第30話 特攻装警第7号機/怒る男
メリッサは自らの状況が圧倒的に劣勢に立たされていると理解する。そして、寂しげに両のまぶたをそっと伏せ、それでいてどこか己の境遇に諦念を覚悟したようなすっきりした面持ちを浮かべている。
メリッサは弱々しくつぶやくように言い放った。
「新しいコマを手に入れるのはやっぱり無理ね」
もしその言葉をディアリオが聞いていたら、どこかで聞いたセリフだと思っただろう。
メリッサは両手の十指に発生させた球電体を、さらにひときわ輝かせる。その両手を振りかぶり、一斉に投げ放とうとする。
「コイツはあげるわ。もうどうせ壊れかけだしね」
「なんだと?」
メリッサの不意の言葉にアトラスが聞き返す。そして、敵の攻撃を察して4人がそれぞれの拳銃と攻撃装備でメリッサに狙いを定めた。だが、メリッサは一向に引かない。そればかりかある一点を見つめて明朗な言葉で語りかけてくる。
「グラウザーと言ったわね」
それはテロリストとしての恐ろしさを一切含まない穏やかで親しげな語り口だった。
グラウザーはメリッサの言葉に無言のまま視線だけで答える。
「強くなったわね。あの〝楽園〟で出会った時とは見違えるようだわ。あなたと話すの案外楽しかったわ。出来ればもっと話していたかったけど――」
そこには世界を恐れさせたテロリストの側近としての冷徹さはどこにもなかった。ただ、弱々しく別れを告げようとする一体の孤独なメイド風のアンドロイドが佇んでいるだけだった。しかし、メリッサは一瞬、グラウザーから視線を外してかぶりを振ると、ふたたびあの強い視線と敵意でもって立ちはだかるのだ。
「お遊びはここまで、後は適当に引かせてもらうわよ」
「そうはさせない!」
メリッサの言葉をグラウザーが遮る。その言葉と同時にセンチュリーとグラウザーは走りだしていた。会話を交わしたのは今この一瞬であるのにもかかわらず、二人の息は古くからの兄弟であるかのようにシンクロしていた。
「逃げるより、罪を償え!」
その言葉を発しつつセンチュリーは駆け出していた。狙うはディンキーの身柄である。
「絶対に逃すな!」
「はいっ!」
だが、時に災厄は再び現れたのだ。
――ゴオォォオオン――
轟音が鳴る。スレート張りの壁面をぶち破り、鋼材の柱をへし折り、本来、扉ではない場所に入り口をこじ開けたソレは不気味な足音を響かせながらその姿を現した。
アトラスがその者の名を呼ぶ。
「ベルトコーネ?!」
センチュリーが足を止めアトラスたちの方へ踵を返しつつ、苛立ち紛れに吐き捨てる。
「最悪のタイミングだ!」
そして、エリオットは状況を冷静に分析しつつ自らの弟に指示を与えた。
「グラウザー、あの二人の確保を願います。私達はあちらに対処します!」
グラウザーは、兄達の言葉から状況の厳しさを察してメリッサたちの方に視線を向ければ、そこには安堵の表情で微笑むメリッサが居る。
「あら、案外遅かったわね」
グラウザーはまだベルトコーネを識らない。拳を交えたこともない。だが、その姿を現した時の状況から察するにそれが容易ならざる相手であることは十分にわかる。かたや、この機を逃がすメリッサではない。グラウザーに微笑みかけると余裕を感じさせる言葉を投げかけてきた。
「ごめんなさい。あたし、まだ他にやることがあるの」
メリッサが振りかぶった右手を振り下ろすと5つの光球が火花をまき散らしながら、グラウザーに向けて投げ放たれる。それは護身のレベルではなく、完全なる悪意を持って破壊のために投射された。
その時、グラウザーはその内に秘めた力を少しづつ覚醒させつつあった。パーフェクト10を構えたままグラウザーは瞬間的に飛び出す。眼前から飛来する5つの球電体の軌道を、正確かつ精妙な動きで、瞬時にして見切っていく。それは特攻装警第6号機のフィールの持つ能力である超高速起動に比肩するとも劣らない動体制御能力である。
「えっ?!」
グラウザーのその動きを目の当たりにしてメリッサは改めて、敵の本来の能力の高さの片鱗を感じずには居られなかった。そして、グラウザーのその顔を垣間見れば、その表情はもはや未熟なルーキーではない。
獲物を見つめる鋭敏なる狩人の視線だ。それは彼女たちがいくども目の当たりにした、法という正義を守る者たちが宿していた冷徹なる力の根源だった。グラウザーを単なる未熟な育成段階のアンドロイドと侮っていた己の迂闊さを唾したくなる。
「そうよね。それがあなただものね」
言葉の中には一抹の羨ましさがにじみ出ている。事ここに至るなら後は逃亡するよりほかはない。左手に発生させた球電体を掌の中に握りなおし手の内に秘めておく。そして、周囲に視線を走らせると、そこに見つけた存在にメリッサはある確信をもって次なる展開を目論んでいた。
「ベルトコーネ、いらっしゃい。アナタにもう一仕事してもらうわ」
それは再び訪れた好機だ。彼女の視界の片隅に姿を現した盟友は、あきらかに強い敵意のこもった視線と怒りを彼女の元へと投げつけている。両の拳を硬く握りしめ、その歩みは一直線にメリッサの方へと向いている。ベルトコーネの眼中には特攻装警たちの存在は微塵もなかった。そう、ベルトコーネはメリッサの隠された意図を察したのだ。
「そうよ。それでいいわ」
メリッサが漏らしたのは矛盾に満ちた言葉だった。
それは味方だったはずだった。家臣だったはずだった。同胞だったはずだった。だが、ベルトコーネがメリッサを凝視する視線には一切の好意は残っていない。そこに垣間見えるのはただひたすらに〝怒り〟だけである。しかし、メリッサは言った。それでいい――と。
「そのために、あなた達をここに導いたのだから」
メリッサには分かっていた。ベルトコーネのその怒りがどこに向かい、どんな形となって爆発しようとしているのかを。視線をそっと走らせれば、眼下のディンキー・アンカーソンだった物は眼前に現れた忠実なる家臣の出現に歓喜の表情を浮かべている。その表情には自らの置かれた状況が圧倒的不利だとの認識は一切感じられるものではなかった。
なにも自体の解決へは向かっていなかった。メリッサにとって最悪とも言えるだろう。だが彼女はたしかにこうつぶやいた。
「あなたのその〝怒り〟を待っていたのよ」
そうつぶやきを残したメリッサの元に、玉座の下から一気阿声にグラウザーが駆け上がってくる。
パーフェクト10の銃口をメリッサたちの元へと向けたまま、その者はいよいよ肉薄しようとしていた。追う者と追われる者、一切の構図がそこにあった。そしてグラウザーはメリッサに対して銃口を向けた。
「そこまでだ!」
グラウザーの力強く凛とした声が響く。その声をメリッサはどこか嬉しげに聞いていた。
















