インターミッション3『フィール』②
新谷の言葉に皆の視線がフィールに集まっていく。
大石の隣でじっと席についていたフィール。警視庁の婦人警官の正装制服を身にまとい、頭部には制帽をいただいてフィールはじっと沈黙を守っていた。その沈黙するフィールに船井は声をかける。警察の備品ではなく、自らの意志と役目を持った警察職員として発言を求めた。
「特攻装警第6号機フィール、問題の当事者である君自身の率直な意見を聞かせてもらいたい」
それまで周囲を見守りながら沈黙を守っていたフィールだったが、発言を許されて毅然とした態度と落ち着いた声で意見を述べ始めた。第2科警研所長の新谷はフィールが自らの意見を述べるのを受けて、自らの愛娘に等しい存在のその身を案ずるようにじっと見守っている。
「私は――」
フィールは、静かに微笑みながら言葉を紡いでゆく。
「イベント任務は決して嫌いではありあません。例えば、外国からの来賓に日本警察について認識を深めてもらうための対応任務や、特攻装警と言う存在に対して好意やあこがれを抱いている学童や学生たちとの交流イベント、あるいは先日の有明のテロ事件での特別出向でのSP任務など、警察という組織のイメージ改善を図ることは大変重要だと思います。また、捜査部の任務を超えて、多種多様な任務をこなすことで私自身のスキル向上が図れるというメリットが有ります。その意味でも今まで私が着任してきた任務は、そのいずれもが欠くことのできない重要なものだと考えています」
フィールは満足そうに微笑みながら意見を述べている。だが、彼女の発言はそこで終わりでは無い。本当に伝えたい事はその先にあるのだ。フィールは強い視線を湛えながら臆すること無く意見を述べ続けた。
「ですが――、それも限度という物があります。私の役割は捜査部での犯罪捜査活動の補助であり、捜査対象者とのネゴシエーションスキルの行使です。さらには固有の飛行能力を駆使して、他部門との連携を行うこともあります。生身の人間では太刀打ち出来ない存在に対して、非常戦闘を行うのも重要な業務です。
しかしながら、現在は、それらに専念するのが困難であるほどに、毎週のようにイベント任務が持ち込まれている状態です。それと言うのも私という存在が一部でアイドル視され、警察外部の一般企業から協力依頼が連日のように持ち込まれ、上層部がこれを拒否すること無く受諾しているのが原因です。先日の有明テロ事件で特攻装警の存在がクローズアップされた事で、それらの傾向に拍車がかかってしまったのも要因の1つだと思われます。
私は――、やはり特攻装警と言うのは“生身の人間では成し得ない”限界を超えた任務に従事してこそその真価を発揮すると思うのです。そのためにも、速やかなる適正運用への回帰を強く訴えたいと思います」
彼女の凛とした声が会議室に響き渡っていた。警視庁の面々も、警察庁の面々も、フィールの意見のその真意について誰もがしっかりと理解していた。おそらくは“一人”を除いて――
副総監の浦安は困り果てていた。本来ならただ一言『適正運用を図る』とだけ答えればいいのだが、それだけは口にしようとしない。そればかりか時折苛立ちの表情すら浮かべているのが判る。
その彼の苛立ちの正体――、それを白日のもとに晒すべく意見を述べようとする者がこの会議に参加していた。警視庁捜査部捜査2課の課長で小崎と言う男だ。小柄なシルエットの彼は、重要な資料を手に挙手をして声を発した。
「ちょっとよろしいでしょうか?」
周囲の視線が小崎のもとへとすみやかに集まる。収賄や詐欺と言った知能犯を相手にする捜査2課、その課長が何かを述べようとしていた。
「なんでしょうか、小崎課長」
警察庁次長の近藤が返答する。小崎はさらに畳み掛ける。
「今回の件について告発したい案件があります。ただいま資料を配布いたしますのでそちらをご覧ください」
