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幕間 ――出立―― 『交わされる言葉として』

■横浜駅東口近傍、港湾地区、及び、横浜港洋上


 横浜駅東口近傍――

 そこは古くからの港街であり、発展と改変を繰り返す未来都市でもある。

 その変貌のプロセスは目まぐるしく一年と経たずに街の様相が変化していく。

 そして、多くの人々が訪れ、また、何処かへと旅立っていく場所である

 

 それ故だろうか、

 横浜に住む者たちは、人柄として、新参者に優しく、また旅立つものにも寛容であった。

 

「横浜はよそ者に優しい――」


 そう映画やドラマで語られることもある。

 港町として成立する以前は、日本の中心地である江戸/東京の入り口として、旅立ちの街として多くの人々の出会いと別れを見守り続けてきた街である。

 その様な街に訪れ、そして、また旅立とうとしているものが居る。

 

 時に時刻は午後3時を過ぎている。太陽は傾き、もうじき夕暮れ時が始まるだろう。

 

 男の名は伍 志承(ウー シーチェン)

 女の名はウノ、

 伍は濃紺のマオカラーシャツを着こなし、ウノは純白のロングスカートドレスを身にまとい、その肩にはハーフマントをかけていた。

 そして二人は、赤レンガ倉庫と大さん橋客船ターミナルに挟まれた〝象の鼻〟と呼ばれる古くからの港湾地区に足を踏み入れていた。黒髪の伍に対して、ウノは見事なブロンドヘアだ。それが肩まで広がっており、その上にマリアベールのような真っ白なヘッドドレスを被っている。

 伍はウノを導きながら、象の鼻の波止場の一角に係留された大型クルーザーへと乗り込んでいく。

 当然、彼女を丁寧にエスコートをする。はしけから船に渡る際に、ウノに対して右手を差し出し彼女を誘導する。ウノもまたそれをなんの抵抗もなく受け入れいていた。

 余分な言葉は交わされない。ただ視線で互いを認めあい、ウノは伍のする事についていくのみである。そしてそれこそが、ウノが伍に対して払うことのできる最大限の敬意なのである。

 

 船は高級クルーザーとしてはスタンダードサイズ。デッキは2層で1層目がキャビンになっており、2層目が屋根付きのブリッジとなっている。この種の船としては開放されたデッキが少なめだが、おそらくは伍の好み故なのだろう。娯楽性よりもプライバシーを守る事を重視しているのがよくわかった。

 そして、広めのキャビンの中へと入れば、そこは完全な洋上プライベート空間である。

 制限された船内空間を巧みに利用したキャビン内には最大で12名までが座ることのできるラウンジソファがアーチを描いて並んでいる。そしてそこに先に乗船して居たのは二人の少女と二名の男女であった。伍がウノを伴いキャビンに乗り込めば、キャビン内では二人の女性が彼らを迎えていた。

 

「あ、来た!」


 軽やかに転がるような声で迎えたのは、肩出しのピンク色のワンピースのスカートドレスを身にまとたピンク色の髪のトリーだ。

  

伍 大人(ウー ターレン)、お待ちしておりました」


 トリーの隣でともにラウンジでの準備を進めていたのは伍の女性秘書である江 夢(ジャン ムォン)だ。パンツルックの女性向けスーツ姿でトリーとともにグラスを準備している。軽い酒宴をもうけるようだ。

 

「ご苦労」


 伍の落ち着いた声が響く。

 

「準備整っております」


 江も微笑みながら答えていた、

 

「トリーもご苦労だったね」


 伍が問いかければ、トリーははにかみながら答えた。

 

「いえ、みんなで一緒にグラスを傾けるのは好きなんです。お酒は私が選びました」


 笑顔で答えるトリーの言葉に耳を傾けていた伍だったが、トリーが用意していた酒のボトルを見てふとある事に気づいた。

 

「白ワイン? いや、シェリー酒か」

「はい、私のふるさとだとFino(フィーノ)って言うんです」


 伍の言葉に答えるトリーだが、その答えの中身に伍はある事に気づいた。

 

「トリー、君はスペインの出身か?」


 そう問われば屈託なくトリーは答えた。


「はい、これでもアンダルシアです。でも家族みんなで大道芸をやってスペイン中あちこち回ってたんですけど」


 そうトリーが答えれば、伍の背後からウノが言葉を続けていた。

 

「〝わたしたち〟はそれぞれに養い親が異なるんです。彼女はスペインの大道芸一座の一家に育てられました」

「ほう、では君も人前で演技を?」


 そう問われればトリーは昔のことを思い出しながらこう答えていた。


「はい、ジャグリング、テーブルマジック、アクロバット、ダンス――、一通りのことはできますよ。なにしろmadre(母さん)が厳しい人で『働かざるもの食うべからず』が口癖でしたから」


