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第22話 天空のコロッセオⅢ/―終焉の聖堂騎士―

「下がっていなさい」


 そう告げるその人影をフィールが見れば、それはカレルであった。

 カレルはジュリアをただじっと見つめていた。思いつめた意味ありげな視線を彼は放っている。


「私が行く」


 カレルは確かにそう呟いた。だがそれに返される声はなく、驚きの表情だけがカレルを見つめていた。

 カレルは、おもむろにスーツを脱ぎ出した。


「私は非正規ながら現役の軍属でね」


 そして、ワイシャツの右袖をめくりながら言う。


「SISから嘱託工作員として、君たち円卓の会を極秘に警護する任を受けていた。そして、元は英国陸軍中尉でSAS経験者でもある」


 突然の告白にただ驚きの視線だけがカレルを見つめていた。そのカレルにウォルターが問う。

 

「嘱託工作員――って、今もまだ軍に居たのか?」

「いや、一度は身を引いたんだが、必要があって一度は離れた世界に舞い戻った」


 カレルの告白にメイヤーが問う。

 

「オレたちのためか?」


 カレルは頑迷な性格でとっつきにくかったが、性格も行動も堅実で裏表のない信用できる人物だった。それだけに英国アカデミーの円卓の会のメンバーにとってカレルは無くてはならない存在だった。

 メイヤーはカレルに謝罪をするかのような口調でカレルの真意を問いただす。

 事実、英国アカデミーにはイギリス警察や英国諜報機関などからサミットへの参加は見合わせるように要請が来ていたのも事実だった。ディンキー・アンカーソンの脅威が英国関係者を襲っている現在、極東の小国へとわざわざ赴くのを控えて欲しいと、政府関係者が言い出すのはもっともである。

 だが、円卓の会のメンバーは、ここでサミット参加を見あわせるのは、それこそディンキーの思う壺だとして参加を強行した経緯がある。


 メイヤーだけでなく、他の者もその事を脳裏の中に描いている。

 だが、カレルはその頑迷な表情を崩して笑顔で答える。

 

「買いかぶるなよ、メイヤー。私はむしろ、このチャンスを待っていたんだ」


 カレルは自分の右腕を剥き出しにし、その腕の皮膚をおもむろに掴む。そして、バナナの皮を剥くように一気に剥き上げた。

 

「訳あって一度は軍を退いて、学問にこの身を捧げた。軍で活動しようにもこの体では無理が効かんからな」

 

 カレルの右腕は義手だった。上腕から先は皆、金属装甲で覆われていた。


「しかし、運命って奴は、立ち向かう意思のあるものには最高のステージを用意してくれるらしい」


 メタリックブルーにその義手は輝いていた。カレルは義手を軽く動かし、その動作をチェックする。


「そもそも、わたしが軍事研究に没頭したのは、まさにあのモデル・ノスフェラトゥを追い詰めるためなんだ」

「追い詰める?」


 ウォルターが問えばカレルははっきりと頷いた。

 

「ハーグ条約で国際社会から姿を消したが、闇社会では着実に活動を続けていた。だが、過剰な殺人行為を続けるノスフェラトゥはあまねくこの世から消えねばならない。そして、最後の一体を私は探し続けてきたんだ」


 突然のカレルの告白に皆茫然としている。そこには、恐らくは滅多に見ることのできないごく自然なカレルの笑い顔があった。

 

「そして、その最後の一体がマリオネット・ディンキーに関与しているとの情報を掴んだ私は、英国アカデミーのサミット参加に合わせて何か行動を起こすだろうと読んでいたんだ」

 

