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第22話 天空のコロッセオⅢ/―名もなき正義―

 だが、凶悪なまでに〝運命〟は個人の意思を無視する。

 カレルの右腕が大音響とともに火花を噴きあげる。

 疑問を抱く暇も無かった。カレルのその義手が炸裂する。


「なに?」


 その腕の内部に込められていた圧力の全てが開放される。そして、カレルのその身は吹き飛ばされた。


「だめか?」


 困惑と不安がカレルの意識をよぎった。カレルは不安をその胸に感じていた。だがフィールは、それを敏感に察知する。彼女だけでなく、アカデミーの皆もその光景を目にしていた。フィールに向けタイムが告げた。


「ここはいい! 行ってくれ!」


 迷っている暇は無く、フィールはためらわずに頷いた。

 フィールは内心、これがジュリアを倒せる唯一のチャンスである事を敏感に感じ取っていた。見ればゆっくりではあるが、ふたたび立ち上がろうとしている。今必要なのは完全なる撃破だ。

 

 位置関係は絶好の状態にある。たしかにカレルは義手の爆発で後方へと吹き飛ばされたが、対する、ジュリアもまた爆発でアカデミーの人々から引き離された。さらなるダメージも加わり、再び行動可能になるには今少しかかるだろう。

 孤立した状態にあるジュリアに対して遠慮のない攻撃を加えるのは今しか無い。

 フィールは狙いを定める。そして、両手に握りしめた特別なダイヤモンドブレードを振りかぶった。

 

 ジュリアは、生まれて始めてその両膝を地についていた。そんな事は一生あり得ないと彼女は今まで思っていた。だが、今現在その身に起こっている事は明らかな現実である。それでも彼女の本能はなおも戦う事を要求する。這い付くばってそのまま停止する事は自分のプライドと、そして生まれる前から組み込まれたプログラムが許さなかった。その体の内部を自動修復しながら、ジュリアはその体を起こして行く。そして、ゆっくりとその顔を持ち上げて、さらなる戦いを求める。

 

 闘いを! 闘争を! 戦闘を! 殺戮を! 犠牲を! 勝利を! 破壊を! もっと! もっと! もっと!

 

 その内底から沸き上がってくる無尽蔵の衝動こそがジュリアの行動の根源だったのだ。だがそれも、その衝動を実行しうる肉体あってこそである。 

 その時、彼女の眼前に現れたのは、走りながら二振りのナイフを構えるフィールの姿だ。


――お前は?!――


 疑問と驚きの声が沸き起こるが、その喉はすでに声を発する事ができない。

 それはかつて彼女が地の底へと叩き落としたはずの相手だった。片腕を引きちぎり、喉笛を潰し、完膚なきまでに破壊してビル外に廃棄したはずだった。それが今、ジュリアの眼前に居た。ジュリアの思考の中ではありえないことだった。

 しかし、そんなジュリアの耳にフィールの声が届く。


「停まりなさい! 日本警察です!」


 停まれという言葉を聞いて、ジュリアが停まったことは今まで一度もなかった。当たり前だ。そうなるように軍事産業という創造主が彼女を作り上げたのだから。

 今まで幾千の敵と戦ったろう。幾百の人間を殺戮しただろう。その行為の必然性を理解することもできぬまま、ジュリアは世界中の戦場を駆け巡ってきた。だが、ある日突然、創造主たちはジュリアとその仲間の存在を否定した。


 つまり〝法〟がジュリアたちノスフェラトゥを廃棄すると定めたためだ。

 解体され、溶鉱炉に叩き込まれる仲間たちを前にして、ジュリアを拾い上げてくれたのは誰であろう、あのディンキーだった。彼女に存在意義を与えてくれた聖なる主人、ジュリアが忠誠を誓うには十分だった。しかし、その主人ももう居ない。もうジュリアに存在意義を認めてくれる者はこの世界には居ないのだ。

 そして、再びジュリアの耳にフィールの言葉が聞こえた。

 

「停まりなさい!」


 その言葉とともに、フィールの両腕が振り抜かれる。そこから飛んだのは、猛火を噴いて飛翔する高精度・鋭利なスローイングナイフだ。

 ジュリアはそのナイフの輝きを目に思考を止めた。


「マスター――、ベルトコーネ――、ローラ――」


 2つの鋭利なナイフはその右胸と腹部深くに牙をむく。

 その体の奥深くまで巨大な亀裂が入り、体内の重要部分が破裂して行く。そして、ナイフの先端部分に仕組まれた微細な金属水素――電子励起され固定化された水素分子、それが固定を開放され炸裂する。


