プレストーリー 滅びの島のロンサムプリンセス/デッドエンドストリート
そこはデッドエンドタウンの目抜き通りだった。
ダストフォレストから水路にかかる橋を渡ると片側2車線の大通りに出る。そこから右に向かえば海底トンネルを渡り大田区の城南島へとつながっている。左に向かえば東京ゲートブリッジへとつながり、そこから江東区の若狭へと抜けることが出来る。とりあえず、この片側2車線の大通りだけは通過するだけならなんとか無事に通り抜けることが出来る。だが、不用意に停車して周囲を歩きまわることだけは避けたほうが無難という場所であった。
その道路とダストフォレスト側からかかる橋を渡った所に大きな交差点がある。その交差点の向こう側が東京アバディーンの真の入り口であり、さしずめかつての新宿歌舞伎町の入り口看板の様な場所だといえるだろう。そこから南側に広がる市街地こそが、東京都と日本政府が管理を諦めつつある無法地帯。東京都中央防波堤無番区と呼ばれる場所である。
若狭から城南島へと抜ける4車線路のサイドには比較的安全な一般向けのビジネスビルや物流倉庫が並んでいる。そのビジネスビルが日本の一般市民からの視線を遮るシェードの役割を果たしている。
ダストフォレストから橋を渡りきったローラとラフマニだったが、交差点を一気に渡るとデッドエンドタウンのメインストリートへと入っていく。そして、そこから街路はゆるやかに西の方へとカーブしている。そのメインストリートがデッドエンドタウンを区分けする基準となっている。
ラフマニがローラを手招きする。
「こっちだ」
「うん」
足早に逃げこむようにデッドエンドタウンへと入っていく。街区の入口近くには防弾チョッキで武装した警ら警官と巡回の盤古隊員が目線を光らせている。彼らの存在を察知して、ラフマニは自分のまとったマントのフードをかぶり、ローラにもコートのフードをかぶらせた。
「止まるな。一気に駆け抜けろ」
警察に声をかけられぬようにあえて赤信号を車の流れを縫うようにして強引に道を渡る。何人かがラフマニたちに視線を向けたが、そのままデッドエンドタウンの中へと入り込んでしまえばそう簡単には追ってこれない。この街では警察すらも相応の戦闘力を持っていなければ身の安全を図れないのだ。
「追ってこないね」
「たりまえだ。ここじゃ日本のポリスをよく思っている奴なんか居ないからな。闇討ちされるのがオチさ」
「そうなんだ」
「でも、日本人でないなら、とりあえずは大丈夫。特に何かしらの顔役の庇護にあるならな」
「ふーん。でも、これからどうするの?」
「俺らみたいなガキどものたまり場に行く。そこでアニキのことを聞いてみるよ」
「たまり場って――」
ローラは周囲の様子を警戒しつつ足取りを緩め、ラフマニに問いかける。表の4車線道路とは異なり、デッドエンドタウンのメインストリートはどこか薄汚れていて、陰気な感じがする。歩道を歩くが目付きの悪い異国人が多種多様にたむろしている。
壁際によりかかり周囲に視線を走らせているのはスキンヘッドの中華系でフード付きジャケットの下からは神経質に新参者を値踏みするような視線が向けられている。別な中国人が通りかかり際にスキンヘッドの男にわざとぶつかるようにするが、その時二人の間では小分けのパケットに入れられた内容不明のドラッグが渡されているのをローラは気配で読み取っていた。
「あまりジロジロ見るな。射たれるぞ」
ラフマニが低い声で忠告する。
「粗悪な密造銃が横行してる。暴発することもある。余計な刺激はするなよ」
ラフマニの忠告にローラは黙って頷く。並んで足早に歩く2人を、ほとんど半裸に近い売春婦がニヤニヤと笑いながら見つめている。フィリピンと黒人のハーフで髪は黒だが粗末なヘアカラーで無理矢理に金髪にしている。タイトなミニドレスのチープさが彼女の悲惨さを余計に醸し出している。その首には銀色に光る細いチョーカーが巻かれている。まるでそこからスッパリと取り外せるかのように鋭利なシルエットのチョーカーだった。
若いとはいえ男女二人で歩いているのが気に障ったのだろう。ローラが通りすぎる際にハーフの売春婦がローラにつばを吐きかけた。
「!――」
あまりの不快さに視線を向ければハーフの女はにやりと侮辱の笑みを浮かべて吐き捨てた。
「色気づいてんじゃないよ」
思わず苛立ちを叩きつけたくなるがラフマニはそれを制するようにローラの手を強引に引っ張ってそこから走りだす。
「そいつと何回ヤッたんだ? 言ってみろよ」
あえて挑発するように罵声を浴びせてくるが、それを徹底して無視するラフマニの態度は変わらなかった。
「逃げんのかエロガキ!」
それに習うようにローラも足早に走りだした。道がカーブを描いていて2~300mも走れば女の姿は見えなくなる。
「なんなのあれ? ストリートガール?」
ローラが苛つきながらラフマニに質問するが、それに応えるラフマニには何の感慨もなかった。
「違うよ。だだの売春婦じゃない」
歩みを遅くしつつラフマニはローラに視線を向けてきた。
「チェインドって言うサイボーグ奴隷だよ」
「奴隷?」
「あぁ」
ラフマニは周囲を警戒しながら、目的の場所を探していた。メインストリートから入り込む裏路地へと続く道を探している。そのラフマニの語る言葉に驚かざるを得なかった。
「首に銀色のチョーカーが巻かれてたろ?」
「うん」
