表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/470

第31話 ビヨンド・ザ・ヒーロー/アイデンティ確立

 静寂が偽りの謁見の間を支配していた。

 構造物の隙間を、ときおり強い通り風が吹き抜けていく。その時の風切り音だけが、この空虚な空間の中で鳴り響いていた。

 その空虚な空間の中、対峙するのは二人のヒューマノイドタイプのアンドロイドだ。

 一人は日本警察。

 その警視庁が総力を上げて作り上げたアンドロイド警官、その最新タイプの第7号機。

 もう一人はテロリスト。

 孤高の老テロリストがその恩讐と敵意を塗り固めて作り上げた剛拳の格闘戦闘機体。


 2つの意志は今、真っ向正面からぶつかり合おうとしていた。

 はじめは静かに、そして、次第に足早に、グラウザーの足取りは加速していく。

 かたや、ベルトコーネはその歩みを焦って早めることなく、確実に堅実に目標に向けて歩みを進めていた。

 もうお互いに歩みを止めることは出来ない。その視線の先に互いの姿を認識したとき、戦闘によって雌雄を決する事でしか終りを迎える事が出来ないのだと無言のうちに悟っていた。

 

 グラウザーは、ベルトコーネを仕留める為に何か戦略があったわけではない。戦闘経験もノウハウも未だゼロに等しい状況だった。勝利の確信があるわけでもない。ただ、絶対に引くことのできぬ使命感がその脳裏と胸中を支配していた。そして、真正面から仕掛けるべくグラウザーは全速でベルトコーネへと飛び込んでいく。


 片やベルトコーネはグラウザーの動きに動じること無く、その速度をかえることはなかった。

 幾十幾百もの戦場とテロ現場をくぐり抜け、幾千もの敵を屠ってきた彼だ。初見の相手の力量などその挙動一つを見るだけで大抵のことは理解できた。今もまた、何の策もなく突っ込んでくるグラウザーを相手にして己との戦闘の技量の差を即座に感じ取れた。

 機先を制するべくベルトコーネは拳を繰り出した。右半身を前へと進め右足を踏みしめ、その勢いを殺すことなく左半身を飛び出せるかのように全身を回転させる。そして、左足を強く踏みしめると振りかぶった左の拳を雷神のハンマーのごとく撃ちだす。

 

 グラウザーの視界の脇からその剛拳が姿を表す。

 危険を感じてとっさに踏み止まると、両腕をクロスさせて頭上に構える。そして、両足を強く踏ん張ると襲ってくるであろう衝撃に身構えた。

 無論、それが正しい判断だとは限らない。それまでのアトラスたちのベルトコーネとの戦いの有り様を目の当たりにしていたのなら、直接接触をするだけでもどれほど危険なのか嫌でもわからされるはずだ。だが、グラウザーは知らなかった。ベルトコーネの拳が持つ、その衝撃と破壊力を。

 無知は罪である。

 だが同時に、勇気と勇猛さを支える大いなる力の源泉でもある。

 知り尽くすことが正しいとは限らない。知らないからこそ、選べられる選択肢もあるのだ。

 

――ゴォォォォォン!!――


 轟音が鳴り響く。鉄塊と鉄塊をぶつけ合わせたかのような重い衝撃音だ。それは目で見えない衝撃波の波紋を生み出し、この偽りの謁見の間の空間の中で鳴り響いた。床が震え壁が激しく揺れる。音と衝撃は何度も壁から壁へと反響し合いながら、その威力のたけの大きさを知らしめるのだ。

 偽りの玉座の上、ディンキーが微笑んでいた。

 

「これで終わりだ」


 その傍らでメリッサが冷ややかに醒めきった簡素な笑みを浮かべる。

 

「えぇ、終わりですわ。あなたの望む通りの結末ですわね」

「あぁ、終わりだ。そして、また再びはじま――」


 衝撃の残響が鎮まりゆく中、メリッサの言葉にディンキーは答えるが、その言葉は途中で絶句へと変わった。なぜなら、ディンキーはその目の中に信じられない物を目の当たりにしたからだ。

 

「なに?」


 思わずつぶやくディンキーのその傍らでメリッサは何も語らない。彼女の視界の中に写ったのはまさに信じがたいものだったからだ。

 今、メリッサの目に見えているもの。それはベルトコーネのある表情だった。無言のまま目を見張り、その眼下で全力で抵抗するグラウザーを凝視している。そして、その表情には驚愕と驚きがありありと浮かんでいる。

