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第28話 正しきモノ/―規格外―

「え?」


 フィールは眼前の光景に気の抜けた声を漏らした。2つのブレードはベルトコーネには当たらなかった。そればかりか、ベルトコーネから3mほどの手前の所で無慈悲にも予想外の炸裂をしてしまう。TNTを超える爆風が吹きすさぶ中、その爆風を貫いて飛んできたのは1つのコンクリート塊だ。

 人の拳程度の大きさの灰色の塊はベルトコーネが立つ位置から狙いすましたようにフィールへ向けて投げられた。回避する暇もなくそれはフィールの頭部へと命中し、彼女のシステムにエラーを生じさせた。

 飛行システムは機能不全を起こしフィールは台地の上に叩き落とされる。

 なぜ当たらなかったのか? その理由を求めて視覚の記憶をたどれば、フィールが投擲した瞬間に地面にしゃがみ込み、足元のコンクリート塊を拾い上げるベルトコーネの姿が映し出されていた。


「そんな……」


 とっさの判断、反射速度、そして、無理な姿勢からの驚異的なまでの投擲――そのいずれをとっても驚異的だった。それ以上に自分のダイヤモンドブレードを回避したのが単なるコンクリートの塊だと言う事実に愕然とせざるを得なかった。明らかに暴走しているというのに、状況に対する適応能力には驚くより他はなかった。

 フィールは目の前の事実にこう思わざるを得ない。

 

――こんなの勝てない――


 立ち上がろうとしても身体のバランスが取れない。体内の制御システムが大量のエラーメッセージを吐き出し、いかなる行動も拒否している。

 

【   体内機能モニタリングシステム    】

【    <<<緊急アラート>>>     】

【―中枢系メイン頭脳システム機能障害発生― 】

【                     】

【1:クレア頭脳              】

【    生命維持フィードバック系統機能不全】

【2:人工脊椎システム及びメイン中枢接続部 】

【     リレーショナルプログラム補正障害】

【3:身体姿勢制御マイクロレーザージャイロ 】

【   統括コントロールネットワーク連携障害】

【4:飛行機能制御システム         】

【  フィードバック障害により       】

【          全飛行装備作動障害発生】

【                     】

【全ハードウェア物理障害確認        】

【頭部中枢周辺系一部障害発生        】

【    機能維持のためのバイパス系統を確保】

【ハードウェア機能維持率93%       】

【          〔システム再起動可能〕】

【                     】

【生命維持ベーシックロジックプログラム起動 】

【システム再起動シークエンス自動スタート  】

【全機能回復予定、84秒後         】


 自動的に体内のシステムがエラー発生箇所をチェックし、ハードウェア面での破損や機能障害を洗い出す。そして、問題がないことが確認しおえると自動的に全システムを再起動した。だが、それらの手順が完了しないかぎりフィールは指一本動かせないだろう。

 フィールの視界の中、残る一人の特攻装警であるエリオットがハンドガトリングキャノンを構えて居るのが見える。

 

「無理――、逃げて」


 そうつぶやくと同時にフィールの意識はブラックアウトした。


 

 @     @     @



 エリオットに与えられた猶予時間はゼロだ。フィールが攻撃を開始するのと同時に敵への照準を開始する。

 

【 弾種選択、硬化タングステン徹甲弾へ   】


 崩壊性セラミックス弾頭から、完全な攻撃対象破壊用の特殊徹甲弾へと切り替える。人間には用いることの出来ない対機械戦闘専用の弾丸である。そして、石塊をぶち当てられたフィールが地面へと落下していくのが見えた時、その光景にエリオットは一切迷うことなくガトリングキャノンのトリガーを引いた。

 

 もうもうたる白煙を上げて硬化タングステンの弾丸がばらまかれる。攻撃する対象は無論ベルトコーネだ。あれだけの戦闘力と防御力を有するバケモノにこんな物がどれだけ通用するかはわからない。だが、たとえそうだったとしてもトリガーを緩めるわけには行かなかった。

 

――俺は警察だ、敵の行動を阻止し市民を護ることがその存在意義だ――


 内心に秘めていたのはエリオットが警備部での任務の中で得た確信とプライドだった。

 そして同時に――

 

――警察であること、それが俺の生きがいだ――


 アンドロイドとして、その生きるあり方すらも定められて生まれてきた者として、それは絶対に譲ることのできない最後の一線だ。

 

「倒れろ」


 認められない。認められるわけがない。ここまでふざけた存在を。ここまで悪意と暴力とで切り取った様な存在を。

 

「倒れろ!」


 認めてしまえば自分自身の中の何かが折れてしまう。エリオットは確信している。折れてはいけない。自分は社会の治安を護るためには絶対に折れてはならない存在なのだと。


「倒れろおお!!」


 トリガーを引くエリオットの口からはいつしか叫び声が飛び出していた。アトラスはおろかフィールまで倒れた今となっては、それはエリオットの祈りにも等しい叫びであった。


「倒れろおおぉぉォォオッ!!」

 

 かたや――

 ベルトコーネは立ち止まらざるを得なかった。エリオットがガトリングキャノンから放つ硬化タングステンの弾丸の群れは、精密な照準により正確にベルトコーネの頭部を狙ってきていた。それを両腕を眼前で交差させて受け止めているが、ほんの僅かでも腕を動かせば顔面に命中させるだろう。

 ほんのわずかずつであるが、エリオットの執念がこもったその黒い色の弾丸は、ベルトコーネの体表を僅かづつ削り取りつつあった。

 

