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第21話 天空のコロッセオⅡ/ー勝利へつなぐメッセージー

 アンジェとローラはその声のする方に視線を向ける。

 生い茂る樹木がざわめき、盤古たちの撒いた白煙が風に流れ晴れていく。

 二人は、声の正体を掴みかねていた。そして視線を向けてその意図を探ろうとする。


「そこにいる2名! 氏名と所属、及び身分を速やかに明らかにしなさい! 明らかにできない場合、不法侵入とみなし処罰します!」


 二人はその声に弾かれる様に全身を向ける。

 振り注ぐ光が、白銀のシルエットで眩しいほどに乱反射している。


「誰?」


 ローラはその姿をじっと睨み付けた。そして低い声でアンジェは問いかける。

 だが、彼女の声を無視して、相手はさらに詰問しながら歩いてくる。


「質問しているのは私です」


 それはフィールだった。2次武装のアーマーを身にまとった姿は見事な戦姿だ。

 両腕をごく自然にさげ、その足は両脚が縦に重なるように右を前に出していた。

 メットのゴーグルの下に端正な瞳がある。それは目の前の違法侵入者たちを警戒していた。


 だが、アンジェとローラも同じだった。その仕草やボディランゲージに、好意や親愛のスタイルは微塵も存在しない。

 ローラは上目づかいに、そして横目づかいにフィールを睨み付ける。


「あれね? ジュリアに叩き落とされたお人形さんて」


 アンジェが薄笑いしながら答える。


「そうでしょうね。いまさらのこのこ現れるなんていかにも間抜けっぽいし」


 自然な姿勢を装いながらもその全身に力が込められている。

 アンジェは凍結するような冷酷さを漂わせて立ち尽くし――

 ローラは真紅に溶解する獰猛さをその身から溢れさせている。


 言葉は消滅した。


 それ以上はもう何も無かった。あるのは敵意と言う2文字だけだ。

 しばらく続く沈黙の後、先に口を開いたのはローラだった。


「また、落とされたいの?」


 凍てついた表情の決して浮かばぬ笑みの向こうに、戦う事だけを渇望する戦闘中毒者の姿がある。

 そして、アンジェが追う。


「遠慮しなくても、いくらでも落としてあげるわよ」


 彼女の唇が笑っている。侮蔑の笑みだ。


「そう、二度と立ち上がれないようにね」


 しずかな声とともにアンジェの髪が踊る。それはゴルゴンかメデューサの類の様に波打ち、ゆっくりと彼女の足下に伸び広がる。そして、銀色のさざ波を緑の地面の上に広げた。

 その髪の踊るところに植えられていたのは、リスたちのよろこぶ様なクヌギやカシの林だった。深い陰影と、ねじくれた幹を有したその木々は、戦いの淵にある女性たちに人知れぬバトルフィールドを与えている。

 その木々の中で、フィールはその視線を決して外さなかった。

 ゴーグル越しにアンジェたちを見つめるフィールのその目には、人々の好意を集められる愛らしさはすでにない。


「お断りします」


 フィールは集中する意識の中で、強固な言葉を発する。


「あなた方に投降の意思なしと判断します」


 フィールの右手がそっと腰の後ろに回る。頭部メットの後ろが微かに動き、そこから何かが滑り降りてくる。器用にそれを指の隙間で受け取ると、その指の隙間にまばゆいクリスタルシルバーに輝くハイテク仕掛けのカスタムナイフが一振り握られていた。


「日本警察の責任において、あなた達を破壊します!!」


 その声にアンジェとローラが笑みを消す。二人から答えが無いのが答えだ。意識せずとも二人の体が殺意を吹き出している。

 そして次の瞬間二人は、狂声をあげ殺意のままに走り出す。


「やれるもんなら、やってみろ! デク人形!」


 アンジェが端麗な顔を歪ませて叫ぶ。その叫びと同時にその長く長く広がった銀髪は、醜くうねるメデューサの様に周りの木々を巻き込みながら一斉にフィール目掛けて多方向から襲いかかってくる。

 同じくローラは、アンジェの銀髪がうねるその影にその姿を潜めながら、フィールに襲いかかるその時を狙いすましている。

 かたやフィールは周囲の状況を察知すると、この2人を相手にしての近接戦闘が不利であることを悟る。

 アンジェの銀髪を見れば、その髪の先端が薄明るく放電しているのが見える。己の視界に電界効果フィルターを重ねれば、その銀髪が高圧のマイクロ波を帯びているのがよく解った。

