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第29話 正しき者/―答えはその手の中に―

 視線がさまよっていた。どこを見ているのかわからぬ有様で立ちすくむと、この謁見の間の空間に視線を走らせている。探しているのだ、彼にとって忠実な臣下たちを。


「おまえたち――どこにいる!」

 

 ディンキーが叫んでいる。誰かを呼ぶがごとく。


「お前たち! ここに来い! 敵は、敵はここにいるぞぉ!」


 手塩にかけた臣下だった。忠実にディンキーの目的と意思を速やかに形に成す者たちだった。


「ガルディノ!」

 

 彼は来ない。すでに彼の魂は霧散している。


「コナン!」


 無理だ。彼の凶剣は絶ち折られた。


「ジュリア!」


 彼女の拳は殺戮の果てについに潰えた。


「マリー!」


 その業火は彼女自身を燃やし尽くしてしまった。


「アンジェ!」


 かつてはいかなる敵も打ち砕いた雷はもう鳴り響きはしない。

 その名を呼んだものは誰も現れない。その名を呼ぶ声だけが虚しく響くだけである。


「誰か居らぬかぁ! この悪魔どもを殺せるヤツは居らぬのか!」


 それは断末魔の叫びだった。このあまねくすべての世界に抗うすべを失いつつある孤高のテロリストが絞り出した悲鳴だった。それに答える存在はついぞ現れなかったのだ。


「なんで――」


 ディンキーのその姿を前にしてグラウザーは思わずつぶやいていた。


「なんで分かってくれないんだ」


 不思議だった。そして、不可解だった。


「どうして?!」


 ただ、ひときわ高く問いかける。まだ成長途中で純真無垢なる心であるグラウザーに、狂信者の心情などわかるはずもなかった。ましてや、今までの彼の前に現れた人々は話しあえば必ず分かり合える人々ばかりだった。

 しかし、世の中にはそう言う理解ある人々だけではない。

 グラウザーはまだ知らなかった。これが犯罪者というものなのだと言うことを。

 

「茶番劇は終わりですか?」


 メリッサが興奮するディンキーを傍らからそっと支えている。そして、必死に問いかけようとするグラウザーをあざ笑うかのように彼女は冷ややかに告げた。一方で、ガドニックが背後からグラウザーの姿を困惑気味に見つめている。


「誠意と知性は予想以上の成長だな。運動能力も想定した以上の伸びだ」


 ガドニックはグラウザーの置かれていた現状に対する答えを導き出す。


「だがやはり、経験不足か」


 ガドニックは今、こうつぶやくしかなかったのだ。

 膠着状態におちいった場の空気は、再びディンキーたちの側へと傾きつつ在った。メリッサが再びその手にあの光る球電体をつくりあげようとしている。交渉も説得も、一切の余地が無い今、あとに残る選択は戦闘と排除の2文字のみだ。グラウザーは後ずさるとガドニックのところへと戻る。そして、ガドニックを背後に守りながらメリッサのその攻撃の手を警戒していた。


「グラウザー」

「教授?」


 背後からガドニックが語りかけてくる。


「私はどうなろうと構わん。君自身が思うがままに動きたまえ」

「しかし」

「この状況で無傷で居られるとは思ってはおらんよ」


 ガドニックは覚悟を決めていた。このサミット会場に来ると決めた時から何かが起こるであろうということを。


「この地に来ると決めた時から、死すらありうると覚悟を決めていたからな。だが――、君はまだ若い。君の可能性をここで絶やしてはならん。いざとなったら私を捨てて逃げたまえ」

「そんな!」


 科学者として己の理想と目的のために殉ずる。それは誇りある男としての覚悟だった。だが、グラウザーに理解などできようはずもなかった。

 言葉が出せない。グラウザーには把握すら出来ない言葉だった。

 なぜだろう? なぜ、こうも命を失うことを受け入れられるのだろう?

 なぜだろう? なぜ、こうも命を無碍に奪おうとできるのだろう?

 グラウザーのうちに湧いた疑問が限界を超えそうになる。


 なぜ? なぜ? なぜ?


