第23話 天空のコロッセオⅣ/―凶報と亡霊―
「本当によろしいのですか?」
フィールは遠慮がちに妻木に尋ねた。今、彼女の眼前に立っているのは満身創痍の妻木たちだ。負傷の程度はそれぞれに違いはあったが、フィールとしては妻木のほうが応急処置が必要ではと、思わずにはいられない。
だが、フィールのその言葉に安寧する妻木たちではなかった。
「お心遣い感謝いたします。ですが、ここは我々が護衛します。それより貴方は他の特攻装警の方々のアシストをお願いします」
妻木たちの重武装タイプは損傷が激しく速やかな解除が必要だったが、それでも装備を外したアンダープロテクター姿で予備兵装の軽機関銃で警戒任務を再開している。多少の負傷程度で彼らの闘志が途絶えるはずが無い。そして、妻木以外の隊員たちもフィールに告げる。
「カレル氏の救急処置は完了しました。それに先ほどの襲撃者が排除できた以上、直接的な戦闘はここでは発生しないものと思われます」
「それより、他の襲撃者の討伐へと向かってください。まだ事態は収束していません」
当然の判断だった。ディンキーのマリオネットの戦闘能力が常識はずれである以上、まだ戦闘行為は継続するだろう。フィールが居るべき場所はここではなかった。
「了解しました。それではよろしくお願いいたします」
フィールがその言葉を発すると、ウォルターがフィールに声をかけた。
「フィール君、チャールズをたのむ」
いつになく冷静な声がフィールにかけられる。それはこの場から引き離されてしまった一人の人物の安否を案ずるものだった。その声をする方を向けば、ウォルターのみならず他のアカデミーメンバーたちも同じようにチャールズ・ガドニック教授の身を案じてか、沈痛な面持ちだった。
フィールは足を止めると、アカデミーメンバーに対して軽く敬礼で答える。
「おまかせ下さい、教授は必ず救出いたします」
その言葉を残してフィールは踵を返して、その場から離れていく。
行こう――、今はまだなすべきことがあるはずなのだから。
外周ビルの中を歩き、ブロック内の空間へと向いた窓へと至る。そして、フィールは翼を広げると一つの大きな窓を開いて窓枠に上がってビル内空間へと身を躍らせる。
今、眼下では武装警官部隊の隊員たちが様々に行動しているが見えた。
ディンキー・アンカーソン配下の女性形マリオネットとの戦闘を終え、負傷者の収容を行っている者。
なおも警戒行動を続けて周囲に武器を向けている者。
破壊された構造物を撤去している者。
その全てに視線を走らせながら、フィールは第4ブロック階層の全容を把握しようと務めていた。今だ、事件の首謀者はその身柄を押さえられてはいない。完全に解決したとの確信を得られるのはディンキー・アンカーソン一味の全員の身柄を抑えた時なのだ。
その一方で通信信号を発しては、他の特攻装警たちとの連絡を取ろうとしている。この第4ブロック階層に他の特攻装警たちが集まりつつあるなら、ビルの通信回線設備に頼らずとも直接に兄達の声を聞けるはずなのだ。
〔こちら特攻装警6号フィール! 応答願います!〕
次兄であるセンチュリーが来ているのはわかった。アトラスはどうだろう? エリオットは? ディアリオも今現在はどこに居るのだろう? 彼らからの返事を待っていれば、明確な声が2つ同時に響いてきた。
〔フィールか!〕
低音の落ち着いた声はアトラスの物だ。その声が通信回線越しに響けばフィールの中から不安げな気持ちが追い払われ、力強い希望が湧いてくるのがわかる。フィールは思わずアトラスに返信した。
〔アト兄ぃ! どこ?!〕
フィールが声をかければアトラスが呼びかけてくる。
〔ここだ!〕
その声と同時に散弾銃の銃声が響く。おそらくは散弾を抜いた空砲だろう。その音のする方向に見慣れたシルエットが手を振っている。アトラスだ。
フィールはその方へと翼を向けると、すみやかに着地する。そして2対の翼を収納しながら、アトラスの方へと駆け寄っていった。
「アト兄ィ!」
