Part10 セイギノミカタ/エラーメッセージ
持ち上げたグラウザーの身体をまるで濡れたタオルでも振り回すかのように旋回させると、満身の力を込めてアスファルトへと叩きつける。地面へと激突する瞬間、両腕で頭部をカバーするがそれでもダメージは防ぎきれなかった。
「ぐぅっ!」
凄まじい衝撃に意識が飛びそうになる。グラウザーの非金属高分子製人工頭脳〝クレア頭脳〟は高い耐衝撃性を有する。たとえ50口径弾の直撃を食らっても何の異常も見られないはずだ。だが、そのクレア頭脳内を飛び交う信号が一瞬エラーを吐き出す。
【 中枢部・クレア頭脳基幹動作システム 】
【 人格制御プログラム《マインドOS》 】
【 ――動作ログ―― 】
【 高衝撃感知、動作保証限界抵触 】
【 信号エラー発生〔1回〕 】
【 同、信号補正可能>補正終了 】
グラウザーに与えられた世界最高峰の人工頭脳はこの程度では止まったりはしない。だがその人工頭脳が物理的衝撃だけでエラーを吐き出すと言う事自体が異常なのだ。
「なんて馬鹿力――!」
グラウザーは衝撃に耐えながら吐き捨てるが、それでもベルトコーネの攻撃は止まない。再び引きずり振り回すとオーガの振るう棍棒の如くにグラウザーを振り回し何度も叩きつけ続けた。
「ぐっ!」
為す術がなかった。加えられる攻撃そのままに耐えるより術がない。敵が容易に開放するはずがない。この機会に徹底的にダメージを与えに来るだろう。
「ガァァァアアアッ!!」
獣のような雄叫びが轟く。テロリズムアンドロイドとしての獣性を開放させてあらん限りの力でベルトコーネはグラウザーを振り回し叩きつけ続けた。銃火に頼らないもっともシンプルでもっとも効率的な破壊方法だ。何度も、何度も、その破壊衝動は繰り返される。その打撃の連続は確実にグラウザーの身体にダメージを与えていたのだ。
【 体内機能モニタリングシステム 】
【 <<<緊急アラート>>> 】
【―中枢系メイン頭脳システム・機能障害発生―】
特攻装警のアンドロイドとしての身体の動作状況を総括制御するモニタリングシステムが緊急アラートを発している。
【1:クレア頭脳・頭脳内データリレーション 】
【 信号フィードバックエラー連続発生】
【2:中枢系生命維持基幹系統 】
【 重要信号伝達断絶発生】
【3:人工脊椎システム及びメイン中枢接続部 】
【 リレーショナルシグナル途絶 】
【 同バックアップ系統緊急作動開始】
【4:身体姿勢制御マイクロレーザージャイロ 】
【 統括コントロールネットワーク連携障害発生】
【 同自動キャリブレーション連続実行】
【 】
【全ハードウェア物理障害発生確認 】
【発生状況確認継続 】
頭部と胴体へと連続打撃を加えられていることで、もっとも重要な中枢系統の異常が連続発生しつつあった。それでも何とか致命的な障害が発生する寸前で自動修復や自動補正が行われているのが救いだった。
指一本動かせないような状況には至っていない。今ならまだ逃げ出すことは不可能ではない。
状況を冷静に判断すれば左脇の下にハリーから貰ったコンシールメントホルスターがまだ下げてある。幸いにしてグラウザーの愛銃のSTI2011パーフェクト10はそこにしっかりと収まったままだ。衝撃で外れたり落ちたりはしておらず脱出するにはこれに頼るしか無かった。
頭部を両手でガードしつつ状況を判断すれば一度地面に叩きつけられてから5秒から7秒の間がある。その数秒の間に両手のガードを解き銃を抜いてベルトコーネを撃つしか無い。無論狙いを定める余裕もない。まるっきりの一発勝負だ。だが脱出にはこれしかないだろう。
