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第26話 天空のコロッセオⅦ/―鬼師匠―

 それは南本牧での戦闘から過ぎた4日後のことであった。


 コナンの凶刃によって切断された腕の修復を終えセンチュリーはある人物の元へとむかっていた。


「来たか、未熟者」


 その長い白髪に白いアゴ髭の人物は武術の道場でセンチュリーの到着を待っていた。笑顔で明るく笑いながらセンチュリーを出迎えてくれたが視線は鋭い眼光をたたえたままだ。

 上下とも純白の袴姿のその人物はいかにも好々爺と言った風情であったが、センチュリーを迎える際の立ち振舞は、その歩く際の足運びに至るまで一切の無駄を削ぎ落した洗練されたものであった。


「申し訳ありません――師匠」


 作りなおされた右腕も真新しいセンチュリーは道場の中に入るなり、正座すると師匠の前で土下座をする。冗談めかしてふざける事の多いセンチュリーに似つかわしくない極めて真面目な所作である。


 今、センチュリーの眼前に座している人物はセンチュリーの格闘技の師匠であり、第2科警研の呉川とともにセンチュリーの開発に関わった人物だ。優れた武術家であり格闘技の研究家でもあり、そして、古今東西の様々な武術を機械的な人体工学として解析することを研究課題としている。今年で齢七〇を超えるが老人然としたところは垣間見ることすら無い。老いてなお意気軒昂であり、あと三〇年は現役で行けそうな雰囲気すらある。

 彼の名は『大田原 国包(おおたわら くにかね)』――、現在もなお第二科警研で特攻装警の格闘技技術の指導教官として係る人物である。

 大田原は、そんなセンチュリーを見下ろしながらセンチュリーに問いただす。


「なぜ負けたかわかるか?」


 簡素でストレートな問いかけだった。しかしそれに対して答えられる言葉を、その時のセンチュリーは持ちえていなかった。

 無論、コナンの凶刃の下に伏したあの時から頭を離れたことのない疑問ではある。思案に思案を重ねていたが、どうしても答えを導き出すことが出来なかった。もとよりセンチュリーは理論や理屈で行動を成せるタイプではない。感覚とセンスであらゆる事を乗り切るタイプだ。


「分かりません」


 己の師匠の前では絶対に口にしたくない言葉であったが、センチュリーは屈辱と己自身への嫌悪を飲み込んで、あえて師匠にそう答えた。

 センチュリーのその言葉に彼の師匠の顔から笑顔が消えた。


「立て、センチュリー」


 センチュリーは師の言葉に従い速やかに立ち上がる。


「構えろ」

「はい」


 師の言葉に従い正拳を構える。右腕を前に、左腕を腰だめにした構えだ。


「全力で来い。ワシを殺すつもりでだ」


 その言葉にセンチュリーの顔に迷いが浮かぶ。

 

「どうした? 〝自分の鋼の拳では師匠を傷つけてしまう〟――とでも思ったのか?」


 図星だった。しかし、センチュリーが師の言葉に迷いを見せている間に、センチュリーの体は一瞬にして宙を大きく舞った。

 成人男性よりも遙かに重いはずのセンチュリーのそのガタイを、彼の師である白髪の老人はいとも簡単に木っ端のごとく投げ放った。一瞬にしてセンチュリーの間合いに入り込むと、当て身と蹴りと投げを同時に行ったのだ。そして、センチュリーを4mほどの距離を転げまわらせると再びセンチュリーに向かいあう。


「お前が仕掛けてこんのならそれでも構わん。敵に遅れをとる馬鹿弟子なぞ、ワシ自身の手で引導を渡してやる」


 投げられ転げまわりつつ、どうにか立ち上がったセンチュリーだったが、再び構えを取る前に瞬時に間合いを詰められ、再び肉薄してきた師匠に強烈な掌底突きの連撃を見舞われることになる。胴体をめった打ちにされてセンチュリーの体内循環は一瞬にして狂いを生じた。意識が飛びそうになるのをどうにかこらえると今度ばかりは膝を突かずに踏ん張り立ちつつけることが出来た。


(殺される!)


