エピローグ 第2科警研にて/日英の叡智
一瞬、心地良い沈黙がその場を駆け抜ける。誰も何も言葉を発しなかったが、言葉にしなくとも良いのだと誰もが納得していたのである。
その場に並んだ人の輪、その後ろから姿を表したのは今回の事件解決に尽力した6体のヒーローたち。その内、センチュリーを除く5人がこの場に居合わせていた。フルメタルのボディを持つアトラスが照れくさそうに口を開く。
「礼を言われるにはいささかミスが多くて、むしろ詫びを入れたいところなんだが――」
アトラスは特攻装警の兄弟たちを率いるようにして、英国アカデミーの面々の前に進み出ると、カレルに向かい合い、その強い力をたたえた視線を向けて言葉を返す。
「今は、あなた方の言葉を、有りがたくお受けさせていただきましょう」
そして、ガドニックたちを見回しながらアトラスは改めて告げるのだった。
「願わくば、この安息が少しでも長く続くことを心から願ってやみません」
アトラスの言葉にうなづきながらカレルは自らの使っている杖を傍らのエリザベスに預けた。そして、完治していない身体を数歩進ませると、彼に残された左手を差し出したのだ。それを受けるのはアトラスの総金属製のゴツい手だった。ふたりの固い握手がかわされる。
一つの長い戦いを終えた男と、
これからも続く長い戦いに身を投じる男の、
お互いを称える握手だった。
そして2人が手を離すと、誰が切りだすともなく尽きること無い歓談が始まったのである。
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まず手始めにガドニックが足を向けたのは、第2科警研主任研究員の大久保のところだった。
大久保はグラウザーの開発責任者である。当然、ガドニックが切り出す話題はグラウザーに関することである。
「大久保君」
「教授!」
「久し振りだね。グラウザーの開発と教育は順調に進んでいるかね?」
大久保はガドニックにそう問いかけられて、すこしばかり困ったふうに答え返していた。
「いえ、予想以上に手こずっていまして」
「彼の成長のことだね」
「はい。当初の成長スケジュールプランがことごとく崩れてしまってあらゆる所に迷惑をかけてしまいました」
「それは気負い過ぎだよ。今回の事件で、結果的にであるが警察組織を構成するメンバーとして、必要十分な域まで到達したと見ていいだろう」
「はい、そう言って頂けると私としてもホッとします。ただ、偶発的にそうなったのが残念です」
「いや、偶発的ではないよ君」
「え?」
大久保はガドニックの諭すような口調に驚きつつも聞き入っていた。
「そもそも、特攻装警の頭脳であるマインドOSとクレア頭脳は、その成長には各々の頭脳個体によってばらつきがある。一定のペースで成長するものも有れば、階段状に停滞と成長を繰り返す物もある。あるいは長い停滞を経て強い学習体験をきっかけとして爆発的な成長をする物もある。
アンドロイドの頭脳を扱う者として、それらの各個体別の成長の違いをあらゆる面から把握するのも重要な役割だ。それは今回のグラウザーの件でいい勉強になったはずだ」
大久保にとってガドニックは人工頭脳学の師とも言える存在であった。全てにおいてかなわないと感じさせる、卓越した何かを感じずには居られなかった。
「確かに、教授の仰るとおりです」
「今回の件を詳しく調べることで、今後、どのように警察用アンドロイドを教育すればいいか、有益なノウハウが得られるはずだ。君も、次のステップへと進むのだろう?」
「もちろんです。いずれは特攻装警も個体数を増やしていく計画です。そのためにも効率的な育成プランを確立させたいと思っています」
「期待しているよ。君なら出来るはずだ」
ガドニックは大久保をそう賞賛しつつ、彼の肩を叩いてエールを送っていた。
それは特攻装警を通じて生まれた師弟関係の絆でもあったのである。
