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第28話 正しきモノ/―暴走―

「俺はこのまま上層階のディンキー本人の存在を確認してくる」


 後の事を盤古隊員たちに任せるとアトラスはショットガンを手に歩き出す。進む先にはコナンとの戦いを終えたセンチュリーが居る。頭上にはフィールが飛翔しながら第4ブロック階層の状況確認をしていたところだ。エリオットも戦闘の後始末なのか電撃攻撃により無力化した武装警官部隊の隊員たちの救助と回収をアシストしている。

 見ればセンチュリーもまた死闘を終えた様子がその表情から垣間見えている。

 アトラスはその胸中に抱いた怒りはなおも消えては居なかった。だが、これで一定の集束を迎えると思うと安堵する物もある。死傷者は防ぎきれなかったが、来賓のVIPたちが無事だっただけでも良しとする他はない。

 センチュリーに歩み寄り声をかけようとする。

 

「センチュ――」


 だが、その言葉の先を口にすることは出来なかった。

 奇妙な飛来物がアトラスの背中に投げつけられたためである。

 それは人間の身体とほぼ同等の大きさだった。無警戒だったアトラスの背中めがけてぶち当てられたそれは――〝血まみれ〟だった。


 驚き背後を振り返れば、アトラスの足元に転がっていたのは、一人の標準武装タイプの盤古隊員の“遺体”だった。右腕が肩から千切れ、頭部のヘルメットも半壊している。到底生きているとは思えないありさまである。

 

「何が――!?」


 慌てて振り返ればアトラスがそこに見た物に、己の選択が誤りであったことを悟る。

 アトラスの傍らに駆け寄ってきたセンチュリーが叫ぶ。

 

「マジかよ?! なんであそこから立ち上がれるんだよ!?」


 第4ブロック内で飛行していたフィールが降りてくる。

 

「そんな――、最強クラスの単分子ワイヤー使ったんでしょ? なんであれが千切れるの?」


 単分子ワイヤーの取り扱いならフィールに敵うものはない。それだけに眼前の光景に合点がいかないのだ。

 その時アトラスたちに対してエリオットから無線で入感があった。

 

〔エリオットよりアトラスへ〕

〔アトラスだ〕

〔援護射撃できません。生き残りの盤古隊員が一名人質に取られています〕

〔そのようだな〕


 見れば仁王立ちになっているベルトコーネの右手には一名の盤古隊員が首筋を掴まれ捕らえられていた。半死半生であり意識はすでにない。その他の盤古隊員たちはなすすべなく逃走するより他ない状況だ。エリオットの言葉通り、この状況でベルトコーネに加えられる攻撃手段は存在しなかった。

 ベルトコーネの瞳の光が消えている。人としての生気のない狂える者の目がアトラスを凝視している。その右手に握った人質を引きずりつつベルトコーネが一歩一歩歩き出す。その歩みの中、ベルトコーネは怒りを込めて叫んだのだ。


「メリッサァァァア!!」


 それが何を意味するのか分かる者は皆無だ。ただ、単なる怒りの雄叫びではないことは確かだ。

 アトラスは睨み返す、一度は調伏したはずの破壊魔を。

 だが、ベルトコーネの無力化ははじめからやり直しであり一度目と同じアプローチは通じないだろう。アトラスは今、自分が最後の詰めを致命的に誤ったことを悟っていた。立ちすくむアトラスに、センチュリーはその背後から声をかけようとする。

 

「兄貴、なんとかして人質を――」


 しかし、その声を聞き終えることなくアトラスは駆け出していた。両拳からパルサーブレードを飛び出させると、全速で駆け出しつつ両踵のダッシュホイールも駆使して一気に間合いを詰める。


「兄貴!」


 アトラスの耳には背後からの弟の声も耳に入らなかった。ただ、その胸中にあるのは巨大な自責の念だけである。

 センチュリーは遠ざかるアトラスの背中を見つめながら傍らのフィールに語りかける。


「援護だ! ありったけのスローイングナイフで牽制だ!」

「え? でも人質が!?」

「さっさとしろ!! その人質もコレみたいにされてぇのか!!」


 戸惑うフィールにセンチュリーが怒声で一喝する。センチュリーが視線で指し示した先には引きちぎられ損壊した遺体が転がっていた。


「!」


 その光景が意味するものを即座に理解するとフィールもまた無言のまま上空へと飛翔していく。

 それを確認しつつセンチュリーはエリオットへと指示を出す。


〔エリオット! 電磁波妨害煙幕だ! 敵の視聴覚を阻害しろ!〕

〔了解!〕


 そして、それと当時にセンチュリーは両腰に下げた二丁のオートマチック拳銃を取出し一気にかけ出した。エリオットが放った特殊煙幕が立ち込めていく。視界がきかなくなり電磁波妨害がレーダーすらも無効化していく。音と気配と勘だけが支配する状況下で先んじてベルトコーネに襲いかかったのはフィールのスローイングナイフだ。

 エリオットの煙幕が立ち込めきる直前に、フィールはダイヤモンドブレードを左右合計で6本取出して朧気なシルエットだけを頼りにベルトコーネへと攻撃を加えた。攻めるポイントは左腕の上腕部。人質を捕らえているその腕を破壊するためだ。ロケットブースターによる誘導制御も加えてピンポイントでナイフの軌道をコントロールした。