 メリッサとディンキーからは背中しか見えていないが、そこには明らかに、両腕を頭上でクロスさせ、両足を強く踏みしめ、その全身でベルトコーネの剛拳の衝撃とパワーに堪えきったグラウザーの姿があった。

 

 アトラスはかつてこう評した。


――拳の一撃で10式戦車すら倒しかねん――


 そして、直接のぶつかり合いを避けようとまでしたあの拳だ。だが、今、そこに存在しているのは、その剛拳に抗い、壮絶な破壊力を受け止め、倒れること無く立ち向かう意思を決して絶やさないグラウザーだった。その瞳は炯々として輝き続け、その心がいまだ折れずにいる事を主張していた。

 ベルトコーネはその姿を受け止めきれずにいた。受け止めきれぬからこそその驚きが口をついて思わず言葉として出てきてしまう。

 

「お前は誰だ?」


 ベルトコーネは知らなかった。目の前の小さな戦士が誰であるかを。そして、識らなかった。自らの破壊力と戦闘力に恐れを為さなず距離を置こうともせずに真正面からぶつかってくる者が居る事を。

 ありえなかった。

 今まで彼が拳を振り上げた相手は一撃で戦闘不能となるか、その拳の凄まじさを識って直接接触を端から避けて遠巻きにしているかのどちらかだった。決して、真正面から正攻法で向き合うことなど無かった。拳での直接戦闘など、ベルトコーネに立ち向かう警察や軍隊の選択肢の中には一切存在していなかったのだ。


 だが、それを選択したものがこれまで一人だけいた。

 アトラスだ。あの南本牧での一戦で相まみえた相手、彼だけが、ベルトコーネの拳に真正面から己の拳で立ち向かってきたのだ。あの時の歓びが、ベルトコーネの胸中に湧き上がってくる。

 あの時、ベルトコーネはアトラスに告げた。

 

『お前の拳を覚えておこう』


 それはアトラスに対する最高の賛辞のつもりだった。ベルトコーネの拳とその存在に恐れをなし、逃げ惑うばかりの人間だけが居るこの世界の中で、初めて現れたのがアトラスだった。己と言う存在を正面からぶつけられる相手――すなわち『好敵手』――、そう評価できる相手の出現はベルトコーネのアイデンティティを根底から揺さぶるものだったのだ。

 だが、そのアトラスもまた最後にとったのは複数連携による敬遠策だった。その時の失望と怒りはいかばかりだっただろうか。胸を焼く失望感はその脳裏に冷えきった冷静な思考力と判断力をベルトコーネに与えて、あの残酷なまでの反撃を行わせたのだ。

 だが、その怒りと失望が帳消しになる。

 真っ向から逃げない相手、

 真っ向から拳を受け止める相手、

 それはベルトコーネが無意識のうちに心の奥底から求める相手だった。

 そして、その驚きと歓喜が溢れでた時、ベルトコーネの口から思わず言葉が突いてでたのだ。

 

「貴様! 何者だ!」


 その言葉と同時に、左拳に込められた力に対して帰ってくる感触がある。グラウザーはその交差させた両腕にすべての力を込めると、両足に、身体に、その全身に力を込めてあらん限りの力でベルトコーネの剛拳に抗ってみせる。そして、グラウザーは反撃の意思を口にする。

 

「僕は――」

 

 全身に込めた力のバネを一気に開放し、ベルトコーネの拳を押し戻しながら、グラウザーは一気呵成に叫び声を上げた。

 

「日本警察! 特攻装警第7号機! グラウザーだ!!」


 それは自らの存在の証明であった。


 人は惑う。人は彷徨う。

 己が何者であるかを知ることが出来ぬ時、歩みは止まり、行き先を見失う。

 しかし、自分が何者であり、どこへ向かうべきなのか明確になった時、その歩みは確実なものとなり、そして、自らの前に立ちふさがったいかなる存在おも打倒し乗り越えて行けるのだ。

 グラウザーは識った。自分が何者であるかを。

 もうグラウザーは迷わなかった。

 道はついに開かれたのだ。



 @     @     @


 

 両腕の力を開放してクロスさせていた両腕を広げると、ベルトコーネの拳を弾き返す。

 予想だにしなかった反撃はベルトコーネに次なる一手を迷わせた。押し返された左拳の代わりの反撃をするよりも早く、グラウザーの次の攻撃が飛び込んでくる。

 グラウザーはベルトコーネの懐に飛び込むと左足を踏みしめてその足を軸にして全身のバネを解放する。そして、後方へと引いていた右脚を繰り出すと下から上へと振り上げる。 

 

