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第29話 正しき者/―見下ろす者・見上げる者―

 攻撃的な睨みつけるような視線を前にしてメリッサはいささかもたじろぐことなく、冷ややかにガドニックを見下ろしながらディンキーへと語りかけた。

 

「――だ、そうですよ。どうなさいます? ディンキー様」


 車いすを兼ねた玉座の上、ディンキーは不意にその表情を崩しながら歪んだ笑い声を上げる。その笑い声の残響が残る中、その狂える王はその本性を露わにする。

 

「ふっ、相も変わらぬ頑迷さよのう。だが、貴様がこの程度の勧誘で膝を折るなどとは端から思っておらぬよ。貴様なら我の誘いを絶対に拒むであろうとな」

「当たり前だ。貴様が私の国の同胞の命をどれだけ奪い去ったと思っている! たとえ今この一瞬、私の仲間の命が奪われるからと言って貴様の軍門に降ったりしたのなら、これまでのすべて犠牲者たちに合わせる顔がない! 私を殺すというのなら、今ここで殺してもらおうではないか!」


 反論するガドニックの勢いは決して衰えることはなかった。衰えるばかりか、その口撃はさらなる勢いを増して、ディンキーへと立ち向かうのだ。


「それとも、私を今この場で殺せるほどの手駒が残っていないのではないかね?」


 それはガドニックがその冷徹なまでの鋭敏な思考で見つけておいた反撃のための言葉の刃だった。

 先ほどの状況とはうってかわり、沈黙するのは逆にディンキーの側であった。

 

「私は先刻、君にこう言ったはずだ。『いずれ迎えが来る』とね」


 組んでいた腕を下ろすと右手でメガネのブリッジを抑えてメガネの位置を正す。

 

「君がこのサミット会場を襲撃するであろうことは我々英国はもとより、この日本の警察でも予測されていたことだ。そのためこの国の警察組織は全力を上げて、この地を幾重にも警護してきた。それこそ水も漏らさぬ緻密さでだ」

「そうだな。極東の猿どもにしては随分と頑張って居たようだな。ワシの家臣たちが踏み潰して平らげてやったがな」

「相変わらず思いあがる思考のクセは治っていないようだな。この国の警察組織に所属する官憲たちを舐めないほうがいい。世界でもトップクラスの犯罪率の低さは伊達ではないぞ」

「ふっ、戯れ言を!」

「戯れ言か――、ならばこの場所に貴様の自慢の家臣が居ないのはなぜかね?」

「なんだと?」

「3人の荒武者に、4人の淑女、君のご自慢の家臣だったはずだが、護衛すら残っていないのはなぜだね?」


 ディンキーは沈黙した。まるで、思考が停止したかのように一切の語れる言葉を失ったかのようである。とっさにその傍らに佇んでいたメリッサが割って入る。

 

「ディンキー様の臣下たちはすでに戦地に赴いています。このビルの何処かにて目標を追っているはずです」

「そうか――、ならばなおさら〝彼ら〟と鉢合わせになっている確立は高いはずだ」


 僅かな焦りを垣間見せるメリッサにガドニックは告げる。その言葉に惹かれるようにディンキーは問い返した。

 

「貴様の言う〝彼ら〟とは誰だ?!」

「知らぬはずはあるまい」

「なに?」

「貴様がこの国に上陸する際に一線交えたと聞いている。そんな事も覚えていられないほど耄碌したのか? ミスター・ディンキー?」


 冷徹に言葉を紡ぎ続けるガドニックに、黙するディンキー、そして苛立つメリッサ――

 その3者の光景はあまりに対照的だった。その拮抗する光景を打破するかのごとくガドニックは告げた。マリオネット・ディンキーに立ち向かう5人の強い意志の名を――

 

「特攻装警――

 彼らはそう呼ばれている。彼らの呼び名を英語に訳するのならアンドロイド・ポリス・オフィサーとでも呼ぶべきかな。日本警察を擁するこの国が、その持てる科学技術の粋を集めて作り上げたアンドロイドによる警察官だ。貴様のように科学技術を悪用し市民生活を踏みにじる犯罪者に対して立ち向かう鉄の意志。この世界中において唯一、貴様の駆使する〝マリオネット〟に対抗しうる存在だ」

 

 高らかに語る声が偽りの玉座の間の空間の中に響き渡る。ガドニックは力強く歩き出しながら更に言葉を続けた。

 

「№1・アトラス ―― ヤクザマフィアに対抗する鋼の武人

 №3・センチュリー ―― サイボーグ犯罪者を追いハイウェイを走る狩人

 №4・ディアリオ ―― 世界トップクラスの情報処理機能を持つ電脳の番人

 №5・エリオット ―― 核爆弾の直撃下でも生き残り敵を追い詰める鋼鉄の騎士

 №6・フィール ―― 万民の心に寄り添う豊かな心を持つ可憐なる戦乙女

 彼らは様々な困難にぶつかりながらも平和な市民生活を取り戻すために一歩一歩進み続けている。たとえどんなに自分たちよりも強力な存在に阻まれようとも、決して諦めることなく立ち上がり、いかなる困難も乗り越えていく。なぜなら――」

