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X7:X-CHANNEL・エントランスエリア/良き隣人

「ふぅーー」


 頭部の上半分にすっぽりと被るフルカバースタイルのVRゴーグルをその男は脱ぎおろした。

 彼がいるのは窓のない閉鎖された部屋である。外部の音も届かない地下空間、そこに2メートル半四方の灰色の分厚いマットが敷かれている。男はその上に立ちVRゴーグルとバーチャルグローブを装着していた。それらの装備を外しながら軽くつぶやいた。


「全く、猫のおっさんを演じるのも楽じゃねーなー」


 軽くひょうきんな言い回し。一歩間違うと軽薄そうな印象を感じてしまうが、彼が語る言葉のニュアンスには軽薄さとは裏腹の相手の立場と心情を慮ることができる確かさがあった。

 その彼に向けて電子音声が語りかけてくる。


〔全周型VRネットアクセスシステム、モーションシュミレーター、作動を終了します。これよりアイドリングモードへ移行します〕


 それは固定型のVRシステムの中では最上級に位置づけられるものだ。VRゴーグルとバーチャルグローブ、さらには使用者の全身の動きと移動をモニタリングできるマット型のモーションアクティベーター。

 全身をフルに使い全身の全感覚でネットの仮想現実へダイブできるシステムである。

 その男は、システムの音声インターフェースへ告げた。


「OK! ご苦労さん! 今日はこれで終了だ。アイドリングをオフにしてスタンバイに移行してくれ」

〔了解しました。オーナー、お疲れ様でした〕

「おう! お疲れ!」


 その男は機械の音声システムに対しても、相手が人間であるかのように愛想よく言葉を交わす。そこに彼の人間性の一端が垣間見えていた。


 男は地下のVRシュミレーションルームから出て行く。短い廊下を過ぎ、急な階段を上る。するとそこはとあるデザイナーズマンションの一室であり二十畳ほどの広大な広さのリビングがあった。

 そして、彼はそこに見知った人物の姿を見つけることになるのである。

 地下から出てきた男は黒髪であり丁寧にオールバックに撫で付け整髪料で固めている。黒のスラックスに濃い灰色のハイネックのシャツ。一見地味であるが、黒系のカラーが彼自身の主張と心性を如実に表していた。

 その細面ながら彫りの深い顔立ちには、人懐っこさと胸の奥に秘めた意志の強さが垣間見えていた。その彼に声がかけられる。


「ご苦労様、東作」


 フード付きのロングの白いマントを身にまとい、その下には小奇麗な濃紺のシャツと端正なズボン姿がある。腰の周りに複数のポケットの付いたウエストベルトを巻いているのは装備品を収納してのことだろう。

 そのシルエットがリビングの中の一人掛け用ソファーの一つに腰掛けている。東作と呼ばれた男は、その白いシルエットの人物にこう問いかけたのだ。


「よう、来てたのか。ランダムちゃんよ」

「ああ、一仕事終えて戻ってきたばかりだ」

「そいつはご苦労なことで。あれだろ? ベルお嬢様の古巣の学校の大掃除」

「まあ大掃除とまではいかなかったが、目的はちゃんと達したよ」

「へえ、さすがだね」

「だが――」

「あ?」


 東作と呼ばれた男は、相手の微妙な言い回しに疑問の声を上げた。


「私が行動する前に、すでに特攻装警のセンチュリー様が怒鳴り込んだ後だったよ」

「怒鳴り込んだって、直接か?」

「あぁ、〝失踪者の事実認定のプロセスが雑すぎる〟ってまくしたてたらしい」

「どっちが雑なんだか」


 いきなり直接怒鳴り込むやり方もさすがに考えものだった。だが――


「だが、さすがに彼が背負った特攻装警と言う肩書きは伊達ではなかったよ」

「あ? どういうこった」

「あの『特攻装警のセンチュリー』が直接抗議に行った――、その事実だけで都の教育委員会と文科省の関係部署が事実確認のための行動を開始したよ」

「――――」


 さすがの東作もその事実だけで絶句する。


「今までにも彼は直接抗議を何度もやっている。その度に騒動となるが最後は結局、事実認定の間違いや不正行為、教師側のパワハラめいた思い込みなどが発覚し学校側が後手後手の対応をする羽目に陥っている」

「なるほど、そりゃ対応早くなるわ。でも、考えてみりゃそれもそうだわ。センチュリーが犯罪青少年と非行の専門家なのは間違いないからな」

「彼もまた実践を積んだエキスパートだからね」

「それじゃあ、お前出る幕なかったか」

「いいや、例の生徒指導の年配女性教諭がパワハラや不正行為をしていた証拠がいくつか発見されたので、複数箇所に匿名で通報しておいた。学校教育費の私的流用も確認されたのでいずれ逮捕されるだろう」

