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第23話 天空のコロッセオⅣ/―センチュリー到達―

「おい、フィール! 聞こえねぇぞ! フィール、返事しろっ!」


 センチュリーはしきりに絶叫している。さきほどのフィールからの臨時通信の続きだった。

 だが、唐突にそれは切れた。軽々しい電子エラー音を鳴らして会話の終了を告げる。

 さらなる、情報を求めて、センチュリーは通信を続けたが、ビル管内の電波状態が相変わらず最悪なので仕方がない。同時に、センチュリーの現在位置が第4ブロック構内でなく、第3ブロックと第4ブロックの間の構造体の中だったという事も影響していた。完全に通信状況を取り戻すには第4ブロックへの突入を行うしかなかった。


「まったく、しょうがねーな」


 体内の通信回線を切断すると細長い螺旋モノレール軌道をじっくり上り詰めていく。螺旋モノレール軌道は上りと下りの2系統がある。グラウザーが侵入ルートに用いたのとは反対側である。

 1000mビル内に侵入に成功したはまではいい。だが、その侵入した場所が最悪であった。


「まいったな、出口がどこにもねー」


 その言葉の通りだった。センチュリーが通っていたモノレール軌道は、まだ使用開始前であり主要なステーションゲートは全て閉じられていた。丁寧にも、機械式のロックまでもがかけられている。

 幾重にも続く螺旋軌道をセンチュリーは一人進んで行く。

 時折、ビルのガラス壁面から眩しい外界が見える。しかし、モノレール軌道はその大半を透明プラスティック製の防護シールドで覆われ外部へと抜け出る事は難しい。


 そして、その1000mビルを覆うのは2つの壁だ。

 光を通さぬ構造体外壁と、眩いばかりの光が飛込んでくるガラス外壁。

 そのそれぞれを、センチュリーは交互に通り抜けて行く。

 ガラス壁面のそこからは、遥かに広い東京の街並みがその視界に映り込む。

 その遠くの方に視点を向ければ、ゆうに100キロを超える場所まで見渡す事が出来た。

 センチュリーは、この超高層の景色は今までは、空を飛ばねば見れなかった事に気付く。

 そして、それが今は、自分の両の足で昇って見ているのだ。


「すげぇな、人間って」


 彼の眼下のその風景の中では、ミクロより小さいスケールの上で、確かにそこに人が暮らしていた。

 日々の生活を、仕事を、勧楽を、犯罪を、慈愛を、絶望を、希望を、確かにそこで営んでいる。


「ここが俺の仕事場なんだよな」


 滅多に見る事の出来ない風景に、いつになく感傷的になっている。そして、そんな行為が自分のガラに決して合っていない事もまた承知していた。

 しかし感じていたのは感傷だけではない。この眼下にひろがる大都会を、自分たちを含めた警察組織に携わる者たち全員で守っているのだという現実が、センチュリーの心に新たな闘志を与えていた。手近な場所に出入り口が見つからないなら、行けるところまで行くしか無い。第4ブロック内に突入すればなんとかなるだろう。最悪、壁面を破壊したとしてもいたしかたない。


「行くか――」


 そうつぶやきセンチュリーは螺旋モノレールの軌道の上で、両脚部のダッシュホイールを起動させる。そして、かすかな金属火花を散らしながら、猛スピードで駆け上がって行く。


「あれは――?」


 螺旋モノレールの軌道を走行したその先に新たな光が見えてくる。第4ブロック内に設置された乗降場だった。やっと見つけた突入口だったが、そこから得られたのは光だけではなかった。戦闘を想起させる騒音が断続的に響いている。

 戦いはまだ収束してはいない。そして、さらには南本牧で出会った〝アイツ〟がこの場所に現れないはずがなかった。

 ヤツはこの戦場に来ている。必ず来ている。そして、新たな獲物を探すだろう。

 果たして奴に盤古隊員たちで太刀打ち出来るだろうか?


 無理だ。あの凶悪なまでに鋭敏で鋭利な切断力を秘めた剣術の前には軍隊式の攻撃アプローチではどうにもならない。立ち向かえるのは鍛え上げられた〝武術〟しかない。


 今度こそ、決着をつけるときだ。そして、決着を着けるのはこの俺だ。乗降場にたどり着くとその足を止めることなく、走行の勢いを借りたまま、大きく跳躍する。そして、閉鎖された乗降ゲートを拳の一撃で突破すると、その身を第4ブロック内へと踊りださせたのである。

 昇降ゲートを突破して、簡素な構造の螺旋モノレールのステーションに降り立つ。そして、第4ブロックの空間内に到着したことで、ディアリオが制圧した通信回線の入感が鮮明に聞こえてきたのだ。