 同時に、アトラスのパルサーブレードが空を切り、ベルトコーネの左腕にさらなる攻撃を加える。鈍い衝撃が伝わり、人質とベルトコーネの切り離しは成功したかに思えた――


「なに?!」


 アトラスが驚きの声を漏らす。ベルトコーネがその手に捉えていた人質をあっさりと手放したのだ。

 幽鬼のように体軸を僅かにずらすとフィールの放ったダイヤモンドブレードを簡単に回避する。そして、アトラスのパルサーブレードを左腕の軽く一振りで弾き返すと、ノーモーションで下から上へと繰り出された右の拳をアトラスのボディへと撃ち込んでいく。

 駆け引きと呼べるようなものは存在しない。ただ、敵が見せた挙動の隙へと力任せに攻撃をねじり込むだけだ。

 そして、轟音がアトラスの腹部のあたりで鳴り響いた。それは戦車の装甲に砲弾が撃ち込まれたかのような異音だ。グリズリーとデルタエリート、2丁のオートマチックマグナムを構えて狙いを定めようとしていたセンチュリーだったが、その異様さに思わず攻撃の手を躊躇せざるを得ない。


「なんだ?」


 センチュリーなら判る。兄であるアトラスが対等に拳技で決着をつけようとしていた相手だ。本来なら洗練された拳闘の体捌きを持っているはずだ。だが、今この一瞬で繰り出された一撃には一切の格闘センスは存在していなかった。

 次の瞬間、路面の上にアトラスのチタンボディが倒れた。まるでヒューズが飛んで電源が落ちたかのように力なく倒れるその姿は、あまりに衝撃的だった。そのあまりに非常識な光景に、常に冷静さを崩さないはずのエリオットがつぶやいていた。


「馬鹿な――」


 普段、感情を露わにして振る舞うセンチュリーが一切の感情を消して通信する。


〔ディアリオ、緊急状況分析――〕


 全身を貫く危機感にフィールが思いの丈の感情を込めて叫ぶ。


「みんな! 逃げて!」


 フィールの叫びがこだますると同時に、ベルトコーネは傍らに存在した物を左手で掴みとる。

 それは緑地帯の花壇を構成する巨大なコンクリートブロックだったが、長さ2mはあろうかと言うそれを何の苦もなく持ち上げて振りかぶった。そして、それまでベルトコーネに銃火を向けていた盤古隊員の一団へと勢い良く投げつける。同時に右足を踏み出すと弾丸のように飛び出し、センチュリーとの間合いを瞬時に詰めてくる。


 ジョークを叩く暇も無い。

 咄嗟に引き金を引いて10ミリ弾と357マグナム弾を叩き込むが対アンドロイド用の徹甲弾を打ち込んでもベルトコーネの行動に何ら変化は見られない。

 それは洗練された武術家の動きでは無かった。むしろ、野獣のようなけたたましいまでの疾走だった。体当たりすら辞さない勢いで、ベルトコーネはセンチュリーへと一気に肉薄した。

 構えと間合いを取る暇もなく、センチュリーはその土手っ腹にベルトコーネの右膝の蹴りをまともに食らった。衝撃がセンチュリーの全身を撃ち抜き、それまでに体験したことのない不快な苦痛がセンチュリーの体内システムを狂わせる。


「嘘だ――ろ――」

  

 そうつぶやきつつ、膝をつかずに立っているのがやっとだった。瞬間的に敵の身体をその目で確かめるが確かにセンチュリーが撃ちはなった弾丸はベルトコーネの肉体を貫いているのだ。だが、それが致命的なダメージを与えているようには到底思えなかった。

 何が起きているのか判断する暇もなく、ベルトコーネの右腕が左から右へと横一旋されてセンチュリーの頭部を打ちのめしセンチュリー自身を吹き飛ばしたのだ。

 

「アト兄ぃ、セン兄ぃ――」


 退避のため上空へと離れていたフィールだったが、戦慄と恐怖をその全身で感じずには居られなかった。眼前の2人の兄は特攻装警きっての武闘派であり肉弾白兵戦闘では日本警察内ではその右に出るものは居ないはずだ。だが、それが大人にあやされる児戯のようにいとも簡単にねじ伏せられたのだ。

 単分子ワイヤーが効かないのは明白だった。銃弾も電磁波もどれほどの影響を与えられるか分かったものではない。今、眼下では蜘蛛の子を散らしたように盤古隊員たちが一斉に逃げているのがせめてもの幸いだった。選べる手段は限られている。フィールは迷うことなく残されていたダイヤモンドブレードの中から2つの特別な物を選び出した。

  

 俯瞰で見下ろせば、今この瞬間、ベルトコーネの周囲には特攻装警以外は誰もいない。フィールとの間合いも二十mくらいは離れている。人質となっていた生存者もベルトコーネとは離れた位置に倒れている。今、攻撃するには最大のチャンスだ。

 両手のひらに収まった2本のダイヤモンドブレード。その先端には布平たちが仕込んでおいた電子励起爆薬が装填されている。

 フィールの両腕がしなやかに動き、眼下のベルトコーネに向けて緩やかな弧を描きながら投げ放たれる。ブレードが飛翔して攻撃目標へと向かう――

 

 ――はずだった。


 しかし、その光景は意図も簡単に覆される。


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