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エピローグ 第2科警研にて/愛娘の面影

「フィール!」


 不意にそう声をかけてきたのはエリザベスだ。その隣には松葉杖を頼りに歩いているカレルが居る。エリザベスは歩くのに手間取るカレルをそっと補助している。

 

「エリザベスさん、カレルさん」

「元気そうね」

「はい! みなさんもご無事で何よりで」


 そしてその傍らからカレルが声をかける。


「君を見てるいると、ディンキー・アンカーソンが執着していたものがいかに過ちであったかがよく分かる」

「カレルさん」

「君には大変に世話になったな」

「いえ、私は――」


 フィールは一呼吸置くとカレルに歩み寄りながら答える。

 

「私自身の存在理由を果たしているだけです」


 微笑みつつもいつもの任務時の時と変わらぬ強い視線をたたえている。カレルは満足そうに頷きながら問いかけた。


「君ならそう言うと思ったよ。世界が君のような存在で満ちていたら戦争も起きずに済むのだろうが――。いや、これはここでは話すべきではないか」


 カレルは嘆いてみせたがすぐに言葉を変えた。

 

「すまんな。君がなぜ気になって仕方ないのか病院のベッドの上で何度も自問自答していた」


 カレルからもたらされた言葉に驚きつつフィールはその言葉の先をじっと待った。そして、カレルはフィールの顔をじっと見つめるとその口から意外な言葉を漏らす。

 

「君は死んだ私の娘に似ているんだ」


 それは驚き以外の何物でもなかった。フィールが思わず声を上げエリザベスも傍らで言葉を失っていた。

 

「えっ?!」


 驚くフィールを前にしてカレルは懐から小さなフタ付きの懐中時計を取り出す。そしてボタンを押してフタを開けると内側に忍ばせてあった色あせた1枚の写真を明かしてみせた。左右にボリュームのあるショートカットとよく目立つ力強い瞳が印象的な少女が写っている。

 

「ヴィヴィアンと言ってね、今生きていれば16になったはずだ」


 その写真の少女が今も健在であるならば、背格好はたしかにフィールと同じくらいだったろう。フィールがいつもの頭部のシェルを外して髪の毛を生やしていることで、確かに似ていると思わせる何かがあった。フィールはエリザベスに視線を送ると片手を差し出す。

 

「カレルさん、私がご案内しますね」


 エリザベスもフィールの意図を察してカレルの隣をフィールへと譲った。

 

「すまんね」


 カレルの言葉にうなづきながらフィールはカレルの左肘をそっと支えるとエスコートしていく。

 皆が微笑ましげに二人の姿を見つめている。そして、グラウザーが皆に声をかけた。

 

「さ、参りましょう」


 止まっていた空気が動き出した。第2科警研の扉が開かれ人々はその中へと足を踏み入れたのである。

 

 

 @     @     @

 


 それは誰が言い出したかは覚えていない。ただ、明朗に誰からとも無く提案された事だ。

 

「特攻装警たちの生まれた場所を見学してみないか?」


 それは感謝の意を表したいがための提案であった。それと同時に、一人の科学者として特攻装警と言う存在についてその裏側も可能なかぎり見てみたいと言う知識欲も関係していた。無論、日本警察としても断る道理は無かった。ちょうど、カレルが回復して一時外出が可能になったのを期に第2科警研へと訪問する事となったのである。

 その日、普段から特攻装警たちの身柄を預かる上司たちも、第2科警研の新谷所長の声掛けでガドニックらアカデミーメンバーに挨拶をしてはどうか? と言う事になったのだ。


 かくして有明の事件に関わった人々が第2科警研に集まることとなったのだ。


 

 @     @     @



「こちらです――」


 皆を案内して施設の中へと招いていくのはグラウザーだ。

 そこは学術研究施設である。だが、グラウザーはもとより特攻装警の彼らにすれば産屋であり、学び舎であり、日々を暮らすための住まいでもある。それはちょうど、来客に自分の家の中を案内しようとする子供のようにも見える。どこか誇らしげで、どこか楽しげである。以前ならそのまま子供そのままの言動を振りまいたことだろう。

 だが、現在のグラウザーが以前とはある点で明確に変わっていた。


 ガドニックがグラウザーに問いかける。

 

「警視庁の方たちもお見えなのかね?」


 グラウザーは少しばかり視線を合わせて頷き返すと、再び案内を続けながらガドニックへと返答する。

 

