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幕間 ――出立―― 『疾走りゆくその先で』

■城南島海浜公園


 東京品川区から南東、羽田空港のちょうど北側に位置する当たりに、海へと突き出した三角形の土地型のエリアで城南島と呼ばれる地域がある。工場や倉庫が立ち並び、そこから海へと望む一体に自然公園が設けられているのである。

 休日ならば家族連れや、スポーツを志向する人々の姿が見えるだろう。だがその日は休日ではない。余暇を楽しむ人の影はまだ少なかった。

 

 そして、城南島の西の端の海浜公園へとたどり着くバイクの一団があった。

 いずれもアメリカンスタイルでありアップライトハンドルが特徴的であった。乗っている者たちはいずれもがレザー系のバイカーファッションに身を包んでいる。年の頃は下は20歳程度から、上は40まで、人数は十二人ほど。男性比率が多かったが、女性の姿も二人ほど見える。いずれもグラマラスであり胸ぐりの広いTシャツやビスチェで己が女性であることをしっかりとアピールしていた。

 城南島海浜公園はL字型のレイアウトをしている。折れ曲がった当たりが突端となって東の海へ突き出している、そこを中心として広がる2翼の南側エリア。そこに駐車場入り口があった。バイクの集団が路上に横付けする。そして、12台のバイクの中程の2台には一見して毛色の違う二人が同乗していた。

 一台はタンデムで二人が乗っており後部席に16歳ほどのルックスの黒髪の少女がいる。もう一台はサイドカー付きでサイドシートに銀髪にカチューシャをつけた15歳ほどの少女が乗っていた。

 黒髪の少女はミドルの黒髪をヘアワックスでオールバックになでつけている。レイバンのサングラスをつけ腰から下はレザーパンツ、足元は男性物のバイカーブーツで編み上げに革ベルトがついていた。上半身には濃い灰色で迷彩柄のモッズコートを羽織り、その下には艶光りする黒いレザー地の三角ビキニで胸を隠していた。若い割には体のラインはよく育っていて、自分が女性であることをアピールする事に抵抗がないのがよくわかった。そしてモッズコートの長い裾に隠すように、両腰に二振りのナイフが下げられていた。それもまた彼女の個性の一つであった。

 黒髪のオールバックヘアの少女はバイクのリヤシートから軽々と降りる。普段からバイクに親しんでいるらしくその所作にたどたどしさはない。

 

「ありがとよ、ここまで送ってくれて。いいリヤシートだったぜ」


 少女はバイクのハンドルを握っていた若者に礼を言う。レザージャケット姿で頭にバンダナを巻いている。アメリカンスタイルのバイカーとしては標準的なスタイルだ。少女の言葉にはにかみながら若者は答えた。

 

「そう言ってくれると悪い気はしねえな。何しろ本場のアメリカンバイクに乗って育ったんだろ?」

「あぁ、オヤジのバイクのリヤシートが定席だったからな」

「どっちが良かった? なんて聞くのは野暮か――」


 そう控えめに問えば少女は答える。

 

「オヤジは俺が乗るとアクセル遠慮するからな。荒っぽいアクセルワークのほうが好きなんだ俺」


 それは世辞だったとしても、若者のバイクのほうが上だったという事を意味していた。そして若者は言う。

 

「だったら、また乗りに来いよ。横須賀のねぐらで待ってるからよ」


 少女の言葉にまんざらでもない口調で若者は告げる。その言葉に少女は答えた。


「あぁ」


 少女がそう言えば、若者が拳を握ったままの右腕を差し出す。それに自らの右腕の手首を打ち付けるように差し出した。

 その仕草に続くように、他のバイカーたちが集まり次々に右手を差し出せば、別れの挨拶のように少女は次々に右手を差し出して打ち付けていった――

 そして、先程の若者が言う。

 

「じゃあな、ペンプ」

「あぁ――」


 サングラスを少し上げ気味にして素顔を見せながら彼女は答えた。そして冷やかし気味にこう告げた。

 

「次に会えたら、なんなら、一回くらいならヤッてもいいんだぜ?」

「馬鹿! がきと寝れるか!」


 互いに悪態をつきながらからかい合う。それもまた気心がしれていた証拠だった。

 

 その賑わいをよそにしてサイドカーから降りてきたのは全く毛色の異なる少女だった。

 銀色のショートのボブヘアに青色のチェック柄のカチューシャがよく映えている。その目元には卵型のレンズのメガネが収まっている。服装は英国の寄宿学校を思い起こさせるようなスカート姿であり、タータンチェックのスカートに脚には濃い茶色のストッキング。足元は学生向けのトラディショナルシューズ。白いブラウスに濃紺のチョッキと赤いリボンタイを身につけ、上半身には襟付きのアカデミックコートを羽織っていた。

 体型は少しばかり小柄であり、サイドカーのシートにすっぽりと収まってしまい、外に出るのに苦労している。それを隣で苦笑していたのは肥満体の白人系の男でバンダナで頭部全体を包んでいる。バイクから降りて回り込むと、サイドカーのシートの少女に手を差し出した。

 

「大丈夫か?」


 流暢な日本語で語れば、銀髪の少女は笑いながら答える。

 

「はい、ありがとうございます」


 右手を差し出すと白人の彼に手を引かれてシートから脱出して降りていく。そしてシート脇に立てかけておいた2つの荷物を取りだす。一つは1.2m程の大型の杖、もう一つはA4サイズはあろうかという厚手の辞書のような書物だ。