 その拳から伝わる衝撃に、センチュリーは己の師匠の本気を見た。

 思えばそれまで、武術の型の習得と制限したフルコンタクトは行ったことが遭ったが、生死ぎりぎりの掛け値なしの本気の拳はついぞ、いままで見たことがなかった。

 それについては、今までの任務ではそれで十分だったしセンチュリー自身もその必要性を感じたこともなかった。なにより師匠は〝生身〟であり、センチュリーは鋼の〝人工物〟だ。本気でぶつかり合えば師匠とてどうなるか分かったものではない。そう言った構造の違いからだと信じて疑わなかったのだが――

 

 今宵、それが間違いであったことを思い知らされることになる。


 投げから掌底突きへと続いた攻撃の次は、下からの肘によるかちあげだった。センチュリーの喉元とアゴを狙い。両肘で瞬時の連撃を食らわせる。頭部を完全に上へと跳ね上げるとがら空きになった胴体を狙って師匠の右掌がセンチュリーのみぞおち――、胸骨の真下の辺りに密着する。


 一瞬、時間が間延びしたみたいにスローになり、センチュリーはその時の師匠の顔を間近で見下すこととなった。


『鬼』


 一言で形容するならまさにそれだった。凄まじいばかりの憤怒の形相の師を前にして、センチュリーは生まれて初めて『死』を覚悟した。武装した犯罪者でも、違法アンドロイドでもない。ただの生身の老人にである。

 何の間合いも対応も取れぬセンチュリーに肉薄しつつ、師は両足を前後に広げて両足を踏ん張ると、その全身にみなぎらせた力を右の掌で一気に開放する。

 拳撃でもない

 蹴りでもない

 生まれて初めて味わう魂の奥底にまで突き抜けるような深い――何よりも深い力を宿した一撃だ。

 それがセンチュリーの肉体の真芯を打ち砕くかのような勢いで突き抜けていく。

 その時点でセンチュリーの意識は途切れた。再び意識を取り戻すのは二日後の事であった。



 ― ― ― ―――――――――――



 一般通信回線で聞き慣れた声がする。エリオットだ。


「やーっと、来やがったな?」


 センチュリーは背後の守りとして盤古たちの聖鎧の暴走を任せられる存在が漸くに訪れたことに気付いた。

 これでいい。これでこの戦いでやるべきことに専念できる。

 向かうべきは第4ブロックの東側、そこにアイツが居る。

 ディンキー・アンカーソン配下のマリオットの1体。日本刀剣技を駆使して大量殺戮を行う違法アンドロイド。その剣呑なアンドロイドがこの第4ブロックの空間へと姿を現している。

 それは一人の和装の男性である。

 血しぶきが染み込んだ濃紺の袴姿。プラチナブロンドの和装姿の白人男性。一見すると生身の人間のようだが、体の各部を見るとそれが人間のものとは異なる人工的な物であるのが見て取れる。

 センチュリーは足早に駆けると自らの視界の中にその者の姿を捉えると即座に臨戦態勢へと、その身を集中させる。

 そして今、その和装の武人は、センチュリーの視界の中で左腰に手挟んだ刀の鯉口を切ろうとしていた。


 その男はかつて、センチュリーの右腕を切り落としていた。

 神がかりなまでの居合抜刀でセンチュリーの正拳を真っ向から両断していた。

 彼の名はコナン、ディンキー・アンカーソンの配下のマリオネットの1体――


 そのコナンは――

 その刀をこのフロアにて立ち回っている日本警察の武装警官たちへと向けるつもりで鯉口を切ろうとしていた。しかし、それを遮るように割り込んできた一人の男の姿がある。

 コナンはその者の名を知らない。知る必要も感じていなかったし、知ったところで何の意味もない。彼は自らが惨殺した者たちを逐一記憶することもないのだ。

 だが、その者は再び、彼の前に姿を現した。

 しかもだ。

 その姿を一瞥しただけで、一月前のあの時より、何かが変わっているのが感じ取れる。

 だとしても、

 変わることはなにもない。今度もその者を斬るだけだ。

 コナンは声を発しなかった。敵であるセンチュリーに対して問いかけもしなかった。


 遮るものは等しくすべて斬る。


 それがコナンの行動原則の全てである。

 コナンは鯉口を切ったその刀を静かに抜刀していた。


 かたや――

 