衝撃をこらえタイミングを計る。そして、地面へと叩きつけられた瞬間、右腕を素早く動す。ホルスターから抜き放った瞬間に自らの足元の方へと狙いを定めながら引き金を引く、初発がベルトコーネの顔面をかすめ、それがベルトコーネに隙を生ませる。そのほんの2秒ほど間にもう2発を放てば、その弾丸はベルトコーネの頭部へと見事に命中していた。幸いにして内部メカがむき出しの側へとヒットし、ベルトコーネの顔面で電磁火花が迸った。それはベルトコーネに重大なダメージが加えられたことの証でもある。
「ガアアッ!!」
ベルトコーネの右手が緩む。破壊された顔面へと自らの両手を当てる。そのチャンスを逃さずにグラウザーは残る弾丸をさらに敵めがけて叩き込んだ。頭部、頸部、胸部、下腹部――考えうる箇所目がけて弾丸を注ぎ込んでいく。そして、引き金を引き続けながらグラウザーは立ち上がり体制を立て直しベルトコーネから距離を取った。
――カシィッ!――
すべての弾丸がうち放たれ、撃鉄が空打ちされる。間を置かずに弾倉を取り出すと予備の弾倉へと入れ直す。そしてグラウザーはセンチュリー同様に〝有機物消化機能〟を持つアンドロイドとして必要な〝呼吸〟を続けた。荒く吐かれる呼吸の音が微かに聞こえてくる。
【 体内機能モニタリングシステム 】
【 ――ステータス・インフォメーション―― 】
【 】
【 クレア頭脳:物理損傷率1.4% 】
【 ⇒ 自己回復実行中、全回復可能 】
【 中枢系生命維持基幹系統: 】
【 重要信号断絶未回復、残り2箇所 】
【 ⇒ 回復処理完了まで27秒 】
【 人工脊椎システム及びメイン中枢接続部 】
【 機能回復率:96% 】
【 ⇒ 残4%、自動回復困難 】
【 ⇒ 身体制御継続可能 】
【 身体姿勢制御マイクロレーザージャイロ 】
【 ⇒ 自動キャリブレーション成功 】
【 】
【 総合判断 ⇒ 『戦闘行動継続可能』 】
グラウザーの視界の中でインフォメーションが通り過ぎる。
そして両足でしっかりと立ちつつ右手でパーフェクト10で狙いを定める。その銃口の先にはベルトコーネが居る。10ミリ弾丸はかなりのダメージをベルトコーネに与えはしたが、それでもそれは気休め程度でしか無い。すぐに回復してふたたび立ち上がるだろう。
息も荒くグラウザーは呼吸を整える。そして、次の一手をどうするかを思案する。僅かな沈黙の後にグラウザーはベルトコーネに対してある疑問を感じつつあった。
――なぜだ? 僕の蹴りを正面からノーダメージで受けれるのに、なぜ弾丸ごときに耐えられない?――
――なぜだ? 拳による打撃でこれまであれだけの破壊力を示せたのに、僕を振り回し叩きつけるときにはこの程度のダメージなんだ?――
――なぜだ? 有明の〝あの時〟は僕の蹴りはベルトコーネに確実にダメージを与えていた。致命的な一撃となっていた。そんなに簡単に構造レベルまで自己改良できるものなのか?――
幾つもの疑問がグラウザーの脳裏に湧いてくる。しかし、グラウザーは現場での疑問は事件解決のチャンスである事をこれまでの経験から学習していた。
疑問はチャンスだ。そこにベルトコーネ攻略の鍵があるように思うのだ。
――構造――
――衝撃――
その2つのキーワードがグラウザーの脳裏をよぎった時、その頭脳に与えられたのは天啓である。グラウザーの脳裏を稲妻のような光が通り過ぎた。そして、ベルトコーネとのこれまでの戦いでの記憶がそれと重なった時に〝答え〟は得られたのである。
「そうか! そういう事か!」
グラウザーの叫びをベルトコーネが怪訝そうな顔で見ている。そんな敵へとグラウザーはなおも告げた。
「わかったぞ。お前の戦闘能力の正体が!」
「なに?」
ベルトコーネが疑問の声で返すがそこにはまだ動揺は感じられない。しかしその疑問に突き返された言葉には強い自信と誇りが満ちていた。グラウザーは力強く叫ぶ。
「答える義理はない!」