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エピローグ 第2科警研にて/円卓の会・訪問

 有明1000mビルの事件から一週間が過ぎていた。

 カレンダーの日付は11月8日を指していた。

 その日は晴れやかに澄み渡っていた。


 東京は府中から南西へと向かった地にあるのが多摩川沿いの中河原である。特攻装警たちを生み出した第2科学警察研究所――通称、第2科警研はその地に存在していた。

 

 その日、一台のリムジンバスが東京都内から中央高速を経て中河原へと向かっていた。中央高速を国立府中ICで降りると府中市内を走り、多摩川の辺りの中河原へと向かう。そして、文部科学省の責任で設立されたとある学術研究施設へとたどり着く。

 

 中河原シヴィライゼーションイクイップメント

 

 特定の学術組織の為に設立されたものではなく、その時々の情勢に応じて広範囲に学術研究活動を行う組織のために適時運用される事を目的とした雑居形式の研究施設建築物である。

 それまで様々な組織や団体がそこを利用していたが、現在では三分の二近くをとある組織が専有していた。

 

 その組織の名は――

 

 第2科学警察研究所

 

 日本警察へのアンドロイドの導入を目的として設立された、日本国内でもトップクラスのアンドロイド開発研究組織である。

 

 その日、そこへと向かうリムジンバスの中には、あの日、有明1000mビルで特攻装警たちによって救助された英国王立科学アカデミーの円卓の会のメンバーの顔があった。そこには円卓の会のリーダーであるウォルターを始めとする8名がそこに乗車していた。

 その座席の片隅には右手をサポーターで吊るしているマーク・カレルの姿があった。未だ全ての傷は癒えてはいなかったが、それでも病院の外へと外出するくらいには回復している。彼はそれまでにないくらいに晴れやかな表情でバスの窓から見える景色に視線を走らせている。

 通路を挟んだ反対側に座っていたメイヤーが問いかける。


「随分とスッキリしたじゃないか」


 その問いかけににこやかに微笑みながらカレルが問い返す。

 

「それはどの意味でだ?」

「すべての意味でだ。憑き物が落ちたってやつだな」


 憑き物――その例えを耳にしてカレルは思わず苦笑した。

 

「あぁ、あのビルのあの場所で洗いざらい捨ててきたからな」

「思い残すことは?」

「そうだな、もう何もないと言えば嘘になる。過去のケリはついたが、これからの世界がどうなっていくのか見てみたくなった。まだ死ぬわけにはいかない」

「欲張りだな」

「悪いか?」

「いや、悪くない。人間それぐらいがちょうどいい」


 そう語りかけるメイヤーはカレルの様子に安堵していた。メイヤーは知っていた。この男が復讐だけを糧として今日まで生きていたということを。ディンキーと言う男にもたらされた英国人への苦難をその身に一身に背負ってしまったような男だが、その復讐が果たされたことで抜け殻となってしまないかと気がかりだった。だがそれも杞憂の様だ。

 メイヤーは不意に頭の片隅に湧いた話題を口にする。

 

「アジアで信奉されてる宗教で仏教って知っているか?」

「仏教? ブッディズムか? あぁ、聞いたことがある。カソリックもプロテスタントもムスリムも、宗教と言うのはおしなべて紛争の種となることが多いが、仏教だけはそう言う血なまぐさい話は近世においてはあまり聞いたことがない。それがどうかしたか?」

「実はな、その仏教での概念の1つに〝悟り〟と言う物がある。迷いや苦しみや雑念や欲望、そう言った心を惑わし人生を狂わせるものを心のなかから消し去り、迷いのない平穏に満ちた境地に至ることを目指す物だ」

「なんだか、宗教というより哲学に近いな」

「そうとも言えるな。しかしこの悟りに至るという物がそうとうに難しいらしい。仏教の僧侶が一生涯をかけて悟りを目指して修行したなんて話はいくらでもある」


 カレルはじっと沈黙しながらメイヤーの言葉に耳を傾けている。

 