 

「――で、現在防戦中! 対テロリスト用特殊装備の回収を優先する! 支援を請う!」

「こちら、緊急停止3名成功! 回収できないため、重症の1名生命の危険あり!」

「重武装の妻木隊との連絡はまだか!」


 センチュリーの耳に聞こえてきたのは盤古隊員の声だ。普段は専用回線を使用しているはずの彼らが一般通信回線に入り込んでいる。しかも流れてくるのは全て怒号に等しい切迫した声ばかりだった。

 

「なんだ?!」


 それだけでも異変を感じさせるには十分だった。

 その通信が流れてくる本元を探してモノレールのステーションの外に飛び出せば、屋内ビルとビルをつなぐスカイデッキから第4ブロックにおける惨状が一目で目に入ってくる。


「おい――、どういう事だよ?!」


 それは疑問だけを意図した言葉ではなかった。低いトーンと強い口調は多分にして怒りを内包したものだった。

 

「なんで特攻装警と盤古がやりあってんだよ?!」


 それは明らかに遭ってはならない事態だった。それ以前に想像すらつかない事態だった。

 否、事態はそれ以上に深刻だった。

 

「なっ……」


 センチュリーは言葉をなくした。一言も発せられない。

 重武装タイプの盤古のプロテクタースーツ。チームプレイを駆使すれば特攻装警にも比肩すると言わしめたそれが6機、外周ビルの付近を静かにゆっくりと歩行している、そして、その進行方向の先に居る軽武装の盤古隊員に向けて銃火の狙いを定めようとしていた。

 もはや猶予はならなかった。

 理性など後回しでいい。

 センチュリーは思考するよりも早く、最短距離に居る重武装タイプの1機に向けて弾丸のように飛び出した。両脚の踵部、そこにあるダッシュローラーを全開にすると、スカイデッキの路面を疾駆して全力で駆け出していった。

 

 スカイデッキの路面の上、フルメタルのホイールが火花を上げながら疾走する。ヘルメットのゴーグル越しのセンチュリーの視線は、スカイデッキから見下す位置にある一体の重武装タイプを見下ろしていた。そして、彼に向けて攻撃意図を固めたその時だった。


〔こちらディアリオ! 聞こえますか!?〕


 普段から聞き慣れた凛とした冷静な声が響き渡った。


〔ディアリオ!?〕


 その声に反応すればディアリオ以外からも一斉に応答が帰ってくる。


〔センチュリー! やっときたか!〕

〔セン兄ィ!〕

〔兄貴! フィール!〕


 聞き慣れた兄弟たちの声を耳にして、センチュリーはその足を止める。


〔すまねえ! 遅くなった! それより状況を聞かせてくれ!〕


 センチュリーの求めに応じて語りだしたのはディアリオだ。


〔ディンキー配下のアンドロイドのうち、女性型3体撃破、女性型1体逃走、男性型1体の遠隔操作体を破壊した所でガドニック教授が拉致されました。その対策を講じている時に現在の異常事態が発生しました〕

〔異常事態って、この盤古のプロテクタースーツの暴走か?〕

〔そうです。おそらくは敵マリオネットによる高度なハッキングです。これにより標準武装タイプと重武装タイプの〝プロテクタースーツのみ〟が強制的に動かされています〕

〔ハッキングだって? 天下の武装警官部隊のハイテク装備がか?!〕

〔申し訳ありませんが、そう考えるしかありません〕


 センチュリーはディアリオの説明を聞くにつけて怒りのボルテージが上がっていくのを抑えられなかった。


〔馬鹿野郎! なにやってんだよ! ネットと情報犯罪はてめぇの縄張りだろうが!〕


 ディアリオもまた兄の怒りの理由をわかっていた。

 センチュリーは対人白兵戦闘に特化している分、汎用性において劣る面がある。その事を彼自身も熟知している。それ故に自分の得意分野に対して強いこだわりがあり、自分のできることに対する責任意識が人一倍図抜けて強かった。

 それだけに他人に対しても自分の得意分野・担当任務に対しての責任意識を求める傾向があり、手抜きや迂闊という物に容赦がないのだ。


〔無茶言わないでよ! こんな状況誰が想定できるのよ!〕


 フィールがディアリオを庇うように割り込んだ。だがそれくらいで怒りの矛先を収めるセンチュリーではない。


〔やかましぃ! 敵のこれまでの行動から何らかの兆候はあったはずだ! お前の頭脳なら敵の行動のあらゆる可能性をシュミレートすることもできたはずだ! ディアリオ! いつものエゲツナイまでの事前行動と裏工作はどうした! 何寝ぼけてんだ!〕


