6:深夜11時半頃:横浜湾岸エリア、南本牧埠頭
そこは横浜の市街地の南方にあたるエリアだ。
――南本牧埠頭コンテナヤード――
有名な大黒ふ頭パーキングエリアから南方に6キロほど離れた洋上を埋め立てて造られた先進型のコンテナヤード施設群である。そして今、その中に4つあるコンテナヤード区画の中の1つ【MC-3】にてトラブルは起きていた。
致命的な窮地を招きながら――
今、1人の〝男〟が危機的状況に陥っていたのである。
@ @ @
「やべぇ――」
そうつぶやきながらセンチュリーは荒い息を吐いている。呼吸を整えている暇はない。全機能、全感覚をフルに駆使して、状況を挽回する手段を見つけ出すしか無い。
専用バイクを走らせて、放置車両を利用してフェンスを飛び越え、コンテナヤードの敷地内を要救助者の元へと向かうとした矢先だった。予想外の場所からの痛烈な第一撃をその頭部をかすめるように食らったのだ。あとはバランスを崩し、バイクを横転させアスファルトの上を無様に転げ回った。そののちに舗装された路面の上で仰向けになった時、敵からの第二撃をまともに食らわなかったのは〝運〟〝気合〟〝精神的勢い〟〝執念〟、そして、警察としての〝プライド〟――
弾けるように体を起こし、とっさに積み上げられた大型コンテナの影へと飛び込む。不意を撃ってきた攻撃者の姿を物陰から伺い見ようとする。
「くそっ、勘に頼りすぎたか! 兄貴やディアリオだったらセンサーで探知しながら入ってくるだろうが――、オレそういうの苦手なんだよなぁ」
ボヤくようにセンチュリーがつぶやく。センチュリーは動態制御や身体能力を重視しており、センサー能力やデータベースに基づく状況分析には一歩遅れた面がある。育成環境の経緯もあり身体的なアクション動作に頼りがちである。
そもそも、彼はアンドロイドとしての基本的範疇を大きく逸脱していた。
内骨格仕様のボディに、有機物消化と燃焼システム、それにともなう酸素呼吸の機能まで有していた。呼吸をし、食物を喰い、それを消化し、活動する力に変える――、常識的に見てもそんな事ができるアンドロイドなどそうそうにあるものではない。
それがゆえにセンチュリーは『アンドロイドらしからぬアンドロイド』と言う評判を受けていた。それがありがたいのか恥なのかは本人にはわからないのだが――
センチュリーは状況を立て直すため、自らの周囲の状況をあらためて観察した。
不気味なまでに明るく光を放つ満月の下。港湾地区のコンテナヤードの一角に彼は居る。周囲に外洋船コンテナが都会のビルのようにうず高く積まれていて、その積み上げられたコンテナの群れの谷間に、繁華街の目抜き通りのように伸びる広い通路がある。その通路のまっただ中、コンテナヤードを照らすように巨大な照明塔が立ちはだかっている。
鋭角的なフルフェイスヘルメットを被ったようなシルエットのセンチュリーは、そのゴーグル越しに照明塔の頂上を見上げていた。そこには、まばゆい月光に照らし出されて、ひとつのシルエットが浮かび上がる。
大柄なフード付きジャケットを被り、右腕を狙いすましたように攻撃対象へと突きつけている。その右手の開いた手のひらの根本、そこは赤白く燐光の様にかすかに光り輝いていた。
【 制圧対象攻撃内容分析 】
【 受傷状態より判断 】
【 受傷深度:低レベル 】
【 受傷形態:表面層焼損 】
【 スポット攻撃による線状破壊痕 】
体内のデータベースシステムの自動分析から得られた情報から、センチュリーは推察した。
「粒子ビーム? いや、レーザーか!」
センチュリーは自らの戦闘経験から、敵が放った攻撃手段の正体をとっさに読み取っていた。
「粒子ビームは充電時間が長い代わりに照射時間が短くエネルギー量が大きい。逆にレーザー光は充電時間はそれほど長くないが照射時間を長くして攻撃威力を高めるからな――、やっぱレーザーかよ」
敵についての視覚的情報と合わせて判断するなら、敵は右腕に高出力のレーザー兵器を仕込んだ、遠距離攻撃タイプの違法サイボーグの可能性が高いだろう。
「待ち伏せの狙撃要員って事か!!」
失態だった。救いを求める犠牲者の映像をネット越しに見せつけられ、瞬間的に頭に血がのぼり後先を全く考えなかった。
「その結果がこれか!」
眼前には路上で横転した愛車のバイクの無残な姿がある。頑丈に作られているから致命的な破損は考えにくいが、彼自身のプライドを傷つけるには必要十分だ。
「くそっ、兄貴になんて言われるか――」
センチュリーは強く自嘲気味に言葉をこぼした。だが、そんな悪態すらも邪魔に思えるほどに時間的猶予は残されてない。
センチュリーのその脳裏を激しくリフレインするのは、あの残酷なまでの処刑シーン。ネット越しの監視カメラ映像から見せつけられた任務失敗者の粛清現場だ。その処刑の場を総括する主犯者は、この港湾コンテナヤードのその先で今も凶行を重ねているはずなのだ。
なにより――
「ちっ、なんだって――」
――ふいに浮かぶのは今朝、渋谷のファーストフードにて会話を交わした〝倫子〟の事だった。恩義ある先輩が失踪した。その事に心を痛める少女。そしてセンチュリーには、その先輩がどこに行ってしまったのかおおよその想像はついている。
「まぁ、アイツらしか考えられねえんだよな」
視線の先には違法サイボーグ、やつが属するのは、東京の夜にて猛威を振るう〝武装暴走族〟なのだ。
