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第29話 正しき者/―冒険者来たる―

 かたや――

 その者は、その玉座の間に、その片隅から静かに足を踏み入れていた。

 彼は、自分の目の前で一体何が行われているのか、すぐには理解できないでいた。


 その彼の目の前では、3人の人物が向かい合っている。

 玉座に腰掛けた老人とその傍らのメイドが、一人の初老の人物を見下ろしている。

 彼には、その初老の人物には見覚えがあった。

 忘れない。忘れられるわけがない。


「教授?」


 忘れるわけには行かない名前だ。なぜなら、彼にとってその人物は彼の生命の始まりに関わっていた人物だからだ。彼はその初老の人物の名を口にする。


「ガドニック教授!」


 彼には生みの親が2つある。

 1つは彼の体を作り上げ精神を育ててくれた技術者たち。

 もう1つは彼の頭脳を作り出し、その頭脳に魂の火を宿してくれた人。

 忘れられるはずがないのだ。


「見つけた!」


 玉座の老人の傍らに立つ白人のメイドが左手を教授に向けて突き出している。

 そして、突き出された手の中には光り輝く電磁火花が迸っている。やがてそれは球形を成していく。

 

「なんだ?」

 

 彼にとってそれは未知なるものだった。性状も素材もわからない。だが、その危険性についてはその頭脳にひらめくものがあった。メイドが左手を振りかぶりその光り輝く球体を投げ放とうとしている。


「いけない!」


 理屈ではなかった。頭で考えるよりも先に彼は全力で走りだしていた。

 人間の陸上選手の短距離走のスタートよりも鋭く踏み出すと、弾丸のように走りだす。

 そして、飛翔する球電体とガドニック教授との間に割り込むと、右手を振りかぶり球電体をその手で弾き飛ばした。

 メリッサから放たれた球電体はガドニックを襲うこと無くあらぬ方向へと飛び去っていく。


「なに?」

 

 ディンキーが驚きの声を上げる。その傍らでメリッサが叫び声を上げる。


「何者です!」


 玉座の間の空間でメリッサの声が鳴り響く。だが、ガドニックをかばい割り込んできたその若者はメリッサたちに鋭い視線を向けるばかりで何も名乗らなかった。警戒の視線をディンキーたちに向けつつもガドニックを庇うようにその背中で守ろうとする。

 ガドニックは知っていた。その若者の名を。

 ガドニックは記憶していた。彼が何者であるかを。

 忘れられるはずがなかった。


「グラウザー?!」


 驚きを覚えたのはガドニックも同じである。


「なぜ君が?!」


 グラウザーは振り向くこと無く背中ごしに答える。


「お久しぶりです、教授」


 グラウザーは玉座に腰掛けるディンキーを見つめながらガドニックに語りかけていた。


「あなたを守りに来ました。教授のおともだちが心配していました」

「会ったのか? 私の仲間に」

「はい、皆さんご無事です」

「そうか」


 ガドニックは感じていた。グラウザーの語り口から伝わる確かな成長の片鱗を。


「成長したな。見違えるようだ」


 その問いかけにグラウザーは答えなかったが、彼の背中から伝わってくる一抹の頼もしさにガドニックは喜びを禁じ得ない。しかし、喜びの構図だけではなかった。二人のやりとりを否定するかのように強い口調の言葉が浴びせかけられる。


「何者です!? ディンキー様の御前です、跪き名乗りなさい」


 メリッサはその端正な顔に怒りの感情を浮かべると再び球電体を掌に生み出すと攻撃の準備を始める。それが威圧のためだということはグラウザーにも解っていた。


「跪く?」


 グラウザーは問い返した。


「どうして?」


 メリッサは想定外の返答に少なからず面食らった。そして、小馬鹿にするようにグラウザーに皮肉めいた言葉を投げかける。


「あら、そんな事も分からないの?」


 だがグラウザーはひるまない。メリッサの皮肉に臆することも、いきり立つこともせず、シンプルに言葉を返す。


「だって理由がないよ」


 グラウザーは強い視線でメリッサとディンキーを見つめながら数歩進み出る。


「僕は僕だよ。あなたや、そのおじいちゃんの命令を聞く理由がない。それに僕はもう決めたんだ。教授を護るって」

「あなた、名前は?」

「グラウザー」

「無理よ、護れっこないわ」

「やってみなくちゃ分からないさ」

「いいえ、無理よ。だって私達が殺してしまうもの」

「それだけは絶対にさせないよ」


 グラウザーとメリッサ、互いににらみ合っている。メリッサはグラウザーとガドニックをその視界の中に捕捉しつつ両手に球電体を作り上げた。そして、次なる攻撃のタイミングを推し量っている。