「そうか、そりゃいいや」


 東作は簡潔な言葉で笑い飛ばした。彼らは、一つの事実が結末を見たのならそれ以上のこだわりは見せない。

 そもそも彼らは自由と引き換えにリスクを背負うことを良しとした〝自由人〟なのだから。

 細面で堀の深いサル顔の男の名は栗田東作、

 白いローブマントを羽織った上品な物言いの男の名はメモランダム、

 彼らが滞在しているのは東作が持つセーフハウスの中の一つであり、常に拠点を移動しながら暮らしていた。メモランダムに至っては特定の居住地は持たず、都会の様々なシーンにて自由気ままに流れ暮らしていた。

 定住生活を必須とする企業人では無いのである。

 

 メモランダムが東作に言う。

 

「まさか君のような人物が、ゆるキャラマスコットのような〝猫〟を演じているとはね」

「言ってろ! ダミーの偽装ロボットを扱うのは俺の十八番(おはこ)だ。ネット上のマスコットモドキを演じるくらいわけねえよ。それに、ベルのような若い子と一緒に行動するにはこの方がいいからな」

「そうだな――」


 東作の言葉にメモランダムが苦笑しつつ同意する。

 

「素の君では通報されかねない」

「ひっでーな、おい!」


 投げられたその言葉に東作は苦笑しつつも笑い飛ばしていた。

 

「時に、ベル嬢はどうしている?」

「あぁ、彼女か。おとなしく帰っていったぜ。色々と言い含めたからお友達探しはしてもいきなり乗り込むような無茶はしねえだろ」

「そうか、それならいいが、拉致被害者を奪回しようとして返り討ちにあうケースは珍しくないからね」

「あぁ、巻添えで何人も死ぬのはもうゴメンだからな。本当は全てを特攻装警のセンチュリーあたりに教えて乗り込んで貰えればいいんだろうが――」

「それは無理だ。特攻装警は現状、5人しか居ない。6人目もいつ物になるかわからない。過剰な期待やしないほうがいい」

「だな――、こっちでできる事は自分たちでやっておいたほうがいいからな」


 東作は壁際のガラス棚からグラス2つとボトルを取り出す。アルコールではなく炭酸入りのミネラルウォーターだ。メモランダムが酒を飲まないのを知っているからだ。2つのグラスにそれを注ぎながら東作は言う。

 

「で、どうだ? 彼女?」

「そうだな。まだ未熟な所も多いが、伸びしろを考えれば期待できる。俺たちがしっかりと導けばかなりの人物になれるだろう」

「俺達みたいな、表の世界と、裏の世界の〝狭間の住人〟みたいなのか?」


 東作がメモランダムにグラスを渡す。それを受け取りながらメモランダムも言う

 

「夜の世界と光の世界の〝橋渡し役〟と言ってほしいね」

「あぁ、そうだな」


 東作も喉を潤すようにグラスを飲み干して言い放つ。

 

「これだけ滅茶苦茶になっちまった東京を、元の平和な大都市に戻すには生身の人間の力だけじゃ無理だ」

「あぁ、人ならざるモノたちの力を借りねば、暴走するハイテク世界を食い止める事はできない。だからこそだ――」


 メモランダムが放つ言葉に東作も頷いた。

 

「アンドロイドである特攻装警たちには人間の〝良き隣人〟になってもらわねえとな」

「それを望み、見守るのが我々の役目だ」


 二人はそう語り合い頷き合う。と――その時、部屋の片隅のサイドボードの上に置かれた大型のスマートタブレットが起動する。そして、新たな情報を流し始めたのだ。

 

「お? またなんかあったな?」


 グラスを手近なテーブル上に置きスマートタブレットに近寄っていく。そしてそこに映し出されたメッセージを見つめていた。

 

「どうした、東作」

「見ろ、ランダム」

「ん――?」


 そのスマートタブレットに表示された情報を目の当たりにして二人の表情は張り詰めていた。


【非常事態発生、首都高速湾岸線B号線、緊急封鎖】


 そこには、横浜の湾岸付近にて発生したとある事件についての警察情報が流れていたのだ。苦々しく東作がつぶやく。

 

「やりやがったな? テロリストめ」


 メモランダムも義憤を隠さずに言葉を吐く。

 

「どうやら誰かさんの〝目論見〟と〝思惑〟は外れたらしいな」

「そのようだな――行くぜ、ランダム。情報収集だ」

「あぁ――」


 そう言葉をかわしながら二人は部屋から出ていく。彼らも大都会の闇の中へと潜っていったのである。 


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