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サイドAプロローグ マイ・オールド・フレンズ/第2科警研奥多摩実験施設

 特攻装警の拠点、第2科警研があるのは府中市の外れである。

 おりからの都心構造や交通事情の激変から、横浜・埼玉・八王子・府中などの周辺の都市群が大都市化してから久しい時間が流れていた。

 だが、ここ奥多摩の地だけはその時流からは大きくとり残されており、往時のありのままを留めている。多くが自然のまま人間の手の介入は少ない。東京最後の自然の地を荒らすことを多くの人々はこれをよしとしなかったのである。

 それがゆえに、道路も施設も建造物も20世紀の頃からはさほど増加しなかった。

 森林の奥地に隠されたこの警察庁付属の施設をのぞいて――

 そこには表札も施設名もなにも表示されない。

 単調な道を数キロ、延々と走ったその奥にそれはある。

 周囲の森林に紛れるように、灰色のパネルコンクリートの建物はそびえていた。

 その建物、一見すればただの倉庫にしか見えない。だが、それは警察庁の管轄下にある公共施設である。

 時は1月末、温暖化が進んだとはいえ、冬はまだ降雪もめずらしくなく、風は斬りつけるように寒かった。

 

 建物の中は半地下式の実験ドックだ。低い外見からは想像できないほど広く高い内部空間を確保している。その実験ドッグを囲うように強化ガラス製の窓ガラスで区切られた観測室がある。

 観測室の中に第2科警研の大久保たちの姿がある。大久保の部下だけでなく同じ第2科警研の呉川などの姿も見える。そして、その彼らが見守る実験ドックの中には一人の人物が居る。

 

 彼は常人ならざる風体をしていた。全身が重厚な装甲体でおおわれている。複雑でメカニカルな陰影を宿したそれは明らかに戦闘用に供されるものである。

 その彼に向けてマイク付きのヘッドセットを付けた大久保が告げる。

 

「次! 両脚部レッグパイラー」


 ドック内の彼はその指示にうなづく。装甲体の踵から鋭い『杭』が飛び出て彼の体を地面へと固定する。ただし片側だけ――


「起動失敗、右足だけです。左足は制御信号が伝達できていません」


 大久保の傍らにいる研究員がそれをデータ端末に記録していく。


「装備装置の制御デバイス回路の制御情報が正しく動いてないな。ノイマン系プロセッサーのプログラムにはバグは無いんだがなぁ――」


 大久保は苦しげにつぶやく。傍らの研究員が具申する。

 

「やはり、メイン中枢とのリレーショナリーロジックでしょうか?」

「かもな、非ノイマン系のニューロ制御ユニットだな」

「メイン頭脳の人格との連携不良ですねー。どうしてもそこでつまづきますね」

「そうだな。装甲体と本体の連携不良の症状の原因はどうしてもそこしか考えられんからな。とりあえず次のチェックシークエンスに移ろう」

 

 と、次の指示を出す。


「次、右前碗部マイクロアンカー」


 その声にも実験ドックの彼は答えようとする。

 彼が右腕を、遠くにあるターゲットに向けて持ち上げるとその手首にワイヤーアンカーの射出口が見える。だがどんなに沈黙の時間がながれてもそれが反応を見せる雰囲気はない。


「これも起動失敗ですね」


 研究員が記録しようとすると別の研究員が声をはさむ。


「いいえ、ワイヤーの制御デバイス回路は起動しています。今度はアンカーを射手する電磁カタパルト装置の起動不良です」

「またか」


 大久保は苦々しくも困り果てたふうにつぶやいた。


「やっぱりオプショナルのアーマーギアの制御情報がほとんど正常に作動していないんだな。アイツ自身がどんなに意識してもそれがアーマー側に伝達できない。今度こそあいつの戦闘プログラムが動いてくれたと思ったんだが」


 研究員たちも疲労のこもった声で弱音を吐く。


「9度目のトライでやっと正常起動したと思ったんですけどね、まいりました」

「アーマーギアの装着も手動装着ばかりで、けっきょく自動装着させられなかったしなぁ」


 そこに呉川が背後から声をかけた。


「やはり、心理的な理由じゃないのかなぁ」


 大久保は背後の老技術者をふりかえり答える。


「呉川さんもそうお思いですか?」


 呉川は軽くうなづく。


「武装の制御に必要な戦闘プログラムを、ただ見かけ上、強制的に動かしても無理だと言う事なんだろうな。あいつが本気にならなければ――」


 呉川の見立てに、大久保はふたたびため息を吐く、そして、眼下のディスプレイ群の中の一つに語りかける。


「教授はどう思われます?」


 テレビ会議仕様のそのディスプレイの中には英国アカデミーのあのガドニック教授の姿が見える。ディスプレイの片隅には――【from England】――の表示がある。アクセス先は英国のケンブリッジ、ガドニック教授の個人研究施設からである。


