プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/ナイフの存在意義
その姿をシェン・レイと共に眺めていたがラフマニの姿はすぐに見えなくなる。
あとに残されたのはローラとシェン・レイである。この状況下ではローラも緊張を隠せない。シェン・レイの方を向くと努めて冷静を装いながら彼に問うた。
「あの、シェン・レイさん」
ローラの問いにシェン・レイは視線を向けてくる。
「私に聞きたいことがあるのでは?」
「やはり、分かっていたか」
「はい」
「それならば話は早いな」
シェン・レイはローラに全身で向き合うと見下ろすように問いかけてきた。
「君はディンキー老師のところに居たアンドロイドだね? ディンキー老配下の一人に君と同じ名前と姿形の者が居た。以前にシンガポールのとあるテロ事件にて見かけたことがあるんだ」
やはりそうだった。この眼前の電脳のエキスパートはローラの素性も正体も全てを見抜いている。もう逃れることは出来なかった。
「仰るとおりです。ディンキー・アンカーソン様配下のアンドロイド――マリオネットのローラです」
「『光撃のローラ』――光を操り素早さと速度においてはトップクラスである事は把握している。君がテロアンドロイドである事もね」
テロアンドロイド――、そう告げられたことが改めてローラの胸を強く締め付けていた。
「あの――」
「なんだね?」
ローラはうつむいてその目に涙を浮かべながら答えた。
「私の存在と過去が皆に迷惑をかけるのなら、今すぐにでも立ち去ります。今ならラフマニに会わずにすみます。それにあたしが――」
そこまで言おうとした時だ。シェン・レイはローラの口に右手をあてて彼女の言葉を遮った。彼は明らかにローラの意思を制止しようとしている。
「そう言う自棄な考えは棄てたまえ。君を拒むのなら、この島に入ってくる段階で足止めしている」
そう告げてローラの口元から手を離す。そしてさらに言葉を続けた。
「ラフマニが君を見つけてこの街に連れてくる時から、君の事は把握していた。これでも私はネットを通じてあらゆる情報を掌握している。ラフマニをはじめとするここの子どもたちのことも24時間把握しているんだ。もっとも彼らには内緒だがな」
「それじゃ横浜から遅れてきたというのは」
「嘘だ」
「え? なぜそんなことを?」
「私は一つの場所に留まることは出来ない。あのクラウンのように闇社会で様々な事に手を出している。それが故に敵も多く、一箇所にとどまれば必ず巻き添えを生む。それを避けるためには場所を特定されないように細心の注意を常にはらっているんだ。彼らには私に関するデータはほとんど与えていない。与えればそれを宛てにする輩が必ず現れるからな。あの子どもたちの身を案ずればこそだ」
「敵に居場所を悟られないためですか?」
「そう言う事だ」
「なら、なぜ? アタシが居ればいずれラフマニたちを巻き添えにしてしまう。私にはそれだけの過去があります! 居ない方がいいに決まっているのに!」
ローラは必死だった。自分がここにいることの是非。それは彼女がこの先も避けては通れない事実だ。そして、この不安があるうちは安心してラフマニにすべてを委ねるわけには行かないのだ。
「それは――」
だが、そんなローラの不安も受け止めるかのようにシェン・レイは優しく教え諭す。
「君にラフマニたちを守ってもらおうと思っているんだ」
「え?」
「君にはそれだけのことができる。それだけの力を君は持っている。私の目と手が届かない時に、その力を役立てて欲しいんだ」
「そんな?! 私はテロリストで、殺戮者で、その――私は――」
ローラは言葉を詰まらせた。そして、絞りだすように思いを吐き出す。
「殺人兵器なのに!」
それは事実だ。どんなに否定してもローラのこれからについてまわる事実なのだ。だがシェン・レイの思いは揺るがない。真っ向から優しい言葉でローラの負のアイデンティティを否定するのだ。
「ローラ、いいかよく聞きなさい」
シェン・レイがしゃがみ込む。そして、ローラの両手を握りながら彼は語りかけた。
「一振りのナイフがあったとして、それを悪意を持って振り回せば誰かが傷つく。だが、善意ある人の手に委ねられて善意を持って使われるのならば、料理に使われ飢えを満たすこともできる。医師の手に委ねられれば怪我や病を治す術となるだろう。私は、道具や力そのものに悪意が有るとは思わない」
それはローラにとって生まれて初めて体験する価値観だった。それまでマリオネット・ディンキーの持つ歪んだ悪意と恩讐によってしか世界を知らなかったが故に、自分が誰かを守れる事、誰かを癒やすことができると言う事――、そう言う事は思いもよらなかったのだ。
「君の過去は変えられない。だが、未来なら! 君の未来はいくらでも変えられる。それをここから初めてみるんだ。いいかね? これはチャンスだ。君が生まれ変わるためのね」
「生まれ――変わる――?」
驚きを呟けば、シェン・レイは微笑みながら頷いていた。
「君がテロリストであると言うことはもはや過去のものだと知りなさい。そして、その力を何も持たずに生きざるを得ない小さな彼らのために使ってくれないか? 君はそうすることで、君が背負った過去から開放されるはずなんだ」
過去からの開放――、それもまたローラにとって想像だに出来なかった事である。
だが、今それを拒絶できるほど、ローラは強くなかった。今はもう自分を守ってくれたあのラフマニのもとから離れることなど出来ないのだ。彼女自身はその心境に気づいては居なかったが、もはやそれはローラの心に根を下ろしつつあったのだ。
「はい、わかりました」
ローラはシェン・レイの手を握り返した。そして、力強くこう答えたのだ。
「私の力を皆に委ねようと思います」
その言葉にシェン・レイは満足気に頷いている。そののちに漏らした言葉は感謝の念である。
「謝謝」
しっかりと握手を交わしふたたび立ち上がる。そして、シェン・レイはローラにこう告げる。
「それじゃ、子供たちを起こすのをてつだってくれ。クラウンの配下たちに眠らされたらしいからな」
「はい!」
シェン・レイがビルの中へと入っていく。ローラはしっかりとした足取りでその背中を見つめるように歩き出したのである。
















