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第28話 正しきモノ/―不屈の意志―

〔これは仮定ですが、やつは拳の質量や衝撃度を制御できるようです。外見から逆算する両拳の質量ではそれだけの攻撃を行うことは出来ません〕


 にわかには信じがたい。それこそ冗談のような話だ。しかし、それよりも先にやらねばならないことがある。


〔御託はいい! それより緊急メンテナンスだ。〝強制キャリブレーション〟頼む! それと兄貴の〝強制再起動〟だ! 急げ!〕

〔了解! 強制キャリブレーション、強制再起動、実行します!〕


 遠隔でセンチュリーとアトラスの内部システムにディアリオが介入してくる。


【 特攻装警第3号機センチュリー      】

【 生命維持ベーシックロジックプログラム  】

【     外部遠隔コントロールエントリー 】

【                     】

【Entry>ディアリオ          】

【ID>APO-XJ-D001       】

【エントリーID識別完了、外部遠隔承認   】

【身体運用基幹システム           】

【         制御プログラムへアクセス】

【身体バランス制御システム         】

【        メンテナンスプログラム起動】

【コマンド:マイクロレーザージャイロ    】

【    同調制御系統強制キャリブレーション】

【>コマンド実行              】


 センチュリーには頭部と胴体と手足、合計で10個のマイクロレーザージャイロスコープが備わっている。人間で言う三半規管が全身にあるようなものだ。そのおかげで特攻装警たちは人間離れした高度な身体能力を発揮することできるようになっている。

 しかし、それらは全体で綿密かつ精密な相互フィードバックによる同調連携制御を行っている。そのため、全身各部で複数同時にジャイロスコープの動作に狂いが生じると自動補正が追いつかなくなる欠点がある。

 フィールにも同様のシステムがあるが、彼女の場合そういう事態が起きると、自動的にシステム全体に再起動がかかり、同調連携を最初からやり直しにすることで正常な状態に復帰することができる。

 しかし、センチュリーにはそれが出来ない。外部からのメンテナンスプログラムによりマイクロレーザージャイロを強制初期化再同調させるしかないのだ。


【 全マイクロレーザージャイロスコープ   】

【              強制同調完了 】

【システムモニタリング結果正常       】

【メンテナンス完了、外部接続ログアウト   】


 ディアリオによってセンチュリーの全身の狂いが修正されていく。その全てが正常範囲内に戻れば、あとはセンチュリーの意識はハッキリとして行く。


〔強制キャリブレーション完了〕

〔サンキュー、助かったぜ!〕

〔次いで、アトラス強制再起動に移ります〕


 センチュリーを終えアトラスへと接続する。しかるのちにアトラスの基幹システムへと接続していく。


【 特攻装警第1号機アトラス        】

【 生命維持ベーシックロジックプログラム  】

【     外部遠隔コントロールエントリー 】

【                     】

【Entry>ディアリオ          】

【ID>APO-XJ-D001       】

【エントリーID識別完了、外部遠隔承認   】

【生命基幹システムアクセス         】

【基幹システムバックアップバッテリー残量確認】

【             <残量、73%>】

【メイン動力炉制御システム         】

【           メンテナンスアクセス】

【動力炉全システム高速チェック       】

【メイン動力炉               】

【レーザーイグニッションセクション     】

【          <ステータス:エラー>】

【リアクター内部回路プログラム予備系統起動 】

【  レーザーイグニッションセクション再起動】

【リアクター再起動成功           】

【メイン動力炉制御システム再チェック    】

【      <ステータス:オールグリーン>】

【全システム再起動可能           】

【生命維持ベーシックロジックプログラム   】

【システム再起動シークエンススタート    】

【全機能回復予定、54秒後         】


 ディアリオによる遠隔メンテナンス作業は終了した。

 それと同時に機能をある程度回復させたセンチュリーと、再起動プロセスを終了して復帰したフィールがゆっくりと立ち上がる。センチュリーは頭を軽く振り、フィールもまた気分を確かめるかのように額に手を当てて軽く深呼吸している。


「痛ったぁ――」


 フィールは、痛みを口にしながら額に手を当てている。ベルトコーネにコンクリート塊をぶち当てられたところを確かめているようだ。


「大丈夫か? フィール」


 同じく身体バランスを補正しなおしたセンチュリーも立ち上がっていた。彼の方はハードウェア面では大きな損傷は無かったようだ。


「うん、なんとか――」


 兄の心配にフィールは笑顔で答える。その彼女に傍らのエリオットが不安げに問いかける。


「フィール、額に傷が」

「あぁ、大丈夫。内部には損傷は少ないから。傷はしのぶさんたちに治してもらうし。それより――、コンクリート投げつけられただけで意識がすっ飛んだなんて初めてよ。何なのあれ?」


