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インターミッション3『フィール』①

 特攻装警の紅一点、第6号機フィールの本来の所属は捜査部である。

 

 捜査部捜査1課が本来の所属であり、機動捜査隊とも連携して、様々な凶悪事件の初動捜査で速やかに現場状況を把握したり、他の捜査部にも課外協力を行い、捜査部が担当する様々な凶悪事件の捜査活動を補助するのが本来の役割である。

 そう、本来の――

 

 だが、ある事情からフィール本来の任務に重大な支障が出ていた。

 この所、来賓の接待から、公式行事の補助、果ては警察の宣伝イベントへの協力から、公安部門からの調査依頼まで、フィール本来の役割を逸脱した協力依頼があまりにも多すぎるのだ。

 重ねて言うが、フィールは捜査部所属である。

 総務部でも、広報部でも、警察音楽隊所属でもない。警察の最前線である捜査部所属である。

 

 捜査部の女性刑事の役割を補助するのが開発当初から求められていた本来の役割なのである。

 それに加えて、日本警察最新鋭の早期警戒管制システムを有した『空の目』としての役割も重要である。犯人追跡から、上空からの証拠集め、さらには大規模な交通誘導管制にも絶大な成果を上げることが可能だ。

 フィールという存在は本来の役割に用いれば極めて優秀なのだ。


 だが、それを全うするにはあまりにも“雑用”が多すぎた。

 そう――

 フィールをマスコットとして扱おうとする輩があまりにも多すぎるのだ。

 

 その事を訴えるためにフィールは捜査1課課長である大石とともに部署に出頭していた。

 

【特攻装警運営委員会】


 警察庁と警視庁との共同で運営されており、特攻装警の公正な運用を行うために、特攻装警にまつわる複雑な意思決定と判断を、一箇所に集約することを目的として設立されたセクションである。

 

 フィールと大石課長は連れ立って運営委員会に出頭していた。フィール本来の役割を再確認し、その適切な任務遂行を取り戻すためである。

 特攻装警を預かる者からは『鬼の巣』とか『閻魔大王の机』とか揶揄されるほど、緊張を強いられる恐ろしい場所であったがそんな事は言ってられない状況にあった。

 フィールも大石課長も困り果てていた。それを訴えるために今日、この場に出頭していたのである。

 

 

 @     @     @



「なんだこれは?!」

「イベント、イベント、イベント――、レセプション――まったく本来の業務スケジュールが狂いまくってる」

「警視庁は何を考えているんだね!!」


 部屋いっぱいに響き渡るような怒号があがる。

 大声を張り上げているのは、警察庁トップである警察庁長官の補助をする警察庁次長の近藤である。

 彼と一緒に大石からの報告書に苛立ちを覚えているのは、日本全体の警察を管理監督する役割を負っている警察庁の幹部連中だ。あまりにフィールの本来の役割からかけ離れた任務実態の多さに驚きと苛立ちが溢れかえっている。

 

 ここは警視庁内部の会議室の一室。警視庁上層部の人間が重要案件について議論するときに用いられる部屋である。その会議室で行われているのは『特攻装警運営委員会』の緊急集会である。

 運営委員会の主要なメンバーは国家公安委員会からの代表者1名をトップとして、警視庁と警察庁からそれぞれ特攻装警の運用に関わると判断されるセクションの課長級以上から適時選抜されている。さらに特攻装警の開発研究を担当している第2科警研から所長の新谷もメンバーとしてカウントされている。その総数20名、日本警察最後の砦である特攻装警を管理監督し適切に運用するために集められた精鋭たちである。


 国家公安委員会からの代表者と第2科警研所長を間に挟んで、警視庁と警察庁が会議用のテーブルを2列に挟んで向かい合わせに座っている。そして、警視庁側の列のもっとも上手に座っている人物が警察庁からの指摘を受けて弁明に必死になっているところであった。


「いえ、それは――、特攻装警の役割を周知しようと――」


 額いっぱいに汗をかいて弁明を繰り返しているのは警視庁の副総監で名前を浦安という。その年の春の人事異動で副総監に昇進したばかりの男だ。副総監は特攻装警運営員会の選抜対象であるために選ばれたのだ。警視庁の側でこの運営委員会のトップの座にあるのはこの副総監である。警視庁、警察庁、双方とも、組織トップの警視総監や警察庁長官は運営委員会には口出しをしないのが暗黙の了解であった。そのため、それぞれのナンバー2である副総監や警察庁次長が、双方の組織の意見の最終取りまとめ役を担う事となっていた――はずなのだが――

