第1話 ナイトチェイス/ミーティング
そこは日本の歴史に冠たる港町である。
幕末に開港され、それ以来、長崎と並んで世界に開かれた日本の入り口として発展を続けてきた。現在でも数多くの外国船航路や貨物船舶が行き来し、物流に、貿易に、観光に、商業に、数多くの人々が訪れている。
――その港町の名は『横浜』――
港湾地区とJR横浜駅を中心として見た時、商業エリアや住宅地が広がる北部エリアと、ランドマークタワーや赤レンガ倉庫や山下ふ頭などに見られる港街区、そしてJR関内駅周辺に広がる娯楽・風俗に特化した南部エリアとに分けられる。そこから更に南の方に進めば自然公園や埠頭が広がるエリアとなり、更にその南方には工場エリアへとつながっている。
その中で横浜駅から南下した一帯――JR根岸線関内駅を周辺とするエリアは、東京の歌舞伎町と並ぶ大規模な飲食/風俗エリアとして発展している。
かつては花街や遊郭が軒を並べ、戦後の混乱期・発展期には合法・非合法を問わず夜を売る女性たちがたむろしていたこともある。その後に法整備と警察による取締りが徹底されたことで街の様相は変遷していった。
だが、それでも人の欲望が集まりやすいエリアであることに変わりはない。
刻の移り変わりと、時代の変遷を飲み込みながらその街は存在し続けるのだ。
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その日も日没を過ぎ、夜の帳が街を覆うに至って喧騒は広がりを見せている。
その関内駅周辺、駅から離れた路地、そこに覆面車両が離れて数台停車している。その中には1台あたり4名の私服警官が乗車していた。いずれもが神奈川県警や関内近辺を所轄とする伊勢崎署の生活安全課に関連する者たちである。
そして、それらの覆面パトカーの群れの一角に一台のバイクが停まっている。
フロントカウルの先端に桜の代紋をメインエンブレムに頂いたそれは一般的な白バイではない。
ハーレー似のフルカスタムバイク、白銀とガンメタブラックのツートンボディ、エンジンは1800CCクラスのV6エンジンを持ち、2本出しマフラー。タイヤは無論ラジアル。アイドリングでマフラーから奏でられるエグゾーストノートが僅かに甲高いのは、使用されている燃料がガソリンではなく水素系燃料であることを示している。
警察の標準から外れたカスタムバイクを駆るのは、よく見受けられる交機の白バイ隊員ではなかった。
フード付きの黒いパーカージャケットを上半身に纏っている彼。一見した所、彼の頭部は生身の人間そのものにしか見えない。その頭部にメカニカルで鋭角的なデザインのヘルメットを装着しており、ヘルメットの青いゴーグル越しに力強い瞳が見えている。
そこから感じとれる気配は、まさに人間の醸し出す気配そのものである。
しかし――
彼の首から下は違う。
バイク用のライダースーツを思わせる、よりタイトな全身スーツをまとっており、肩や胸部、腕部や脚部など全身の至る所に、金属にもファインセラミックスにも見えるメカニカルなプロテクターパーツが備わっている。それは肉体の上に装着しているようには見えず、彼の身体のそのものを構成しているかの様である。
人目につきやすいそれらを目立たせぬようにパーカージャケットを着ていた彼は、開け放たれていた前側を閉め、頭部全体をフードで覆い隠す。
人としてのシルエットを持ちつつも、そこから放たれるエナジーは生身の人間からは明らかにかけ離れている。
そう――、彼は人間ではない。
日本警察が建造したアンドロイド警官の試作型の第3号機。
正式名称――『特別攻撃任務対応型装甲警官』
略称を『特攻装警』
彼こそは、警視庁生活安全部少年犯罪課所属の特攻装警3号『センチュリー』である。
センチュリーは現在時刻を体内回線を経由してチェックする。