「あれ、処刑用の装置さ。スイッチひとつで始末できる。体内の各部に行動を制限するための特殊なデバイスが埋め込まれていて自由を奪われるんだ。何処に居るかすぐわかるし逃亡も抵抗もできない。所有者に抵抗すれば死ぬより辛い苦痛を与えられる。身も心もボロボロになるまで酷使されて最後はダストフォレストで処分される。脳改造もされてるから自殺も出来ないって話だ。目に見えない鎖で繋がれているって意味でチェインドって言うんだ。首に何かしらチョーカーの様な物が巻かれていのが見分けるポイントさ」
こう言う退廃的な街だ。裏の商売の風俗女性くらいは居るだろう。だが、それ以上に悲惨な事実を突きつけられてローラは思わず絶句する。
「プライバシーも身の自由もない。疲れ果てても休むことすら許されない。だから彼女たちは普通に恋愛している若い女性にスゴい敵意を持つんだ。殺そうと襲ってくることも珍しく無い。ただ、それすらも所有者にモニターされてるらしいから、本当に殺人を犯したらその場で処分される。自爆機能が施されていて爆殺されるタイプを前にみたことがある。とにかく関わって良いことはなにもない。絶対近づくなよ」
「うん」
同意してローラは頷いた。その間にもラフマニは目的の場所へと歩いていた。
「それでどっちに行くの?」
「こっちだ」
ローラの問いにラフマニは道路の右手を指差した。
「外海に近い方に行く。物流倉庫付きの雑居ビルだったんだが、オーナーが自殺してから管理する奴がいなくなって仲間内で勝手に住み着いてんだ。簡単なセキュリティーもあるから夜も安心だ」
ラフマニが指差す方に2車線道路の脇道がある。そこからさらに南東方向へと向かえば、簡易的な接岸設備のある小規模な貨物岸壁へとつながっている。
そしてさらにその先には開発計画がストップして、放棄されたままになった荒涼たる未開発地域が広がっている。
ローラは不意に周囲を見回した。メインストリートを境にデッドエンドタウンの北側エリアと南側エリアとではあまりに街の様相が異なっている。北側エリアは切り立つような高層ビルが並んでおり派手なライトアップと装飾が裕福さと趣味の悪さを醸し出している。
反対に南側エリアはどこかくすんでいると同時に、猥雑で剣呑な空気が絶え間なく漂ってきている。南側エリアの道端にはさっきのチェインドの女性のように女としての肉体を強調した商売女性がそこかしこにうろるいている。首に銀のチョーカーこそ巻かれていないものの、彼女たちのすぐそばにはボディーガード兼監視役の男たちが剣呑な目つきで控えている。そして、南側エリアの街路の奥にはネオンサインや荒れた雑居ビルがひしめいている。そこが反社会的な連中たちが根城にしているエリアだということはすぐに解った。
ローラが周りを気にしているのが分かったのか、ラフマニは彼女の手をしっかりと握りながら先を急いだ。
「一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「なぜ、道の北側と南側ではこんなに違うの?」
「言ったろ? 有力者が複数居るって」
ラフマニはまずは左手の高層ビルのエリアを眺めた。
「こっちのやたらと高いビルの中に居るのは基本的に中華系の華僑や黒社会系の連中さ。昔、日本の警察に追われて移動してきたのさ。あとは日本のヤクザマフィア、正体を隠して普通のビジネスマンを装ってるけど近づくだけでも危険な連中ばかりさ。有力者となる中心のヤツラは無数の取り巻きに囲まれて絶対に表に出てこないんだ。ある意味、この街を危険な場所にしている張本人みたいなヤツラさ」
次に反対側に視線を向ける。雑多で猥雑な雑居ビルがひしめくエリアだ。
「それでこっちはいろんな外国人マフィアが勢力争いをしている場所だ。アジア系、アフリカ系、南米系、ロシア系、アラブ系――、こんな小さい場所で毎日のように命のやり取りをしてるんだ。負けたヤツラは配下に組み込まれて酷使されるか消されるかだ。力のあるやつが肥え太り、無いやつは死んでいく。人種や経歴が物を言うから、同胞と呼べる連中に会えるなら、居場所を見つけられるかもな。でも――」
だが、そこまで話してラフマニの顔は悲しみとも苛立ちともとれない複雑な表情を浮かべている。
「俺達はどっちにも入っていけない。いつ食い物にされて消されてもおかしくない。この街では最下層に居るしか無いんだ。俺みたいな〝ハイヘイズ〟はな」
ハイヘイズ――耳慣れない言葉だ。しかしそれがラフマニの身の上を縛る言葉だということはすぐに解った。だが、それを根掘り葉掘り聞き出してもいいのだろうか? ローラは戸惑っていた。だいたい自分自身が本当の素性を一切明かしていないというのに――。
でも、ローラは衝動を抑えられなかった。
あの時、自分を降りしきる雪から守ってくれた彼――
手を握って自分を招いてくれた彼――
ローラは気づいてはいなかったが、いつしかラフマニとの距離をもっと近づけたいと心のなかで願うようになっていたのだ。
ローラは気づいてはいなかった。自分がテロアンドロイドとしての凍りついた感性から徐々に解き放たれようとしていることに。警戒心もプライドも薄れ、誰かに縋りたい気持ちを抑えられなくなっている。その事への自覚はない。自覚がないからこそ、抑えの効かない願望は、ラフマニに自らの素直な気持ちを問いかけさせるのだ。
