 

「よいしょ」


 それを重そうに持ち上げるが抱える手付きは手慣れたものだった。

 

「ずいぶんな大荷物だな。いつも持ち歩いてるのか?」


 白人の男が問えば、少女は静かに微笑みつつ答えた。

 

「はい、父が作ってくれた物なので手放せません」


 少女がそう言えば白人の男が言う。

 

「学者さんなんだってな」

「はい、スイスで世捨て人みたいな暮らししてます。1人で置いてくるのはちょっと心配だったんですが」

「まさかゴミの山で暮らしてたんじゃないだろな?」

「はい、お恥ずかしながら。それを片付けるのは私の仕事だったので。多分、元の暮らしに戻ってるんじゃないかと」


 少女の語るエピソードに男も笑い声を上げる。だが少しだけ冷静になって問いかけた。

 

「でも、それを置いてきちまったんだろ?」

「はい」


 少女は否定せずに答えると白人の男に問い返した。

 

「私、悪い子でしょうか?」


 その言葉には少女が自らの決断と行為に後ろめたさを持っていることを現していた。だがそれは彼女の生真面目さを表すものだった。白人の男は言う。

 

「そうだな」


 その答えに少しだけ困ったふうの顔を少女は浮かべる。だが男は続けた。

 

「だけど、子供はいつか親元から旅立つもんさ。俺もさんざん悪さして迷惑かけながら、オヤジとおふくろのところを出てきちまった。いまじゃ何やってるのかも分からねぇ」

「でも――」


 今度は少女が告げた。

 

「いつかは帰るのでしょう? 大切な帰る場所ですから」


 帰る場所――少女はその言葉で呼ばれる場所の価値を知っていた。

 

「あぁ、今年こそはクリスマスまでに帰るって手紙を書いたよ。返事が来ねえから許してくれるかどうかはわかんねぇがな」

「大丈夫ですよ。手紙が届いたってことは、ちゃんと受け入れてくれてるって事ですから」


 その言葉には少女自身がいつかは故郷に帰ることを胸に秘めていることの現れでもあった。

 

「そうだな――、ペデラもいつか帰れるといいな」

「はい、必ず帰れると信じてますから」


 そして、白人の男はペデラの背中をそっと叩いて告げる。

 

「行こうか、あんたの仲間が待ってる」

「はい」


 ペデラはおとなしい少女だった。そしてとても真面目な少女である。



 @     @     @

 

 

 ペンプとペデラが集い、互いの進むべき場所を確認する。そして、二人は振り返ると彼女たちを送ってきてくれた人々へと向き直る。

 

「みんな――」


 黒髪のペンプが声を掛ける。

 

「すっかり世話になっちまったな」


 銀髪のペデラも告げる。。

 

「本当にありがとうございました」


 だがそれを苦にするような連中ではない。

 バイクの列の先頭を走っていた大柄な年の頃30代中程の男が答えた。

 

「礼を言われるほどじゃないさ、世話になったのはオレたちの方だ」

「あぁ、お前たちが手を貸してくれたから仲間や家族が助かった――、サイボーグじゃない生身の俺らじゃ、武装暴走族の連中から身内を取り返すのは不可能に近いからな」


 そう礼を述べられたがペンプはこともなげに言った。

 

「なーに、荒ら事と揉め事には慣れてるからな。オヤジの仕事が仕事だし、向こうじゃマフィアと競り合うなんてのもしょっちゅうだったんだ」


 その答えに興味ありげにペンプを乗せた男が問う。

 

「お前の親父さんって何ヤッてたんだ?」


 その問いにペンプはにやりとわらってこう告げたのだ。

 

「モーターマフィア。背中にドクロと天使の羽を背負ったやつのな」


 流石の答えに驚く彼らだったが、笑い飛ばしたのは先頭のリーダー格の男である。

 

「なるほど、道理で跳ねっ返りのじゃじゃ馬なわけだぜ」


 信じているのか、真に受けておらず冷やかしているのか、わからない返しだったが、それでもしみったれた別れになるよりはましだった。誰かが笑う、また別な誰かが笑う、そして、ペンプも、ペデラも、笑って別れを告げた。

 二人を残して、その一団は走り去ったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

「行っちゃったね」


 そうポツリと告げたのはペデラだ。

 

「あぁ」


 あっさり答えるのはペンプ。

 

「いい人たちに出会えたね」

「まぁ、腕っぷしはちょっと頼りなかったがな」

「えーそう?」


 不思議がってペデラが問えば、ペンプは昔を懐かしむように答える。

 

「でも、仲間思いのいいやつらだった。いなかのオヤジたちの事を思い出す」

「カルフォルニアだっけ?」

「あぁ」


 先程の跳ねっ返りの不良娘な弾け方とは違って、しんみりと過去を思い出すように伏し目がちにペンプは相槌を打つ。その表情を慰めるようにペデラは言う。


「行ってみたいな」

「来いよ、おれたちの〝役目〟が終わったらな」

「うん、その時はペンプもあたしのところに来なよ」

「スイスにか?」

「うん」


 ペデラが笑顔で答える。ペンプも穏やかに笑いながらこう答えた。

 

「そうだな、そのときは皆で行こうぜ」

「うんっ!」


 そして二人は歩き出す。運命の場所へ、戦いの場所へ――

 過酷な動乱が待つ約束の地へ――


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