【西暦2039年10月2日、午後7時15分 】
目標への行動開始予定時刻が間近に迫っていた。その場に居合わせたのは神奈川県警と、所轄である伊勢佐木署、並びに隣接する加賀町署の生活安全課の捜査員である。
そして、その場に居合わせる全員に対して声を発する人物がいる。神奈川県警生活安全部少年捜査課課長である志賀雅治警視である。
〔こちら神奈川覆面1号、本作戦の指揮を執る志賀だ。所定の時刻になったため作戦を開始する。全員準備はいいか?〕
デジタル無線回線越しに問いかけるが異論はない。同意する声が聞こえてくる。
〔伊勢佐木覆面2号、準備よし〕
〔伊勢佐木覆面4号、準備よし〕
〔加賀町覆面3号、準備よしです〕
〔加賀町覆面4号、良しです!〕
そしてそれらに続いて最後に帰ってきたのは若くて張りのある声だった。
〔特攻装警3号、準備よし。いつでも突入OKだ〕
センチュリーも同意の声を出す。否、肉声ではない。口元が動いていないのは彼の体内に内蔵された無線回線を通じての合成音声であるためだ。だがアンドロイドである彼にはそれも当たり前の機能だ。その行為と機能を疑問に思う者などそこには居ない。
志賀が全員に確認のための指示を出す。
〔改めて再確認する。事前に送信した情報ファイルを各自開け〕
志賀の指示を受けて、警察用のスマートパッドを開き、その中に登録してある捜査情報ファイルを表示する。
【 小規模武装暴走族・重要参考人確保案件 】
【 事前情報ファイル 】
センチュリーも自分自身の体内に記録されているデータファイルを開くと、自らの視界内に投影して表示させた。
〔今回は一般市民からのタレコミを元にした事前調査で得られた情報を元にした重要参考人の身柄を抑えるためのものだ。捜査対象は4名、小規模暴走暴走族組織『ベイサイド・マッドドッグ』の構成メンバーの4人だ〕
【 捜査対象者リスト 】
【 組織名:ベイサイドマッドドッグ 】
【 組織種別:地域系小規模武装暴走族 】
【 武装度:軽度~中度 】
【 >サイボーグメンバー無し 】
【 >密造ハイテク兵器所持 】
【 >抗争事件の経歴あり 】
【 ・メンバー 】
【 1:サブリーダー:松浜稔 】
【 2:メンバー:平戸一樹 】
【 3:メンバー:大鳥勝 】
【 4:メンバー:平片在真 】
【 注記:メインリーダーは現在 】
【 傷害容疑にて収監中 】
【 ・補足事項 】
【 >大規模広域武装暴走族組織 】
【 『スネイルドラゴン』との関与の疑いあり 】
【 >捜査対象4名 】
【 いずれも逮捕歴・補導歴あり 】
それらのデータには正面から撮られた顔の画像が添付されている。それは4人とも逮捕や補導の前歴があることを示していた。
〔本来ならあくまでも単純な任意で取り調べるべき案件だが、こいつらにはあの大規模武装暴走族団体であるスネイルとの関与が疑われている。スネイルは以前から違法武装サイボーグによる大規模な抗争や傷害・殺人案件を多数引き起こしている極めて危険な違法団体だ。
そのスネイルの下部組織である彼らが今夜行おうとしている〝大きなヤマ〟すなわち〝犯罪計画〟と言うのが彼ら単独の物だとは考えにくく、上部団体であるスネイルドラゴンに関連する物である可能性は極めて高い。上部団体であるスネイルドラゴンや、さらにその上の上部団体である広域暴力団組織につながる証拠や情報を抑える必要もある。そこでだ――〕
志賀はそこで一旦言葉を区切る。
〔今回は表向きは任意で声をかけつつ、違法所持している密造ハイテク兵器の存在が確認出来次第、緊急逮捕に持ち込むことが目的だ。そして彼らが持つスネイルドラゴンの関連情報を入手する事が最終目的となる。ここまでは事前ミーティングで確認したとおりだ〕
志賀は更に言葉を続ける。
