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第22話 天空のコロッセオⅢ/―ハガネのサムライ―

 フィールが向う1000mビルの外周ビル。

 そこに、命を繋ごうと決死の思いを抱く者がいる。

 反対に、己れの思いそのままに、凶行を続ける者がいる。



 今、妻木たちは退路を失いつつあった。

 何者かが、彼ら盤古第1小隊と英国アカデミーの人々を追い込んでいる。

 リアルタイムに隔壁が閉じて行き、部屋という部屋がロックされる。

 おそらくはガドニック教授を彼らから引き離した張本人だ。


 そこは迷宮だった。電子のシステムが作り上げる最悪の迷宮。

 むろん、そこにはミノタウロスもいた。

 ジュリアと言う名のミノタウロスが、詰み取る命を探して闇の中を闊歩している。

 とじ込められた彼らは、そのミノタウロスに捧げられる哀れな生け贄であろうか?

 だが、彼らはただ単に逃げまどっている訳ではなかった。

 邪悪なミノタウロスに一矢むくいるべく、渾身の企みを練っていた。

 今、彼らはついに生きるための最後の一戦を迎えたのである。



「本当に、大丈夫なのかね?」


 カレルがたずねた。英国アカデミーの面々を背後に控えつつ妻木に問いかけている。


「はい」


 妻木もまた静かにうなづく。彼を含め4体の重武装盤古がそこにはいる。

 2m近い体躯の重武装タイプの簡易ハッチを開け、妻木はそこから見下ろしていた。


「確実性の薄い作戦ですが、これしかないでしょう。それに、ガドニック教授とはぐれてしまった責任も私はとらねばなりません」

「――」


 カレルは沈黙する。少し時間をおいて、苦い顔でうなずいた。


「やむをえんか。わかった、君の判断を尊重しよう」

「ありがとうございます。では我々は1名を除きここに留まり、追手をなんとしても食い止めます。あなたがたはその者と先行し別フロアへの退路をなんとしても見つけて避難して下さい」


 カレルはまたうなずく。少し離れて、様子を伺っていた英国アカデミーの面々だが、その中から一人進み出る影がある。ロボティクス工学博士のホプキンスである。


「老婆心ながら、少しアドバイスをさせてくれないか?」


 ホプキンスの顔には――、いや、彼だけではなく全ての者の顔には疲労が色濃く刻まれていた。だが、ホプキンスはそれをおして、落ち着きを払いながら妻木たちに語りかけている。だが、そんな彼の顔には、妻木たちを気遣う優しさがあった。

 妻木は努めて冷静に返答する。


「お願いいたします」

「知っての通り、我々を追いかけてくるあいつは、恐ろしく頑強さに比重をおいている。おそらく銃弾類ではまず役に立たないだろう」

「承知しております」


 妻木は大きくうなずいた。


「それでも構造上の隙があるなら、私はそれは目だと考える」

「目ですか?」

「そうだ。奴はセンサーの弱いヒューマノイドタイプだ。唯一のセンサーである目を潰せば、かなり有利に戦いを進められる。それに、一般的なヒューマノイドタイプのアーキテクチャに従うのであれば、ヒューマノイドタイプの目の後ろには頭脳部がある。ピンポイント射撃に重点を置いて攻撃をすれば必ず一矢むくいれるはずだ」

「ご指南ありがとうございます」


 ホプキンスは妻木にそっとうなずいた。

 そして妻木は、アカデミーの一行と行動をともにする事になった隊員に告げる。


「彼らをたのむ」


 隊員がそれに敬礼で答え、妻木はその場を離れるべく行動を開始する。

 重武装タイプの簡易ハッチが閉じられた。

 ゆっくりと、3体の重武装タイプは向きをかえる。ジュリアが来るであろう方向を向いて。

 その一方でアカデミーの人々は、残る1名の盤古をしんがりに退避を開始する。

 途中、幾度も振り返りながら。

 ふと、エリザベスが不安げにつぶやく。


「本当に、大丈夫かしら」


 彼女にも、ジュリアのあの異様なまでの強靱さ凶悪さはその記憶に染みついている。成す術を持たないものとして、命を賭して自己犠牲に向う者への不安とも恐縮ともとれる言葉だった。普段は、頑な仕事優先の知的女性としてふるまうエリザベスだったが、その意外な一面に傍らのウォルターが、彼自身の不安を押しとどめながら彼女に告げる。


「案ずることはないさ」


 エリザベスはウォルターを見つめる。あのひょうきんな笑顔を浮かべながらウォルターは唱えたのだ。


「彼は正真正銘、本物の――そう『サムライ』だ!」


 イギリスには騎士道があった。日本にも武士道がある。何かを守るために戦うと言う事は国を問わず同じである。

 明かりの乏しい通路の向こうには妻木たちが立っている。その潔さに唯一無二の気高さがあった。

 エリザベスは寂しげな笑みを浮かべそっとつぶやいた。


「そうね」



 @     @     @

 

  

