第24話 天空のコロッセオⅤ/―鋼鉄騎士―
エリオットはその日の記憶のトリガーを意図的に封じると目の前の敵へと攻撃を開始する。
両手に保持する10ミリ口径ハンドガトリングカノン。1体多数の大量交戦時には極めて有効な武装だ。
「弾種変更――通常弾丸から崩壊性セラミック弾頭へ」
ハンドガトリングカノンには複数の弾倉を付けることが出来る。それは単に装備する弾丸の最大数を増やすために用いられるが、それ以外にも任務内容に応じて、複数の異なる種類の弾丸を携行することも可能だ。
エリオットは、鉛製の通常弾頭から、セラミック製の特殊な弾頭へと弾種を切り替える。
「補足目標、南1南2、南西1南西2、これより牽制攻撃開始――」
そして、視界の中、光学センサーと3次元シュミレーター解析による位置捕捉とで目標位置を捉えるとその白色のセラミックの弾丸を、いやま敵と化した重武装タイププロテクタースーツへと叩き込んでいく。
『崩壊性セラミック弾頭』
それは対サイボーグ戦闘において、攻撃対象の生命の危険を回避しつつ、敵の攻撃行動を阻止し、行動不能に追い込む事を目的として編み出された特殊弾丸である。セラミック製の細片を特殊接着剤で固めたもので、攻撃目標に命中したその瞬間に砕けて一定のダメージを与えた後に崩壊する機能を有した弾丸である。
その与えられるダメージと崩壊パターンには弾丸形成の方法や、セラミックや接着剤の配合比率などにより様々なタイプが存在し、複数の異なる状況に対応可能であった。
今回エリオットは敵アンドロイドとの戦闘で盤古隊員を巻き込む可能性を考慮した。それ故にこの弾丸を用意しておいたのだが――
――まさか、これを盤古隊員に向けることになるとは――
強い困惑を抱いていたが、それを忌避するほどエリオットは惰弱ではない。
弾丸を叩き込む場所は重武装タイプの足元――そして胸部。
直接に攻撃しても内部の装着者にはダメージは届かない。しかし、装備であるプロテクタースーツには十分に影響をおよぼすことが可能だ。
足元を攻撃し動きを妨害し、他の存在に攻撃意識を向けそうなときは胸部や頭部にも攻撃して、己の存在を敵へとしらしめる。そして、エリオットは全ての敵対的存在に対して、その身を隠すことなく敢えて己れを晒していく。
すなわち――
『他を攻撃するのであれば俺を倒していけ』
――と言う、敢えて恣意的な意思表示だった。
おそらくは、重武装タイプと標準武装タイプとを支配した侵略プログラムは相互にネットワークを共有しているのだろう。重武装タイプを圧倒し十分な牽制を行っているエリオットに対して、敵プログラムの支配下にある全てのプロテクタースーツがエリオットの下へと集まり始めていた。
エリオットに襲いかかるのは、それらのプロテクタースーツが保有する全ての装備・全ての兵器である。
標準武装タイプがM240E6.LMGを構え銃口をエリオットに向け、フルメタルジャケットの弾丸をエリオットの重装甲ボディへと叩きこもうとする。
別の盤古はかつてマリーに攻撃を加えた〝サイレントマイン〟を起動している。高圧電磁波と重低音音響により敵の行動を抑止無効化する兵器だ。当然出力調整も、出力抑止もしていない。それに加えて、重武装タイプは可搬型重機関砲の銃口を向けてくる。口径は50口径、弾種はセラミック製の徹甲弾である。
それだけではない。ある者が榴弾を放った。
ある重武装タイプがマイクロナパームを放った。
弾丸が、
爆炎が、
火炎が、
重音響が、
電磁波が、
エリオットのボディに襲いかかる。
破壊の意志と、殺戮の愉悦と、支配への歓喜を、その攻撃の中に何者かが滲ませている。
この状況にアトラスは耐えられるだろうか?
センチュリーは逃げずにこの場に立っていられるだろうか?
ディアリオはその持てる性能を発揮しうるだろうか?
フィールならその原型を留めていられるだろうか?
誰が?
果たして誰が?
この場で攻撃の意思を保ったまま、襲い来る銃火の元に立ち続けていられるだろうか?