〔それに加えて、ここ最近になり東京神奈川両地域においてスネイルの活動が活発になっているのは全員周知しているはずだ。スネイルのさらに上部団体である広域暴力団である緋色会の関与も疑われる。このままでは今までの事案のとおり、本件の捜査対象の4人とも、いずれスネイルにメンバーとして取り込まれ、全員違法サイボーグに半強制的に改造される事は確実だ。だがそれでは彼らを一般社会に更生させることは極めて困難になる!〕
志賀の語気が荒くなる。青少年を正しい生活へと導くことを使命とする生活安全部の刑事として、絶対に譲れぬ最後の一線だった。
ましてやこのご時世、違法サイボーグが地下で蔓延しつつあるため、
――青少年が非行に走る≒サイボーグ手術を(親に)無断で受ける――
と言う図式が成り立ちつつあるのだ。
当然、そこには背後関係があり、違法サイボーグ手術の費用は『誰か』が立て替えているのだ。何らかの意図をもってして――
〔このさい、容疑は傷害でも公務執行妨害でもなんでもいい。補導による確保が無理なら緊急逮捕という形を取っても構わん。彼らの身柄を我々で押さえて、スネイルとの関係性を強制的にでも断つことが最終目的だ。違法サイボーグカルトへの取り込みを防ぐためにも手段を選ぶ必要はない! いいな?!〕
〔はいっ!〕
指揮を執る志賀が語気も荒く言い放つ。返される返事は明確であり、疑問を挟む声は皆無だった。
〔だが、思わぬ反撃も予想される。そこで今回は特別に東京都警視庁所属である特攻装警の協力を取り付けてある。万一の戦闘行動が発生した時は各自無理をせず、センチュリーの協力を仰げ。違法サイボーグへの対処経験は我々よりも彼のほうが遥かにベテランだ。我々とセンチュリー、綿密に連携してなんとしても作戦を成功させるぞ〕
センチュリーは本来、東京都の警視庁の所属である。だが必要に応じて他府県へと協力することは決して珍しくなかった。違法サイボーグが出現している現在、生身の捜査員の安全の確保は何よりも急務なのだ。
〔なお、捜査対象者4名は、関内駅周辺の福富町の風俗街から河川沿いの福富町西公園の辺りをテリトリーとしている事が判明している。4人の現在位置は県警サイバー犯罪対策室の協力で街頭カメラなどで補足済みだ。各自の警察用スマートフォンにリアルタイムにデータを流すから参考にするように。最後だが、今回の現場では何が起こるか予想できん。万一の自体には十分注意し相互連絡を怠るな。私からは以上だ。質問はあるか?〕
志賀が最終確認を行うが、質問の声はなかった。
〔質問は無いな? よし! それでは作戦を開始する! 各自事前ミーティング通りに配置に移れ!〕
志賀が強い口調で宣言する。それに応じるかのように一斉に声が上がった。
〔了解!〕
そして、数台の覆面パトカーは各々に散開する。異なる方向から捜査対象に囲い込みをかけるためだ。そして志賀は最後にこう告げたのだ。
〔それじゃ、センチュリー〕
〔おう〕
〔協力、よろしく頼む〕
そう問いかけてくる志賀の声は真剣そのものだった。
時代が変わった。捜査活動における生命への危険度は比べ物にならないくらいに跳ね上がった。拳銃所持や刃物などの比ではない。サイボーグなどと言う存在が相手では太刀打ちできない事も珍しくない。これまでの犯罪捜査手法が根底から変わってしまい、犯罪検挙率は目に見えて急落している。
そんな日本の惨状の中で、犯罪捜査の現場からの切実な声に応じる形で生み出されたのが他でもないセンチュリーたちなのだ。
センチュリーは静かながらも抑揚のある声でハッキリと告げた。
〔任せろ〕
その声は明朗で力強さに満ちていた。そしてセンチュリーは確信をもってこう答えたのだ。
〔そのための俺たちなんだからな〕
その名は特攻装警。
新たな時代の犯罪現場に立ち向かうための切り札である。