 

 ガドニックは歩みを止めた。ディンキーに肉薄しつつも見上げるように更に告げた。

 

「彼らはこの国の平和を護るための最後の担い手だからだ! 彼らは知っている。自分たちが敗北した時こそ、この国の治安が決定的に破られる時だと。暴走する科学技術に世界中が侵されている今、人間を超える存在で人間の住む世界を守れるのか否か、その使命が課されているのだと彼らは強い覚悟を持って知っている。彼らには揺るぎない覚悟がある!」

 

 強い視線がディンキーとメリッサを威圧していた。ガドニックの問いかけはなおも続いた。


「時に尋ねるが、君たちは日本上陸の際に彼らとやりあっているはずだ。その際に君の配下のマリオネットは特攻装警たちと一線交えている。そして、彼らを打ち破り、その追跡を振り切ったはずだ」


 ガドニックの口撃にメリッサはたまらず口走った。

 

「なぜ、それを知っている?」

「答える義理はないな。その代わり教えてやろう。彼らは最初の敗北によって君たちに対抗する必要性を感じたはずだ。そして、いかなる万難を排してでも貴様たちのマリオネットを打ち破るすべを見つけ出すだろう」

「馬鹿な! このビルの中に到達していたのはフィールとディアリオだけだ! 残りは地上に取り残されている! しかもフィールはジュリアによって破壊された! 地上へと廃棄された! 残る一体で何が出来る!」


 メリッサは一切の冷静さを打ち捨てて食いかかるようにガドニックへと言葉をばらまいた。だが、ガドニックはひるまなかった。

 

「マリオネットを倒すことが出来る。いかなる困難を乗り越えてでも彼らはこのビルへとたどり着くだろう。なにより、この場に君らの配下が一体も帰還していない。それこそが明確な証拠ではないのかね?」

「おのれぇぇ!!」


 感情を破裂させて一際高く叫ぶと、メリッサは左手の指をガドニックへと突き出した。そして、指先から瞬間的に電磁火花を生じさせたかと思うと、3センチほどのサイズの電気の塊――球電を生み出して、弾丸のごとく撃ち放った。

 稲妻を伴いながら球電は飛び去りガドニックの頬をかすめて行く。完全にメリッサは主人たるディンキーを差し置いて、ガドニックを攻撃し始めた。


「跪きなさい! ディンキー様の御前です! 卑しき英国人の分際で!」


 メリッサは攻撃の手を止めなかった。青白い光を放つ球電を乱射しながらガドニックを屈服させようとしていた。それでもガドニックは何か確信でもあるのかメリッサの言葉に関心を払うこともなく立ちはだかり続ける。

 今や、ガドニックの視線はメリッサへと注がれていた。まるで意図の切れたマリオネットのように沈黙し続けるディンキーに一切の関心を払うこともない。そして、ガドニックは自らの内に生じていた一つの疑問をメリッサへと突きつける。

 

「君は誰だ?」

「なにを言っている?」

「もう一度聞くぞ、君は誰だ?」


 メリッサの表情に焦りが浮かびつつあった。取り繕うようにメリッサは語る。

 

「私の名はメリッサ、ディンキー様をお守りする介護役です」

「初めて見る顔だな」

「老いて身の自由の効かなくなったディンキー様をお世話するために生み出されました」

「ならば君もマリオネットの一人だというのかね?」


 メリッサは答えない。そこに答えがあるかのごとく死守するために。慈愛に満ちた笑顔を崩し、今やその顔には怒りに歪んだ醜悪が張り付いているだけだった。メリッサは左腕をガドニックに向けると五指を広げて電磁波を放ち始める。そして、その手のひらの中に10センチほどの大きさの雷の塊を作り上げていく。

 

「跪け――」


 地獄の底より響くような声でメリッサが言った。だが、鉄の意志で一人の科学者がその暴挙を断固突き放した。

 

「断る」


 その態度と言葉にメリッサは限界を超えた。

 

「ならば――」

 

 その掌中に一際明るく輝く球電を掴んでいたが、それをガドニックに向けて振りかぶる。

 メリッサは鋭く、冷たく、無慈悲な視線でガドニックに告げるのだ。

 

「死になさい」


 メリッサがその言葉と同時に左手の光の塊を投げ放つ。そして、すさまじいばかりの電磁ノイズ音を撒き散らしながらその球電はガドニックの元へと向かうだろう。

 それはガドニックを死へと誘う光だった。それが命中すればガドニックの肉体は一瞬にして燃え上がり一切の猶予もなく命は失われるだろう。しかしそれもまた覚悟の上だった。


「おのれの意思を曲げて命乞いをするなら、私はおのれの信念と矜持に殉ずる」


 ガドニックは目を閉じなかった。ただ、眼前の光景を見つめるだけである。

 

 その時、誰も気づいていなかった。

 誰も、もう一人の彼の姿に気づいていなかった。


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