「だが、こう言う生き方もある。己の身の内に湧いてくるものは堪えようがない。反対に、己の身に降り掛かってくるものは避けようがない。ならば幸運も不幸も善も悪もあらゆる物を抵抗すること無く受け入れあるがままに生きる――、あえて悟ろうとせずにそう言う生き方を目指したブッディストもかつていたと聞く」


 そう告げる言葉はカレルの心に染み入っている。そして、メイヤーは核心となる言葉をかれるに告げる。

 

「カレル、君はまだ悟り切るには早過ぎる。世俗のよどみの中で藻掻いているのも悪くない」


 その言葉にカレルははっきりと頷いていた。

 

「無論だ。〝生きる〟と言う欲望を捨てるつもりはないからな」


 そこには明るく晴れやかながらも、強い視線をたたえたいつものカレルの姿があった。メイヤーはカレルに問うた。


「それで、これからは何をする?」

「軍用アンドロイドの調査研究を続ける。今回の件でわかったが、地下社会に相当な数の戦闘アンドロイドが流出している。ディンキーのマリオネットのような存在が増えることはあっても自然に減ることはない。それと軍事技術の流出がこれほどまでに深刻化しているのも見過ごせ無い。一般社会の守り手は〝彼ら〟のような存在に任せるとして、私は私にしかできない戦いを続けるよ」


 それも1つの悟りだった。妻と子の仇を撃つために生きてきた復讐の生涯だったが、そのために続けてきた苦闘を手放すこと無く、これからの未来と世界の安寧のために続けるつもりなのだ。

 メイヤーはこの男が好きだった。頑迷で気難しくはあったが一つの信念にむけてまっすぐに進む姿をいつも頼もしく思っていた。


「カレル、及ばずながらワタシも協力しよう。最近の地下社会勢力やゲリラ組織や軍事バランスなどが急激に変化しつつあるとは感じていたんだ。データ集めと理屈をこね回すことしか出来んが、それでもなにかの役に立つだろう」


 2人は互いのことを認めながら頷きあう。それは科学者にしか出来ない戦いへの決意でもあった。

 不意にリムジンバスが速度を落とす。そして、目的の施設へと到着する。


「着いたようだな」


 バスは中河原の施設の正門ゲートをくぐると施設の正面入口へと横付けする。そして、静かに停車させると円卓の会の面々の案内をかってでていた者が声を上げる。

 

「皆様、到着いたしました」


 引率のSPの婦人警官が明朗な声でバスが到着したのを受けて立ち上がり誘導を始めた。皆が三々五々に立ち上がろうとする中、カレルはまだ右脚が完治していないためか立ち上がるのに苦心している。そのカレルに柔和な声で語りかけてくるのはエリザベスだ。

 

「大丈夫?」


 そっと右手を差し出すとカレルが立ち上がるのを補助してくれている。

 

「すまんね」


 カレルはエリオットの手を借りて立ち上がると松葉杖を使いながら歩いて行く。

 その背中を眺めながらエリザベスはメイヤーに言葉を漏らした。

 

「変わったわね。あんなに穏やかな顔をするなんて」

「いいや、変わっていないよ」

「え?」

「彼は昔から物静かで気持ちのまっすぐな男だった。それがあの不幸な出来事で立ち止まってしまっただけだ。本来の彼に戻ったんだ」

「そう――」


 メイヤーの言葉にエリザベスは頷きながら彼らの後を追いかけていった。

 リムジンバスをガドニックを先頭に一人一人降りてくる。そして、降りた先には第2科警研の所長である新谷と、技術主幹である呉川が待機していた。ダークグレーの背広姿の新谷と、ノーネクタイに白衣という姿で新谷より頭一つ分は大きい呉川が、正面玄関の自動ドアの前に並んで立っており、その二人の視線はリムジンバスから降りてくる来賓たちの姿を捕らえている。

 女性SPに誘導され、先頭を切って降りてきたのはガドニック教授だ。彼だけは特攻装警の開発に協力している関係上、すでに何度もこの場所へと足を運んでいる。バスから降りると共に一言つぶやく。