 不満気なフィールにセンチュリーが言う。


「全くだ。パンチ一発で立てなくなるなんて――」

「師匠についで二人目――か?」


 センチュリーのつぶやきに背後から語りかけた声。それは再起動を終えたアトラスだった。


「兄貴――」

「以前に一度あったろ? 大田原さんに本気の寸勁を食らって意識がすっ飛んでぶっ倒れた事が」

「あぁ、そんなこともあったけな。ただ、師匠みたいな洗練されたもんじゃねぇ。パワーと破壊力があまりに非常識なだけだ。テクニックも技量もあったもんじゃねぇ」

「それは、俺も同感だ。ただ、アイツのああ言うヒステリックな反応を読みきれなかったのも事実だ。それは間違いなく俺の失態だ」

 

 冷静に淡々と語りつつもアトラスはおのれの読みの甘さを自覚していた。反論や異論が無いのは、その場に居合わせる者たちが同じ思いを抱いていることの証でもある。そこにディアリオが語りかけてくる。


〔それについてですが――〕

〔何かわかったのか?〕


 ディアリオにアトラスが聞き返す。


〔はい、ベルトコーネの暴走について記録事例が無いか探してみました〕

〔それで見つかったのか?〕

〔はい、ありました。記録として見つかったのは3件です〕


 答えるディアリオをセンチュリーはいらだちと焦りからつい思わず責め立てた。


〔そう云うのがあるならなぜ――〕

〔しかたありませんよ。データがあったのはロシアの旧KGB――ロシア連邦保安庁FSBのテロ対策局でした。いずれの国でもディンキーの実戦データとなると軍部の諜報機関預りになりトップシークレット扱いになるんです。短時間で探れたのがFSBだけだったんです〕


 ディアリオの言葉にフィールは思わず顔面蒼白で吹き出した。


〔ちょっと、ディ兄ぃ、どこアクセスしてんのよ!〕

〔すこし危なかったですが、逆探知をされる前に通信をカットしました。追跡は振りきりましたんで大丈夫です〕

〔な、ならいいけど――〕


 いくらなんでも危ない橋にも程がある。その場の特攻装警たちはもとより、周辺でアトラスたちの会話が聞こえていた盤古隊員たちも思わず驚かざるをえない。しかし、そんな空気を断ち切るようにアトラスが口を開いた。


〔それで、何がわかった?〕


 アトラスの言葉に空気が引き締まる。周囲の意識はディアリオの声に集まった。


〔はい、ベルトコーネは戦闘が長引き、なおかつ主人たるディンキーが侮辱されたりその存在を脅かされたりすると高確率で暴走していました。おそらくベルトコーネにとってディンキーと言う人物は彼のアイデンティティの根幹を成す存在なのでしょう。

 しかし、その暴走時の被害状況の規模が大きいためいずれのケースも軍部の特殊部隊により事実は隠蔽されていたんです。確認できた3件の場合いずれも戦闘地域の軍隊相手での事例でした。市街地で暴走していないのが不思議なくらいです〕

〔一般市民の周辺では暴走は無かったのか?〕

〔はい。この件について把握している警察は世界各国どこにもありませんでした。あるいは他の国はそもそも記録自体を抹消している可能性もあります〕


 ディアリオがそう答えれば、エリオットが言葉を継ぐ。


〔どの国も自分の軍隊がたった1体のアンドロイドで壊滅させられたなんて、知られたくは無いでしょう。それに外部に露見すればディンキーの保有する戦闘力について宣伝するようなものです。テロの連携を防ぐためにも隠ぺいするよりありません〕

 

 センチュリーがさらに言葉を続ける。

 

〔国のメンツを守るためには内緒話も必要だからな。しかし、今にして思えば、アイツが体中に巻いているたくさんのベルトはこう云う時にやっこさんをふんじばるための拘束具ってわけか。暴走した時に自分自身の頭を冷やす機能はアイツにゃついてないらしいな〕


 それらの会話を締めるようにアトラスがさらに告げる。


〔いずれにせよ、あれだけの存在をこのまま放置するわけにはいかん。たとえどんなに困難でもヤツを拘束――それが無理なら破壊せねばならない。俺の拳と撃ちあって、やつの拳も砕けたことがあるんだ。けっして不可能ではないはずだ〕


 諦めは治安維持の敗北だ。特攻装警たちはその事を解っていた。この程度で諦めるような者は誰も居ない。アトラスの言葉に皆が頷いていた。センチュリーの言葉が続く。


〔なら早速、ヤツを追おうぜ。アイツが第5ブロックに向かったのは解ってるんだ。そこにアイツのご主人様ってヤツが居るはずだからな。そう言やぁディアリオ、アイツ何か叫んでたな?〕

〔たしか――〝メリッサ〟とか〕

〔ディアリオ、人名か何かはわからねぇがすぐ調べてくれ。ディンキーの周辺で〟メリッサ〟と言う名前に関するもの全部だ〕

〔頼んだぞ〕

〔了解しました。それと盤古の妻木さんからの報告ですが――〕


 ディアリオの口から出てきたのは協力関係にある盤古の大隊長の妻木の名だった。その名を耳にして全員の意識は集中する。

 

