プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/――神の雷――
そこに佇んでいた者。全身を覆う黒いコートにプラチナブロンドのオールバックヘア、目元を180度覆う大型の電子ゴーグル。
そして、コートの合わせ目から垣間見える両手にはグローブがハメられている。メタリックでメカニカルな意匠のそれは、明らかにコンピュータネットワークへのディープなアクセスや特殊な電子機能を有していると思われるものだった。
そのオールサイバーなコスチュームの男はブーツの足音を鳴らしながら歩いてくる。そして。クラウンを見つめながら語りかけてきた。
「知り合いのねぐらが襲われていると聞いたんで慌てて駆けつければ、意外なヤツが居たな。なぁ? 『死を支配する道化師――クラウン』」
「ホッホッホッ! そう言うあなたこそ――、このみなしご達の後見人とやらがまさかあなただったとは思いもよりませんでしたよ。闇社会最強の電脳の支配者『シェン・レイ』」
二人はラフマニとローラを間に挟んで対峙していた。そこに融和さはない。底知れぬ実力を有した者同士が、互いの出方を推し量っている一触即発の剣呑さが有るだけだった。敵ではないのかもしれないが、少なくとも味方でも同胞でも無かった。
「あなたが絡んでいるのであれば事情は別です。ローラ姫は回収しなければ」
「そんなことできると思っているのか? こいつらに手を出すなら俺も全力で行くぞ?」
「全面戦争と言うわけですか?」
「お前さんが望むならな」
「私に勝てますか? あなたは物理的な攻撃手段が乏しい」
「思い上がりだな。俺のネット能力を甘くみるなよ?」
「忌々しい――、あなたを敵に回せば私も無傷では済まない。だが、私が全力を出せばこんなスラムなど一夜にして灰塵と化してみせます。そうなればあなたもただではすまない」
「本気で言っているのか?」
「さぁどうでしょう?」
笑み一つ浮かべぬ男と、どれが本当の顔なのかわからぬ道化師、
二人は向かい合いながらお互いを牽制しあっていた。そして、答えの出ない言い争いを経た後に二人が出した答えは明確だった。
「クラウン、協定を結ぼう」
「ほう? どのような?」
「情報共有だ。こいつらに関してのな」
「いいでしょう。どのように情報共有するかはあなたにお任せいたしましょう。それがなされている限りは私は手出しをしないこととします」
「懸命だな」
「不本意ですがね」
本当に高い実力を持つ者が対立するときは、全力でぶつかり合うことはよほどの局面だけである。容易には互いに手出しをする事ができない。お互いに相応のダメージを覚悟しなければならないからだ。それにクラウンにはもう一つの事情があった。
「それに、私も少々忙しくなるので。早いうちに手を打たねばならない相手が居ます」
「――誰のことだ?」
「ご存知のくせに」
「教えてくれないのか? 道化師」
「道化師に知恵を求めるものではありませんよ。神の雷」
そして、シェン・レイは素早く右手を動かした、宙に浮くようにCGホログラムによるディスプレイ画像が浮かび上がる。そして、とある集団の画像を数枚写しだした。
「こいつらのことだな?」
そこに浮かび上がっていたのは日本警察が誇る最強のアンドロイド警官集団だ。
「おやおや、もう分かってしまいましたか」
「闇社会を席巻している連中だ。知らないヤツのほうがどうかしてる」
「えぇ、その通りです。彼らこそ犯罪社会のパラダイムを根底から覆してしまいかねない今世紀最大のジョーカーです」
「特攻装警」
「その名、忘れようとしても忘れられません」
クラウンのその言葉は彼が一度特攻装警に有っていることを暗に匂わせていた。
「殺り合ったのか?」
「いえ、少し挨拶程度です」
クラウンは簡素にしか答えなかった。意地悪をしたのではない。それ以上は答えられないのだ。なぜなら――
「そうか。足止めして悪かったな。クラウン」
「いえいえ、どういたしまして」
「それと一応礼を言おう。子どもたちが助かった」
「あなたに礼を言われると具合が悪い。私は子供の笑顔が大好きでしてね。それを曇らせる輩が許せないだけです。シェン・レイ――あなたも同じでしょう?」
そう問いかけるクラウンの言葉にシェン・レイはただ静かに微笑むだけである。
ステップを踏んで歩き始めるクラウンはラフマニに視線を向ける。
「さて、それではくれぐれもローラ姫の事を頼みましたよ。ラフマニ少年」
そして、彼らに背中を向けると、飛び上がりつつ体を一回転させる。
「願わくば世界のすべての子どもたちが笑顔で満たされんことを――」