 カレルは確かに何かを決意していた。ウォルターが思案げな顔で問い掛ける。


「マーク、君はいったい、何をするつもりだ?」

「私の右腕には、未完成ながら小型のスカラ波共振装置が組み込まれている。最後の非常用の武器だが、何とかあれくらいのアンドロイドは破壊できるだろう」


 カレルは、ただ冷静に淡々と答える。だが、ウォルターはそんな無感情な対応をゆるさなかった。その脳裏に浮かんでいた不安をストレートにぶつける。


「しかし、君自身はどうなる!?」


 スカラ波共振は特殊な重力波で空間その物を振動させる特殊技術。しかし、疑似科学よばわりされる事もあるその技術は制御が極めて難しい。エネルギー工学を修めるウォルターは何よりもその事を理解していた。

 唐突の告白に皆の心に空虚が入り込んでいた。しかし、親しい者の必死の叫びがその空虚を追い払った。みな、ウォルターの言葉に、カレルが為そうとしてる事の意味を速やかに悟る。


「安心したまえ、少なくとも君たちに被害はおよばん」

「そういうことじゃない! カレル!」

「私の生命のことを言っているのか? ウォルター?」

「当たり前だ! それじゃ自殺行為じゃないか!」


 ウォルターの必死の説得に、カレルが耳をかそうとする様子は無かった。そしてカレルが、周囲の説得を容易に聞き入れるような性格でないことくらい、皆、十分分かっていた。

 

「かまわん。どうせ〝あの日〟から私の人生はオマケのようなものなんだ。そのオマケの人生で親友である君たちを守れるなら本望だよ」

 

 それ以上追求する者もいなかった。だがカレルがただでは済まないであろう事は、誰の目にも明らかだった。そして、笑みを消したカレルが言う。


「フィール君、君はバックアップを頼む。可能なかぎり、仲間たちを守ってくれ。ヤツは私が何とかしよう」


 承諾したくなかった。できれば、カレルに代わり自分自身がジュリアと戦いたいフィールだった。だが、そのエネルギーと負荷限界のかなりの部分を先のアンジェとローラに使ってしまっている。

 すっかり笑みを絶やしフィールは悲痛に思案する。だがカレルの言葉に彼女もその意思を固めた。

 頭部のシェルの内部からダイヤモンドブレードを二振り取り出す。それは先端に電子励起爆薬を仕込んだあの特別性のダイヤモンドブレードだ。だが、その爆発の威力がどの程度なのか、全く判断がつかない。この閉鎖的な空間の中ではアカデミーの人々を巻き添えにする危険もあった。

 フィールはそれを最後の切り札として使うことにした。  

   

「了解しました。微力ながら、支援させていただきます」


 策は決まった、あとは結果を導き出すだけだ。ジュリアが一歩一歩迫ってくるなか、フィールはジュリアとアカデミーメンバーとの間に立つ。そしてフィールは背中越しにカレルに訊ねた。


「ミスターカレル」

「なんだね?」

「なぜ、軍をお辞めになられたのですか?」

 

 かすかな間が生まれた。思案している証拠であった。


「妻と娘をアンドロイド・テロで殺された。私も右半身の身体機能を失った」


 さびしげな、しかし、怒りが確実にこもった声が聞こえる。その言葉を耳に、フィールはカレルとジュリアの姿を見守り続けた。この不毛な戦いの成り行きを見届けるのは、まさにフィールに課せられた役目である。

 カレルはゆっくりと歩き出していた。短く刈込んだ顎髭に深く落ちくぼんだ眼孔、苦悶と激昂を封じ込んだ彼の足取りは確実に悲しみの元凶へと向っている。

 ジュリアはまだ停止していなかった。その身体の多くを妻木たちの攻撃により破壊されてはいたが、その衣類と外皮が引き裂かれただけで、下部組織の装甲体自身には大したダメージは見られなかった。

 カレルはじっとジュリアを見つめ、その口を唐突に開いた。

 

