Part10 セイギノミカタ/対峙・開戦
二人は相容れない存在である。
決して並び立つことのない相反し合う存在である。
――かたや、日本警察が誇るアンドロイド警官の最新鋭機。
日本警察が持てるだけのテクノロジーを注ぎ込んで作り上げた正義の守り手
――かたや、世界中が忌み嫌い忌避する最悪のテロリズムアンドロイド。
一人の老テロリストが恩讐と怨念だけを支えに、人間社会に報いるために作り上げた破壊の化身
二人は互いに、視線を――、そして攻撃の意思を――
それぞれに真っ向からぶつけ合い互いの存在を否定し合う。
それは誰も曲げることのできない、運命の帰結である。
グラウザーから食らった攻撃のダメージから少しずつ回復しつつあるベルトコーネであったが、その彼の前には両の足でしっかりと立つグラウザーの姿があった。両の拳をしっかりと握りしめ、一歩一歩歩みを進めてきている。
グラウザーの両腕にしなやかに力がこもっている。いつでも抜き身の刀のように敵を斬り伏せられるようにしてあるのだろう。その両の拳の握り方にも変化が見られる。
「貴様――」
ベルトコーネはグラウザーに向けてつぶやいた。
「それなりに戦い方を身に着けたらしいな。トレーニングでも受けたか?」
ベルトコーネからの問いかけにグラウザーは訝しげに問い返す。
「なぜ、そうだと分かるんだ?」
グラウザーは左半身前にして左腕の拳を眼前に構えた。右の拳は腰だめに構えてある。それは引き絞られた撃鉄のごときである。それを目の当たりにしつつベルトコーネも構えを取りながら拳打を放つ予備動作を始めていた。そして、ベルトコーネはグラウザーをしっかりと見据えつつ彼からの問いかけに答えた。
「拳がしっかりと固められている。たとえアンドロイドと言えど指をしっかりと握り込まねば、自らの打撃力で手指を破壊してしまうものだ」
拳を固め終えたベルトコーネは両腕を緩やかに構えると無為の構えでグラウザーへとステップを踏む。そして、右足を踏み出しながら低く押し殺した声でグラウザーに問いかけた。
「誰かに教わったか――〝戦い方〟を」
力強く大地を踏みしめながらベルトコーネの巨体が前進する。それをグラウザーは真っ向から受け止めながら轟くような声で強く叫んだのだ。
「答える義理は無いっ!!」
グラウザーもまた右足を踏み出しステップを踏んでいた。間髪置かずに左足も踏み出し、グラウザーの体をベルトコーネ目がけて前進させていく。そして、二人の戦いの端緒は壮烈な打撃戦で幕を開けたのである。
グラウザーが右足を踏み出しつつ右拳を正拳に撃ち放つ。しかしそれは牽制であり、打撃を狙ったものではない。ベルトコーネが体軸を右にスウェーさせるのを予測しつつ間髪置かずに左の蹴りを下から上へとベルトコーネの頭部を狙って打ち込む。
対するベルトコーネが右腕を跳ね上げ右肘でグラウザーの蹴りを弾き飛ばす、同時に右腕の動きとともに左半身を後方に引くと、静かな動作で左足の膝とつま先をグラウザーの胴体へ目がけて打ち込む。それをグラウザーがとっさに右膝を上げ右肘を下へと打ち込んでガードする。グラウザーがベルトコーネの蹴りを防御した瞬間、重く轟くような轟音が鳴り響く。単なる蹴りの衝撃にとどまらない重く多大な質量を纏った〝重爆〟と呼ぶにふさわしい破壊兵器の打撃兵器とでも呼ぶにふさわしい攻撃であった。
「ぐうぅっ!?」
防御した瞬間、グラウザーの喉から声が漏れる。予想外の威力、想定外の浸透力、完璧に防御したはずだがベルトコーネのその蹴りはグラウザーの膝と肘を掻い潜り彼の腹部へと到達する。防御姿勢により守られていたとは言えすべての威力を殺すことはできなかった。そのダメージはグラウザーの腹部へと浸透してその全身を後方へと弾き飛ばすのだ。
――ドォオオン!――
まさに大砲の弾丸でも打ち込まれたような怪音が鳴り響き吹き飛ばされたグラウザーは20mほどの距離を吹き飛んでいった。横転して転げ回らなかったのはグラウザー自身の持つ優れたバランス能力と動体制御能力がゆえである。しかしグラウザーは驚きと焦りを表さずにはいられなかった。
「馬鹿な?! 有明の時より威力が上がっている!?」
ぐっと奥歯を噛みしめる。そこにはグラウザー自身が想定していたよりも敵の戦力が遥かに向上している事実があった。だが認める訳にはいかない。認めてしまったらここを守り切ることができなくなる。その焦りをベルトコーネも読み取っていたのだろう。
「どうした? 計算が合わなかったか?」
「あぁ、どうやらそうらしい」
