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第25話 天空のコロッセオⅥ/―分散意識体―

 全ての暴走していたプロテクタースーツがエリオットによって機能を阻害され、エリオットが無傷のままその姿を黒煙の中から姿を現した時だ。

 第4ブロックを駆け巡る一般通信回線にはガルディノの恩讐が入り混じったつぶやきが、なおも聞こえていた。


〔くそっ、この程度で終わらせはしないぞ。この世界を破壊し尽くすまでは――〕


 ガルディノは支配下に制圧していたプロテクタースーツの状態を確認する。そして、ある確信をもってひときわ高く叫んだ。


〔まだだ――、まだ終わらない――、この僕を終わらせられるはずがないんだ!〕


 エリオットの放電攻撃で確かに全てのプロテクタースーツは停止した。しかし、再起動の可能性は残されている。ガルディノには確信があった。まだまだ打つ手はある。それにこちらの本体と〝正体〟が露見したわけではない。

 情報ネットワークを駆使すれば、まだまだ活動することは容易いことだ。日本警察を、そして特攻装警たちを、この世界から滅ぼすまでは――

 

 それは歪んだプログラムだった。

 恨みと恩讐と執着を形にした亡霊だった。

 その亡霊は、おのれが敗れる姿すら思い浮かばなかったのだ。


〔こうなったら、手段を選んでいられるか! この世界の人間どもを無差別に殺しまくってやる! 止められるものならとめてみろ! この僕という災厄を! できるか? できるはずがないんだ! 無能な警察なんかに、この僕を止められるはずがないんだ!〕


 それは愚かな思いあがりだった。滑稽極まる道化の果てに、それは飽くなき破滅と破壊を求めるだけの異形と化していた。そして、ガルディノはあらゆるネットワークを意識し、その魔手を再び広げようとしていた。



 @     @     @


 

 ガルディノの声は第4ブロックだけにとどまらなかった。

 第3ブロックにも、第2ブロックにも、そして対策本部のある第1ブロックにまで及んでいた。


「これは?」


 近衛が驚きつつつぶやく。構内放送に突如として割り込んできた異常な音声に、底知れぬ悪意と狂気を感じずには居られなかった。ビル全体がざわめく中、近衛は必死の思いで周囲に声をかけた。


「何事だ! 何が起こっている?!」


 近衛の求めに機動隊員の一人が大声で叫ぶ。


「1000mビル全構内で放送ジャックです! 敵組織の一員と思われます!」


 近衛の周辺で状況の成り行きを見守っていた新谷だったが近衛のそばに駆け寄ると彼に告げた。


「おそらく――、この有明1000mビルの基幹システムを乗っ取った敵のハッカーでしょう。かなり追い詰められているようですな」


 新谷の言葉に近衛は頷かざるを得なかった。それと同時に底知れぬ不安にかられそうになる。事態解決に向かっていると思えたのは虚像だったのだろうか?

 近衛の脳裏に上層で戦っているアトラスたちの姿がよぎる。やはり、彼らは敗北したのだろうか?

 だが、その彼らの耳に新たに聞こえてきたのは、絶望ではなく希望の言葉だった。


〔そこまでです〕


 明朗で力強く清廉な口調の声が流れていた。

 鏡石はその声の主をよく知っている。


「ディアリオ!」


 鏡石がその声を唱えた時、鏡石が手にしていたデータパッドのディスプレイにとあるメッセージが流れてくる。そのメッセージの主は当然ディアリオである。鏡石はそのメッセージを目にした時、驚きとともに思わず頭を抱えざるを得ない。 


「ちょっと、何考えてるのよーー!」


 思わず悲鳴のような声を上げれば、近衛が彼女のもとに駆けつけてくる。


「どうした?」


 その言葉と同時にディアリオからのメッセージ文面を目にした時、近衛はディアリオが意図している物がなんであるかを瞬時に理解した。こう言う時の近衛の決断は素早い。


「かまわん。許可しろ。責任は私がとる」


 近衛の言葉に背中を押されて鏡石は電子認証の手続きを速やかにとる。その時のディアリオからのメッセージにはこう記されていたのだ。


【特攻装警第4号機ディアリオ        】

【        固有特別権限の執行許可要請】

【国家公安委員会特別許可権限による     】

【  国内通信ネットワークへの大規模強制介入】


 近衛は外部との連絡電話を手に取るとある場所へと連絡を取り始める。ディアリオの求めに確実に応じるためだ。連絡を取る先は警視庁警視総監室、そして、国家公安委員会である。