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ホプキンスが歩み寄ったのは布平のところだった。簡単な挨拶もそこそこにホプキンスの口から問われたのはフィールのスペックとその構造についてだ。
「あらためてよろしくお願いします。フィールの開発責任者の布平です」
「ホプキンスです。よろしく」
挨拶と共に握手をするのもそこそこにホプキンスの質問が始まる。ロボット関連の技術工学はホプキンスの独壇場だ。もろ得意分野の話になるがその疑問の対象はフィールの存在に集中する。
「それにしても、どう計算しても疑問が残るのだが、フィールの乾燥重量に対して、主動力の総出力やあの戦闘行動での耐荷重限界が咬み合わないのだ。成人女性とほぼ同等と聞くが、あのスリムなボディでどんなマジックを使ったのかね?」
「つまり、フィールの重さではあれだけの耐久性や耐衝撃力を維持できないと?」
「そうだ。あの事件以来ずっと考えていたのだがすっかりお手上げだ。リアルヒューマノイドの研究はワタシも長年行っているが重量と性能バランスの問題は完全なトレードオフだからな」
「高性能・高機能にすると重くなる。軽くすれば必要なメカニズムが入りきらない。アンドロイドの設計上のパラドクスですよね」
「そうだ。世界中のアンドロイドエンジニアがその問題で頭を抱えている。大抵は重量面で妥協して強度と運動性を優先するのが世界のスタンダードだ。だが、それがブレイクスルーできると言うなら、ぜひ聞かせていただきたい」
「それでしたら――、カスミ! ちょっと」
布平の声で一ノ原が呼ばれる。一ノ原は一ノ原で互条たちと談笑していたが布平たちのところへと足早にかけてくる。
「うちのスタッフの一ノ原です。フィールの基本構造設計を担当してます」
「よろしゅう」
一ノ原はトレードマークのトンボ眼鏡越しに挨拶をする。そして手にしていた大型の液晶タブレットを取り出し、ホプキンスへと資料データを見せながら解説を始めた。
「――なんと、こんな方法が?!」
「はい、思い切って内部骨格を全部取っ払ったんですわ。基本構造を金属製のカゴみたいに考えてそこに柔軟性と衝撃吸収性のあるエンジニアリングプラスチックで補強と肉付けをしたんです。内部メカも完全には固定せず緩く結合することで全身での高い衝撃吸収を成功させとります」
「つまり、メインフレームが無いと?」
「はい」
驚くホプキンスに一ノ原は事もなさ気にあっさり答えた。
「どのみち人間に近くするんやったらある程度の柔らかさは必要ですし、内部骨格があると内部メカニズムを収めるのが難しゅうなりますさかい。ま、頑丈さはありまへんけどその分は速度性と柔軟性でカバーちゅうことで」
関西弁のイントネーションの英語で語る一ノ原の解説にホプキンスは驚くばかりだ。
「驚いたな。あれだけの激しいバトルをこなしていながら、主要骨格が無いとは――」
あまりに想像を超えた斜め上の技術概念にホプキンスも絶句するばかりだ。
「まぁ、強いて言えばカゴ状のフレーム部分が骨格になるんですわ。ある程度の強度を担保している部分と、柔軟性に特化している部分、それが適材適所で組み合わされとるんですわ。もちろん、脊髄の一部や頚椎には内部フレームがあります。頭部も頭蓋骨くらいは残ってます」
「そのアイディアを君がかね?」
「はい、自信作ですわ」
にこやかにあっけらかんと答える一ノ原にホプキンスはすっかり感心していた。それを補足するように布平が言う。
「まぁ、みんなを納得させるのに手こずったけどね。あんまり斬新だったもんで」
「なに言うてんの? 一番反対してはったのあんたやん!」
一ノ原がツッコミを入れれば布平は苦笑する。ホプキンスは彼女たちの会話の軽妙さに関心するばかりであった。
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その近くではエリザベスと金沢が談笑していた。そのさいに金沢の経歴に話が及ぶに至ってエリザベスは驚きの声を上げる。
「え? 本来はファッション関連?」