 

 警視庁副総監の浦安はなおも弁明を繰り返そうとする。だが、そこに強く切り込んだのは警察庁の技術審議官の丸山である。

 

「なにが、周知活動だ! 馬鹿も休み休み言いたまえ! こっちの業務記録では広報活動として報告が上がっているが、その内容を精査すれば場所は高級ホテルでそこに財務省官僚が同行――事実上の接待じゃないか! こんなものがよく承認が通ったものだな!」


 丸山の隣で腕を組んで場を眺めていたのは、刑事局刑事企画課課長の船井と言う男だ。ヤセ型のシルエットの船井は向かい合わせに座っている警視庁からの参加者を前にして静かに語りだした。

 

「1つお聞きしたいのですが――」


 冷ややかな表情の船井は、副総監の浦安を無視して、特攻装警の現場任務に直接に関わることとなる課長クラスの面々に視線を走らせる。

 

「特攻装警に関して、我々警察庁と言うのは、長期的な視点に立った組織運営や活動承認、様々な関連団体との調整役などを通じて、幅広いバックアップ活動を行うことを自らに課しています」


 船井の言葉に警察庁の面々は静かに頷いている。


「それと言うのも、特攻装警の実際の諸活動に関わっている警視庁の皆さんの方が、特攻装警の諸任務の実際の管理監督役にふさわしいと判断したからに他なりません。それ故、我々はこれまで特攻装警の現場活動に対して口出しする事は慎んできました」


 船井の言葉に、その隣の警備局警備企画課の宗川が頷きながら言う。

 

「船井課長の仰るとおりだ。“餅は餅屋”と言うことわざ通りです」


 船井はさらに告げた。


「それらを踏まえた上でですが――、警察の諸任務の現場で活動されてらっしゃる課長クラスの方々にお伺いしたい。この大石課長から報告が上がっているイベント活動依頼――、これらは特攻装警の役割に本当に必要なものでしょうか? 皆様方の率直なご意見をお伺いしたい」


 船井は表情は穏やかに笑っていたが、その目は鋭く周囲を見つめていた。その視線を受けて警視庁の面々は内心、忸怩たる思いを抱いている。彼が放った言葉のその真意、それを解らぬ警視庁ではない。答えを誤れば警察庁側が“特攻装警の管理権限の明け渡し”を求めてくるのは明白だからだ。

 場の視線が一瞬、ある男のところへと集まる。今回の事態を招いた張本人、副総監の浦安だ。警察庁からの追求にもただ黙したまま額の汗を拭くばかりで皆が納得する答えを出す気配は全く無かった。その無責任さに呆れつつ、警視庁の面々は特攻装警を守るためにも、明確な返答を返そうとしていた。

 

 まず先に口を開いたのは少年犯罪課の小野川だ。

 

「少年犯罪課の小野川です。昨今の少年犯罪は凶悪なカルト組織に青少年たちが常に脅かされている状態です。そう言った事態を解決し青少年を犯罪から守るためにも、特攻装警センチュリーはほとんど無休で毎日のように現場にて活動を続けている状態です。そう言った状況から考えても、特攻装警をイベントに借り出す事にそれほどの重要性があるとは考えられません。もし、センチュリーにその様な依頼があったとしても同意する必然性がありません。無論、センチュリー本人が拒否するでしょう」


 それを追うように意見を述べるのは組織犯罪対策4課の霧旗だ。警察らしからぬ歴戦の老兵の様な風貌の霧旗は暴対の最前線で暴力団組織に立ち向かい続けてきた。襟元を正してネクタイをしっかりと締めている姿は警察の現場を支える老骨そのものである。

 霧旗は形式的に頭を下げつつ挨拶する。

 

「暴対の霧旗です。警察庁の皆様方もご苦労さまです」


 そして、その口からしわがれた声で滔々と私見を口にし始めた。

 