 グゥの音も出なかった。ましてやこのビル全体をダウンさせるほどの力量なのだ、何が起きたとしても不思議ではない。まさにセンチュリーの言うとおりだ。しかし、ディアリオの脳裏にセンチュリーの言葉から、瞬間的にひらめくものがあった。


「これまでの行動?!」


 ディアリオの脳裏に蘇ったもの。それは――


〔そうか!〕


――このビルのシステムがダウンさせられた時、ディアリオの上司である鏡石が嵌められた、あの予め仕込まれていたハッキングプログラムの事だった。


〔ディアリオ、なにか分かったのか?〕


 ディアリオの声のトーンに反応してアトラスが尋ねる。


〔今から対策を講じますのでこちらからの通信をカットします! 今から5分! 5分だけ持ちこたえてください!〕


 それだけ言い切るとディアリオは通信をカットした。この通信を敵が傍受している可能性があるためだ。

 それを受けてアトラスが語りかける。


〔聞こえたな? フィール! センチュリー! これ以上の犠牲者は絶対に阻止するぞ!〕

〔当たり前だ!〕


 アトラスの問いかけにセンチュリーが気合を入れて答えた時だった。

 センチュリーの頭上を旋回して飛び回るフィールが、その眼下に見えてきた2つの姿にさらなる緊張と困惑を声に出さずに入れれなかった。


〔ちょっと待って! 大変よ!〕

〔どうした?〕


 アトラスが問いかける。センチュリーもじっとフィールの答えを待った。


〔新たな敵よ! ディンキー配下のガイズ3の残る二体! コナンとベルトコーネが現れたわ!〕


 フィールの口から語られた言葉に戦慄したのはアトラスとセンチュリーである。

 センチュリーがフィールに問う。


〔どこだ!〕

〔第4ブロック構内の真西からベルトコーネ、東南東からコナンよ! セン兄ィは真南、アト兄ィは中央コンベンションホール近くの西側よ! 急いで! 生存している盤古隊員たちを狙ってる!〕

〔分かった! コナンの方は任せろ!〕


 その言葉を発しながらセンチュリーは再び走りだした。向かうは東南東、そこに倒すべき宿敵が居る。今度こそ奴の凶刃を叩き折らねばならない。センチュリーは決戦を覚悟して宿敵の元へと向かった。


 一方、アトラスもまた眼前に一月前の夜に遭遇したあの宿敵の姿を視認していた。

 向こうもまたアトラスの存在に気づき、鋭い視線を向けてきている。その視線にブレはまったく無い。あるのはただ、ひたすらに真っ直ぐな攻撃の意志のみだ。外周ビル間際に強靭な体で立ち尽くすと、歩き出すその時を推し量っているかのようである。アトラスはベルトコーネのその姿をしてある思いを抱いた。

 

「ベルトコーネめ、俺との戦いだけにしか関心がないのか――」


 見ればベルトコーネはさまようように歩き出すプロテクタースーツには一瞥もくれようとしていない。おそらくプロテクタースーツへの攻撃をこちらが加えても、ヤツは何の感慨も抱かないだろう。

 それならそれで好都合だが、今はアイツを撃破することを優先しなければならない。現状、アイツに太刀打ち出来るのはまさにアトラス自身しか居ないのだから。

 

 ならば――このプロテクタースーツの暴走への対処は残るフィールに任せるしかない。

 アトラスはフィールに命ずる。

 

〔ベルトコーネは俺の方で視認した、フィール! 手段は選ばなくていい! 今は重武装タイプの行動を阻止しろ!〕


 とは言え、現実としてプロテクタースーツの内部には生身の人間が居るのだ。どんな策を取ればいいのかアトラス自身にも想像すらつかない。アトラスの指示にフィールは思わず言葉をつまらせたが、それでも〝出来ない〟という言葉は口が裂けても出すわけにはいかなかった。一瞬息を飲み込むと気合を入れるように語気を強める。


〔やってみる!〕


 アトラスには、フィールのその言葉は強がりにしか聞こえない。だが、ここは委ねるしか無い。


〔頼むぞ〕


 その言葉を残してアトラスは眼前の宿敵の元へと歩き出していった。

 フィールもまた二人の兄の姿を見送りつつ、自らも視界の中の目標に向けて行動を開始する。

 

――ナイフは使えない! 傷つけてしまう。すると残る手段は――


 フィールは己の両手に軽く視線を走らせると改良された自らの専用装備に期待をかける。

 

――縛り上げるしかないわね!――


 単分子ワイヤー装備であるタランチュラを行使するしか無い。数も規模もアンジェ・ローラの時の比ではない。だがまさに今は〝やるしか無い〟のだ。

 今、フィールはその翼を翻し一路、重武装タイプの下へと向かったのである。


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