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エピローグ 第2科警研にて/成長の確信

 部屋の片隅ではウォルターと市野が紅茶を手にしてのんびりムードで語り合っている。

 お互い旧知の仲であるかのようでざっくばらんな語り口は、ウォルターの鷹揚な人柄もあってかその2人だけ独特の雰囲気を漂わせていた。

 

「そういや、ウォルターはん。こっちにはいつまで居はりますん?」

「そうだな。来月後半からまたロンドンでエネルギー工学の欧州学会が始まる。その準備もあるからなるべく早めに帰らないと。まぁ今月半ばまでは日本に居たいのだが、本国の大学がなんと言うか」

「ウォルターはんの講義を待ってる学生さんたちもぎょうさんおられるんでっしゃろうから、そうサボるわけにもいきませんでしょうしな」

「その通りです」

「ま、しゃあないがな」


 そう告げて市野は軽く笑い声を上げる。


「それに悪い虫も退治されたによって、これでまた昔みたいに気軽にお互いに行き来出来るようになりまっしゃろ」

「えぇ、これで一区切りつくと思いたい。ちなみにミスター市野」

「あ?」

「大学での研究活動には復帰なさらないんですか?」

「あ? あぁ! 本業の方でっか」


 市野はもともとは関西の理工系の大学で教授職をしていた経歴がある。その頃から市野は学会関係者から『素材の神様』のアダ名を付けられるほど新素材研究では有名だった。エネルギー工学が主となるウォルターとは守備範囲が近かったこともあり、欧州学会で知り合って以来の知り合いでもある。市野は丸眼鏡越しにいつもの穏やかな笑みを絶やさぬままに明るく言い放つ。


「大学の方は休業中やけど、ここに居ると大学では分からん事も勉強できますさかい研究に遅れが出るとは思うとりまへん。大学もココでの活動を大学からの出向として認めてくれてますによって、いつでも戻ってきてかまへん言うてくれてますわ。それに――」


 市野は人々と語らい合うグラウザーやフィールたちをさしながら言葉を続ける。

 

「アイツらが一人前になるまでここから離れるわけにはいきまへんわ」


 市野が大学の教授職から離れてまでこの東京の地に拘る理由。それを改めて示されてウォルターは納得するしか無い。

 

「なるほど。それはもっともだな」


 今なら市野の決心の理由がウォルターにはよく分かるのだ。



 @     @     @



 一方でガドニックが語らっていたのは近衛や捜査課の大石、グラウザーの監督役の今井課長、そして朝刑事とグラウザーであった。6人は立ち話で輪になりながら言葉を交わしていた。

 

「そう言えば――」


 近衛が朝に問いかけていた。

 

「よくグラウザーが最後の戦闘を物にしたな」


 隣で大石が言葉を続ける。


「あぁ、それは俺もたしかに疑問だった。あれだけ研修期間が長引いて、初歩的な事さえこなせなかったのが、どうしてこの戦いで突然一人前になったのか――。報告調書を何度読んでも疑問が深まるばかりだ」


 2人の疑問に対して今井が言葉を続ける。

 

「それについては、彼が事件中に見聞きした視聴覚データの履歴を確認してみたのですが、確かに幾つか心理的に強い影響を与えるような事があったみたいですね。例えば――自分が勝手に独断行動をした事への〝罪悪感〟への気づき、偶然ながら事件被害にあった一般市民への救助活動。そして、やはり今回の事件首謀者であるディンキーとの対話。彼にとっては強い刺激になるような事例が立て続けに起こったことで、急速な成長が促されたみたいです」


 近衛がそれに喩え話を挟んだ。

 

「新人の機動隊員を、現場任務に叩き込んで、現場の空気を自ら体得させる様なものか」


 さらに大石が続けた。


「あぁ、そう言う表現だと判らないでもない。机上の空論を座学で詰め込むより、捜査現場で先輩に怒鳴られながらも自分の体で分からせた方が早いこともある」

「確かにそう言う表現で近いかもしれませんわね。朝くん、その辺どうなの?」


 朝刑事は上司からの突然のフリに慌てながらも、本庁の課長クラス2人を前にしていることもあり、緊張しつつも努めて冷静に言葉を切り出していた。

 