恐ろしいまでの炎熱が火柱を吹き上げエリオットを包んだ。
それは傍から見れば、真紅の墓標のように見えたかもしれない。
フィールは誘導を行いつつもひとつ上の兄を案じずには居られなかった。
〔エリ兄ぃ?!〕
センチュリーが叫んだ。そして兄であるアトラスに問うた。
〔兄貴! エリオットが!?〕
アトラスは答えない。ただ、じっと見守るだけだ。
爆炎と火炎と銃火にまみれてエリオットはその中にあった。そして、そのエリオットの様を、卑猥な哄笑があざ笑う。
〔どうした! エリオット! 南本牧で見せた姿はハッタリだったのか? 攻撃対象が身内になっただけで手も足も出ないか?! そのままスクラップに変わり果てろ! お前の兄弟たちはあとで送ってやるよ!〕
ガルディノだ。
どこからかはわからぬがエリオットの有様を侮辱して嘲笑っていた。
〔あの野郎!〕
センチュリーの怒りがこだまする。だがその後に続いたのは――
〔大丈夫だ〕
――アトラスの落ち着き払った声である。アトラスはエリオットを一瞥もすること無く眼前のもう一つの敵へと意識を戻していく。そして、不安にまみれるフィールのもとに、その体内回線に入感が入ってくる。
〔離脱!〕
それは紛れもなくエリオットだった。返答する暇もなくフィールはその場から離れる。そして、飛行装備の機能をフル稼働させて急速離脱していく。
爆炎が止み、火炎がその勢いを弱めて行く。第4ブロックの中を一陣の風が吹き抜け、エリオットを包み込む異臭をまとった黒い煙を薙ぎ払った時、全ての者はそこに立つ1人の〝鋼鉄の騎士〟を見ることになる。
【指向性放電兵器、出力最大 】
【放電パターン無差別、半径170mに放射 】
エリオットは体内のトリガーを起動する。そして、両肩に備わった指向性の放電兵器の放電ユニットのリミッターヒューズを解除すると、特定の指向性をもたせずに無差別で、その高圧の紫電の電磁波を解き放った。
放電は、エリオットに群がるあまねく全てのプロテクタースーツを襲った。
それは単なる放電ではない。高周波サイクルを伴い、絶縁防護を伴った電子回路であろうと、その内部回路に浸潤し機能を奪い去り一時的に麻痺させる。
そして、あらかじめ盤古のプロテクタースーツの帯電保護性能のデータを計算しておいて、内部の装着者の影響を最低限に抑えつつ、見事に全プロテクタースーツを一瞬にして無効化したのである。
〔無効化完了、これより残存敵対勢力の掃討にうつる〕
冷静で朴訥で抑揚の無い落ち着き払った声が通常回線に流れるのと同時に、聞こえてきたのはエリオットを取り囲む全てのプロテクタースーツが力を失い崩れ落ちる音である。
今、エリオットの顔面を防護シャッターが覆っている。それが左右に開くと中からいつもの生真面目そうで武骨なエリオットの素顔が現れる。その視線は変わっていない。必要十分な戦う意志を湛えながら、次の任務目標へと向かうだけだ。
エリオットのその身に纏うダークグリーンメタリックの装甲ボディは、若干の焼け焦げを残しつつも、傷一つ無いそれは一切の戦意を失うこと無く健在だった。
〔う、嘘だろう?〕
ガルディノの声がする。その声は明らかに狼狽していた。
〔なんで! なんでだよ! なんで立っていられるんだよ!〕
ガルディノは知らなかった。これほどまでの頑強さを備えたアンドロイドを。
ガルディノは知らなかった。自分の記憶の中で無名に近かった特攻装警の4体目がこれほどまでの存在だということを。
近衛と面会した、あの氷室はエリオットをこう評していた。〝鋼鉄の処刑人〟と。
なぜなら、エリオットは――
アトラスの言葉が共有通信にこだまする。
〔ガルディノ、お前は知らないようだな。エリオットが犯罪組織に対する、日本警察の〝最後の砦〟だということを〕
なぜなら――
エリオットほど過酷な任務を幾度もくぐり抜けてきたアンドロイドは居ないのだから。