〔さらなる緊急事態です。ガドニック教授がディンキーによって拉致されました〕

〔なんだと?!〕


 驚きの声を上げたのはアトラスだ。センチュリーは苦虫を潰した顔をし、フィールは思わずその両手で口元を覆った。


〔ディンキーの配下を名乗る詳細不明の声に招かれて、不法に改造されたビル構造物を利用して別箇所へと誘導されたそうです〕

〔ディンキーが教授を直々に招いたというのか?〕

〔報告を鵜呑みにするならそうでしょう〕


 ディアリオのその言葉にセンチュリーが言った。

 

〔連れていかれたのはディンキーの所――となると〝この上〟しか考えられねぇな」


 この上――、その言葉が建築途中の第5ブロック階層を意図しているのは明らかだった。

 皆より先んじてエリオットが言った。


〔行くしかありません〕


 誰もが分かっていた言葉だったが、エリオットが自らの口で言葉にしてくれたおかげでその場に漂っていた淀んだ空気は一気に吹き飛んでいった。皆の視線がアトラスの所に集まる中、特攻装警の長男である彼は、全員に視線をくばりつつはっきりと告げる。

 

「行くぞ。第5ブロック階層」


 センチュリーが言う。

 

「あぁ」


 ディアリオも告げる。

 

〔では、私も第5ブロック階層へと向かいます。上で落ちあいましょう〕


 そしてエリオットも周囲に視線を投げつつ告げた。

 

「ならば、私たちは螺旋モノレール軌道を使いましょう。軌道を辿って上へとたどり着けるはずです」


 それは奇しくも、グラウザーがかつて辿っていった道であった。


〔では、ご武運を――〕


 ディアリオが皆にそう声をかけると、そのままネットと通信回線の向こうへと気配を消していった。

 それを確認し終えてアトラスは皆に声をかける。


「行くぞ。今度こそ、何としても、奴らを止めなければならん。一般市民のためにも、命を落としていった警察の現場隊員たちのためにもな――」


 アトラスの言葉に誰が頷くともなく自然に歩き出していた。フィールは3人の兄達のその姿を見届けると、飛行のための全装備を再起動させて静かに舞い上がっていく。


「兄ぃ! 私、先に行くね。ビルの外に一旦出て一番上の方からアプローチしてみる」

 

 飛行能力を持ったフィールは兄達とは別行動を取るつもりのようだ。彼女の声に3人が振り返る。そして、アトラスが手を上げて彼女に答えた。


「上で落ち合おう!」


 アトラスたちが外周ビルの方へと足を運べば、その先には第5ブロックへと向かっているはずのスパイラルモノレールの軌道があった。そこを歩いて行けば嫌でも第5ブロックへと辿り着くはずだ。

 そこに〝ヤツ〟が待っている。たとえ勝機がなくとも赴かねばならない。

 それが警察組織の中に生を受けたモノとして、あるべき正しい姿なのだ。

 

 そして――、最後の死地へと赴く特攻装警たちに対して、盤古隊員たちはだれが言うとも無くその右手を掲げて敬礼を示していた。

 

 

 @     @     @


 

 特攻装警たちが、各々に最後の戦いの場へと赴こうとしている今、

 その最後の戦いの場にて、メリッサは見つめていた。

 まどろみの中で彼女の主人は夢を見ている。

 だがそれはメリッサにとって、心から従いたいと思える存在ではなかった。


 それは抜け殻だった。悪意と妄執と怨念の形骸をかたどったヒトの抜け殻。それはとうの昔に地面の下で塵に帰るべき存在だったのだ。


「捨てれるものなら捨ててしまいたいものだけど――」


 不意にメリッサの眉間に皺が寄った。不快な感情が彼女の胸中に湧いている証拠だ。

 

「しっかりと最後まで役目を果たしてもらわないと」


 そして、メリッサは視線を投げかけた。この偽りの玉座の間へとたどり着くであろう者たちが現れる方向を。だが、メリッサの心はこの場には無かった。メリッサは思う。かつて彼女を大切に思っていてくれた本来の主人のことを。

 

《メリッサ――、お前だけが私の家族だ》


 それはメリッサの心のなかに刻まれた、勲章にも宝石にも等しい宝のような言葉だ。それだけが今のメリッサの意思をギリギリの所で支えている。

 

「カザロフ博士――、もうすぐ。もう少しです」


 そのかつての主人の名を口にするたびに、言い知れぬ苦痛がメリッサの心を引き裂こうとしていた。

 メリッサの主人はディンキーなどと言う悪意ではなかった。

 

「もう少しですべてが終わります。そのためにも、もう一芝居しなければ」


 そして、寂しげな憂い顔を消していくと、すべてを見通すかの様な冷ややかな視線をたたえていく。

 その言葉を聞いている者は誰も居なかった。


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