「無論だ。有明のときにはお前と対峙するよりも以前に、お前の兄たちに散々やられていたからな。今回も色々とやられたが、それでもお前らの兄たちには遥かに及ばなかった。お前らの兄貴達は流石だったよ。特にあのアトラスというやつには今でも賞賛を禁じえない」
そしてベルトコーネは両の拳をしっかりと握りしめた。4本の指で自分自身の掌を握り込むようにしっかりと拳を強く固める。それを親指で押さえ込み拳が緩む余地を無くしていく。その動作が完璧にこなされたとき、その両手は物をつかむ道具ではなく、残忍な破壊兵器へと化するのである。その握り込んだ両拳を眼前に構えるとベルトコーネは右足を前にしてスタンスをとる。同時にグラウザー目がけて挑発の言葉を解き放った。
「だが、お前はどうだ。グラウザー、あれからどれだけ成長した? 俺を――」
そしてゆっくりとベルトコーネの右のつま先が浮かぶ。その顔には怒りと闘志と飽くなき破壊と戦闘を渇望する狂える男の禍々しい視線が存在していた。それをグラウザー目がけて叩きつけながら右足を強く踏みしめた。
「俺を失望させるなぁぁああああっ!!」
怒号が響き渡りベルトコーネの右足が踏みしめられる。前傾姿勢となったベルトコーネがその体を弾丸のごとく解き放つ。瞬く間に二人の間の距離は縮められたのである。
「くっ!!」
左半身を前にしてグラウザーが構える。そして襲い来るベルトコーネとの距離を測る。焦りと恐れと不安がよぎるが、それに埋没するグラウザーではない。今、ここが最後の一線でありこれを越えられれば、本当にあとが無いのだ。
「まだだ――」
グラウザーは小さく誰にも聞こえぬ声で唱えた。
「まだ待つんだ」
グラウザーの戦意は消えてはいなかった。
「待て――」
そればかりか有明の時にはなかった知慧すら身に着けていた。迫りくるベルトコーネとの距離を正確に推し測る。
【 距離計測、攻撃対象との物理的距離 】
【 ―不可視レーザー超音波併用計測― 】
【 】
【 距離:5m 】
「まだだ――」
【 距離:4m 】
「まだ!』
【 距離:3m 】
「来い――」
【 距離:2m 】
そして時は来た。
「!!!」
迫りくるベルトコーネめがけて後方へと引いていた右足の回し蹴りを解き放つ。それは渾身の一撃である。ベルトコーネを両断する勢いで解き放った最高の攻撃である。だが――
「――――」
無言のままベルトコーネはその蹴りを躱した。絶妙な体捌きと常識離れした挙動ですんでのところでグラウザーの蹴りから逃れたのだ。その差、わずかに数ミリ。恐るべき戦闘精度である。だが、それすらもグラウザーには想定内である。
「まだだ!」
右足が空を切る動作のまま身体を回転させるとすかさず左足で飛び上がり、右足で着地する。そして左足を前蹴りの動作で回転動作無しにベルトコーネの胴体へと壮烈な勢いで打ち込んだのだ。
回転から直線へ、急激な変化を狙っての攻撃だった。ベルトコーネも敵の予想外の動きに一瞬判断が遅れた。体裁きでスウェイして躱すこともできない。間違いなく頭部へと当たる――、そう思われた瞬間。思わぬ行動をしたのは対するベルトコーネも同じである。
――ガッ!――
ベルトコーネの顔面へとグラウザーの蹴りは確実にヒットする。蹴りの衝撃がベルトコーネの頭部を貫くのは確実だった。だがベルトコーネは一切の回避動作を行わなかった。まるで招い入れるチャンスを待ってたかのごとくベルトコーネは不敵な笑みを浮かべる。そこには一切のダメージの痕跡は存在していなかった。
「無駄だ」
あっけにとられるグラウザーを尻目にベルトコーネの両手が動く。グラウザーの蹴りを素早く掴むと敵の動きを封じてしまう。
「グラウザー、お前があの有明のときから成長したように、俺も敵の攻撃に対して対策を講じる。同じ轍を踏まぬように自己改善・自己成長するようにわが主人が俺を造り上げたのだ」
何とか逃れようとグラウザーはもがいたが、流石にそれを簡単に許すベルトコーネではない。確実にグラウザーの足を握りしめ離そうとはしなかった。驚きと焦りを露わにするグラウザーにベルトコーネはなおも告げる。
「お前は蹴り技主体に戦闘を組み立てている。恐るべき動体速度と運動性能がそれに加わることでこの俺に匹敵する破壊力を発揮することが可能だ。だが――」
ベルトコーネの腕が動く。右手でグラウザーの左足を引くとそのまま振り上げる。成人男性よりも重量のあるはずのグラウザーの身体は安々と持ち上げられてしまう。
「その素早さを押えてしまえば終わりだ!!」