 

「ここはいつも変わらないな」


 そして、勝手見知った旧知の人物たちへと歩み寄る。

 

「お久しぶりです。新谷所長。ミスター呉川もお元気そうでなによりです」


 ガドニックが右手を差し出せば新谷も右手を差し出して答える。呉川もそれを追うように右手を差し出し握手を交わす。

 

「いやぁ、ガドニック教授! こちらこそ。ご無事でよかった! 一時はどうなることかと思いました!」

「いえ、幸運だったのと、この国の警察の方々が優秀だったお陰です。それに特攻装警のみんなには大変にお世話になりました」

「今日はごゆっくりなさっていってください。あいつらも皆様がお見えになられるのを待っていましたから」

「えぇ、楽しみにしていますよ」


 新谷は持ち前の明るさを振りまきながら挨拶を交わす。そして、他のアカデミーメンバーとも挨拶を交わしていく。その傍らで呉川はガドニックに歩み寄り声をかける。


「やっと、安心して暮らせますね」


 その言葉がディンキーの事を指し示しているのは明らかだった。


「えぇ、皆さんのおかげですよ」


 心からの感謝の言葉をガドニックは呉川に返した。だが呉川は告げる。


「いいえ、その言葉はアイツらに言ってやってください。最前線で戦ったのは私達技術屋じゃあない。ねぎらいの言葉はアイツらにこそふさわしい」


 そう語りながら振り向いた先にはガラス越しにフィールとグラウザーの姿が見えている。グラウザーはいつものバイカージャケット姿で、フィールは薄クリーム色のロングスカートにゆったりとした仕立てのブラウスとでまるでティーンエイジの少女の様な装いをしている。

 ガドニックがその方向へと視線を向けた時、グラウザーたちと視線が合う。その瞬間、ガラス製の自動ドアを開いてガドニックの元へと2人がかけてきた。

 

「教授!」

「ガドニック教授」


 グラウザーが少年のように弾む声で、フィールは落ち着いた年長の少女の声で、ガドニックに声をかけてくる。

 

「行ってやってください」


 言葉をかわしてガドニックがグラウザーたちの方へと歩み出せば、グラウザーたちも彼を心から待ちわびていたようであった。

 

「二人とも元気だったか?」


 ガドニックが問えばグラウザーが声を弾ませて答える。

 

「はい!」


 答えはシンプルだったがそれだけでグラウザーが今、どれほどやる気と生きがいに満ちているかはっきりと伝わってくる。そしてそれはグラウザーが着実な成長を遂げていることの証しの一つでもあった。

 その隣では両指を組んでガドニックを静かに見つめているフィールが居る。よく見ればフィールは頭部にはいつものヘルメットスタイルのシェルがない。耳の辺りまでのミディアム丈でブラウン色の髪の毛を綺麗に左右分けで後ろへと流している。肩から下のプラスティックボディさえ気にしなければまるっきりの美少女である。

 

「ずいぶん、見違えたな。まるでどこかのハイスクールガールじゃないか?」

「やだもう、からかわないでください!」


 フィールは顔を赤らめつつ教授に言い返す。

 

「いつもの通りでいいって言ったのに、しのぶさんたちがどうしてもって」

「あぁ、ミス布平か。彼女たちらしいな」

「ほんと、いつも言い出すととまらなくって。それで頭のメットシェルをフレームごと外して、このヘアスタイルの物に取り替えてくれたんです」

「なるほど、フィールのオフ仕様と言うわけか。しかしとても似合ってるじゃないか」

「そうですか? ありがとうございます。いつも仕事用の服しか着てないからこう言うの慣れてなくって。あ、それより立ち話も失礼ですからみなさまと一緒に中へどうぞ」


 そう語るフィールの仕草はとても自然で一人の少女として違和感は全く感じられなかった。これもまたアンドロイドの開発研究が到達した成果の一つでもあった。


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