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第25話 天空のコロッセオⅥ/―電脳の守護者―

 別箇所で放送を聞いていた布平班の面々もディアリオの言葉を耳にして各々に語り始めた。


「分散意識体?――って、なんやの?」


 一ノ原が問えば五条が答えを告げる。


「数多く無数に存在する個別の構成要素の連携で成り立つ人工意識体――ってところね」


 桐原が更に補足する。


「AIの研究開発の過程で考えられていたものね。昔、ネットワーク空間上での高度な意識体を開発する研究としてドイツの研究所で行われたけど、研究施設の外へと流出する事故を起こしてすぐに抹消されたはずよ」


 桐原の言葉に布平が言った。


「消えずに残ってたのね。テロリストの仲間にまで落ちぶれて」


 それは多分にして憐憫と侮蔑を含む言葉だった。適切に生み出されれば人間を幸せにすることも可能だったろう。しかし、どんなに優れたテクノロジーであっても自ら犯罪に加担するものなどなんの意味もない。

 

「それが、ようやく駆除が完了するってわけね」


 取り返せない過ちもある。布平たちはそれ以上は何も語らなかった。



 ディアリオが粛々とプロセスを進める中――ガルディノの言葉がディアリオに向けて投げられた。


〔ま、待て、話しあおう――〕


 ディアリオは答えない。


〔僕の持つ能力と、君の能力、全てを合わせればこの世の全てすら手にすることができる! 悪い話じゃないはずだ!〕


 否、答えないのではない。あまりにテンプレ通りの犯罪者的な口ぶりに、呆れ果てているのだ。


〔ディアリオ!〕


 それでもなおガルディノはディアリオにすがるように声をかけてくる。しかし頭を下げて己の非を詫びるような素振りは微塵もなかった。もう限界だった。

 黙らせよう。この〝異物〟を。

 ディアリオが言葉を吐く。落ち着いた口調で。不気味なまでに冷静な口調で。


〔私はあなたについて調べあげました。その結果、13件の旅客機墜落事故にあなたの分散意識体の構成要素の痕跡を確認しました〕


 当然ながらガルディノとディアリオの会話はマリオネットたちやディンキーやメリッサにも聞こえている。


〔その13件の内の10件は英国とは無関係、そして1件はアイルランド国籍の航空会社のものでした。さらにはこれらの旅客機墜落事故にはディンキー・アンカーソンの意思は全く介在していない。あなた個人の独断によるものだ〕


 今、アトラスと対峙して立っているベルトコーネの耳もそれは聞こえていた。言葉少なく黙して語らない彼だったが、静かな怒りを持ってガルディノの事を思い馳せていることは、その視線と表情から明らかだった。

 

〔ガルディノ、あなたはあなたの主人であるディンキー・アンカーソンの思想とはもはやかけ離れてしまっている。違いますか?〕


 今、センチュリーと戦っていたコナンもまた、想像だにしなかった仲間の背信行為を耳にして、動揺を隠しきれていない。


〔あなたは己の能力に酔っている。己の能力を過信している。そして、己の能力が現実世界に及ぼす影響に歓びすら感じている。今のあなたには〝理性のかけら〟すら感じられない。すなわち、今のあなたはテクノロジーと言う快楽にハマったジャンキーに過ぎない〕


 メリッサはこれらのやり取りを耳にしても何の表情の変化も見せようとはしなかった。見切りをつけたのか、あるいはいずれがこのような時が来ることをすでに解っていたかのようでもあった。