 と、その時だった。


「そこまでだ!!!」


 一発の弾丸が虚空を切り裂く。それは決して強力な弾ではなかったが、そこに込められた強い意志はメリッサの片手に作り上げられた球電体をかすめて通りすぎる。


「誰だ!」


 その弾丸に込められた意思を感じて、メリッサは大声を上げた。

 かたや、グラウザーとガドニックは反射的に声のした方に視線を向ける。

 ディンキーの玉座とは反対側。謁見の間の片隅から足音がする。


「見つけたぞ! テロリスト! もう退路はないぞ! おとなしく投降しろ!」


 それはスーツ姿の若者だった。両手で拳銃をかまえ、メリッサに狙いを定めている。


「何者です!」


 メリッサの声に応じるようにその者はスーツの内ポケットから手帳を取り出す。そして、縦開きに開きながら自らの身分を名乗り始めた。


「日本警察、涙路署捜査課刑事、朝研一! そこにいる未熟者のお目付け役だよ!」

「日本の刑事? あなた一人で何ができ――」

「うるせぇ! 喚くな犯罪者!」


 メリッサの言葉を朝は遮った。そして一切の対話を彼は拒絶した。


「言いたいことがあれば署の方で聞いてやるよ。テロリストとは交渉しない! それが世界の警察の鉄則だ!」


 弾丸は心もとなくとも、強力な武装は持たなくとも、朝が発した言葉は何よりも強かった。それが警察という職務につく者が持ちうる強い意志――そしてプライドだった。

 朝は足早にかけ出すとグラウザーたちのところへと歩み寄る。そして、メリッサたちに官給品のオートマチック拳銃を突きつけながら、ガドニックを保護するように立ちはだかる。


「グラウザー」

「はい」

「説教は後だ。この人をなんとしても保護するぞ」

「え? しかし――」


 朝はグラウザーの言葉に彼が胸のうちに抱えた混乱を察する。そして一言、明確に言い切った。


「お前馬鹿か?」

「え?」

「お前は何だ、何者だ。言ってみろ」

「僕は――、僕は――」


 痛烈な一言だった。グラウザーの心のなかの混乱に対する強烈な一撃が在った。思わず朝の顔を見つめてしまったが、朝の告げた言葉にグラウザーの気持ちは休息に落ち着いていく。そして、再びディンキーたちを見上げると、自分の知性の中に持って生まれた意思に従いつつ答えを告げた。


「僕は、日本警察・警視庁、特攻装警第7号機『グラウザー』」

「そうだ、お前は〝警察〟だ! そして、誰に作られ、何のために生まれて、何をするべきなのか――今ここで言ってみろ!」


 その言葉を告げながら、グラウザーは両の拳に力を込める。


「ぼくは――」


 瞬間、今まで今日この日までにグラウザーの前を通り過ぎていった様々な人々とのコミニュケーションの記憶が走馬灯のように蘇っては消えていく。

 

 モノレールの中で出会った人々、

 ひろき少年とその父親、

 第4ブロックで戦う人々、

 退路を探して逃げ惑う英国アカデミーの面々、

 彼を作り上げてくれた第2科警研の人々

 そして、自分を指導し導いてくれた涙路署の先輩たち――

 それは一つ一つ確かな足跡をグラウザーの心のなかに刻みながら、明確な答えを浮かび上がらせる。


「この国とこの国に生きる人々を護るモノ、それが僕です」 


 朝はかたわらからグラウザーの顔を伺ったが、そこに迷いも怯えも戸惑いも、何もありはしない。ただ、純粋にひたむきに、己の使命を自覚しそこへと向けて歩き出そうとする若人が居る。そんなグラウザーに朝は微笑みかける。


「やっと思い出したか」

「はい」

「手こずらせやがって! いいか、覚えとけ!」


 朝はそこで言葉を一区切りする。それまでの口調を変えるとひときわ高く叫ぶ。


「犯罪者の言い分なんてなぁ、取調室で聞けばいいんだよ!」


 その言葉はディンキーたちが作り上げたこの偽りの謁見の間へと響き渡る。朝の言葉をメリッサが苦々しげに見つめている。その視線を否定するがごとく、朝は叫び続ける。


「犯罪者なんてのはな、右から左まで大抵がみんな身勝手でワガママなんだよ! 身勝手でワガママだからこそ決まり事を破るのに何の痛痒も感じねぇし、犠牲者が出たって気にもとめねぇ! 大体がだ、目の前で起きてる強盗事件の犯人相手にいちいち説得してられるか?