「率直に言いますね。ヤクザやマフィア相手に睨み効かせている身の上としては、うちのアトラスにはまだまだ現場で頑張って貰わないと困ると言うのが本音ですわ。地道な地取りにがさ入れ、違法サイボーグヤクザの制圧戦闘に、証拠不足の時の強行突入――、あの『自分自身が証拠になる』ってアレですわ。我々生身の人間の刑事では太刀打ち出来ない事態にアイツにはどれだけ助けられたかわかりゃしません。最近ではヤクザ界隈ではアトラスのことを『片目』と呼んで敬遠しているくらいです。特攻装警という存在の有用性は第1号機を宛てがってもらえた儂らが一番良く分かっております。ですが――、それでも犯罪現場の状況を考えるのであれば、できればもう一人特攻装警が欲しいくらいですわ。先日の有明のサミット警備でもうちのアトラスを貸しましたが、戻ってくるまでは暴対の現場が死にそうになりました。もう、かんべんして欲しいですわ」


 暴対に身を置くものとして、組織犯罪者に立ち向かえるだけの剣呑さと胆力が求められる。霧旗は軽妙な語り口で笑いを交えながら語っていたが、その目は一時たりとも笑っては居なかった。


 霧旗が語り終えると次に口を開いたのは公安4課だ。公安4課は本来は資料収集と調査活動を旨とするセクションだが、旧来のサイバー犯罪対策課とは全く別の観点から、積極的な情報犯罪の摘発を目的として、組織内容を改変し、その隷下に『情報機動隊』を設立した経緯がある。特攻装警ディアリオを配下に置いているのは、実質的にはこの公安4課なのである。

 代表として会議に参加しているのは4課課長の大戸島――、極端にシルエットの細い、酷薄な印象のフチ無しメガネの男性だった。

 

「公安4課課長の大戸島です。警察庁の皆様方の日頃のご尽力には感謝いたしております。率直に申しますが今回の問題は公安4課としても公安部としても、信じられないと言うより他はありません。我々、公安4課と情報機動隊は非合法な手段も視野に入れながら国体安泰を最終目的として重篤な情報犯罪やネットワーク犯罪の討伐・抹消の為に活動しています。現在の情報犯罪の複雑化と悪化しつづける状況を鑑みるのであれば手段など選んでいられないというのが正直なところです。

 それらの現状解決のためには、特攻装警第4号機のディアリオの情報スキルは必須であり、それを本来の任務外に用いることなど言語道断言うよりほかはありません。よって今回のフィールの置かれている状況には強い疑問を呈するものです。以上です」


 大戸島は淡々とした口調で一気に言い切った。その口調には刑事警察の人間にはない、目的第一主義の者の冷淡さが垣間見えた。公安警察の特色が現れたとも言えるだろう。ただ、話し終えると大石や小野川といった他の課長たちと視線で合図をする。それなりの意思疎通はできているようである。

 そして、場の流れを察して次に意見を述べたのは警備部警備1課だ。機動隊員用の制服姿の近衛である。

 

「警備1課課長の近衛です。この度はご会堂いただき誠にありがとうございます」


 警察庁の面々に対して頭を下げ礼儀を通す。その語り口はとても落ち着いたものであった。

 

「あくまでも私見として述べさせていただけるならば、現在の特攻装警フィールの運用状況には著しい憤りを感じるものであります」


 そう告げる近衛の視線は、警視庁を代表するはずの浦安副総監に投げかけられていた。そして、速やかに視線を会議机を挟んで向かい合った警察庁のメンバーへと向けられる。


「そもそも我が警備部、すなわち機動隊が特攻装警の配属を望んだのは、凶悪化し重武装化する機械化犯罪に対処する上で、犯罪現場にて我が警察職員の人命が失われるという人的消耗の問題を早急に解決しなければならないと言う切羽詰まった事情があるからです。その対処のための方策として、武装警官部隊が設立されて全国で運用されているのは周知の事実ですが、あまりに過酷な勤務状態に、武装警官部隊と機動隊ともども連日のように改善要求が上訴されております。

 それらに加えて、先日の有明の超高層ビルでのテロ案件の様に、生身の人間では対処することが不可能な事案も発生しつつあります。そのような状況下で1号アトラスに始まり、最新鋭機7号グラウザーの存在は、最前線で生命の危険にさらされる現場隊員からすれば守護神とも言える存在になりつつあります。それに加えて我が機動隊の第5号機エリオットは非合法な極秘任務案件にも携わっており、その存在自体が市民社会から秘匿されております。それはすなわち都市社会の治安維持を再優先するのであれば、我々警察の内部事情は可能な限りマスメディアから隠しておきたいという切実な実情があるからです。マスメディアの目に晒されることにより犯罪者や非合法組織にも知られることとなり、さらなる犯罪手段の出現を促す事にもなりかねません。

