ではない。致命的な不確定要素があるのだ。だがだからと言ってやらないわけには行かないのだ。
〔わかりました、このまま続行お願いします!〕
〔わかった。それから、こちらから中枢系に介入するさいに多少の影響がある。倒れたり気を失ったりしないように意識を集中させて気をしっかり持て!〕
〔了解です!〕
〔プロセススタート!〕
大久保の号令が飛ぶ。グラウザーの全身に緊張が走る。そして、今まさにグラウザーは――変身――しようとしていたのである。
@ @ @
遠隔回線越しにグラウザーの認識の中に聞こえてくるのは、第2科警研でグラウザーの遠隔支援のために集まっていたG班のスタッフの声だ。いずれもが2次武装装甲の遠隔装着にまつわるプロセス確認と状況確認報告の声である。先鞭を切って声を発したのは総合指揮を執るG班主任技術者である大久保の声だ。
「特攻装警第7号機グラウザー、2次武装装甲システム〝オプショナルアーマーギア〟自動装着遠隔操作プロセス、全状況開始!」
「了解、メインリアクター〝プラズマハート〟出力状況+20%!」
【 メインリアクター出力制御 】
【 パルス駆動マイクロ核融合炉心 】
【 出力コントロール ⇒ +20% 】
【 63% から 83% へ 】
グラウザーの体内の力の源である強化改良型のタンデムミラー型パルス駆動マイクロ核融合炉心。その出力が変動する。増強量は+20%、グラウザーは自らの体内で〝力〟が底上げされるのを強く感じていた。
「次、BOシステム、制御プログラム辺縁系遠隔操作強制接続」
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 同、辺縁系セクション外部回線遠隔制御系 】
【 外部コントロール回線強制接続 】
【 】
【 ――メイン人格連携遠隔制御準備―― 】
【 << STANDBY >> 】
次いで行われたのは、グラウザーの非常戦闘行動の中核をなす戦闘制御プログラムの起動準備である。
――Boosted Offense 戦闘制御プログラムシステム――
略してBOシステムと呼ばれるこのシステムはエリオット以降から導入されたもので、特攻装警本人に対して、後付式の戦闘装備を統合的にコントロールするための戦闘制御プログラムとして組み込まれたものだ。エリオットやフィールにも装備されており、エリオットの兵装システムや、フィールのオプショナルアーマーを統合制御するためのシステムプログラムとして高い実績を持つプログラムであった。
しかし、同システムは、戦闘プログラムが起動する際に、本来のメイン人格システムに対して性格や人格に〝好戦的な変化〟を与えるデメリットが存在していた。結果としてBOシステムの適用者に対して、二重人格的な性格傾向をもたらす欠点があったのだ。
グラウザーではこの欠点を克服するために、戦闘プログラムをメイン人格に対して予め根深くリンクさせておき、人格内の基底部において戦闘プログラムを準起動状態にしておき、BOシステム起動後の二重人格的な変化が発生する事を抑制する仕組みが施してあったのだ。
だが、それは新たなる問題をもたらすことにもなったのである。
「今までの戦闘訓練ではグラウザー自身の自覚が足りなかった。BOシステムの起動が発現するだけの〝必要性〟をグラウザー自身が認識できなければ、自己抑制がかかるのはむしろ当然のことだ。だが今なら! 戦闘行動の重要性を強く自覚している今ならスムーズな戦闘プログラムの覚醒と起動、そして〝動機づけ〟が可能なはずだ!!」
すなわち、グラウザー自身が〝戦い〟に対してどの様な意識を持つかが重要なファクターだったのである。大久保は今こそが最大のチャンスであることを強く認識していた。
大久保は呼びかける。グラウザーに対して、その眠れる闘争本能を覚醒させるために。
〔グラウザー!〕
大久保からの呼びかけにグラウザーが強く反応する。声こそ発しなかったが、その意識が反応したことは大久保川に存在するディスプレイに表示された頭脳内波形のインパルスシグナルによりすぐにわかった。
〔行くぞ! BOシステムをアイドリングモードからドライブモードへと移行させる。その際、お前の戦いへの意思がそのトリガーになる〕
〔はい!〕
大久保からの呼びかけにグラウザーの鋭い声が返ってくる。その声の響きに今までにないくらい確かな感触を掴んでいた。
〔強くイメージしろ。お前がなぜ戦いたいのか、なぜ力を求めるのか、答えろグラウザー!〕
大久保のひときわ強い問いかけがグラウザーのその脳裏にこだました時、グラウザーのその脳内イメージで弾けたのモノ――
「これは?!」
スタッフの一人が思わず声を漏らす。スタッフが見守るモニターの一つにグラウザーがその脳裏で描いているイメージを2D画像としてプロジェクションされていた。そこに浮かぶのは〝数多くの無垢なる子どもたちの姿〟である。乳飲み子から中高生まで、それは多彩であった。
笑っている。微笑んでいる。考えている。はしゃいでいる。すねている。怒っている。眠っている。甘えている――、そして〝泣いている〟
それはグラウザーが今日まで、その警察任務の中で向き合った様々な〝子供たち〟の姿であった。それは日々の生活の中で、トラブルに遭遇し、理不尽に巻き込まれ、そして、大人からの〝救い〟を必要としている者たちであった。
――成長途中の子どもたちは、大人たちの庇護を必要とする――
当然だ。生まれながらにして誰の手も借りずに生きれるような子供など存在しない。