「訊ねたいことがある」


 ジュリアは答えない。だが、その目はカレルの問いに興味を示していた。


「ミスター妻木はどうした?」


 侮蔑の笑みを浮かべ、その歩みを止めることなくジュリアは答える。


「私が殺さねばならないのは貴様たちだけだ。それ以外は知らん」


 妻木の生死に絶望が宣告されなかったのは幸いだった。カレルはさらに問う。


「今一つ聞こう。今から6年程前、ロンドンエアポートで無差別の破壊活動を行なったのはお前だな?」

「私は、過去の指令は一切記憶しない。常にあるのは現在だけだ。だが……」


 ふと、ジュリアはその足を止めた。その拳を振るう時をじっと待っている。


「きさまの顔は明確に覚えている。そうか、死に損なったか」


 彼女は明らかにカレルをせせら笑っていた。

 だがカレルは、表情を変えることは無かった。ただ冷徹に己れの意思を淡々と伝えている。


「その日は、私の娘の10歳の誕生記念でね。私と妻と娘の3人で記念旅行に出かけるはずだった。しかし、私たちの乗る旅客機は離陸直前に何者かに破壊され誘爆し、妻と娘もろとも100人以上もの人々が死んだ。そう、貴様たちの凶行によってな」


 不意にカレルの声があらげられる。


「たしかに私はあの頃、アンドロイド・テロリズムの対策を任されていた。お前たちから狙われる理由があった。

 だが最も許せないのは、私一人のためにあの様な愚行がなされたと言う事だ!

 死なねばならぬと言うのならこんな私の命なぞ、いくらでもくれてやろう!

 だが、10才にもならない幼い命までもが詰み取られねばならなかったのはなぜだ?!

 答えろ……、貴様を葬るのはそのあとだ!!」


 その声が低く大きくなって行く。語るにつれてその身の血液が逆流して行くのが、カレルはよく解った。だが、ジュリアは眉一つ動かさず冷淡に答える。


「我らのマスターの言葉だ……『ケルトに対する全ての罪は、全てのイングランド人の血によってのみ贖われる』」


 相対する二人の間には十m程の間合いがある。カレルは仇敵であるジュリアに向け、黙したままその右手をかざす。ジュリアはその右手の意味を速やかに悟ってカレルに告げた。


「きさまも死ぬぞ」

「それはどうかな」


 淡々と答えるカレルに、ジュリアを倒す以外の望みは何も無かった。

 ジュリアはその答えに笑みを消すと一気に駆け出す。そして、その拳は確実にカレルの頭部を狙って構えられていた。

 カレルはひたすら冷静に己れの怨讐の相手を凝視する。かざした右手にその意識の全てを集める。

 煤けたブルーメタリックの腕が微かな光を放つ。丸いオーロラに似た輪光を撃ち、それはジュリアに見えない断罪の聖なる力を解き放つ。


「ここが終焉の地だ! 私にとっても! 貴様にとっても!!」


 カレルは叫ぶ。その全てを失ったあの時より背負った全ての苦しみを重ねあわせて。

 空間が鼓膜をつんざくような音をあげ鳴り響く。それは、確実にジュリアのその体を攻撃していく。


「ギッ? グギィィィィイイイッ!!!」


 奇っ怪な叫び声があがる。頑強なる暗殺者の断末魔だ。カレルはそれが確実なものになるべく、己れの右腕にさらに力を込める。輪光がふたたび輝いた。

 スカラ波のその光と力は重力空間振動をともないながら、ジュリアの体の全身に亀裂を入れて行く。おそらく彼女は、生まれて始めてその身を傷つけられる苦痛を味わうだろう。事実、彼女のその顔に驚きと苦悶の表情がありありと浮かんでいた。自分におとずれるはずの無いだろう『ダメージ』と言う物にひたすら困惑しながら。

 カレルがふたたび力を込め、3度目の輪光が光る。

 そして、カレルは終焉の予感に高らかに叫ぶ。


「この者によってもたらされた数多の苦悩と悲しみに、終焉を告げんがために!!」


 カレルの顔が、憤怒と悲願とに歪んでいた。それが彼の唯一の思いだった。


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