 目の前で起きてる暴行事件から被害者を助けるためには必要なのは説得じゃねぇ! 犯人を被害者から引き剥がしてねじ伏せる力だ! そしてその力を法律の決めたルールに則って行使して制圧して、罪のない一般市民を保護することから始まるんだ。それが警察の第一原則なんだよ!」

 

 それはグラウザーだけではない、ディンキーたちにも向けられた言葉だった。

 朝の言葉にメリッサが反論を試みるが、それを許すような朝ではない。自分のペースで一気に畳み掛ける。そう言う意図で望んでいるであろうことは誰の目にも明らかだった。


「だいたい、こりゃなんだ?! あ? ここは有明1000mの建築現場だ! 正当な所有権を持つ奴が居て、建築会社が責任を持ってる。放置された資材だって他人様の物だ! それを勝手に使ってこんなもんこしらえやがって、これだって相当な被害額だぞ! 管理責任者だって責任追及される! サミットの警備体制を企画したやつだって処分される! 下手すりゃ職を失って路頭に迷うやつだって出る!

 たとえ命を奪われなくてもどれだけの人間が迷惑被ると思ってるんだ! ケルトだか、コルトだかしらねーが社会の決まり事守らねぇバカヤローの戯言を聞くやつなんかこの世のどこにも居ねーんだよ! それぐらいわかんねーのかボケ老人!」


 それは正当な叫びだった。社会は決められたルールに則って動いている。それを守らぬものにこの世に存在する権利はどこにもない。ディンキーは怒りに顔を歪ませている。メリッサは朝を凝視しつつも無言のままだ。その膠着状態を断ち切るべく朝はディンキーたちに言葉をぶつける。


「そういうわけだ。お前らの身柄を確保させてもらうぞ」


 そして、朝はグラウザーに指示した。


「グラウザー!」

「はい!」

「逮捕の前口上だ。言ってみろ」


 朝はグラウザーにこの場の流れを託した。そしてそれは、グラウザーが警察として、刑事として、大切な役目を果たすためのプロセスである。


「わかりました」


 かたや、グラウザーは意識を目の前の二人の犯罪者に集中させると、ジャケットの内側から特攻装警に与えられるブルーメタリックの警察手帳を取り出すと縦開きにして提示する。そして、静かな猛り漂わせながら法に則り決められた言葉をディンキーたちに告げた。


「北アイルランド国籍、国際指名手配犯、ディンキー・アンカーソン、及び、その共犯者1名――

 建造物侵入、建築物破壊、窃盗、傷害、殺人、ネットワーク管理法違反、アンドロイド保安基準管理法違反、その他の容疑によりその身柄を緊急逮捕する!」


 その冷静にして静かなる宣言は偽りの謁見の間の空間へと鳴り響いた。今、偽物の玉座の上で黙していたが、ディンキーは怒りを露わにして叫んだ。


「黙れ! 言わせておけば!」


 ディンキーの怒りの叫びに呼応するように、沈黙していたメリッサの両手に光り輝く球電体が生まれ、そして、高電圧の球体は朝とガドニックに向けられる。そして、2つのそれを矢継ぎ早にグラウザーたちの方へと投げつける。

 ディンキーたちへと意識を集中させていたグラウザーだったがとっさにその2つの球体を撃ち落とそうとその手を伸ばした。だが――


「あっ!」


 わずかにタイミングが遅れた。一つは拳で弾いて逸らしたが残る一つが飛んで行く。焦りと恐怖とが襲う中、誰の目にも回避不可能なのは明らかだった。


「朝さん!!」


 とっさに振り向くグラウザーの視界の中で、朝は自らが立ちはだかるとその身を呈してガドニックを背後にして彼を守りぬくつもりだった。その表情に恐怖はない。ただ警察としての使命に対する誠意があるのみだ。

 しかし、それを目にしてディンキーは歓喜の声をあげた。


「身の程知らずが! 自分の身も護れずに死ぬがいい!」


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