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第22話 天空のコロッセオⅢ/―不死者―

 フィールは第4ブロックのホール内を飛んでいた。

 その持てる知覚力の全てを使い、英国アカデミーの姿を捉えようとしている。

 フィールは元来、早期警戒機能を有した偵察モデルだ。

 この様な状況で、何かを探すにはもっとも長けている。

 フィールは目標を求めて音響センサーの感度を最大限に上げる。


「どこ?」


 フィールはそっとつぶやいた。もし、ビルの中のどこかに彼らが居るのであれば、それは常人では聞き得ないゼロコンマ以下の微弱な音として感知できるはずだ。

 外周ビルの壁面に沿う様にフィールは緩やかなカーブを描く。

 流れるビルを眺めていると、突然、人の声がする。音声の入感である。


「これは?」


 フィールは動きを止めその場でホバリングしながら、音声をさらに聞き入った。

 それは確かに年配の成人男性の声だった。


(……で行き止まりだ……)

(…またシャッターが……)


 その声はそう呟いていた。


「間違いない!」


 それは彼女も聞き覚えのある声だった。

 見れば、そこは無人のオフィスルームだった。彼らはその部屋の向こうに居るらしかった。

 フィールはじっと、その部屋のガラス窓を見つめていたが、一呼吸おくと窓へとその身でぶちあたる。

 硬質のワイヤー入りガラスが砕け周囲に散乱する。フィールはルーム内で器用に反転し低姿勢でフロアへとランディングした。

 その部屋は、会議室だったらしく、円形テーブルと数多くの椅子以外は目ぼしいものは何もなかった。壁にも廊下へ通づる小窓もガラス窓も無い。そして廊下の方では、彼女が飛び込んだ音にざわついている。

 フィールは足早にその部屋の入口へと向う。引き扉を開けようとするが電子ロックが降りていて開けられない。

 彼女は右手の指の根元から数本の単分子ワイヤーを引き出し、それをドアロックを制御しているターミナルパネルへと繋ぐ。そして電子ロックのターミナルを、自己の発する三相電流でショートさせた。

 ドアのロックが音を立てて開く。


「みなさん!」


 フィールがドアからその身を乗り出したとき、そこにはかつてフィールが引率していたアカデミーの面々が居た。

 広い幅の通路には何も鳴く、非常灯だけが灯す薄暗い廊下の隅で各々身構えていた。

 その中のウォルターが恐る恐るつぶやく。


「フィール君か?」

「はいっ!」


 フィールは遠い異国からの客人たちが皆無事であることに素直に喜びをあらわにする。

 一方で、アカデミーの皆は、フィールのそれまでとはまるで異なる風貌に驚きを隠せないでいた。


「フィール君、その姿は?」


 ホプキンスが訊ねてくる。不信感と言うよりは、純粋な知的好奇心からくる質問だった。


「私の2次武装、まぁ戦闘用の鎧ですね」


 恥かしげも無くさらりと言ってのけるフィールに、ホプキンスを始め皆がそれまでとはまったく違う印象を彼女に抱いていた。

 すでに彼女には、人々に微笑みを振りまく少女の様なあどけなさはなく、髪を切り落としたジャンヌダルクの様な英雄然とした姿がある。人格が入れ替わった訳ではないが、風貌一つでこれだけ変わるものかと、皆一様に疑問の声を抱いていた。


「それより、教授は、ガドニック教授はどこへ?」


 フィールがその事を訊ねたのは当然の事だ。だが、それは沈痛な雰囲気をもたらさずには居られなかった。

 皆、口にするのをはばかっている。だが、誰かが口にしなければならないことは解っていた。やがて、その場の中からカレルがフィールに事実を告げた。


「チャールズは、単身このテロの首謀者のところへ向った」

「えっ!」


 フィールは思わず叫んだ。だが、一呼吸おき気分を落ち着ける。


「教授は一体どこへ!?」


 それに対し冷淡にカレルは告げる。


「解らん。このビルの構造を逆手に取られて、どこへ姿を消したのかまったく不明だ」


 言い澱むこと無く断定するカレルの口調に、迷いのニュアンスは微塵も無かった。


「それより、これだが――」


 そう言って、カレルはそばの隔壁を指した。そこには、厚めのシャッター式隔壁が下りている。普通の商店の店先に下りるような薄い代物ではなかった。センチ単位の厚みを持つ防火タイプの強靱な隔壁である。