〔き、貴様ぁ!〕

〔終わりです。あなたの主人の名を汚したくないのならこの世から消え去りなさい 〕

〔ディアリオーーーッ!!〕


 ディアリオが畳み掛ける言葉にガルディノの絶叫がこだました。

 それを全く意に介さずにディアリオは最後のコマンドを実行する。


【 対応行動モード『追跡/抹消』      】

【 ルコサイト、活動開始          】


〔俺は! 最強の! さ、さささ――――い、ききき! 電脳ぅぉぉぃ――ギーーービュ――!――――――――!!――――――――――〕


――ブッ!――


 ディアリオがルコサイトを活動させた瞬間、ネットワーク空間に張り巡らされていたガルディノの意識は一瞬にして断ち切られた。人として認識できる言葉はもう吐き出せない。無様で耳障りなノイズだけを残してガルディノと呼ばれたプログラムはネットワーク空間から消滅したのだ。

 ディアリオがネットワーク空間をサーチして、かつてガルディノだった構成要素の痕跡をチェックする。そして、すくなくともこの有明1000mとその周辺エリアからは何も発見はされなかった。


〔排除対象消滅確認。当該任務完了。現時刻を持って日本国内の全通信ネットワークへの大規模強制介入を解除する〕


 明確に宣言すると必要な通信制御コマンドを発信して、ビルの基幹システムにつないでいたケーブルを外す。そして、その場から立ち去りながらディアリオはこう告げたのだ。


「私は警察、あなたは犯罪者、交渉の余地は初めからありません」


 ディアリオの足はビルの第4ブロックと第5ブロックの間にある基幹システムの管理センターへと向かった。今こそこのビルの全システムを復旧させる時である。



 @     @     @



 そして、ディアリオの居た場所の反対側となる外周ビルの最上階付近で、窓越しに佇み事の流れを見つめていた人影があった。


「そうか――、そんな酷い事件が起きていたんだ」


 先ほどの構内放送、このビルの中で目撃してきた様々な出来事、そして、エリオットたちの戦うさまを目の当たりにしたグラウザーの中で何かが強く変わり始めようとしていた。

 背面にG-Projectと記されたジャケットを着込んだ一人の青年。朝研一刑事から離れてしまった新たなる特攻装警。

 彼はジャケットの内ポケットにしまっておいたブルーメタリックに輝く電子警察手帳を取り出す。そして、その折りたたみ式のカバーを開くとその中に記された身分証明記章に視線を走らせる。


【 品川管区管内   】

【 涙路署捜査課所属 】

【 特攻装警第7号機 】

【   〝グラウザー〟】


 それを目の当たりにしてグラウザーは己が何者であるか? と言うことを無意識のうちに問いたださずには居られなかった。そして、このビルの中で遭遇したあの英国人の人々から聞かされた言葉。


『〝教授〟が拉致された』


――と言う事実。


 グラウザーは生まれて初めて新たな感情を感じていた。

 それは〝後悔〟と言う感情だった。

 あの時なぜ、自分は朝さんの言葉を守らなかったのだろう?

 朝さんの言葉の通りその場で待ち指示を請わなったのか?

 自分の感じた好奇心のままに勝手に動きまわっていい状況ではなかったのだ。

 知らなかった、分からなかった、では済まされない。

 グラウザーは改めてこみ上げてくる認識を心のなかで噛み締めていた。


 それは自分が未熟さに対する認識だった。

 

 ならばどうすればいい?

 どうすればこの〝後悔〟と言う感情に向き合えるのだろう?


 約束した。教授を助けだすと。


 ならば向かわねばならない、教授が連れ去られたはずの場所へと。

 しかし、この第4ブロック階層の中には教授が居るとは考えられない。

 どこだどこに居る?


 そう思案した時、思い起こすのはあの不思議な老人だった。動物たちに囲まれた異国の老人。彼らが居たのはこのさらに上のブロックだった。

 グラウザーは、ここまで上り詰めてきた時のように螺旋モノレールの軌道を思い出しながら、これから成さねばならない事について思案し決断していた。


「行こう」


 そして、教授を――ガドニック教授を助けだすのだ。

 賽は投げられた。今は行動あるのみだ。

 グラウザーは有明1000mの第5ブロック階層に向けて歩き出したのだ。


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