「やさしすぎたんだな彼は」


 白衣姿の教授は苦笑いで大久保に答えた。


「戦闘プログラムが独立して存在する他の者たちと異なり、彼は戦闘プログラムを闘争本能の一種として、我々生身の人間と同じように理性や感情で押さえ込むことで制御している。しかし、必要以上に戦う意志を――、闘争本能を押さえこむメカニズムが、彼の心の中に定着しているとしたら? あるいはそれ以前に刑事としての戦いと、アンドロイドとしての固有の機械戦闘の違いとが根本から理解できていないとしたら?」

「やはり教授もそうおもわれますか?」


 大久保の深刻な問いにガドニックはうなづく。


「その心の問題を解決しないかぎり彼は戦う事はできないかもしれないな」


 観測室に沈黙がおとずれた。


「保留しよう、この問題は」


 観測室の窓から実験ドック上の人影を見つめながら呉川が言う。


「どちらにしろ、今回の目的は彼のアーマーギアの模擬機能テストだ。その事はいずれ改めてじっくり解決しよう」

「そうですね」


 大久保はうなづく。無駄なこだわりは残していなかった。


「よし、次に行く。今度は戦闘プログラムを使用せずに、制御デバイスをマニュアルコントロールする。アーマーギアのメカニズムが正常動作する事が確認目的になる。」

「装着者の意識への影響レベルは?」

「あくまでも装着者は姿勢維持に専念、われわれはこちら側からアーマーギアのみを操作する」

「了解!」

「操作対象・第9武装『ライトニング・リフレクション』、各自、制御準備にはいれ」


 研究員たちが一斉にうなづく中を、大久保はヘッドセットのマイクに叫ぶ。


「なお武装のトリガーは本来なら、装着者の意志でのみコントロール可能だが、今回はここの大型プロセッサーのアシストで模擬トリガー信号をかける事にする。それでは第9武装の模擬動作テストをもって最終テストとする。フォーム・スタンバイ!」


 その言葉に呼応して実験ドックの彼が両手を前方へと突き出す。それがその武装を使用する態勢らしい。


「準備よし」


 研究員の声に大久保が叫んだ。


「よし! オールシステムスタンバイ! オペレーションタイムチャート・カウントスタート!」


 観測室内のオペレート端末の全てがディスプレイの片隅に千分の一秒単位の時間経過を刻み始める。その時間経過に基づくプロセスチャートの手順通りに研究員たちは作業を開始した。


「内部エネルギーシステム・シンクロタイミングチャート正常進行」

「高スピンエネルギードライバー、アイドリングモードからドライブモードへと移行」

「ショルダーリアクターセルパネル展開! 対消滅マイクロジェネレータ作動開始!」

「ショックウェーブリザーブチャンバー正常作動、加圧値上昇中!」


 そこまできて、大久保は身を乗り出すと、目前のディスプレイ端末に手をのばす。


「よし、出力エネルギー値を5%に設定、そののちトリガーをカウント開始」

「了解、10秒前、8、7、6――」


 そのカウントが0に達したとき、大久保はメインコンソールのリターンキーを引き金代わりに叩く。その時、彼らの視界には銀色の閃光がターゲットに向けて直線を描いた。

 長い沈黙と共に重い空気がおとずれる。


「テストターゲットの破壊確認、アーマーギア内の各作動箇所に異常箇所、危険箇所、いずれも認められません」


 その答えが観測室に安堵をもたらした。静かなため息が全ての人々の口から漏れた。そのため息を労うように呉川が告げる。


「とりあえず。最後のテストだけは成功だな。大久保」

「はい」


 だが、呉川に返される大久保の声は元気が無い。その訳を通信ディスプレイの向こうのガドニックが教えた。


「しかしこれではっきりしたな。アーマーの不調が装備そのものにあるのではなく、彼の側にある事が。有明で目覚ましい成長を遂げた彼だが、第2の成長停滞と言うべき状況だろう」

「はい、僕もそう思います。これを乗り越えるには有明での一件で判明した通り、シュミレーション的な仮想体験よりも、よりリアルな実体験が有効だと言うのは分かっているのですが――」

「戦闘の実体験か――、それはそれで難しい物が有るな」

「はい――」


 大久保は今日の実験で感じた迷いと不安を振り切るように顔を振り、ヘッドセットのマイクに告げる。


「よし、これで終了だ! メットを取っていいぞ!」」


 アーマーギアのメットをぎこちなく外す。そこからのぞいたのは、親しげなほほ笑みが浮かぶいつものあの顔だった。呉川が大久保にヘッドセットを求めて、そのマイクに向けて告げる。


「ご苦労だったな! グラウザー!!!」


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