「それについてですが、自分はグラウザーとはぐれる失態を犯しているのであまり偉そうなことはいえませんが――」


 朝は隣に立っているグラウザーを横目で眺めつつ言葉を続ける。

 

「やはり事件の現場で〝自分が置かれている立場〟と言うのをコイツなりに体得したみたいなんです。俺から離れた直後は単に好奇心の向くままに行動するだけだったのが、目の前のけが人を助けたり、第4ブロックで戦っている先輩の特攻装警や武装警官部隊の惨状を目の当たりにしたり、色々な事例を目の当たりにしたことで、自分が何者でどう言う立場に置かれていて、そして、何をすべきなのか――この事件を通じて理解することが出来た。

 何よりも、『自分が戦わねばガドニック氏を助けることが出来ない』と言う〝使命感〟みたいな物を、コイツなりに理解し体得し得た事が何より大きいのではないかと思います」


 朝は事件当時のことを思い出し噛み締めながら言葉を紡いでいた。そして、隣のグラウザーを横目で眺めつつ問いかけた。

 

「その辺、どうなんだ? グラウザー」


 グラウザーは朝からの問いかけに戸惑う素振りは全く無かった。冷静に当時の事を思い出しつつ。訥々と語り始めた。

 

「そうですね。うまく説明出来ないのだけど――

 ただ僕は――、あのビルの中を歩き回っていて自分がいかに軽率なことをしていたのか、いかに身勝手な行動をとっていたのか、ある瞬間、とても強く感じたんです。そう、あれはディアリお兄さんの館内放送を聞いた時です。ガルディノとか言う個体と戦った時に流れたやつです。

 自分にはやるべきことがあるんじゃないか。僕でなければ守れないものがあるんじゃないか? なのに僕は今何をしてるんだ? って――。そう考えた時に教授が敵に拉致されたと、そう教えられた事を思い出して何としても助けなきゃ。そう思ったんです。それに何より心に残ったのは朝さんの言葉でした」

「え? 俺の?」

「はい」


 朝はグラウザーに指摘されても驚くだけだった。グラウザーが何を言っているのか皆目検討がつかない。

 

「俺、なにか言ったっけ?」


 まるで心当たりのなさそうな朝にグラウザーは笑いながらこう答えた。

 

「言いましたよ。朝さん。『お前馬鹿か? お前は何だ、何者だ。言ってみろ』――って」


 明るく笑いながら告げるグラウザーを、朝は相変わらず驚きつつ眺めている。


「こうも言ってました。『お前は〝警察〟だ!』って、あの時のやりとりは今でも鮮明に覚えてます。僕は何者なのか、何をするために生み出されたのか、その答えがとてもクリアに自分の認識の中に入ってきた。だから僕はあの時、ディンキーやベルトコーネに対してこう答えられたんです。『僕は、日本警察、特攻装警第7号機、グラウザーだ』って」

「あ――」


 朝もグラウザーの言葉に納得がいったらしい。

 

「そういやそう言う事も言ったっけな」


 苦笑する朝に今井が少し困り顔で問いかける。

 

「やだ、朝くん忘れてたの?」

「いえ、忘れてたわけではないんですが。あの時のグラウザーが、敵のボスを前にしてあまりにヤル気が空回りしてたんでもどかしくて、コイツにもう一度、自分が何者なのか判らせないといけないと思ったんです。それに殉職した親父のことがコイツと重なっちまって、腹の中にずっと溜まってものをどうしても言わないと気がすまなくて」


 朝は気恥ずかしそうにしつつも当時のことを思い出していた。その朝のつぶやきにガドニックが問いかければ、それに続けて答えたのは大石だった。

 