「はい。皆さん、すでにお待ちです。アカデミーの皆様とお会いできるのを楽しみにしてらっしゃいます」

「では全員揃っているのだね」

「警視庁からの方と、第2科警研の方はおそろいです。ですがセンチュリー兄さんともうお一方だけ遅れていますが、もうじき来るはずです」

「もう一人?」


 本来、今日、ここに集まるのは特攻装警の身柄を預かる警視庁本庁の人間と、第2科警研で特攻装警の開発とメンテナンスに関わっている技術者たちだったはずだ。それ以外に来る人間が居るとはガドニックたちも予想外だった。

 

「本当はお招きする予定ではなかったのですが、センチュリー兄さんがどうしても教授たち皆さんにご紹介したいって言うんです。どういう方かは僕から説明するより実際にお会いした方が早いかと」

「センチュリーの紹介か」

「はい」

「それはそれで楽しみだな。今までにない意外な出会いになりそうな気がするよ」

「僕もそう思います」


 グラウザーは振り向きながら笑って頷いていた。必要以上にはしゃぐでもなく、ふざけるでもなく、ごく自然に穏やかにガドニックとの言葉の切り返しをこなしているのだ。ガドニックはそのグラウザーの立ち振る舞いに感じ入るものがあった。そしてグラウザーに抱いた感想を、すぐ側を歩いている呉川へと問いかける。

 

「ミスター呉川」

 

 その言葉に呉川が振り向く。


「変わりましたな。彼は」

「やはり、教授もそうお思いですか?」

「えぇ。一皮むけたようです。今までの停滞が一気に流れ去ったかのようだ」

「ワシも同感です。歴代の特攻装警たちの中でも、あれだけ手こずったのがウソのようです」


 呉川は今までの苦労を思いながらも感慨深げに語る。その呉川に、ガドニックもまたしみじみと噛みしめるような口調で語った。

 

「臨界点を超えたのですよ」

「臨界点?」

「えぇ、アンドロイドの頭脳と云うのは育成成長の過程で、その頭脳に蓄積した知識と体験が相互に結びつきを強めながら新たな意味を再獲得していく。それにより停滞と成長を繰り返しながら彼らは前へ前へと進み続けます。

 多くは成長の速度は一定で堅実なものだが、その中には長い停滞の後に、ある一点を境にして、より激しく爆発的な成長をする者も居る。それもまるで別人に見えるかのようにです。ワタシはこれを『自我確立の臨界点』と呼んでいます」

「なるほど、確かにグラウザーのケースはまさにそのケースですな」

「えぇ、一度、臨界点を超えれば後は目覚ましい速度でさらなる成長を遂げていくことになる。彼は――グラウザーはこれからもさらなる飛躍を続けていくでしょう」


 呉川はガドニックの言葉に頷き返した。

 

「そう言って頂けると心強いですな。なにしろ彼らにとり教授は親も同然の方です」 

「いや、それは違う」

 

 ガドニックは呉川の言葉を否定した。


「彼らにとって、この第2科警研の方々こそ家族であり親でもある。ワタシはちょっとしたお手伝いをしているに過ぎませんよ」

「なるほど、そう言う見方もありますな」


 呉川はガドニックの言葉に肯定も否定もしなかった。ただ、そう言ってもらえるだけでも満足だ。

 そして、二人のやりとりはそこで一旦終わりとなった。いよいよ目的の場所へと到達したためだ。


 そこは第2科警研の施設の中の会議室を兼ねたレセプションホールである。

 7階建ての建物の3階にそれはあり、第2科警研が使用しているエリアのほぼ中央に位置している。畳数で言えば30畳ほどになるだろうか、いつもなら環状に机が並べられて会議が行われるか、大学の講義室のようなレイアウトで学術的なセミナーや発表会が行われている部屋であった。そこに立食パーティーのスタイルで多数の丸テーブルが持ち込まていた。その丸テーブルを囲むようにして人々が集い、語らい合っている。

 

 その彼らの前にガドニックたち英国アカデミーのメンバーが姿を現したのだ。


「英国科学アカデミーの皆さんがご到着されました!」


 グラウザーが来賓の到着を告げれば、皆の視線が一つに集まってくる。

 かくして宴が始まった。

 そして、それは長い戦いを経た者たちへの感謝と労いの始まりであった。

 


 @     @     @

  

 