 この状態には見覚えがある。かつて逃走を阻止しきれず、自分の装備をことごとく破られたあの時のことだ。高圧マイクロ波を自在に操る敵に翻弄された時のことを、フィールは記憶の中から呼び起こしていた。

 

「あなたね? 南本牧でトレーラーの中に隠れていたのは?!」


 フィールがそう告げればアンジェは優越感を滲ませながら吐き捨てる。

 

「だったらどうだと言うんだい? あんたのその細っそいワイヤーはあたしには効かないよ? それにそんなナイフなんかがあたしに効くと思う? 諦めるなら今のうちだよ?」

 

 フィールは思い出していた。眼前の敵アンジェと自分とでは武装の相性が著しく悪い事を。

 攻撃範囲、機能性、優位性、どれをとってもアンジェの方がことごとく有利だ。それに、敵を無効化する決定的な手段がない。

 内心焦りを感じながら速やかに高速移動で後方へと退き、ブースターナイフでの攻撃のタイミングを推し量る。

 近づけばあの銀髪で物理攻撃を加えられるだろう。中距離レンジでは敵の2人のコンビネーションで近接戦闘に引きずり込まれる。遠距離ではマイクロ波による攻撃が待っている。万事休すとは行かないが、堂々巡りの思考にフィールははまりつつあった。

 

 どうすればいい? どう切り返せばいい? そう思案を巡らせていた時だった。

 フィールの視界の中を1つのメッセージ文面が再生されて何かを伝えてくる。

 

【             メッセージ再生 】

【 第2科警研・布平からフィールへ     】

【 装備改良について伝達          】

【                     】

【 ①単分子ワイヤー・タランチュラ改良   】

【  構成分子をカーボンフラーレンの他に  】

【  耐熱チタンとレアメタルを添加     】

【  これにより耐熱性を強化        】

【                     】

【 ②改良型ダイヤモンドブレード      】

【             炸薬内蔵型追加 】

【  一部のダイヤモンドブレードの先端部に 】

【  極めて微量の金属水素を内蔵      】

【  高性能の電子励起爆薬であるため    】

【  使用時には慎重を喫すること      】


 修復作業の時にフィールの記憶領域の片隅に記録しておいたのだろう。

 それは布平たちからのフィールへのささやかなプレゼントであった。フィールは以前の南本牧での苦戦を、布平たちにそれとなく話していたことがあったが、戦闘で苦戦した原因を布平たちは分析して、フィールの戦闘装備の改良を密かに済ませていたのだ。

 

――覚えていてくれたんだ!――


 特に熱に弱いタランチュラの弱点が克服できるのであれば、戦闘での応用は大きく広がることになる。アンジェとローラに対する戦闘の方針は自ずと決まった。


「ありがとうございます」


 フィールは実感していた。どこにいても自分は1人ではないということを。

 ならば――

 

【 単分子ワイヤー高速生成システム     】

【            タランチュラ起動 】


――その思いに答えるのが今の自分に出来ることだ。


「どうした! 逃げまわることしか出来ないのかい!」


 アンジェが叫び声を上げながら、その銀髪を何十倍にも広げつつ近接しつつある。それはもはや人の姿をしていない。銀色の大蛇の群れがからみ合いながら前進する様はもはや異様であった。

 

「大人しく待っていな! いまその手足を引きちぎってやるからさぁ!」


 それは歓喜の声だった。

 破壊と殺戮を撒き散らすテロリストの配下として生きることを運命づけられ、破壊するたびに、殺戮するたびに、創造主に評価され、それを己のアイデンティティとして受け入れねば生きてこれなかった、哀れな血まみれのマリオネット。

 その悲惨さを自覚すること無く、破壊と殺戮への歓喜にすがるかのようなその姿はもはや滑稽でしか無い。

 フィールは思う。殺戮行為を目の前にしていて表情と心を凍らせ無表情を装っているローラというアンドロイドの方がまだ救いがある。

 

「あぁ、この子たちもやっぱりそうなのね――」


 いままでどれだけの違法ロボット、犯罪アンドロイドに向かい合っただろう。

 ロボットもアンドロイドも、己自身ではその生き方を選ぶことは出来ない。どんなに高度な頭脳を持っていても、創造主が決めた生き方を受け入れる以外に生きるすべはない。だから、多くの犯罪アンドロイドは犯罪行為を行うことに歓喜する。あるいは感情を凍らせて無表情となる。

 フィールは知っていた。

 アンジェも、ローラも、そうなることでしか己の自我を維持できなかったのだと。

 なぜなら、創造主に逆らうことは、被創造物にとって最大のタブーなのだから。


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