「彼のお父上が殉職?」

「あぁ、そう言えばそうだったな。私の所属する捜査1課に居た優秀な刑事でした。朝史彦――捜査1課の敏腕刑事、偶然遭遇した拳銃乱射事件に居合わせて、不幸にして一般市民をかばって殉職したんです。私の先輩刑事でした」

「なるほど――、それで君は亡き父上君の遺志を継いだと言うわけかね?」


 ガドニックの問いかけに朝は顔を左右に振った。

 

「いいえ、そんな大それたつもりじゃありませんよ。ただ、いつも自分の仕事にプライドをもって刑事をやっていた親父が誇らしくて、そうなりたいと思っていました。まだまだ足元にも及ばないけど、いつか親父を超えてみせる。そう思って刑事を目指してきたんです」


 控えめに語りつつどこか誇らしげな朝に、近衛が噛みしめるように語る。

 

「今井くんが彼をグラウザーと組ませた理由が何となく分かった気がする」

「えぇ、彼ならグラウザーの心理的な手本になると思いまして」


 今井の語る言葉に皆が頷いていたが、ガドニックだけが今井に問いかけていた。

 

「心理的に――か。それで技量的にはどうなのかね?」

「それは――」


 今井もそこは問われたく無かったのか、苦笑いしながら冗談めかして答えるのだ。

 

「もうちょっと改善が必要なところですね。ね、朝くん?」

「え? ちょっと課長それは――」


 今井の言葉に、近衛や大石やガドニックたちが笑い声をあげていた。朝だけが一人、バツが悪そうに苦笑いするのだった。



 @     @     @



「そろそろ来てもいい頃だがな?」


 呉川はレセプションホールに集まった人々と声を交わしながらも、ある者の姿をそわそわしつつ探し求めていた。まだこの会場に姿を現していない者が居るためだ。呉川は近くに立っていたフィールに声をかけた。

 

「フィール、アイツはまだ来ないかね?」


 フィールもまた、呉川の声に振り向きつつ未だ到着せぬ残る一人の事を思い出していた。

 

「センチュリー兄さんですか? 今、呼び出しましょうか?」

「頼む。こう言う大切な席だというのに何をやってるのかアイツ」

「ちょっと待ってください――」


 そして、フィールが兄と通信を行おうとレセプションホールからそっとでていこうとしたその時だった。

 

「フィール!」


 ホールへとつながる通路の向こうから声がする。声の主は遅刻してきた張本人だった。


「セン兄ぃ!」  

「すまねぇ! 遅くなっちまった!」

「何やってるのよ、もう始まってるわよ?」


 そこにはセンチュリーだけでなくその背後に背の高い白髪の袴姿の和服の老人がついてきている。フィールはその人物の顔に見覚えがあった。

 

「大田原さん!」

「すまんな、ワシの乗っていた飛行機が遅れてしまってな」


 その人物はセンチュリーの格闘技の師である大田原だ。明るく語る大田原をフィールは咎めること無く笑いながら手招きする。


「先生、皆さんお待ちです。こちらへ」


 フィールとセンチュリーに促されながら、大田原はレセプションホールへと急ぐ。そしてホールへと入れば入口近くで待っていたのは呉川である。

 

「やっと来たか! クニ!」

「そう言うな。これでも急いだんだ!」

「万年遅刻魔のくせに!」

「やかましい! それを言うならこのあいだの飲み代払え! 学生の頃から借金魔のくせに!」

「言ってろ! お互い様だ!」


 お互いに悪態をつきながら2人はお互いを伴いながら、ホールの盛り上がりの中へと入っていく。

 その二人の背中を眺めながらセンチュリーが言う。

 

「親父と師匠、相変わらず仲いいよな」

「中学の頃からの友人なんでしょ? 羨ましいわよね」

「あぁ、俺達では得られない間柄だからな」


 それは人間の情というものに、敏感な感性を持っているセンチュリーだからこそ感じる羨望であった。どう望んでも長い人生経験を得られないアンドロイドであるからこそ、旧友という長い付き合いの存在に憧憬の様なものを感じるのだ。


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