「はい、服飾文化の研究と一緒に生活環境の人体工学もやってたんです。ファッション業界や建築ゼネコンからもお誘いがあったんですけど、うちの班長にひっぱられてココに連れてこられて」
「アンドロイドやロボット関連は全くの未経験?」
「はい!」
エリザベスにしてみれば疑問が湧くばかりだ。
「でもなぜ?」
「不気味の谷ってご存じですか?」
「えぇ、うちのホプキンスから聞いたことがあるわ。アンドロイドを人間に、よりリアルに近づけていくと途中から不気味さが増してしまう、より人間らしいアンドロイドを作る上での障害になるって」
「実は、フィールを作る上で、対人的なコミニュケーション能力を高めるために、よりナチュラルな人間らしさをあたられるかどうか――がうちの班長のテーマなんです。しかし、アンドロイドを作っている内側の人間だけでは客観的な視点が得られない。ならば逆にアンドロイドの専門外で人間の外見や美観的な見地から意見を言える人間が必要だ、って事で」
「へぇ――」
「だから私は技術的な理論よりも、外見や身のこなしの仕草をいかに人としてナチュラルに見えるかどうかと言うことをキーにして、参考意見や技術評価をする事にしているんです。欲を言うとまだ満足してないんですけどね」
「えっ? あれで?」
「はい」
エリザベスは驚きながらも、思わずフィールの姿を目線で追っていた。今井課長と談笑しているがその横顔はどう見ても生身の人間そのままにしか見えなかった。
「できるなら全身フルにリアルヒューマノイド化したいと思ってるんです。現状では着衣の下になる部分はかなり妥協しているんで」
金沢もエリザベスが見つめる先にフィールが居ることにすぐに気づいた。
「それじゃ、今日のあの子のコーデもあなたが決めたの?」
「はい。あの子が普段しない服装をさせて見ようって。あの子、いつも仕事用のスーツ姿とかが多いから恥ずかしがってたんですけど」
「なかなか似合ってるわよ。あのコーデだととても婦人警官には見えないわよね」
「あ、やっぱりそう思います?」
「えぇ。あたしね、実はあの子がSPに来た時、なんか制服を持て余してるティーンエイジの女の子にしか見えなくって。笑いそうだったのよ」
「えー、そうですかぁ?」
金沢の本来の学問が生活環境工学というエリザベスの守備範囲に近かったこともあって2人の会話は絶妙に噛み合っていた。二人の会話はまだ続いていた。
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もう1つ熱い議論が交わされていたのはトム・リーと、市野の班の技術者で山野辺と言う若者だった。山野辺が持参した液晶タブレットに映るディアリオの資料画像を眺めながらトムは驚きの声を上げている。
「サブ頭脳が5つ? どうやって入れたんですか?!」
「各パーツや各部メカニズムユニットのダウンサイジングです。そして内部スペースに収まる形状を何度もコンピュータ上でシュミレーションして最適解を求めました。性能を落とさずにダウンサイジングするのは、今後の事を考えるとどうしても必要だったので」
「それって頭脳部分だけでなく動力部分やフレーム関係もってことですよね?」
「えぇ、ディアリオはネットワークアクセス能力を重視している事もあって、追加装備に関わる内部メカニズムが多いんです。それにただ収めるのではなく、排熱処理もこなし、装置同士の電磁波障害の干渉を防がなければならない。それに、より柔軟に体を動かすことが出来なければ実用になりません。制約条件がやたら多いのに要求性能が高いんでえらい苦労しました」
山野辺はそう苦笑しつつも明るく言い飛ばす。
「あんまりめんどくさいんで開発中はみんなディアリオのことを〝パズル〟って呼んでたんですよ」
「パズル?」
「えぇ、少しでも解き方を間違うと〝余り〟が出て入りきらないんで」
山野辺の答えにトムは思わず笑い出す。メンタル的に波長が合うのか2人のやり取りは盛り上がるばかりだ。
















