第24話 天空のコロッセオⅤ/―最後の砦・抗いの記憶―
エリオットは思い出していた。
あの5月の雨の中の成田空港を。
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その東南アジア経由のアフリカからの航空機から、他の旅客に混じって降りてきたのは、親善使節の子どもたちの集団だった。
子供――、それは屈強な歴戦の兵士であろうと、心を許してしまうほどに、この世で最も大切に守ってやらねばならない存在だった。
それだけに、よもや、そのような事件が起きるとは世界中の誰もが想定すらしていなかった。
航空機から降りてきたのは親善使節のアフリカの子供達だった。
戦争と内乱で戦火に見舞われていた母国の戦争が終結、その後日本が支援して復興がなったため、その御礼にと日本との交流の為に50人ほどの子どもたちが招かれたのだ。
そして、成田空港から降り立った彼らを、日本のVIPと日本側の親善使節の子どもたちが出迎えた。
その双方の親善使節の子どもたちによる花束の交換――、その途上で惨劇は起きた。
誰が想像するだろう?
10才に満たない子供が殺人技術を持つなどと――
誰が想像するだろう?
8歳の子供のシルエットの形をした殺人兵器を――
誰が想像するだろう?
子供の生身の体を持った【大人】のテロリストを――
親善使節の子どもたちが悪魔の豹変をした。
警護のSPたちを瞬時に殺戮し、日本側の親善使節の児童を人質に取り、
瞬く間に成田空港の第1ターミナル・南ウィングの一角を占拠したのだ。
アフリカ側の同行者すらも欺かれた極めて巧妙な偽装テロだった。
空港施設には多大な被害が出た。
一般人にも犠牲者が出た。
空港警備の職員ですら避難誘導程度しか取りうる行動を持ちえていなかった。
その日、成田空港は完全に〝虚〟を突かれたのである。
対応は困難を極めた。
犯人グループの要求はアメリカにて拘束されている独裁時代の元大統領の即時釈放と帰国。そして、その2点が確認された場合のみ人質の日本人児童を開放するというものだった。
当然、それらの要求に対する米国政府の回答は〝ノー〟
テロリストには屈しない。それが欧米社会が世界に対して突き付け続ける鉄の掟だ。
そして、明らかにされたもう一つの事実。
犯人グループは生身の子供ではないということ。全員がサイボーグ、もしくはアンドロイドであり、拉致した子供をサイボーグ化してその〝脳組織〟を大人の物と入れ替えたのだ。
あるいは子供の生身の肉体を利用し中枢組織を人工のものに入れ替えた〝偽装アンドロイド〟であると言う事実であり、外見は子供でも、中身はれっきとした凶悪なテロリストであるという事実である。
当然として、対テロ部隊が出動する事となったが、日本犯罪史上前例の無い超凶悪事件に対して日本警察は対応策に苦慮するばかりだった。機動隊が、SATが、初期行動を行うも、子どもに向けられた銃火というシルエットが、様々な議論や報道を招いたばかりか、一般的な警察組織による強攻策をとることをより困難にしていた。
そうしている間も人質の生命の危険は増すばかりであり、現場に配置された警官たちの心的負担は限界に達した事で、ついには政府筋からは、自衛隊の投入や、米軍からテロ対策部隊の協力を仰ぐべきだという意見すら出る始末だった。
しかしながら、日本警察はそのプランを断固として拒否、短期決戦による事態解決を図るべく最後の手段をとることとなる。
機動隊とSATを後方に下げる準備をするとともに、武装警官部隊・盤古の大部隊で布陣をはり、そして一般社会にはその存在を秘匿していた特攻装警第5号機エリオットの投入を決断。エリオットと盤古による強行突入作戦のプランを描いたのだ。
同時に極秘裏に外務省筋を経由してアメリカ政府と折衝し情報操作を行い、収監されている某国元大統領が収監施設から移送されたとの偽情報を流させた。そして、交渉の余地ありと誤認させることでテロリスト集団の警戒を緩めることに成功。これにより作戦実行の機会を得ることが出来たのである。
交渉の末、テロリスト集団は囚われていた18人の児童のうち衰弱の激しい10人の児童を開放することに同意。ある時刻を持って開放する運びとなった。
日本警察は、この児童解放の時に、機動隊とSATを後方へ下げると同時に、武装警官部隊・盤古の標準武装7小隊と重武装1小隊による強行突入、そして、エリオットによる最終掃討を行うプランを実行に移したのである。
