X5:特攻装警関連情報集積ルーム〔バー・アルファベット〕/危険性
ペロのその言葉に皆が言葉を失っていた。否、戸惑い呆れていたと言ったほうがいい。だがその沈黙に声を発したのは誰であろう――
「あの――」
――置いてきぼりを食らっていたベルである。
「この状況でイギリスを代表するようなすごい人が日本に来るのって、なんか狼に生肉なげてるような気がするんですけど」
いかにも素人っぽい表現だった。だがある意味核心をついた表現でもある。ミルドレッドが苦笑しつつもベルを褒めた。
「面白い表現ね。でも案外核心ついてるわ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。だって――」
ミルドレッドがキューブタイプのコンソールを操作する。そしてテーブル中央にとある構造物を表示させた。
――有明1000mビル――
完全完成時の建築高が、ちょうど1000mになる事から付けられた名称である。
「これみて」
3DCG映像により1000mビルの構造が映し出される。完全完成時の最高高さが1000m、それが4つの工期に分けられている。現在は第1工期が完成したところであり全てで12ブロックある構造の中でも第4ブロックまでが完成している。
国際サミットが開催されるのは第4ブロックである。そこに国際見本市会場としての有明スカイメッセが設置されている。ビジネスブロックも兼ねていて、多彩な国際規模のビジネス展開が可能と言うのが触れ込みだった。だが――
「この第4ブロック、完全に〝空中の孤島〟よね。万が一の事が起きたらどうやって逃げるのかしら?」
「逃げられませんよね――」
ベルが当惑しながら答えた。ミルドレッドが頷きながら続ける。
「テロリストとしては理想的な環境よ。直接殺害できなくても火事でも起こせれば高確率でダメージを与えられるだろうし」
「こりゃぁ」
ペロが頭を掻きながらぼやく。
「絶対来るねぇ、ディンキーの爺さん。こりゃ日本警察が大変だな」
「そうだね」
アーサーが同意していた。だがダンテが新たな情報を投げ込んだ。
「でもね、出処は言えないが風聞としてこの件でとある組織が動いていると言われている」
目深にかぶったチロリアンハットの下で鋭い視線が動いている。ベルが問う。
「それってなんですか?」
ベルの言葉にダンテは視線を投げつつ答えた。
「首都圏下最大規模広域暴力団・緋色会」
その言葉にベルの顔が凍る。
「ス、ステルスヤクザ?」
ダンテははっきりと頷きながら続けた。
「21世紀初頭の暴対法の施行以後、日本の犯罪組織の主流だったヤクザは大幅に弱体化を招いた。だが、一部はマフィア化し社会の地下に潜ったり、拠点を台湾やシンガポールなどの海外に移すなどして生き残りに成功した。中でも緋色会は、構成員のほぼ全てを〝企業舎弟化〟する事で暴対法における指定暴力団との認定をすり抜けた。今なお猛威を奮っていると言われているんだ」
「目に見えない存在と化したインビジブルなヤクザ――そこからステルスヤクザって呼ばれるようになったのは――ベルも知ってるよね?」
ペロが話をまとめれば、ベルもうなずいた。
「東京の繁華街でうろついてる若い子たち間でステルスヤクザを怖がらない人はいませんから」
「だろうね。今、若者たちを一番餌食にしているのは間違いなく奴らだから」
ペロがつぶやく。そしてダンテがベルに問いかけるように続けた。
「たしか、ステルスヤクザの下位組織としてこう言う連中が活躍してるのは――知っているね?」
【 資料映像: 】
【 種別:武装暴走族 】
【 条件:首都圏下にて活動している 】
【 武装暴走族の代表的映像 】
そこに描かれているのは暴走族とはいい難いような異常とも言える奇異な連中であった。ド派手なメイクやファッションは当然として、その映像の全てに映るのがサイボーグだと言う事実。それもサイボーグと一目でわかる様な露骨な武装目的の改造がほとんどである。
嫌悪し吐き捨てるようにミルドレッドが言う。
「武装暴走族――ハイテクの使い方を履き違えたクズども」
アーサーが補足する。
「首都圏下はもとより日本全国の大都市圏を中心に大小無数のチームが群雄割拠している。小規模は数人規模から大規模は千人以上――、またそのチーム間の力関係も複雑で抗争も日常茶飯事――一般市民への影響も大きいと聞く。そして――」
アーサーそこでとある人物の映像を写しだした。
【 特攻装警第3号機『センチュリー』 】
【 形式:APO‐XJ‐C001 】
【 所属:警視庁生活安全部少年犯罪課 】
「日本警察はその対抗策として彼を特別に生み出したんだ。武装暴走族対策としてね」
――そう、センチュリーである。
それを目の当たりにした時、ベルの脳裏に思い出されるものがあった。
「そう言えば――」
ベルの顔に皆の視線が集まる。
「渋谷の街で武装暴走族の人たちの間で〝ハマ〟ででかい仕事がある、って噂が流れてるんです。断片的な噂があちこちを飛び交ってる状態なんですが、つなぎ合わせて考えるとどうやら〝横浜の湾岸地区にて密輸か密入国に関わる裏の仕事〟があるようなんです」
その言葉にミルドレッドが首をかしげる。
「ちょっと断片的すぎるわね」
「すいません、ですがもう一つ――、これは〝あの人〟から直接聞いたんですが」
「あの人って?」
「センチュリーさんからです。今日は横浜で仕事をするって言ってました。詳しい内容までは教えてくれませんでしたが」
「ベルちゃん」
ベルに声をかけたのはペロだ。
「ナイスな情報、ありがとうね。若い人たちの口コミ情報ってあなどれないからね。コレまで集まった情報を組みわせるとこうなるね――
英国人狙いのおっかないテロ爺さんがサミット狙いで日本来る可能性がある。それを支援しようとしているのがステルスヤクザの代表格の緋色会、同時にステルスヤクザの使いっ走りになりそうな武装暴走族の間で横浜で裏の大仕事が予定されている。そして――」
ペロの指先はテーブル中央の空間上に投影されているセンチュリーを指さしていた。
「――その横浜に応援で向かったのがこの特攻装警イチのトラブルメーカー! ただじゃぁすまないねえ。どうする? みんな?」
そうペロが唱えれば、アーサーが言う。
「どうもこうもないさ、今は冷静に見守るだけさ」
ミルドレッドも言う。
「そうね、なにかするにしても情報不足だわ」
ダンテも告げる。
「監視と情報収集は続行しよう」
その言葉に続けたのはペロである。
「そうだね、なにより今は、彼ら〝特攻装警〟たちの可能性と実力を信じようじゃないか。彼らが〝国際規模〟の犯罪者たちにどれだけ通用するかをね」
その言葉にベルも頷かざるを得なかった。たとえどんなに大きな〝敵〟が現れたとしても――
「それを乗り切る以外にあの方たちに道はありませんから」
――それが一つの現実なのだ。
今もまた事件は進んでいく。ベルはセンチュリーの事を思い憂いている。
センチュリーは今もまた、横浜の夜の帳の下で戦っている。また無事に街角で会えるように祈らずには居られなかったのである。
