「ぐううぅぅぅぅ――」


 ベルトコーネの喉から引くくぐもった声がする。理性のない唸りにも似た声だ。その声を出しつつ、ベルトコーネはエリオットの弾丸を受け止めつつ、両足をかがめて低い姿勢を取っていく。それは脚部全体に力を込めているようであり、何かを仕掛けるための予備動作のようでもある。

 

――ヤツめ、何をする気だ?――


 エリオットは、ベルトコーネの動きに警戒する。しかし、エリオットが放つ弾丸がベルトコーネの両腕の表皮を完全に抉り、内部の体組織を露出し始めた今、あと少しの所で敵の防御を突破できる所まで来ている。

 エリオットは敵の行動の先を読んで、ヤツが跳躍するのだろうと考えていた。ガトリングキャノンの射線を外す動きでこちらの攻撃を回避するのだろうと。

 それならば指向性放電攻撃で対空迎撃するまでだ。右に左に横方向へと交わしたとしても同じことである。押し負ける直前で理にかなわない咄嗟の行動を取るのは犯罪者にはよくあることである。そう考えていた矢先、エリオットは敵の思わぬ行動に状況を覆される事となる。

 

「終わりだ! ベルトコーネ!」


 そう叫んで残る弾丸を一気に叩きこもうとしたその時だ。

 

【 ハンドガトリングキャノン・警告アラート 】

【 銃身異常加熱、クールダウン要求     】


 エリオットの視界の片隅にガトリングキャノンの使用警告が表示された。過剰な連続発射により思わぬ異常加熱トラブルが発生したためだ。機関銃やガトリングの類は発射を続ければ徐々にその温度は上がっていく。あまりに高く加熱した場合には故障したり暴発したりする可能性もある。


 エリオットはこのアラートに気づいた時、普段の訓練で染み付いたクセにより、無意識にトリガーを引く力を緩めてしまった。それは警察としても戦闘アンドロイドとしても致し方のないことだ。しかし、それを逃すベルトコーネでは無い。

 それは時間にして、ほんの0.5秒足らず。しかし、エリオットからの攻撃に対して防戦一方だったベルトコーネが本能からの行動で反撃するには必要十分な時間だ。


 防御のためにクロスさせた両腕を解くと両腕を引く。そして、路面上へと向けて轟音を伴ってその2つの拳を叩きつける。

 爆音が鳴り響き、人工の台地が亀裂を生じる。そして、小規模なクレーターのようにめくり上がりベルトコーネの姿はその向こう側へと消えていった。


「しまった!」


 エリオットが焦りの声を上げるがもう遅かった。それは南本牧の逃走の再現である。一瞬の隙をつきベルトコーネは自らの姿を敵から隠す事に成功していた。慌てて駆け出し、そのクレーターの如き破壊現場のところへとたどり着くが、そこにはすでに敵の姿はどこにもなかった。


「どこだ!」


 周囲を見回し頭上も仰ぎ見る。第4ブロックを取り囲む外周ビルへも視線を巡らせるが、その一ヶ所に異変を見つけることとなった。ガラスが割れている。それも壁ごと大きく砕かれている。ヤツがあそこから脱出に成功したのは明らかだった。

 完全に力で押し切られ、出し抜かれた。


〔ディアリオ! 聞こえるか!〕


 ディアリオには弟のエリオットが珍しく狼狽しているのがわかる。いつも冷徹で、特に戦闘時にはメンタルを露わにしないはずの彼が感情を露わにしていた。


〔はい、聞こえています〕

〔敵はどこに行った?〕

〔先程からこちらでモニターしていましたが、跳躍してその場から一気に離脱。外周ビルへと侵入し、その中を上昇しています。おそらく第5ブロックを目指しているものかと〕

〔第5ブロックか〕

〔はい、今までの色々な状況データから考えるに第5ブロック内に首謀者が潜んでいるものと思われます〕

 

 ディアリオとエリオットがそんなやり取りをしている最中、地面に伏していたセンチュリーが目を覚ました。両手を地面につき震えながらその体を起こそうとしている。


「センチュリー!」

〔センチュリー兄さん!〕


 上体起こし立ち上がろうとするが、体を立ち直せずにそのまま仰向けに倒れこんでしまう。明らかに身体のバランスを保てなくなっている。



【   体内機能モニタリングシステム    】

【    <<<緊急アラート>>>     】

【                     】

【体内バランサー機構、エラー発生      】

【自動補正限界突破             】

【自動自己補正不可能            】

【外部緊急メンテナンス<リクエスト>    】


 視界の中に映るエラーメッセージを目の当たりにしながら悪態をついた。


「畜生! バランサーが!」


 それでも立ち上がろうとするがセンチュリーの体はどうにもならなかった。

 そもそも、アトラスを始めとして、特攻装警たちの基本構造として超小型のレーザー式のバランサージャイロが全身各部に備えられている。生身の人間のように両耳の三半規管だけでなく、全身各部に何箇所もだ。

 世代的にフィールはバランサージャイロに狂いが生じた場合、自動的に補正がかかるが、センチュリーはそこまでの自己修復機能は無かった。狂いのレベルが大きい場合には外部からのメンテナンス支援が必要となるのだ。


〔兄さん!〕


 センチュリーの身を案じたディアリオが語りかけてくる。その声にセンチュリーは求めた。


〔ディアリオ、兄貴とフィールはどうなってる?〕

〔フィールは自動的に再起動がかかりました。あと7秒ほどで再起動完了します。アトラス兄さんはシステムダウンしています。メイン動力が停止した模様です〕

〔アイツの拳の一撃でか?〕

〔はい、メイン動力のマイクロ核融合炉のレーザー点火回路を衝撃だけで停止させてしまったようです〕

〔なんの冗談だよ。それ――〕


 センチュリーは思わず吹き出しそうになる。バカバカしいにも程がある。


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