 ダウンライトが切れかかっていた。

 全ての電源が停止したビルの中で、唯一の光源が終わりを告げていた。

 1000mビルの第4ブロック。その外周ビルに彼らは居た。

 確実に追ってくる執拗な『敵』を相手にして。


「妻木隊長、準備完了です」


 盤古隊員の一人が妻木に語りかける。妻木はそれにただ冷静に答える。


「始めるぞ」

「了解」


 ただしずかに声を伝える。可能な限り、無用な信号は避けている。

 今彼らは、熱源反応とパッシブタイプ暗視装置のそれらの2つの情報を小型プロセッサーで処理して視界を確保している。

 光の途絶えた通路はゆっくりと左方向にカーブを描いていた。その遥か向こうに小さな人影がある。

 彼らの居る場所は、ビジネスブロックの一つ。かなり広い通路のその両側に、手頃なサイズのビジネスルームが枡目の様に居並んでいる。

 彼らのその場所に、闇は恐怖と殺意をともない確実に向ってくる。


 彼ら盤古は、闇に対する術を心得ていた。

 それは、あらがう事、戦う意思の続くまま己れを奮い立たせる事。人命救助と言うただ一つの目的を持ち、己れを戦闘機械としてメンタルをチューニングする事。

 自らが闇を受け入れた時、その時こそ、本当の最後であると彼らは知っている。

 生死の裁きが下される最後の時まで、その永久不変の闇と戦い続けるのが、その宿命であると心得ている。


 今もまた強力無非な漆黒の闇が、一歩一歩、確実に近付いている。

 その闇がふと立ち止まった。ジュリアだ。彼女はじっと、妻木を不思議そうに眺めている。

 2.5m四方の通路に、妻木は一人、銃を構えて立ち尽くしている。それ以外には何も見えなかった。

 妻木は一人、大声で告げる。


「どうした? 俺一人しか居ないのがそんなに不満か?」


 ジュリアは何も答えない。だが、その口元は笑みを浮かべていた。

 妻木は鼻で笑って大声で叫ぶ。


「貴様を潰すのはおれ一人で充分だ!!」


 ジュリアは自然に下げていた両手を、そっと持ち上げその拳に力を込めた。何よりも強く、その拳は硬く握られ軋むような音を上げる。


「こいっ!」


 妻木が叫び、ジュリアは弾かれるように走り出す。

 重い足音が鳴り響き、長いストロークでジュリアは駆け出した。

 ダウンライトはすでに切れていた。もう、明かりらしい明かりは何もない。

 その中で、ジュリアの奏でる何よりも重い足音だけがBGMである。


 そして、妻木は己れの銃の引き金をワザと引かずに、ぎりぎりにまでジュリアを引き寄せる。

 一つ、一つ、妻木の視界の中で、ジュリアはひどくゆっくりと近寄ってくるように見える。それは極限状態の神経がもたらすイリュージュンだったのかもしれない。

 そして、ジュリアが妻木の数m先に来た時だ。

 妻木は引き金を引いた。ジュリアの足下を狙って。

 当然の様に、ジュリアはそれを避けて飛び上がる。


――今だ!――


 妻木は心のなかで叫んだ。自らを賭けたトラップを試す時だ。

 ジュリアの左右の壁が少量の爆薬で吹き飛ぶ。

 妻木の放った銃声が合図となり、壁の向こうに隠れていた2体の重武装盤古が飛び出してくる。妻木もそれに合わせて飛び出し、目前のジュリアに向けて重武装タイプの巨体を投げ出した。

 それは重武装タイプの大重量によってジュリアを押さえ込み、その動きを食い止めるフォーメーションであった。


 その巨体に似あわず重武装タイプは敏捷だ。長い手足のストロークが常人をはるかに越える素速い挙動を可能にする。

 抵抗する暇も無くジュリアは押さえ込まれる。大重量だけでなく強靱なマニピュレーターのパワーがジュリアの体を拘束していく。

 間をおかず、ジュリアの右側に位置していた重武装盤古の腕のマニピュレーターが動く。それはホプキンスの言葉通り目を狙っている。


「考えたわね」


 感心したかの様にジュリアは言う。しかし彼女には、これが最後であるかの様な諦めの雰囲気は微塵も無い。それを裏打ちする様に、彼ら重武装タイプの出力は限界一杯にであるにも関わらず少しづつ押し戻される気配がある。

 ジュリアが悠然と言い放つ。


「でも――甘い」


 その言葉に妻木たちは一瞬恐怖する。その渾身の作戦が崩壊する不安が脳裏をよぎる。

 彼らはその不安を否定すべく重武装タイプの出力を物理限界を越えてまで引き上げた。

 鈍いノイズ音とともに重武装タイプのメカニズムが白煙をあげる。あきらかにオーバーロードだ。

 

「くそおっ!!」


 だがジュリアは、そんな彼らの必死の抵抗ををやすやすと振り払った。その四肢を渾身の力で振り回し彼らを周囲の壁や床へと打ちつけて行く。

 衝撃がコクピットの中の彼らを襲い、軽い意識喪失を引き起こす。

 ジュリアはその隙を逃さない。最短ルートで、その拳を次々に重武装タイプのボディへと突き立てて行く。抵抗はほとんど無かった。

 無論その凶行を、なす術なく傍観する様な妻木ではない。

 素速く身を起こすと、すぐそばの床に置いてあった重火器を構える。


 その銃はM240E6.LMGの50口径モデル。


 妻木は銃口をジュリアの片目に向けて狙いを定め、すぐさま引き金を引き絞る。

 二人目を行動不能にしたジュリアが妻木の挙動に気付いた。

 ショートの50口径の硬化タングステン製高速徹甲弾の猛射がジュリアを洗う。

 その弾頭は戦車の装甲ですらも貫く事ができる。

 銃弾のスコールの中、ジュリアの衣類、そして色白い人造皮膚は無残に千切られる。

 その時、妻木の視界の中でジュリアの顔面に火花が散り一瞬、彼女の動きが静止する。

 妻木は引き金をゆるめると、攻撃の結果を確認しようとする。

 だが、ふたたびジュリアは悪意を発露させながら動き始めたのだ。


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