 フィールがそれを確認すると、カレルが告げる。


「下の方で銃声が止み始めたんで、何とか下のフロアへ逃げようと言う事になってね。そこで、このシャッターの向こうの非常階段を目当てに我々はここまで逃げてきた」


 ホプキンスが苛立ちを隠さずに口を挟む。


「でも、ちょうどここに差しかかった時に突然にこいつが下りてきやがった。まるで、俺たちの事を見すかしてるみたいにな。それで退路を断たれたんだ」


 フィールは彼らの言葉にじっと耳を傾けながら隔壁を見つめていた。そして、わずかな思案のあとに、隔壁を触れながら彼らにたずねた。


「どなたか、警察の方はご一緒じゃなかったのですか?」

「バンコと言うスペシャリストチームの人たちと一緒だったわ。でも、一人は隔壁のトラップで分断されたし、リーダーのツマギと言う方も途中で」

「別れ別れになったのですね?」


 フィールの問い掛けにエリザベスがうなずく。そこにカレルが補足した。


「彼は、我々を安全に退避させるために敢えておとりの役を買って出たんだ。何とか、成功してくれていればよいのだが」


 それまで、頑強な態度をまったく崩さなかったカレルがガラにもなく不安げに呟いた。

 フィールはそれをじっと耳にしてしばし思案する。そして、自分の両の手の平を見つめて、振り向いて皆に告げる。


「突破しましょう。ここを」


 皆の視線が、フィールに集まる。


「できるのかね?」


 カレルが問う。


「はい。壊すことになりますけど」


 彼女の答えに、安堵の空気が流れた。

 と、その時だ。

 ゆっくりと何かが歩いてくる足音が聞こえる。それは確実に、しかし重い響きを伴っていた。

 信じたくはなかった。悪夢であって欲しかった。

 恐る恐るただ静かに振り返れば、そこには絶望と言う名の影があった。


「――やはり、だめだったか」


 苦い言葉を吐いたのはウォルターだった。その言葉に妻木たちの安否を案じたエリザベスは無言でその目許に悲しみを滲ませた。

 誰ともなく諦めに似た重い空気が漂い出す。だが、それを喝破したのはホプキンスだった。


「いや、ミスターツマギは、決して仕損じた訳じゃないぞ」


 ゆっくりと近付いてくるジュリアをホプキンスは指さす。そこには右の目を見事に打ち抜かれ顔に大穴を開けたジュリアがいた。


「判断を誤ったのは私の方だ。あれは胴体内に本来の――、もしくは予備の頭脳を有した永久可動可能な戦闘アンドロイド――モデル・ノスフェラトスと呼ばれる限界稼働戦闘モデルだ」


 ノスフェラトス、不死者を意味する言葉だ。

 ふと、メイヤーが呟いた。


「通常のアンドロイドと異なり、内部メカニズムの配置を全て変えてしまい、また、その内部システムを3系統以上に重複させることで破損による停止が非常に困難なアレか! しかし、あまりに残虐な戦闘行為を招くというので、国際ハーグ条約で軍用への適用は禁止されて全機廃棄されたというぞ?」


 メイヤーの言葉にカレルは忌々しげに言葉を吐いた。


「不法に隠匿してたんだろう。それがマリオネット・ディンキーならなおさら喜んで手に入れようとするさ」

 

 ジュリアは、その残る左目でフィールやカレルたちを見つめていた。醜怪な顔になったとは言え、その目は得物を追い詰める冷徹なハンターそのままである。そのジュリアを見つめつつ、カレルはさらに言葉を続ける。

 

「ノスフェラトゥは外観からは一般的なヒューマノイドアンドロイドとは区別がつきにくい。もともとがスパイ的に敵地に潜入して、暗殺的に大量殺戮行為を行うためのものだ。特殊なセンサーで分析をしなければ見分けられない。肉眼で見分けられなかったとしても不思議ではない」


 いつの間にか、沈黙だけが支配していた。戦う事を諦める空気が染み込んでいた。しかし、それをかき消そうと、フィールは気丈に数歩歩み出て皆の先頭に立っていた。だがフィールは大きな戦闘を終えた後だった。確実な勝利は彼女も保証できなかった。

 

【 機体総合コンディション評価 】

【 機体負荷係数 78%    】


 フィールの視界の中、己の機体の疲弊状況が数値化されて表示されている。機体負荷係数が90%を越した時、事実上行動は不可能となる。78%は戦闘行動を行えるギリギリの状態だった。

 

(やっぱり――超高速起動とシン・サルヴェイションの二連続は無茶か)


 超高速起動は機体全体を加熱させオーバーヒートを引き起こす危険がある。

 シン・サルヴェイションはメインリアクターを限界近くまで作動させるため負荷がかかる。

 それを立て続けに行えば、いくらフィールとはいえ、インターバルを置かねばダメージを蓄積するのは当然だった。

 だが引くことは出来ない。対ジュリアへの戦闘プランを組み立てようと必死になっていると。そのフィールの脇に進み出る者がいた。


「下がっていなさい」


 そう告げるその人影をフィールが見れば、それはカレルであった。


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