 ジュリアはその体内の内部から吹き飛ばされ、全身から火花が鮮やかに噴き上げた。

 今、まさに――ジュリアの瞳から光が消える。

 幾度かの破裂音が鳴り響いた後、彼女の体は完全に停止した。

 フィールはすぐに足を止め、頑強なる殺戮者の末路を確かめる。

 傍らではカレルが苦痛にその顔をゆがめている。その彼の右腕は肩まで無残に砕かれている。

 そして、ホプキンスとタイムが駆けよって介抱し、カレルは己れの宿敵の最後を確認しようと二人にその身を起こしてもらった。

 残響が消えた。確実に停止していた。

 そして、それと引き換えに安堵と静寂がおとずれた。

 フィールがカレルの容体を気遣って駆け寄る。


「終わったのか? 本当に、終わったのか?」


 カレルが柄にもなく弱々しく訊ねる。フィールはカレルに優しく微笑んで答えた。


「はい、もう終わりました」


 カレルは自分が10年ぶりに笑っていることにようやく気付いた。

 彼らはラビリンスを脱したのだ。



 @     @     @

  

 

 死闘は終わった。だが、フィールはその場を離れる事が出来なかった。なぜなら、カレルが、必ずしも助かった訳では無いからだ。カレルの一命を取り留めるには確実な応急処置をする必要があった。

 そのため、ウォルターとトムを残し、他の者はカレルの救急作業にかかりっきりとなった。カレルはその体内にいくつかの人工臓器を持っていた。それが故に、その作業はいっそう難しいものでもあったのだ。彼らに、その手を休める事は許されなかった。


 一方で、残されたウォルターとトムは、隔壁シャッターを抉じ開ける作業に向った。 

 だが、その隔壁は、なかなか容易には開ける事は出来ない。

 電子ロックなどの要所要所は、情報工学が専門のトムが苦心しつつも解除に成功していた。しかし、全ての箇所が解除された訳ではなく、どこかで引っ掛かっていてなかなか容易には抉じ開けられそうにはなかった。頭を掻きつつトムが言う。


「こりゃ無理かな?」

「おいおい、そりゃないだろ」


 ウォルターがボヤいていると、その隔壁の向こう側から何者かの手がのびる。

 それに驚き二人は後ずさった。

 だが、その何者かの手はやすやすとその隔壁をこじ開け持ち上げる。


「よいしょっ」


 その剛胆さとはうらはらに、ユーモラスな、そして、チャイルディッシュな声が聞こえる。

 ウォルターとトムは、隔壁シャッターの向こうから現れた若者を、呆然と見つめた。そのシャッターが全て持ち上がったとき、そこに現れたのは、まだあどけなさのある端正な顔だちの青年である。


「あれっ?!」


 そのグラウザーもまた驚いていた。

 少しだけ戸惑った二人だが、その彼に素直に感謝の言葉を返す。


「ありがとう、助かったよ。君は?」


 ウォルターは慌てながらも返礼する。一方で若者の返答の無いままに、トムがその若者の腕力に驚いて訊ねてくる。


「すごい力だな。まさか腕力で開けられるなんて」

「うん、そうだな、人は見かけによらんと言うのはこの事だな」


 二人のその言葉に、目許を膨らませてその若者は笑みを浮かべた。今、そのすぐ近くで死闘があったばかりだと言うのに、それを忘れさせるくらいにグラウザーの笑顔は爽やかだった。