10人の子供が開放されテロリストの手を離れた時、作戦は開始された。
7小隊の標準武装タイプがテロリストを取り囲み、煙幕と催涙弾、対サイボーグ用の電磁波兵器で視界の妨害と無力化を敢行、
1小隊の重武装タイプが最大反応速度の高速モードで強行突入し、残された人質児童を保護。
そして、エリオットは突入タイミングの10秒前に、成田空港上空1000m地点から無音投下されていた。
それは、南本牧や現在の有明1000mビルへの強行突入と同じである。いや、それ以上に過酷とも言える作戦だった。
成田空港第1ターミナル南ウィング2階フロアにて立てこもるテロリストに対して、エリオットを要する警備部は奇想天外とも言える作戦行動を実行に移した。
それは、保有する装備を用いて4階から2階までのフロアの天井を破壊、空中投下の勢いを保ったまま第2フロアへと奇襲を行い敵テロリストを制圧すると言うものだった。
当然、それは人間では成し得ないアンドロイドならではの作戦であった。
白煙と催涙ガスと高密度の電磁波が飛び交う中、あらゆる光学カメラの視界を奪われたその空間の中で、エリオットのダークグリーンメタリックのボディはテロリストたちの眼前へと突如その姿を現した。
十数秒程の銃撃音がかわされた後に、訪れたのは静寂である。
煙幕の白煙の中から姿を表したのは、まずは7人の児童を無事保護した重武装タイプの盤古隊員だった。多少の怪我はしていたが生命には異常はなかった。
1人足りない――、報道と警察部隊がざわめく中、僅かに遅れて現れたエリオットの両腕には、最後の1人である少女が抱きかかえられていた。
今まさに世界中の報道がエリオットを注視してる。その全世界の前でエリオットは明確にこう告げたのだ。
「任務完了」
エリオットがその言葉を持って事件集結を宣言した時の姿に世界がエリオットをこう呼ぶこととなる。
『鋼鉄のサムライ』
『鋼鉄の騎士』
しかし、エリオットがこの時の事件をきっかけに表社会に姿を表すことは無かった。
偽装テロリストたちを1人残さずに殺害したために、社会への影響を考慮して事件の詳細が隠蔽された事が影響している。保護児童たちのプライバシーを護るために報道管制が引かれ続けたことも影響していた。
それに何より、犯人制圧の際の、その戦闘力の凄まじさが特攻装警反対派の懸念をことさらあおりたてていた。曰く、警察がこれほどの戦闘力を保有する事で警察に対する一般市民からの批判を煽り立てはしないだろうか? と言う不安だった。
事実、成田事件の真相を探ろうとする市民グループが特攻装警の存在にアプローチしようとした事件が起きたことで、エリオットの次の特攻装警の開発に悪影響を及ぼしてしまうのである。
しかしそれ以上に、エリオットという存在が、より明るみに出ることで今後の任務に支障が出ることを日本警察は恐れた。
日本警察犯罪抑止の最後の砦――エリオット
そのため、エリオットという存在は、それまでのアトラス・センチュリー・ディアリオと異なりトップシークレットの存在として警察組織の裏側へと姿を隠すこととなる。
すなわち――日本警察の伝説の『鋼鉄の騎士』のイメージだけを残して。
それまで特攻装警と言う存在は、警察内部でも適切な評価を受けていたとは言いがたかった。
既存の警察組織の側からは煙たがられていたと言っていい。
だが、この成田事件を境にサイボーグ犯罪、機械化犯罪に対する特攻装警と言う存在の抑止力は、無視することの出来ない重要なものへと変化していく。
さらに裏社会・犯罪社会の中においては、エリオットの存在は推測を織り交ぜつつも、その詳細が漏れていくのは避けられなかった。
あるマフィア化ヤクザの幹部は事の詳細を把握するに至って、部下にこう告げたという。
「特攻装警にまつわる情報を収集しろ、特にあのエリオットと言う第4の特攻装警を再優先だ。アイツは絶対に我々にとって脅威となる」
事実、凶悪な組織犯罪の制圧現場には極秘裏に任務に赴くエリオットの姿があった。その姿はさらなる虚実を織り交ぜて、都市伝説化した虚像を作り上げていく。その結果、闇社会・裏社会の中でエリオットは畏怖を込めてこう呼ばれることとなる。
すなわち『鋼鉄の処刑人』――と。
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攻撃対象をすべて静止させてエリオットは再び歩みを始めた。
事件はまだ終わっていない。撃つべき敵はなおも残っているのだから。
