――そして大人たちもまた、自分の力を超えたより大きな悪意の前には、誰かの〝助け〟を必要とする――
それがグラウザーが警察の役割の中で強く抱いた大きな価値観であった。
大久保はそれらをモニター越しにその事実を改めて確認するとグラウザーに向けて強く呼びかけたのだ。
〔そうだ、それがお前が戦う理由だ――、犯罪者の悪意に苦しむ子どもたちを、そして、違法な暴力に苦しむ人々を、救うためにお前の〝力〟は存在する。求めろ! グラウザー! お前に与えられたその唯一無二の比類なき〝力〟を!〕
それはグラウザーの生みの親たる者から与えられた意志の力であった。その問いかけの言葉に込められた強いメッセージはグラウザーのその人格認識の中に、さらなる強い意思の集中と発現をもたらしたのである。
【 マインドOSインフォメーションシステム 】
【 】
【 頭脳内神経インパルス・波形タイプ 】
【 ⇒ β波タイプシグナル確認 】
【 意識集中係数:+10.8、更に上昇 】
【 頭脳内神経インパルス・波形タイプ 】
【 ⇒ γ波到達 】
【 ⇒ 高次γ波:発現 】
人の頭脳は、リラックスした状態でα波を、意識が集中した状態でβ波を出すという。そしてさらに頭脳の活動が高次レベル化した際には、γ波へと移行すると言う。それは戦闘プログラムシステムを起動するに相応しい絶好の状態だ。そして、大久保はついに訪れた絶好の機会を捉えてスタッフへと叫んだのだ。
「これを待っていた――、高次レベルγ波の発現を確認! 行けるぞ! BOシステム起動トリガー準備!」
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 メインドライブモード起動トリガー 】
【 ――スタンバイ・OK―― 】
「起動トリガー準備よし!」
グラウザーの中のBOシステムがドライブモードで起動することで、グラウザーの2次武装装甲の自動装着プロセスが発現を開始する仕組みだ。
そしてさらに大久保はある操作を加えた。自分が座するデスクにはひときわ大型のA3版サイズのタブレットスタイルの超大型タッチパネルディスプレイが据えられている。そこに映し出されているのは人間の頭脳と同等の機能を有する世界最高の人工頭脳『クレア頭脳』と人格形成非ノイマンオペレーションシステム『マインドOS』の、内部動作状態を示す模式図が3Dグラフィック表示されている。それは細かなニューロリレーショナルベースでの詳細な情報ネットワークの流れが完全に示されている。
大久保はそのタッチパネルを両手の十指をフルに駆使しながら操作を開始した。
脳内イメージの情報ネットワークとニューロリレーショナルの細密な単位を直接に操作する――大久保が人工頭脳学の師であるガドニックから教えられた彼固有のハイスキルである。
大久保の両手がタッチパネルの上で踊る。そして、今、戦いに望んでいるグラウザーの頭脳状況の中から、〝戦いに臨むその意志〟〝戦う動機〟〝それに繋がる記憶〟〝戦わねばならないその必要性への認識〟をタッチしてマーキングしていく。
【 頭脳内非ノイマン系 】
【 情報リレーショナルネットワーク 】
【 ⇒ 特定情報イメージ 】
【 シンボリックマーキング完了 】
そしてさらに戦闘プログラム『BOシステム』のドライブモードの起動トリガーも表示させマーキングし、リレーショナルのネットワークを繋いでいく。
【 頭脳内非ノイマン系 】
【 情報リレーショナルネットワーク 】
【 ⇒ 特定ハードウェアアプリケーション 】
【 シンボリックリンク形成 】
【 >BOシステムドライブモード 】
【 起動トリガーマーキング 】
【 全マーキング表示 】
【 ⇒ 情報リレーショナルネットワーク 】
【 形成スタート 】
光の糸で蜘蛛の巣を編み上げていくかのように、未形成だった2次武装装甲の自動起動に必要な〝意味と情報の関連付け〟を細密に組み上げていく。それは大久保にしかできない高等スキルである。
そして、大久保は瞬く間に必要な準備作業を終えると、グラウザーへと告げたのである。
〔スタンバイOK! グラウザー! 〝キーワード〟をコール!〕
その声はグラウザーへと届いていた。BOシステムを発動させ、2次武装装甲の自動装着プロセスを開始させる音声キーワード。それが本当の意味を成すときが、ついに訪れたのだ。そして、グラウザーは叫んだ――〝変身〟――のためのキーワードを。
東京アバディーンの霞んだ空気の下、無法と暴力が交錯する街角。今まさにベルトコーネが際限なく悪意の力を発露させているこの地にて、グラウザーの意思は高まる。
「コール了解! BOシステム起動」
そして、彼の決意が込められたその声は轟いたのだ。
「プログラム! ブートアップ!!」
それは周囲の空間へも響き渡った。
【 Boosted Offense 】
【 戦闘制御プログラムシステム 】
【 】
【 音声キーワード発声 ⇒ 確認OK 】
【 頭脳内神経インパルスレベル 】
【 ⇒ 高次γ波:確認OK 】
【 全ハードウェアコンディション 】
【 ⇒ チェッククリア 】
【 】
【 メインドライブモード起動トリガー 】
【 ――トリガー発動―― 】
【 】
【 メインドライブモード移行完了 】
【 オプショナルアーマーギア装着プロセス 】
【 ――スタート―― 】
それはさらなるプロセスの始まりであった。
BOシステム・メインドライブモード――、今まさにグラウザーの〝変身〟が始まったのである。
