今、センチュリーの中で、武装暴走族と言うキーワードで複数の物事が一つにリンクした事で、怒りと義憤が胸の奥底から沸き起こるのだ。
「こんなところで!」
膝を付いている余裕も暇もない。待っている人が居るのだから。ならば一気に突き抜けるだけだ。
センチュリーは己の両腰に下げた2丁の大口径オートマチックを確かめた。右腰に下げているのはLARグリズリーマークⅢ、左腰に下げているのはコルトデルタエリート。
44マグナムと10ミリオートを両手で構えて攻撃体勢をとる。そして、この物陰から飛び出すタイミングを図り始めた。
思えば。照明塔の頂きに佇むアイツの射撃には連射性がなかった。一発撃ち放った後には若干の充電時間が必要なのは間違いない。時間にして十秒ほどのタイムラグで、その十秒の隙が、唯一の突破口となるのは明白だ。
ならば、こちらから挑発して攻撃を誘発し、その十秒のタイムラグの間に、敵が陣取る照明塔の間近に肉薄し2丁のオートマチック銃の弾丸を至近距離から浴びせかけるしか攻略の手段は無い。
「やるしかねぇ!」
深呼吸して意識を集中させる。
アンドロイドながらセンチュリーには呼吸機能がある。有機物を取り込み内燃させて動力を取り出す機能があるためだ。さらには人間と同じように、呼吸のリズムを整える事でよりコンセントレーションを整えることができるのだ。
深呼吸を二~三回繰り返すと、敵の気配に意識を集中させる。そして、コンテナの物陰からその身を飛び出させる。
そして、敵の攻撃を警戒すれば、照明塔の頂きのアイツから赤白色の光の噴流が解き放たれていた。
「来た!」
それは予想された攻撃だった。
絶妙なステップで身体を押しとどめるととっさに後方へと飛び退く。センチュリーの鼻先をレーザー光がかすめると、焼けるような伏流熱がセンチュリーの顔を焦がそうとする。だが、命中は避けれらた。これで生まれたあの10秒の猶予を活かすべくセンチュリーは両足に全て力を注ぎこむと敵との距離を一気に詰めて駆け抜けていく。そして、手にする2丁のオートマチック拳銃の射程距離へと肉薄しようとする。
見上げれば突き出された敵の右腕は、次弾を発射しようと次なる赤白の光を灯しはじめようとしていた。あれが輝きを増すまでの間にこちらの射程距離に入れば勝機はあるのだ。
――イケる!――
そう確信をもったその時だ。
敵の左手が動いた。それまで右腕を支えるように右の肘を掴んでいた左手だったが、突如、眼下へと突き出された。狙い澄ます先にはセンチュリーが居る。そしてその左の手のひらは右手と同じように赤白色の燐光が輝いている。
センチュリーは自分が敵の策にまんまと引っかかったことを悟る。敵の攻撃手段は右腕だけでは無かったのだ。判断ミスを後悔する暇もなく、敵の左腕が赤白色の熱レーザーを解き放つ。そして、それは一気に駆け抜けようとするセンチュリーの頭部を的確に捉えていた。センチュリーは判断に窮した。とどまり回避するか、一気に駆け抜けるか、一瞬の逡巡の後に駆け抜けることを選択する。だが、その一か八かの賭けが過ちであったことを思い知ることとなる。
敵が放った左のレーザーはセンチュリーの頭部への命中すら避け得たものの、それはセンチュリーの右膝を的確に捕らえて撃ちぬいていた。
センチュリーの体内の破損箇所を知覚するための痛覚システムが激痛を感知すると、焼けるような感覚がセンチュリーの右膝を襲った。次の瞬間、右脚から崩れ落ちるとセンチュリーは路面上を転げるようにのたうち回った。
かかる緊急事態にセンチュリーの体内の全システムがフル稼働を始める。
【 体内制御システム、敵攻撃による破損感知 】
【 >破損箇所診断 】
【 ≫右膝部、レーザー光貫通 】
【 ≫右膝関節部、一部焼損 】
【 ≫運動神経系統一部断裂 】
【 ≫人工筋肉靭帯部損傷率10% 】
【 ≫関節部潤滑液体漏出 】
【 緊急システム起動 】
【 組織破損部緊急閉鎖、痛覚システム遮断 】
【 右脚部神経系統、バックアップ系統作動 】
【 >機能回復率92% 】
【 [――任務行動続行可能――] 】
痛みを訴える暇もない。とっさに身体を跳ね起こし右膝を突きながら頭上を見上げた。
そこには敵の影。立ちはだかる照明塔の頂に立ちはだかる敵の影。
センチュリーの握る2丁の拳銃の射程には捉えきれていなかった。
「くっそぉおおっ!」
苛立ち、悪態をつきつつも、このまま膝を地面に突いているわけには行かなかった。
敵影の右腕が更なる輝きを増している。
「殺られるもんかよ!」
センチュリーのその叫びには、まだ彼が絶望していないことを示している。そのためには再び立ち上がらなければならない。
センチュリーはアンドロイドである。自我を持ち、不完全ながらも人間に比肩する〝心理〟を発露させることができる。
自由自我意思を持たないロボットではない。組み込まれた命令に従うだけのロボットではない。
『人に似た容姿を持ち、ある一定以上の〝自由自我〟を持つ人工的な存在』
すなわちアンドロイドなのだ。
そして、センチュリーは己に許された自由自我の中で決意する。
「次こそ決めてやる!」
それは覚悟だ。絶望の拒絶である。そして己自身の〝心〟に対する勇気の鼓舞である。
それこそがセンチュリーがロボットではない証だったのである。
