 そう答えながらもトリーは手を止めることはなかった。

 グラスを並べ、食器を配置し、簡単なパーティーの準備をてばやくすすめていく。あっけらかんとして明るく軽妙なトークが特徴的だったトリーの意外な一面である。その手際に感心しつつ傍らのウノにも問いかける。


「ウノ、君は?」

「私ですか? 私はギリシャです。1000年以上続く女子修道院に預けられていました」

「修道院?」

「はい」


 そしてウノは過去を懐かしむように語り始めた。

 

「巨大な岩山の上、清貧の暮らしの中で神への帰依の暮らしをしていました。今でもあの頃のことは思い出します。短い間でしたが身に余るほどの愛情を修道女の皆様方に与えていただきました。ダウもそうです。彼女は英国のとある老貴族の夫婦のところで育ちました。お父上は軍人経験のある方で大変厳しかったそうです」


 そう言われればダウは男の子のような硬い語り口が特徴だった。礼儀正しく、思い切りがよく、常に冷静に思索を巡らせる。伍の盟友である猛 光志(モー ガンジ)が自分の部下にほしいとまでこぼした程の行動力と洞察力と才覚の持ち主である。

 すると、ちょうどクルーザーのキャビンのドアが開く。ダウを先にエスコートして、その後に猛が続いていた。キャビンの中の会話を察していたのだろう。ダウも過去を思い起こして語り始めた。

 

「僕の父上はたしかに厳しくて厳格でした。でも、それ以上に沢山の物を与えてもらった。誇り、責任、叡智、礼儀、エスプリ、プライド――そして確かな愛情。たった3年間だったけど、もし叶うのならあのまま一緒に暮らせていたらと思います」


 ダウの口から漏れたのは離れてしまった養父母への思慕の思いだった。その言葉に伍がある疑問を問う。それは少しばかり酷な問いかけだったかもしれない。

 

「では、なぜ旅立ったのだね?」


 それは当然といえば当然の詰問である。

 

「思慕があり、ともに暮らして恩を返す方法もあったはずだ。だが君は、いや君たちは世界へと、そして戦いの中へと歩みだすこ覚悟を決めた。それはなぜだね?」


 鋭く重い言葉がダウはもとより、ウノにも、トリーにも突き刺さってくる。彼女たちが旅立つ理由、それはそれ相応に必然的なものがあったはずだ。答えをじっと待てば口を開いたのはダウであった。

 

「今でも養父母への感謝の念は尽きません。でも、だからこそです。僕たちの生みの親である〝あの人〟が成そうとしてなせなかった事。そしてそれを成すことに意味があります」


 クルーザーのキャビンの中にダウの言葉が響く。

 

「この世界に仕掛けられた巨大な悪意を阻止する、そのためにも僕たちは生みの親の〝あの人〟の思いを受け継ぐと決めたんです。そしてそうする事で来るべき未来を守れるのであれば、それが養父母への恩返しになると信じています」


 ダウは語り切る。そして、ウノもトリーもはっきりと頷いて同意していた。

 彼女たちが背負った巨大な運命――、それに立ち向かう事で開ける未来がある。そしてそれこそが――

 

「なるほど、分かった」


――彼女たち〝プロセス〟が、世界の闇へと足を踏み入れる理由の一つであるのだ。


 そして今、伍も覚悟を決めたことがあった。

 

「ならば、私はこれからも君たちを支援し続けよう。君たちの悲願である〝あの事〟が成就するように」


 伍がウノたちを席へと促す。

 

「座りたまえ、宴をはじめよう」


 シェリー酒のボトルの一つを開けながら伍はこう告げたのである。

 

「君たちの旅立ちに、そして君たちの武運長久に」


 栓を開けられたボトルからシェリー酒がグラスに注がれる。それが6つ――、伍が先に取り、その次に猛と江が続く。さらにウノとダウ、最後にトリーがグラスを手にした、

 

「大願成就の後に君たちの故郷への帰還が叶うことを願う」


 伍がグラスを掲げ、5人がそれに習う。そして、伍が皆へと告げた。

 

干杯(ガンベイ)


 それは乾杯の合図、中華文化圏では乾杯とはともに酒盃を飲み干すことだと言う。

 ウノたちも、伍のもとに身を寄せてから、多くのことを学んだ。礼儀を通すためにもウノたちもグラスを飲み干す。

 そして、簡素ではあるが船上の宴が開かれた。

 それはこれから難事へと立ち向かうべく旅立とうとするウノたちへの、伍からのせめてもの手向けだったのである。


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