 かたや、グラウザーは考えあぐねていた。ディンキーたちを警戒しつつこの場から逃げる方法を思案していた。その周囲に視線を走らせるが、周囲に何もない身を隠す物の無い場所では、メリッサたちの攻撃をかわしつつ逃走するのは無理がある。かと言って、今ガドニックから離れれば、それこそ相手の思うつぼだった。

 互いににらみ合い牽制しながら無為に時間が流れていく。


「どうしたの? 逃げたければ逃げなさい。逃げきれるものならね」


 その言葉を受けてもグラウザーはその足を踏み出せずに居た。かたやガドニックには解っていた。この硬直した状態の原因が。

 ガドニックは聞き及んでいた。グラウザーの成長の遅さの問題について。人格的に成熟せず独り立ちさせられるだけの人格的成長が見られない。当然、現場任務での研修や技術習得にも影響は出ているはずだ。意気込みがあってもそれを活かせるだけの経験と体験がないのだ。


――やはり、経験不足か――


 だが、こればかりはガドニックにもどうにも出来なかった。優れた自我と人格を有しているアンドロイドだからこそ、低級なロボットのように知識とデータとプログラムをその頭脳に押しこめば良いという物でもない。人間と同じように教育と成長が必要なのだ。誰の目にも万事休すと思われた――

 だが、その空気を破って声が響く。


「やめろ、メリッサ」


 その声に驚いた素振りを見せたのはメリッサだ。


「ディンキー様?」

「攻撃を止めろ。手を降ろせ」

「しかし」

「―――――」


 食い下がるメリッサに、ディンキーは上目遣いに睨むような視線をぶつける。その視線に驚き、怯えながらメリッサはその両手の中から球電体を消し去った。


「承知しました」


 ディンキーはメリッサがおとなしく命令に従ったのを認めると、返す刀でグラウザーへと声をかけた。


「また会ったな、若いの」


 その声は優しかった。穏やかであり、一切の剣呑さを含まなかった。


「おじいちゃん?」

「ほっ、覚えておったか」

「うん」


 グラウザーは思い出していた。眼前の玉座の老人が誰であるかを。そして、警戒を解くと背後にガドニックをかばいながらもディンキーと向き合っている。


「なんでここにいるの?」

「さあな、なんでだろうなぁ」

「あの、動物たちの所から来てたの?」

「あぁ、ここが私の場所だからな」

「おじいちゃんの場所――」


 グラウザーはその言葉を反駁する。


「そうだ、ここはワシに最後に残された唯一の場所だ。ワシが安らげる場所はこの世界中のどこを探しても在りはしないからな」

「え?」


 ディンキーの言葉にグラウザーは思わず声を漏らす。


「どうして? おじいちゃんにも帰る場所はあるでしょ?」


 その胸の中に湧いてきた疑問は抑えきれるものではない。純粋であり、今だ成長途上であるがゆえにグラウザーには駆け引きめいたことはできるものではなかった。


「帰る場所など無いさ」


 グラウザーに対するディンキーのやさしい語り口は急に不気味な鋭さを帯びてグラウザーの背後の者へと向かう。


「ほら、お前さんの後ろの奴らのせいで無くなってしまったからなぁ」


 ディンキーは右手をあげて指差していた。指差す先に立っているのはガドニック教授。グラウザーの生みの親の一人だ。グラウザーはその言葉の意味に驚きつつ振り返る。だが、ガドニックは険しい表情を浮かべるのみで余計なことは何も語らなかった。

 

「教授?」


 戸惑うグラウザーが呟くが、ガドニックはグラウザーの視線を受けて漸くに語り始めた。

 

「グラウザー、今から私と彼との会話を無理に理解しようとはしなくていい。だが、これから私が語る言葉は彼との〝戦い〟だと思いなさい」

「戦い――」


 グラウザーは教授の言葉にはっと息を呑んだ。戦いというキーワードのもたらす重さに思わず戸惑いを覚えたのだ。

 

「覚えておきなさい。殴りあうだけが戦いではないのだよ」


 そしてガドニックはあらためてグラウザーの背後から前へと進み出る。

 かたや、その後ろ姿をグラウザーは見つめていた。そして、ガドニックが語った“戦い”と言うキーワードをきっかけとして、その脳裏に新たなる疑問が巡り始めていた。その疑問と向かい合うためにグラウザーはその頭脳に秘められた力を密かに行使する。


【 高速通信無線回線接続          】

【 ネットワークアクセススタート      】

【 マルチタスクアクセス起動        】


 ディンキーとガドニックのやり取りを見守りつつも、グラウザーは広大なネットの世界へと情報探索の手を広げ始める。


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