旋風が舞った。雪を巻き上げながら大空へと舞い上がっていく。その旋風にいざなわれるようにクラウンはその姿を消したのである。
「相変わらず、とらえどころのない奴だ――」
立ち去るクラウンにシェン・レイはつぶやく。
かたやラフマニはクラウンの姿を呆然と見つめていた。ローラはただ不安を堪えるようにラフマニに抱きついているだけだ。その二人に歩み寄ってくるのがシェン・レイである。
「久しぶりだな。ラフマニ」
「兄貴!?」
シェン・レイの素顔は大型の電子ゴーグルに隠されて容易には判別できない。だが、その口元から彼が微笑んでいることだけは解った。ラフマニの前に立つと再び話し始めた。
「オジーからメールは受け取っていた。横浜の方に居たんで時間がかかってしまってね」
「遅ぇよ! あのピエロみたいなのが居なかったらどうなってたか!」
「すまん。以後気をつける」
「頼むぜ、最近、闇街の勢力図がまた変わり始まったみたいでさ、この辺りにも見かけない奴が出てくるようになったんだ。今日みたいなことがまた起きるかもしれねぇ」
「どうもそうらしいな。勢力争いで大陸あたりから次世代の連中が出向いてきている」
シェン・レイがその両手のグローブで仮想のキーボードと空中に映しだされた電子表示を操作して、ここ最近の闇社会の様相を表示させて確認している。そこに数人の顔写真が浮かび上がっていた。
「よし。一度、彼らに影響力の有る実力者クラスとも話し合いしておこう。面倒は出来る限り排除しておいたほうがいい」
「頼むぜ」
「あぁ」
そんなやり取りをしていたが、シェン・レイはラフマニたちの側でしゃがみ込むと、ローラの目線に降りてきて彼女に問いかけてきた。
「ローラ、――と言ったね?」
低くてそれでいてよく通る声、耳にしていて心地よい穏やかさがある。それでいて人を惹きつける不思議な力があった。ローラも思わずシェン・レイの言葉に振り向かざるをえない。
「あ、はい」
「ようこそ。ならず者の楽園へ」
そのあまりに自虐的な言い方にローラは笑いそうになる。彼女が笑みを浮かべたことでシェン・レイも微笑み返す。そして、彼女に告げた。
「君を歓迎しよう」
そしてシェン・レイは右手を差し出した。ローラは一瞬、迷いにかられた。彼の前では何もかもが見透かされてしまうように感じたからだ。だが、それと同時にラフマニの前ではシェン・レイの事を拒否するのは何よりも失礼だと感じていた。今はただ流されるように、この地に身を委ねるしか無いのだ。
「ありがとうございます」
ローラはラフマニから身を離すと、自らも右手を差し出しシェン・レイと握手を交わす。
「シェン・レイと言う。よろしく。ラフマニたちの面倒を見ている」
「えぇ、彼から聞きました。頼りになる『兄貴』が居るって」
ローラの語る言葉にシェン・レイは思わずラフマニの顔を見返した。
「おい。ラフマニ」
ラフマニもシェン・レイに問われて慌てて振り向く。
「彼女に何を言ったんだ?」
「え? なにも変なことは言ってないぜ?」
「ならいいが、あまり飛躍した事を言われてもこまるんだがな」
「だから言ってねーって!」
シェン・レイの詰問にラフマニも懸命の弁明をしている。その姿を苦笑しつつシェン・レイは聞き入れる。
「わかった。わかった。そう怒るな。それよりオジーを迎えに行ってやってくれ」
「オジーを?」
「あぁ、李先生のところで治療してもらってる。酷い怪我ではなかったからそろそろ終わっているはずだ。そのあと楊夫人のところにまわれ。そこで落ち合おう」
「楊夫人――って、あの酒屋やってるおばさんだろ? なにかあるのか?」
シェン・レイが問えばラフマニは本当にわからないようだ。苦笑しつつさらに問いかける。
「ラフマニ、今日は何の日だ?」
「今日は――って、あ!」
そこまで聞かれて漸く思い出したらしい。
「思い出したか。他の子供らも連れて行く。今夜くらい、いい思い出を残してやろう」
「あぁ、そうだな」
今夜は聖夜、だれもが神の恵みの恩恵に預かってもいいはずなのだ。ラフマニはそれがシェン・レイはもとより中国人街の善意ある人々の行為だということを十分に理解していた。施しではない、心から純粋な好意だ。
「わかった。オジーと一緒にすぐ行くよ。ローラは?」
「彼女には私の方を手伝ってもらう。私一人では子供たちを連れて行くのは骨だからな」
「それもそうか」
シェン・レイの説明に納得すると、ラフマニはローラに告げた。
「それじゃ後で落ち合おうぜ」
「うん、分かった」
「じゃな」
そう告げつつラフマニはローラに歩み寄る。そして、その頬にくちづけすると仲間が治療を受けている店を目指して走り去っていく。
