 センチュリーのその右足が弾き上がる。それと同時に両踵のダッシュ用ローラーに火を入れると弾き飛ぶ様に駆け出していく。両足で駆け抜けつつ、ダッシュローラーの推進力を加えてコナンとの間合いを一気に詰めていく。そして、その両腕を引き絞ると両腕の前腕の内部に備わった3列2組の電磁シリンダーに最大級のパワーを瞬時に蓄積して行く。

 センチュリーは両方の腕を腰の脇に引き絞る。狙いはコナンの最初の一撃である。


 片やコナンは抜刀した刀に両手を添えると、一度正眼に構えそれを左肩の方へ真横に振りかぶる。同じくして両足を大きく開いて極度に低い構えを取ると、同時に彼の口から放たれたのは気合一閃、空間を引き裂くような怪鳥の如き叫びである。


「きぃぃええええーーーーーっ!!!」


 横一文字に薙ぎ払われたその刀は、やや斜め下方向に空を切り、床面のコンクリートや鋼材を一気に切り裂いて粉砕し、それを飛礫のごとく爆散させる。それは弾雨のごとくセンチュリーへと襲いかかる。


 センチュリーは眼前に飛来してくる、それらの礫の群れに対して、力を蓄えたつの拳を勢い良く突き立てた。センチュリーのそれは、左右双方の拳がまったく異なる位相で2つの衝撃波を放った。そして、襲い来る石礫や鉄破片を粉砕し弾き飛ばすと、おのれの体一つを通らせるだけの突破口をこじ開けていく。


 今、センチュリーとコナン、二人の視界の中には互いの姿しか無かった。

 センチュリーは視界の中に決して相容れない殺人者の姿を捉えてひときわ高く叫んだ。


「コナーーンッ!!」


 コナンは己の名を呼ばれた事がなにより耳障りだった。


「――――!!」


 その奥歯からアゴが砕けるのではと思われるほどの歯ぎしりを響かせると第二撃へと備えた。

 センチュリーは左腕を突き出しぎみに構え、右腕を腰だめに添える。激しい足音を立てるその両脚は、速度を上げつつも、低い軌道で安定して疾駆する。

 

 対するコナンは、身構えて突入してくるセンチュリーのその姿を前にして数歩ほど進み出る。

 コナンはセンチュリーの挙動を、じっと冷静に注視している。そして、左手を左腰の鞘に添えて己の刀をそこへと納めていく。

 鋭い洗練された一条の視線が迫り来る敵を射抜いている。対するセンチュリーは一切の恐れを見せずに敵の間合いの真っ只中へと一気に踏み込んでいった。


 牽制などは、始めから無かった。ただ一撃のみ。


 センチュリーは、己れの中に内在する静かな怒りの声を引き金に戦闘本能を全開にする。


 対するコナンの右手には左腰にと納められた大刀がある。握りだけでも1尺半、全体の大きさとしては野太刀のそれに近い。居合抜刀を常とするのなら、長さ二尺半程度の打刀の範疇にある物が常とされているが、野太刀並みの大刀を自在に操るコナンの技量は、今、この場でこの目で目の当たりにしたとしても、もはや神業という他はない。

 

 コナンは、その一太刀の確実な斬撃を狙うためにも、最も得意とする抜刀居合を決めようと再び納刀する。


(――来る――!)


 時は来たれり!

 

 コナンのその居合抜刀の必殺の構えを前にして、センチュリーはもはや引くことの出来ないその瞬間が来たのだと理屈ではなく本能で悟った。

 そして、その脳裏の中に瞬間的に、師匠である大田原より加えられた、あの死を覚悟させられた必殺の一撃の瞬間をその脳裏に思い起こさずには居られなかったのである。


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