 今回、捜査1課の大石課長から提出された本議案に関しましては、捜査部門の現場において多大な障害となるのは明白であり、一刻も早く犯罪捜査任務にフィールを専念させるべきと考える次第です。以上です」

 

 近衛は日頃から抱いていた思いを、様々に表現を変えながら一気に語りきった。その熱のこもった言葉に警察庁の人々もしきりに頷いている。すなわち現状のままでいいとは誰も思っていないのは明白だからである。

 船井は、警視庁の課長たちの言葉の一言一言に頷いていたが、未だ未発言だった交通部にも意見を求めることにする。その交通部からは交通総務課の女性課長が参加している。女性ながら課長職に就き、交通部の業務を影から支えている才女の仁科である。

 

「交通部の仁科課長、なにかご意見は?」


 仁科は、船井に問いかけられて頷きつつ言葉を発した。

 

「そうですね――、我が交通部には未だ特攻装警は未配備ではありますが、少年犯罪課に配属されている3号機のセンチュリーには常日頃から協力いただいている状況です。一般の交通取り締まりの他に、武装暴走族と言ったサイボーグカルト集団の取り締まりと犯罪事案の対応では特攻装警との連携無しには、対処することは不可能な状況にあります。

 捜査部の6号機フィールからは、上空からの取り締まり管制と言う面で日頃から協力を頂いており、もはや東京都下の都市部においては、フィールとセンチュリーの協力は欠かせない状況となりつつあります。できうるなら速やかに第8号機を建造し交通部にも配備を強く求めるものです。

 そう言った観点からも、今回のフィールの不適切運用の問題は、絶対に看過できない致命的な問題であると考える次第です」

 

「ご回答ありがとうございました。捜査1課の大石課長からはなにかご意見は?」


 仁科の言葉に船井が丁寧に返礼している。そして、議論の締めとして今回の議案の提出者である大石へとコメントを求めた。もはやことここに至れば大石が述べる言葉は1つしか無かった。

 

「私からの意見は、本委員会に上程いたしました提案書兼報告書にまとめてありますのでお手元の資料をご確認ください。なお、補足として私的意見を述べさせていただけるのであれば、現在策定運用されている“特攻装警運用規約”には大きな不備があります。それはすなわち、特攻装警の適用業務の範囲に関して、何の基準も設けられていないという問題です。決まりがないから何をさせても良いというわけではありません。この点において本委員会にて、運用規約の速やかなる改訂が必要であると訴えるものです」


 それは特攻装警の今後を考える上で、どうしても考えておかねばならない問題であった。

 特攻装警はある種のエキスパートである。何でも屋の雑用ではないのである。大石の訴えは当然であった。大石の言葉に船井は頷き返した。

 

「それについては私ども警察庁も同意見です。速やかに運用規約の改定案についてその内容も含めて後日、本委員会において検討を始めたいと思います。その際にはご協力をお願いするものであります。――さて、最後になりますが新谷所長、何かご意見は?」

 

 船井は、特攻装警の生みの親たる第2科警研の代表者にも意見を求めた。それまで沈黙を守っていた新谷だったが、船井の声を受けていつもの明るい語り口で話し始めた。

 

「意見も何も――、この場で私が言えることは何もありませんよ。そもそも、私は開発者であり技術屋です。その我々が生み出したものが、適切に運用されているかどうかについては、ただ一言『キチンと取り扱って欲しい』としか、述べることが出来ません。

 だいたいどんな存在にも“存在意義”と言うのがあります。何故この世に生み出されたのか、何故必要とされているのか、その理由があるはずなのです。私どもエンジニアはその理由に基づいて必要とされるものを必要な分だけ作り出すだけです。それでもなお出せる意見があるとすれば――」


 新谷は一呼吸置くと、右手でフィールを指し示してこう語ったのだ。

 

「――私達が生み出したその存在自身に意見を求めて見てはいかがでしょうか?」


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