――スパァァァァン!!――


 それは爽快すぎるほどの打撃音を響かせてベルトコーネの顔面へと撃ち込まれた。ベルトコーネはその頭部へと加えられた衝撃に図らずもその頭脳を揺さぶられることとなる。それはベルトコーネの意識を瞬間的に飛ばすこととなる。

 右へと揺らいだベルトコーネの身体に、右脚を引いたグラウザーは返す刀で左拳を打ち込んでいく。狙う先は再びベルトコーネの頭部。

 今度こそ敵を撃破する。そう強く意識しての左拳だったが、その拳はベルトコーネの闘志へとは一歩届かなかった。


――ズシッ!――


 ベルトコーネが踏み止まる。右脚を踏みしめ体勢を戻すと、その勢いのまま右拳を下から上へと振り上げる。その拳の先にはグラウザーの頭部がある。

 

「調子にのるなァ!!!」


 裂帛の気合を響かせてベルトコーネが叫んだ。こんなにいとも簡単に攻撃を加えられることなど、断じて認めるわけには行かなかった。そして、ベルトコーネの拳の動きにまでグラウザーの意識は届いていない。このままではグラウザーは頭部を打たれてそのままアウトだ。

 だがその時、グラウザーの意識の中に飛び込んできたものがあった。

 

〔危ない!!〕


 その声は無線回線を通じて飛び込んできた。

 

【 空間把握感覚・補正信号により修正    】 

【 強制動体制御、身体を後方へ退避     】


 それと同時に届いたのは、自らの肉体を動かす上での神経信号に対するダイレクトな動作制御の補正命令だ。左の拳を停めて、その命令信号に抗うこと無く素直に従えば、グラウザーは全身を後方へと引いてベルトコーネの拳をギリギリで躱す。グラウザーの鼻先をかすめてベルトコーネの右拳は空振りする。

 

「何っ?」


 ベルトコーネの口から驚きが漏れる。対してベルトコーネを視認しつつ後方へ飛び退くグラウザーだったが、なおも無線回線を通じて何者かの声が問いかけてきた。

 

〔間に合いましたね〕


 無線回線からの問いかけに戸惑いつつも、グラウザーはその声に問い返した。

 

〔あなたは?〕


 当然の疑問に対して返ってきたのは努めて冷静な落ち着いた声だ。

 

〔私は特攻装警第4号機ディアリオ、救援に来ました〕


 思わず周囲を見回しそうになるがディアリオからの声はグラウザーに、今、成すべきことを改めて突きつけてきた。


〔建築用機材の遠隔監視カメラを通じてアナタの姿を見ています。私が遠隔でサポートしますので、今はベルトコーネを撃破してください!〕


 ベルトコーネに立ち向かえるのは現状では自分だけだ。そう思っていただけに、ディアリオからのメッセージは何者にも増して心強い物があった。自分は一人ではない、その確信は安心とともに尽きぬ闘志をグラウザーのその胸中にもたらしてくれるのだ。


〔了解!〕


 グラウザーが無線越しに答えれば、ディアリオは更にアドバイスを送ってきた。

 

〔ベルトコーネはパワー重視の格闘機体ですが反応速度の面でも秀でています。しかし、トップスピードと反応速度ならスペック上はあなたのほうが上です! 直接打ち合うよりフットワークを駆使して相手を幻惑してください。奴に勝つにはそれしかありません!〕

〔はい!〕


 ディアリオの声に促されてベルトコーネの存在を視認すれば、ディアリオはなおもネットワーク越しに支援のための情報を送り込んでくる。

 

【 監視カメラ映像接続           】

【 カメラ映像スーパーインポーズ      】


 グラウザーの視界の片隅、3つほどのカメラ映像が送られてくる。それはベルトコーネとの位置関係を把握するのにはなによりも最適なものだ。

 グラウザーは眼前のベルトコーネと、ディアリオからの映像を視認しつつ。あらためて両の拳を固める。

 グラウザーが、アトラスやセンチュリーの様に体系だった格闘技能を習得しているとは考えられなかったが、それでも必要最低限の徒手格闘のスキルは知っているようであった。ボクシングのようにフットワークを駆使して両拳による打撃攻撃、それに加えての足技、彼が繰り出せるとすればそれがせいぜいだろう。

 だがグラウザーは迷わない。恐れない。ただ結果を求めて相対する敵を仕留めるだけである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