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エピローグ 第2科警研にて/かくて闘いは始まる

 遠ざかるバスを見送りながら呉川がつぶやく。

 

「行っちまったな」


 その感慨深げな言葉はその場に居合わせた誰もが同じ思いを抱いていた。

 また明日からこれまでどおりの多忙な日々が始まるだろう。いや、今、この瞬間からも明日の普段の任務に向けての準備は始まっていた。

 宴の余韻を断ち切るように、皆、三々五々に持ち場へともどろうとしている。

 その時、近衛がアトラスへと問いかける。

 

「しかし、お前のところからは誰も来なかったな」


 アトラスにも身柄引き受けの責任者と指導監督役は存在している。だが、彼らだけがこのイベントに顔を出さなかったのだ。


「一応声はかけたのですが、俺達みたいなのが行くと怖がるから――と遠慮されてしまいまして」

「あぁ、そう言うことか」


 近衛もかつては暴対へと居た事があるだけに、その動機を分からぬことも無かった。


「ガラの悪さと目付きが鋭いのは職務上やむを得ない。暴対に居る者の一種の職業病みたいなものだからな」


 それは犯罪の最前線で闘う警察職員にとっては避けて通れぬ宿命のようなものでもあった。

 そう、感慨深げに近衛とアトラスが頷こうとしていた――、その時である。

 

「何だと!!?」


 彼らの背後で、覆面車両に乗ろうとしていた大石が大声で叫んでいた。

 皆の視線が集まる。ただならぬ気配を感じて、近衛はもとより、本庁の者も、涙路署の2人も、特攻装警たちも直ちに集まっていた。その中で大石は手にしていたスマートフォンに返答する。


「分かった、私も本庁にすぐ戻る。捜査1課は機捜と協力してただちに情報収集を開始しろ! 捜査部の他の部署にも協力要請だ。他部署との情報共有を怠るな! それと報道管制を敷いてマスコミへのリークを何としても阻止しろ!」

「どうした。大石」


 近衛が落ち着いた声で問いかければ、緊張を隠さぬまま大石からの声が帰ってくる。

 

「ベルトコーネが脱走した」


 それはその場の全員を戦慄させるのに十分すぎるほどの衝撃である。一瞬、皆が二の句を失うほどのショックに見まわれながらも最初に言葉を発したのはグラウザーのパートナーである朝刑事である。

 

「何処で?!」


 大石は眼前の所轄の巡査部長の若者からの問いかけに率直に答え返した。

 

「東京拘置所の犯罪アンドロイド収容施設から警視庁科捜研へと移送しようとしたその途上で突如暴れだしたそうだ。職員が3名殺害された」


 さらなる驚きの声をあげたのはセンチュリーである。

 

「そんな馬鹿な!? あの時、完全停止するまでアイツがやり合ったんだぜ?!」


 センチュリーが指差す先には驚愕の表情を浮かべるグラウザーの姿があった。ディアリオがセンチュリーの言葉を補強していた。

 

「はい、それは私も現地で確認しています」


 それを追うように市野が告げた。

 

「たしか、東京拘置所にはわてらの作った核磁気スペクトル分析装置が置いてあるはずやで。あれならどこまで内部機能が破壊されてるか、どこまで機能が生きとるか、詳細に調べられるはずやがな」


 市野の意見に大石が告げる。

 

「東京拘置所では、収容後のベルトコーネの内部システムが完全機能停止していると、様々な装置を用いて判断していた。そして完全機能停止して48時間以上経過したので、再生は不可能と判断して科捜研で分解調査しようと運びだしたのだそうだ」


 大石のその言葉に声をかけたのは、グラウザーの生みの親である大久保だった。

 

「偽装沈黙か!」

「それっていったい?」


 朝が問えば大久保は更に答える。


「犯罪アンドロイドに仕掛けられる騙し機能の一つで、完全機能停止していると誤認させる事で拘束施設からの運び出されるチャンスを生み出そうとする物です。実は内部機能の一部は動いていて、周囲の環境をきっちりモニターしている。そして脱走のチャンスとなる外部状況を掴むと、全機能を再起動させるんです。くそっ! 最後の最後でディンキーの奴にしてやられた!」


 大久保は苦虫を潰したように歯ぎしりしながら傍らの壁面を拳で叩いていた。そんな大久保につづいて布平が告げた。

 

「偽装沈黙なんて古典的手法だけど、こっちの検査システムの裏の裏をまんまとかかれたわね。しかし、それだと現状の犯罪アンドロイドの検査システムを改善しないとダメね」


 布平の冷静な言葉を皆が耳にしている中で、誰もが即座に次の一手を求めて行動を開始していた。もはや一瞬足りとも無駄には出来ない。

 第2科警研の面々はすでに持ち場の部署へと戻りつつあった。いかなる事態が起ころうともすぐに対処できるようにするためだ。

 そして、スマートフォンを取り出して自らの管理する捜査課へと電話で指示を出しているのはグラウザーの上司である今井だった。

 