 だが、その若者は見ていた。二人のその笑みの中に微かなぎこちなさが有るのを。

 彼は言い澱むこと無くストレートに訊ねる。


「何かあったんですか?」

「ん……」


 ウォルターがおもわず声を洩らす。若者の突然の問い掛けに二人は困惑した。

 二人はガドニックの事を気に病んでいたのは確かなのだが、それは、第三者には容易には打ち明けられない事でもあった。

 言いにくさを隠しきれない二人に、その迷いを押し切るかのごとく若者はさらに問いかけてくる。


「ぼくでよければ何でも言って下さい」


 それでも二人は少しだけ沈黙した。しかし、その若者の素直さが二人の心を動かしているのも事実だった。そしてついには不安をふり払いその重い口を開かせた。


「チャールズが……」


 ウォルターが苦い顔を浮かべながら若者に告げる。その隣でトムもまた、苦しそうに頷いていた。


「チャールズ?」


 若者が聞き返す。


「チャールズ・ガドニック、そう、ぼくたちの大切な仲間だよ」


 重く含みの有る声でトムが言う。おそらく二人は、こんな事、話してみても無駄だろうと思っていた。


「じゃぁ、教授を探せばいいんですね?」


 その若者の言葉は、明らかに教授を知っている者のそれだった。作られた言葉でも、嘘でもない。


「君?! チャールズを知ってるのかね?!」


 若者はかすかに頷いた。トムとウォルターは思わずその顔を見合せる。

 若者は間を置かずにさらに訊ねてくる。


「教授はどこに?!」

「ここから12階ほど上の第3避難ルームだよ」

「そして、そこの裏側の扉から彼は行ってしまったんだ」


 本来なら、ウォルターたちも心の中では泣きを入れたい気分だった。だが、人前ではそれを決して表には出せなかった。敢えて平静に答えらるのは、特A級の学識者としてプライドも責任もあるが故だった。そんな彼らに対して、彼は身を翻して声を上げた。


「ぼく、探してきます!」


 何を馬鹿な、とウォルターは言い返そうとする。しかし、それを告げる前に、若者はすでに駆け出していた。そして、すぐそばの階段へと向い上を目指す。

 その彼のステップは何よりも軽やかであり、そして力強かった。若く逞しいアラスカ狼の疾走に似ていた。

 その時、ウォルターたち二人の目には、若者の衣類の背中の文字が見えていた。


『G-PROJECT』


 二人はその文字の意味するところはまったく解らない。本当に重要な意味を為すものかもしれないし、あるいは単なる思いつき的な装飾でしかないのかもしれない。


「それにしても」

「ん?」

「なぜあいつ、教授の事を知ってるんだ?」


 トムが困惑しながら呟いた。


「そうだな、ほんとに一体、何者なんだろうね」


 ウォルターは大きくため息を付いた。

 教授を狙う者かもしれないと言う不安はけっしてぬぐえなかったが、確信がある訳でもない。ただ、ひたすら明確にならない疑問だけがあとに残った。

 その答えは簡単には出せそうに無い。


 付記――

 それからすぐあと、隔壁の異変に気付いてフィールが駆けてきた。彼女も、隔壁を抉じ開けた謎の若者の事は気付いていたらしい。

 ウォルターも、トムも、その者がけっして悪意のある者だとは到底思えてはいなかったが、フィールにはその者が新手のテロ・アンドロイドである可能性の方が気がかりだったのである。


 フィールは、内蔵の無線通信を思わず試みる。ビル内の建築物内部から高出力のFM電波を発し第3者との通信にそなえた。そして、それから少ししたのちにフィールの体内無線通信に入感があった。


「……ちら、特攻装警のセ…チュリー……どう……!」


 ビル内環境が完全に復活していないから、通信状態は劣悪である。しかし、ひどい雑音ではあったが何とか会話だけは成立している。よく聞けば、その無線の向こうの人物はセンチュリーである。


「こちらフィール! 聞こえる?!」

「あ……こえるよ!」


 意思は一応伝わっているらしい。フィールはかまわず先を続ける。


「新手のアンドロイドが居るわ! 一応こちらに危害はないけど念のために気を付けて!」

「…んな、や…なんだ?」


 ノイズがとてつもなく酷かった。


「ちょっと、聞こえないよ!」

「どんな奴だ!」


 いきなり一発で声が聞こえた。しかしそれは、明らかにボリューム過剰だった。

 思わず両目をつむり眉間にしわをよせる。癪に触ったのか、フィールも思わず大声で返事を返す。


「セミロングの亜麻色の髪の若い男! 黒いジャケットの背中にG-PROJECT! それしか解らない! …あれ? G?!」

「………!…!!……」


 無線の向こうではフィールの大声に怒鳴って文句を言っている。しかし、残念ながら、聞こえたのはあくまでも一時的だった。ふたたびノイズのラッシュへとなり、ついには何も聞こえなくなった。

 フィールも伝えられるだけの事は伝えた。これ以上の通信は無意味だった。

 しかし、そこであらためて意外な事実に、フィールは驚きの声を上げた。


「……でもなんで、セン兄ぃが出てくるの?……」


 フィールの記憶では、彼はここには居ないはずだった。しかし、考えても答えの出ない疑問なのでそれ以上の追求はやめにする。

 ふと、その顔を持ち上げれば、いたるところが破損した装甲スーツの妻木たちの姿が見えた。

 腕を釣ったり、片足を引きずったりしている者の姿もある。一番酷い者は、両脚を負傷し背負われている。しかし幸いな事に4人とも無事そろって生きていた。

 勝敗よりも生きている事の方がもっと重い意味を持つ事がある。それは今である。

 ようやくに英国アカデミーの面々に笑顔がさしこんでくる。

 いま彼らは妻木に向けて思いきりその手を振った。


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