小崎の言葉に応じて警視庁の女子職員が浦安副総監を除く、全ての会議参加者に資料の入ったフォルダーを配っていく。それが全員分に行き渡ったことを確かめて更に言葉を発した。
「資料をご覧になられましたでしょうか? 我々、捜査二課では、一部の広告代理店企業からの悪質な収賄事件の重要証拠を確保するに至りました。それらを精査した結果、或る事実が判明いたしました」
その資料に目を通していけば、愕然とした表情や、憮然とした表情が瞬く間に広がっていく。そしてその資料がもたらす事件の張本人へとすべての視線が集まっていく。小崎はなおも発言を続けた。
「都内の一部の広告代理店やイベント企業から、警視庁上層部のある人物に対して、多額のリベートが支払われていることが判明いたしました。特攻装警フィールを優先的にイベント参加させる代わりにバックマージンが支払われる。さらにはイベントにフィールが優先的に参加させられるように便宜を図る。そう言った悪質な行為が行われている事実を確認いたしました。
特攻装警フィールが本来の任務に支障をきたすほどに、イベント参加がスケジューリングされているのはこれが原因だと判明いたしました。リベートを支払っている企業については配布しました資料をごらんください。そして、そのリベートを受け取っている人間ですが、実は、この会議室の中に来ておられます」
捜査2課が配布した資料を目にすれば、嫌でもある人物に怒りの視線を向けざるを得なかった。
近衛が怒りの形相で睨みつけている。
大戸島はもはや呆れ果てて資料に目を通すことすらしていない。
鼻で笑い冷ややかに見つめているのは霧旗で、
大石と小野川は互いに視線を合わせながら意見を交わしていた。
「おいおい、こりゃぁ――」
新谷は思わず吹き出していた。あまりにも在ってはならない事態に怒るよりも笑うしか無いのだ、
警察庁次長の近藤が回答を求めていた。
「これはどういう事かね?」
浦安は答えに完全に窮してうつむいて呻くことしかできないでいる。
国家公安委員会からの代表である笹原が鋭い視線と怒りで浦安を睨んでいる。それまで会議の状況を静かに見守っていたが、なおも何も答えない浦安副総監に対して大声で問い詰める。
「答えたまえ! 浦安副総監!!」
捜査2課が配布した資料は告発状であった。
【特攻装警フィールの外部イベント参加にまつわる収賄容疑】
それが事実であった。もはや一切の弁明すら通らない。うつむきがっくりと肩を落として浦安は一言も発しなくなった。浦安に対してすべての視線が集まる中、国家公安委員の笹原が告げる。
「本日只今を持って、浦安副総監を特攻装警運営委員会から罷免する事を宣言する」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
笹原の声にそれに同意する声が続く。浦安をかばう声は皆無だ。
その上で警務部に緊急連絡が行われる。10分と待たずに警務部の監察官が浦安の身柄を抑えるべく会議室へと姿を現した。そして、すみやかに身柄が拘束されて別室へと拘引されるのである。
かくして獅子身中の虫は駆除された。こうして、フィールと大石課長を悩ませていたイベント任務問題は急転直下で一気に解決へと向かったのである。
@ @ @
「本当にありがとうございました」
運営委員会のメンバーの前でフィールは丁寧に頭を下げていた。そこには警視庁はもとより警察庁のメンバーも居合わせている。撤収が始まった会議室の片隅で、フィールは事件解決に至ったその感謝の気持ちを現していた。警視庁単独では解決が困難な問題だっただけに、警察庁の存外の協力的態度はフィールにとって何よりもありがたいものである。
しかし、逆にフィールへと返されたのは“詫び”の言葉である。皆を代表してフィールに国家公安委員の笹原が答えていた。
「いや、頭を下げるべきは我々全員だ。君たち特攻装警を適切に運営を行わなければならないはずの人間の中から、収賄容疑者を出してしまうことなど、本来なら絶対に在ってはならない事だ。新参者の狼藉とはいえ痛恨の極みだ。本当に済まなかった」