「いい!? 急いで緊急配備! 全ての捜査員と警ら車両を管内に向かわせて! どんな兆候も逃さないように!」

 

 電話に向けて大声を出しながら視線で朝刑事とグラウザーに行動を促していた。向かう先は乗ってきた覆面パトカーの方である。

 一方でセンチュリーも行動をはじめていた。彼には彼なりの流儀というものがある。あの事件で専用のバイクは失ったが、それでも代わりのバイクでいつでも動けるように手は打ってあった。 

 

「師匠、すんませんけど、俺、ここから予備のバイクで行きます!」

「分かった。気をつけろよ」

「小野川さん! 俺、東京拘置所に向かいます! そう遠くへは逃げていないはずです!」

「頼むぞ。私も本庁に戻って対応を検討する、武装暴走族にも関連する動きが出ないか調べさせる!」

「お願いします!!」


 そう告げるが早いかセンチュリーは車両置場へと直行する。そして、正規の高速白バイ車両へとまたがったセンチュリーが走り去ったのはそれから1分後である。

 

「エリオット!」

「はっ!」

「おまえは東京ヘリポートへと直行して空中投下に備えろ!」

「了解、アバローナでヘリポートへ向かいます」

「大石! 小野川! 俺達も戻るぞ! アトラス! お前も私と一緒に本庁に戻って所属部署に合流しろ」

「了解」


 近衛の言葉に大石も小野川も頷くと覆面車両へと乗り込んでいく。ハンドルを握るのはアトラスだ。アトラスは暴対だがヤクザ組織やそれに類する犯罪組織がベルトコーネと接触を試みる可能性もある。

 

「俺です、アトラスです。これから本庁にもどります。はい、すぐに緋色会関連をマークします」


 アトラスが緊急連絡で暴対に連絡すれば向こう側でも対応策が始まっていた。そのアトラスに大石が尋ねた。

 

「アトラス、お前のところも動くか?」

「はい、例の密入国補助案件のからみで緋色会に動きがあったそうです。ベルトコーネと接触する可能性もある。密出国を補助するとは考えにくいがアカデミーの人々を追って海外出国されたら事です。徹底的にマークします」

「頼むぞ。SPにも警戒レベルを上げるように通達した。無事に帰国してもらわんとな」


 一方、近衛に命じられたエリオットは専用車両のアバローナへと乗り込むと、待機施設の1つである東京ヘリポートへと直行していた。そして、大石は乗り込みぎわにフィールへと指示を出している。

 

「フィール! お前はここから飛行装備で現場へ向かえ! 上空から追跡だ!」


 フィールもまた、もうすでに少女の表情ではなかった。冷静で行動力ある普段の彼女へと戻っていた。


「わかりました、直ちに現場に向かいます! しのぶさん! わたしの『着替え』をお願いします!」

「来なさい! すでに準備ずみよ」


 そして布平はフィールを伴いながら、自らの研究作業ルームへと向かっていた。布平班の他の面々はすでにフィールの装備換装の準備を開始していたのである。


「ディアリオ! 私達も動くわよ! 全情報各員にも都内全域に散って情報収集させて」

「了解!」


 鏡石とディアリオのペアは、ディアリオの車両であるラプターに乗り込むと、瞬く間に走り去って行く。そして、同じくしてグラウザーもまた朝刑事や今井課長とともに一台の覆面パトカーへと乗り込んで行く。ハンドルを握るのは朝刑事、その隣にグラウザーが座り後部席が今井である。3人が1つの車両に乗り込むと、朝が今井に尋ねる。

 

「課長、俺達は?」

「署に戻るわ、本庁の協力要請があるはずだから待機、必ず二人ペアで行動しなさい!」

「了解、行くぞグラウザー!」

「はい!」


 グラウザーは一週間前の、あの激しい戦いの時の光景をその脳裏に思い浮かべていた。あれで正しかったのか、それともまだ手ぬるかったのか、あるいは全て破壊しつくしてしまった方が良かったのか、迷いの種はいくらでも沸き起こる。だが、パートナーである朝刑事の強い問いかけがあらゆる迷いを一瞬にして追い払う。


「グラウザー」

「はい」

「いいか、あの時の戦いで自分がミスしたなんて思うな。事件なんて予測不能のことはいつでも起こりうる! 全てのことを予測するなんて不可能だ。その都度、一つ一つを潰していけばいいんだ」

 

 朝のその言葉で、グラウザーが迷いを追い払い、再び職務への強い気持ちを取り戻したことは、後部席の今井からもはっきりと解った。今井はこの2人を組ませたことが正しかったことを、今あらためて強く確信していた。

 

「行くぞ!」

「はい!」


 そして、その覆面パトカーは署のある方面へと走り去っていく。

 事件はまだ始まったばかりである。


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