フィールが声をかければアトラスも手にしていた短ショットガンを腰の裏のホルスターに収める。そして、フィールの姿を一瞥すると満足気に頷いていた。
「復帰したのか」
「うん、布平さんたちにすぐに直してもらったから」
「そうか」
上空から落下してきた時のフィールの惨状はアトラスも忘れることができない。フィールが死していたとしても不思議ではない。それが今、傷一つなく完璧な状態でアトラスの前に立っている。これほどうれしく頼もしい物はなかった。
それと同時に、アトラスは感じていた。自分たちが万全のバックアップのもとに活動していることを。そして、取りも直さずそれは、自分たちにかけられた思いがとてつもなく深いものであることの証明でもあった。
だが、今は感慨にふける暇はない。安息の時はフィールの言葉で破られる。
「それより、大変なの! 最悪の状況になってるの!」
「何があった?」
再開した安堵もそこそこに切迫した表情で語りかけてくるフィールに、アトラスは神妙に聞き入る。
「ガドニック教授が攫われたの!」
「なにっ!」
さすがのアトラスももたらされた新たな事実に驚きを隠せなかった。今は一刻も時間が惜しい。フィールは手短にガドニック教授が拉致された時の状況を説明する。
「――それで、ビルの構造を解析してまで探したたんだけど追跡ができなくって」
「それで可能性としては何が考えられる?」
「うん、アカデミーの人たちと一緒に検討したんだけど、おそらくビルの構造体の柱状の部分からさらなる上層階に連れて行かれたんじゃないかって――。でも、ここからさらに上なんて考えられなくって」
「なるほど、そういうことか」
そこまで話を聞いてアトラスは思案する。そして、その思案の後に頭上を仰ぎながら体内の通信回線を開いて一か八か発信を試みた。
〔アトラスよりディアリオへ、返信求む〕
ビル内のシステムは今もなお完全復旧はしていない。同じ空間内での通常無線でなければ、特攻装警間ですら通信が困難な状態にあるのは変わりなかった。だが、アトラスにはある確信があった。ディアリオなら、何か今の状況を変えることが出来ているはずだと、直感していたのだ。
アトラスが発信した後、1~2分は沈黙したままだった。
「やはりダメか――」
そうアトラスが思案した時だ。
〔こちら4号ディアリオ、アトラス応答願います!〕
ノイズのない明快な音声だった。それを耳にしてアトラスはフィールに視線を走らせ合図する、フィールに対しても回線を開いた。
〔アトラスだ。今、フィールと合流した。そっちの様子はどうだ?〕
〔今、第4ブロック第5ブロック間構造物内の第5ブロック用の管理センターに到達しています。設備の掌握はまだ45%と言ったところですが、今ようやく外部との通信回線の確保に成功したところです。同時に第4ブロックとの間でしたら、通常無線回線による通信も確保できました〕
〔上出来だ。これで外部との連絡も確保できたな〕
〔はい、地上サイドとの連絡も済ませました。地上からは新しい情報も確保しています〕
〔新しい情報?〕
〔はい、少しショッキングな内容です〕
〔手短に頼む〕
〔はい――マリオネット・ディンキーですが――〕
ディアリオがそう告げると、ほんの一瞬奇妙な間が通りすぎた。
〔ディンキーはすでに死亡しています。〕
その言葉の意味はすぐに理解できたが、あまりの驚きにアトラスもフィールも言葉が出なかった。
〔え?〕
ようやくにフィールがつぶやけば、新たな質問の言葉を見つけたアトラスがさらに問うた。
〔どういうことだ? それでは今回の襲撃の首謀者は誰なんだ?〕
もっともな質問だった。アンドロイドが指導者なくして行動を起こすとは考えにくかった。だがディアリオは優秀だった。外部との通信回線を確保したことで、さらなる情報を新たに入手していた。
〔それですが、ディンキー配下のマリオネットの全容がわかりました。とりあえずはそこから聞いてください〕
〔分かった〕
〔――まず、ガイズ3と呼ばれる男性型の主力戦闘アンドロイドです。
白兵格闘専用機体・ベルトコーネ
剣術戦闘特化機体・コナン
電脳機能特化機体・ガルディノ