 先んじて立ち上がり英国科学アカデミーの面々の前に姿を表したのは警備1課課長の近衛であった。

 いつもの略式の機動隊服とは異なり警察の礼服姿をしている。背広でも良さそうなものだが手抜きめいたことが出来ないのは近衛の性格の特徴だった。

 数歩進み出ると、入室して立ち止まったガドニック教授たちの前に進み出る。


「お待ちしておりました」


 敬礼しつつ声をかければ、近衛に返礼するために進み出てきたのは円卓の会の代表を務めるウォルターだった。ウォルターは近衛の姿と立ち振る舞いを見るにつけて、その人物が警察の人物であることをすぐに理解する。そして、あの有明事件にて陣頭指揮をとっていた人物がこの人物であることを思い出していた。


「いえ、それは私達が言わねばならない言葉ですよ」


 そう答え返すとウォルターは右手を差し出す。


「英国科学アカデミー使節団代表のウォルターです」

「日本警察警視庁、警備1課課長の近衛です」


 近衛もまた、ウォルターの右手に自分の右手で答えて固く握手を交わした。そこにウォルターが左手を重ねて更に強く握手をする。


「有明のテロ事件では事件解決のためにご尽力いただき、心より感謝いたします。これで――」


 ウォルターは深く息を吸い込むと感慨深く感情を込めて感謝の念を口にする。


「我々、英国人は安心して暮らすことができます」


 それは偽らざる心からの本音だった。メンバーの中で一番若いトムが感慨深げに語る。


「ぼくたち英国人はディンキーがテロ活動を初めて以来、海外渡航すら命がけでした。僕も友人が何人か被害にあっていますが、アンドロイドテロの悪夢から開放されることを願わなかった事は一日たりとも無かった。それがついに訪れたんです」


 トムに続いて声を発したのはアルフレッドだ。


「私からも謝意を表したい。あの巨大な災厄と化していた既代の犯罪者を止めていただけたことは、どれだけ感謝の言葉を並べても足りないくらいです」


 さらに続いてホプキンスが告げる。


「あのディンキー・アンカーソンには世界中の軍隊や警察が全力を上げて対抗していたが、誰も阻止できなかった。今やディンキーの事例を手本として、世界中でアンドロイドやサイボーグによるテロリズムが広がりを見せつつある。だが、それを明確に阻止できたことはとてつもなく大きな功績です」


 アカデミーの皆が頷いている。そして、それを追うようにメイヤーが口を開いた。


「しかしながら、今回の事件では日本警察の方々にもかなりの殉職者が出たと聞きます。警察としての任務のためとはいえあまりにも大きい犠牲を産んでしまった」


 だが、メイヤーの言葉を近衛が遮るように告げる。


「いいえ、それは皆様がお気を病むことではありません」


 近衛は周囲を見回し、刑事1課の大石や、少年犯罪課の小野川、さらには鏡石や、涙路署の今井などと視線をかわしてうなづきあうと明朗に、そして力強く告げる。


「警察という職務に就くものとして、時として犠牲は不可避なものです。それは警察としてのエンブレムを身につけた時に、とうの昔に覚悟を決めて誰もがこの世界に身を置いている。それよりも、平穏な日々がおとずれ犯罪被害に涙を流していた人々が少しでも笑顔になれるのであれば、それだけで十分です」


 職務に全力で立ち向かい、見返りも賞賛も求めない。それが近衛たちが体現する警察としてのあり方だった。だが、それでも感謝と哀悼の念は消えないだろう。エリザベスが言葉を続けた。


「それでも私達英国人は、この国の人々への感謝を忘れることは無いでしょう。本当にありがとうございました」


 そして、誰ともなくアカデミーの面々は進み出ると、この場に居合わせていた警察職員の彼らと交互に握手をかわしていく。その後ろから杖をついてカレルが進み出てくる。カレルは感慨深げにもう一つの感謝の言葉を口にする。


「それともう一つ、感謝の言葉を送りたい人々が居る」


 その時、彼らの視線は、この第2科警研の技術者たちの方へと向いていた。


「今回の事件を解決へと導いてくれた、素晴らしきアンドロイド警官『特攻装警』を生み出した、この世界最高のアンドロイド研究機関に心から謝意を表したい」


 カレルは、このレセプションホールに居合わせた第2科警研の職員たちに視線を投げかけながら、心から感慨深げにこう告げるのだ。

 

「本当にありがとう」


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