それに続けて警察庁次長の近藤が告げる。
「これからは互いにチェック機能をしっかりと果たせるようにしよう。それに特攻装警の任務の範囲について、適切な規定を早急に作らないとな」
「それはたしかに必要ですね」
「このような事を再発させないためにもな」
近藤の言葉に近衛が同意し、さらには刑事局刑事企画課課長の船井の声が続いた。さらに霧旗が畳み掛ける。
「しかし――運営委員会のメンバーが収賄とは。マスコミに指弾されるのが辛いですな」
「たしかに――イベント斡旋程度ですんだから良いものの、これが機密事項や技術情報の流失につながったと考えたら――」
「背筋が冷たいだけではすみませんわ」
二人の会話は淡々と交わされていたが、その内容の重さをその場に居合わせた誰もが嫌というほど理解していた。現在の日本警察にとっての最後の砦である特攻装警――そのがどれほど脆く薄氷の存在であるかを感じずには居られなかった。
その空気を断ち切るように声を発したのは公安4課の大戸島である。
「やはり――」
大戸島の声に皆の視線が集まる。
「特攻装警の運用規約は一度全面的な洗いなおしが必要でしょう。委員会メンバーの選抜基準も単に役職と階級だけを基準として判断するのではなく、経歴や身辺の洗い出しを経た上で機密保持が確実な堅実な人間のみを集めるべきだと思います。安浦のように『警察の機械化の是非と真価』について理解できない考えの浅い輩は除外してしかるべきです。特攻装警というものの重要性をキチンと理解出来るだけの知性と人間性を備えた人員を選抜すべきです」
彼の言葉に皆が頷いている。大戸島の意見に技術審議官の丸山が答えた。
「つまりは、特攻装警と言う存在を『利権』の1つとは捉えてはならないと言うことです」
それは、当然の答だった。警察という組織の中にあるなら、誰もが理解して置かなければならない絶対的な前提条件である。運営委員会の最終的な指揮をとる立場にある国家公安委員会の笹原が今後の方針を口にした。
「では、早急に運営委員会自身の改革案をまとめることとしましょう。警察庁・警視庁それぞれに案をまとめ、後日話し合いの場を持つことにします。よろしいですね?」
笹原の声に皆が同意する。そして、最後を締めるように発言したのは第2科警研の新谷である。
「本当によろしくおねがいしますよ。創り手にとって、出来上がった物が“無駄”になる事ほど辛いことはないんですよ」
真剣な表情で新谷は訴えていた。それは新谷をはじめとする第2科警研の技術者たちの総意であり本音であった。警視庁も警察庁も、新谷のことばに頷き返し――
「肝に銘じます」
――としか答えられなかったのである。
@ @ @
そして、警察庁と警視庁、場と時をあらためて話し合いを持つことに同意すると、その日は解散となった。普段から多忙な面々である。挨拶もそこそこに本来の職場へと皆帰っていく。
そして、最後に残されたのはフィールとその上司である大石である。
「フィール」
大石の声にフィールが振り向く。そして互いに視線を合わせると大石は告げた。
「捜査部に戻ろう。機捜から緊急の協力要請が出ているそうだ」
大石の元へと歩み寄るとフィールは明るく晴れやかな顔で答える。
「はい!」
「行くぞ」
二人は並び立って歩き出すと捜査部へと帰っていく。交わされた言葉は少なかったが、着任以来、苦楽を共にしていた二人には余分な会話は不要であった。大石は自らの捜査1課に連絡を取って指示をする。
「私だ。手の開いている者に命じてフィール用の2次装甲装備を用意させろ。本庁屋上のヘリポートから現場へと直行させる。機捜から事件概要の資料を受け取ることも忘れるな」
今夜もまた遅くまで犯罪捜査に奔走することになるだろう。
事件がフィールを待っている。安穏として休むわけにはいかないのだ。