このうちガルディノは先ほど交戦しこれを撃破しました〕
〔完全停止させたのか?〕
〔いえ、スレーブ端末ハードウェアとしてのボディのみです。まだ本体を別に持っているようです〕
〔それで、他には?〕
〔暗殺戦闘用に作られたシスター4と呼ばれる女性形アンドロイドが居ます。
近接白兵戦特化機体ジュリア
電磁波操作特化機体アンジェ
高熱制御機能特化機体マリー
そして、高速性能特化機体のローラです〕
ディアリオの言葉を受けてアトラスが言う。
〔その熱を出す奴なら俺が破壊した〕
フィールもまた追うように言葉を続ける。
〔残りの3つはアタシの方で撃破してる。あ、ローラって高速型は逃げたかも〕
〔逃げた?〕
〔ごめん、追い切れなかったの――でも残存エネルギーは使い果たしてるみたいだから、戦闘に復帰する可能性は限りなく低いと思うわ〕
〔そうか。だが、これで残る機体はベルトコーネ・コナン・そして、逃亡したローラの3体か――〕
〔あと、ガルディノってやつの本体ね〕
ディアリオがもたらす情報にアトラスが相槌を打てば、フィールがそれを補足して情報を加えている。ディアリオは先を急ぐように話の核心へと進んでいく。
〔それでここからが核心ですが――
もう一つ、ディンキー・アンカーソンの身の回りの世話をするための介護用のアンドロイドが居ることがわかりました。個体名を“メリッサ”といいます〕
〔介護だと?〕
〔ディンキー・アンカーソンが出現した現場にはこのメリッサが必ず付き添っていたそうです。そのため、どこの国の治安当局も、メリッサを単なる介護アンドロイドだとは思っていません。それに、このメリッサが有していると思われる機能が奇妙なんです〕
〔奇妙?〕
〔はい――
最近、旧共産圏で開発研究がなされていたことが分かったのですが、ネクロイドテクノロジーと言う物があります〕
〔ネクロイド?〕
〔死体――だよね?〕
アトラスとフィールが不審げにつぶやく。死体というキーワードの奇妙さが妙に記憶に引っかかる。
〔はい。死亡した人間の脳中枢から記憶情報の残存物を抽出、これを元にアンドロイドをベースに記憶情報を再生し、死者を復活させる――と言う目的で軍事目的に試みられていたといいます〕
〔死者蘇生か〕
〔死者の蘇生と言うより、死亡した人間の生前の記憶と能力を取り戻そう――って言うコンセプトじゃない?〕
〔おそらくそうでしょう。ですが、この能力を持ったメリッサがなぜディンキー一味に関わっているのかが分かりません。死期を悟ったディンキーが生前のうちに策を練っていた可能性もありますが、今ところは真相は不明です〕
〔だが、これでも十分意味のある情報だな。現在のディンキーはそのネクロイドテクノロジーの産物であり、丸っきりの偽物ってわけだ〕
3人は会話を重ねて一つの結論にたどり着いていた。だがそこにフィールがさらなる思案に至った。
〔でも、こうも考えられない?
マリオネットたちは自分たちが存在し続けるためには、指導者であるディンキーが必要不可欠。それ故に、ディンキーの復活を強く望んだ。かつてはマリオネットたちのテロ犯罪はディンキー個人の強い思想と怨念が動機になっていた。
でも今では、彼らのテロ犯罪はマリオネットたちが自分自身が存在し続けるために、その理由付けのために、ディンキーと言う存在を強引に蘇らせてかつての主従関係を無意味に再生しようと、もがいているだけにすぎない。
思想も、理由も、正当性もなんにもない。目的と手段が逆転している状態なんじゃないかしら?〕
フィールはその卓越した対人コミュニケーション能力に裏打ちされた人間心理の読みを駆使して、マリオネットたちの行動意図を推測しようとしていた。その推測をディアリオは肯定する。
〔案外、正解かもしれませんね〕
ディアリオの言葉にアトラスが頷く。
と――その時だった。
〔――君ら、想像以上に優秀なんだねぇ、ククク〕
少年のあどけなさの残る声が割り込んできた。無邪気さの中に邪悪さを秘めた、冷たい声だった。ディアリオにはその声に覚えがある。そして、その声の主の名を叫んだ。
〔ガルディノ!〕