 これが終局に向かうであろうと思うと、覚悟を決めずには居られなかった。


――頼むぞ、ディアリオ!――


 戦いは終局へとさしかかろうとしていたのだ。



 @    @     @


 

 第4ブロック内外周ビルの最上階フロア――、

 ディアリオはそこで有明1000mビルの通信回線の総括制御システムへの自らの接続をすでに終えていた。そして、今回の5分の間に調べあげた事件のトリックの正体への対処を進めていく。

 ディアリオにはある確信があった。そして、その確信を確かなものにする言葉が口をついて出た。

 

〔ガルディノ――君への解析の全ては完了した〕


 その言葉の重さにガルディノは沈黙せざるを得ない。

 そして、ディアリオはその手を休めること無く、さらなる一手をすでに講じていた。

 

〔これより特攻装警第4号機ディアリオの名において、国家公安委員会特別許可権限による日本国内の全通信ネットワークへの大規模強制介入を敢行する〕


 その宣言は第4ブロックの中にこだました。

 第4ブロックだけではない、有明1000mビル全域に明確に伝わっていた。

 ガルディノのもたらした邪悪な叫びとは裏腹に、冷徹でひたすら冷静な社会の守り手がもたらす強い意思に裏打ちされた言葉だった。

 ディアリオはガルディノに対して強く言い放つ。


〔君は私に対して手の内を明かしすぎた〕

〔それがどうした! おとなしく投降しろとでも言うのか!〕

〔いや、それは不要だ〕


 未だ衰えることのないガルディノの敵意をディアリオは意に介する事無く粛々と最後の一手を進めていく。


【 情報ネットワーク空間自立活動      】

【   ミームプログラム〝ルコサイト〟起動 】


 それはディアリオが有するネットワーク犯罪に対する切り札の一つだ。

 自立意思を有した自動活動プログラムであり一定の判断条件を与えられれば、それに忠実に従いつつ、不測の事態には自動的に判断を行う事が可能だ。

 すなわちそれは、ネットワーク回線網を人間の血管に例えれば異物・病原体を追い求め体内から除去してくれる白血球の様なものだ。そして今、ルコサイトに病原体として名指しした物とは――


――ガルディノ本人である。


〔ガルディノ、君に本体と呼べる物は存在しない。そもそも実体というべきものすら無い〕


 ディアリオは体内の5機のサブプロセッサーをフル稼働させるとルコサイトプログラムを自動生成して行動指針を与えていく。


【 対象識別パターン            】

【      ファイル『X-LB8393』 】

【 識別個体名『ガルディノ』        】

【 個体種別『自我意識構成体』       】


 ディアリオのガルディノへの言葉はまだ続く。


〔ガルディノ、君の正体は――〝分散意識体〟だ〕


 ディアリオの言葉は有明1000mビル全域に鳴り渡っていた。

 そしてそれは地上に近い対策本部でも十分聞こえていた。

 ディアリオの言葉に近衛がつぶやく。


「分散意識体?」


 近衛の疑問を口にすれば、鏡石は天啓を得たかのように納得の表情を浮かべる。


「そうか! それなら全ての辻褄が合う!」

「どういう事だ?」

「つまり、この有明1000mをダウンさせた様々なウィルスプログラムやハッキングプログラムは――全て一つの人格を構成する意識体の一部だったんです。つまり、長い時間をかけてビル全体をハッキングしたのではなく、ディアリオが言うガルディノと言うプログラム体が分散した形でビル全体に忍び込み、自らの体の一部のように支配下に置いていたんです」

「つまり我々は敵の腹の中に居たようなものなのか?」

「その例えは間違いではないと思います」


 鏡石は納得していた。1000mビルが乗っ取られる直前、自分がハッキング解除に失敗したあの時、ハッキングが解除できたのではなく、ガルディノと言う情報意識体が鏡石たちの周辺から『どいた』だけだったのだ。

 そして、鏡石は部下であるディアリオに心のなかで感謝の意思を表していた。


――よくやったわ。ディアリオ――


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